#46
『……なに?』
俺の言葉を、ハルは怪訝げに聞き返した。
心が静かだった。
自分でも不思議なほどに落ち着いていた。
いや、わかっているのだ。
これから起きる出来事と、その先に待っている結末を。
むしろ、訝りたいのは俺の方だった。
なぜ、ハルたちは余裕を感じているのだろう。
なぜ、それほど危機感が薄いのだろう。
なぜ、自分たちが優位に立っていると考えているのだろう――
だがハルは、俺の言葉を虚勢と取ったようだった。
『意外と勇敢なんだな。まあ、それならそれでいいさ。――じゃあ、こっちも遠慮なくやらせてもらう』
敵機が散開した。
レーダー上の動きを見ながら、そう来るだろうな、と俺は思っていた。
三対一なら、それほど複雑な戦術をとる必要もない。
包囲殲滅。
それで十分事足りる。
向こうには、ほんのわずかの容赦の気配もなかった。全員の力をすべて使い、一瞬で仕留めにきている。
空間を越えて伝わってくる敵意が、心地よかった。
それでいい。
そうでなければ、わからせられない。
俺は右手のマルチランチャーに、衝撃弾をセレクト。
ダメージはほとんどないが、強いノックバックによりわずかな時間、敵の動きを硬直させることができる弾丸だ。
左手のシールドは〈五式重盾『鐵』〉を装備。
正面からハル、左側からヨヴァン、右側からリィハが接近。
どれでもよかった。俺はとくに理由もなくヨヴァンの猟機に狙いをつけた。
大型シールドを構えた、都市迷彩カラーの重量猟機。
ヨヴァンがグレネードランチャーを発砲。放物線を描いて手前に着弾したグレネードが炸裂し、爆炎と衝撃を引き起こす。
ダメージ圏外ぎりぎりをブーストダッシュを抜けた。正面にヨヴァン機。すでに手持ちの火器は連装ショットガンに切り替わっている。
ヨヴァンが発砲。〈五式重盾『鉄』〉を散弾が直撃。
ハル、リィハも近づいてきている。
さらにヨヴァンは撃ちつくした連装ショットガンを捨て、背負っていたレーザーパルスガンを構えた。こちらのシールドを貫くつもりだ。
やはり、それが十八番か。
状況に合わせた多種多様な武装の切り替え。
まさに、理想的な万能機の姿。けれど――
この世界で万能はありえない。
俺は左腕を持ち上げてシールドの角度を変えた。
生じた隙間から、左腕部に装着していたレーザーカッターを射出した。
『えっ』
発生器ごと飛んだレーザーカッターがヨヴァンのパルスガンを切断し、ビルの外壁に突き刺さった。
ヨヴァン機が泡を食ったように後退する。
ほら、かわせない――
複数の兵装をこまめに管理して戦う能力は、たしかに見上げたものだ。
だがそこに意識のリソースを割いている以上、犠牲になるものがある。反応力だ。シンプルな兵装で戦っているときなら対応できた攻撃に、対応できなくなってしまう。
つまり、奇襲に弱い。
ヨヴァンをフォローするように、すかさずハルの猟機が接近。
二丁のハンドガンによる正確無比な射撃。それを皮切りに迷わず距離を詰めてくる。
あの射撃と格闘の複合戦闘が来る。
だが。
ゼロ距離戦闘の手段なら、こちらにもある。
俺は左手に〈五式重盾『鐵』〉を装備したまま、右手に背負っていたもうひとつのシールド――〈LUCIUS〉を右手で構えた。
『……なに?』
両手にシールドを構えた。
ハル。
そのハイエンドカスタム機も、その常識離れした戦闘スタイルも、ほぼ隙がない。
だが唯一、付け込む余地があるとすれば。
俺は正面から突撃した。
ハンドガンの射撃を〈LUCIUS〉で防御。耐久値の減少は目をつぶった。
続いて繰り出されたローリングソバットを〈五式重盾『鐵』〉で防御。衝撃を殺した。同時に機体を旋回。
〈LUCIUS〉で敵の胸部を殴りつける。
よろめいた敵機に肉薄。
間髪入れず〈五式重盾『鐵』〉のシールドバッシュを見舞う。
ハルの〈テンツァー〉が宙に浮いた。一瞬だけバックブーストを吹かし0,1秒でカット。メインスラスター全開。二度目の〈五式重盾『鐵』〉のバッシュを叩き付けた。
中量機である〈テンツァー〉を吹き飛ばした。
宙を待った機体は背中から高層ビルに激突した。
唯一、弱点があるとすれば。
おまえは攻められる戦いに慣れていない。
おそらく、これまで自分が攻勢に出る状況がほとんどだったのだろう。自らそういう戦闘スタイルを好んでいるから、ということもある。あの畳み掛けるような近距離のハンドガンと格闘の複合戦術は、それでこそ真価を発揮するものだ。
だがそれゆえに。
自分より速いもの。自分よりゼロ距離で猛攻撃を仕掛けてくる相手との、戦闘経験が足りていない。
狙われているな――
直感した。
ふたたび空中に上昇したリィハの機体が、理想的な狙撃位置へと移動していた。
わかっていて、俺はあえて後退しなかった。
どのみち相手はビルの壁をぎりぎりですり抜ける弾道で撃ってくる。
距離を維持しつつ、シールドの角度を調整。ヨヴァンの猟機に接近。
ヨヴァンは手持ちの火器をグレネードランチャーからサブマシンガンへと変えたところだった。
遠い発砲音。
シールドに被弾。
機体がはげしく揺れる。だが姿勢を低くしていたためバランスは崩さない。そしてなにより、べつの狙いが成功した。
〈五式重盾『鐵』〉よって弾かれた可変翼徹甲弾は跳弾となり、ヨヴァンの猟機に直撃した。
『は……?』
リィハの素の声が聞こえた。
衝撃でヨヴァンの猟機が攻撃の機会を失う。武装をふたたびグレネードに戻しつつ後退する。
向こうもシールドを構えていたため、致命打にはならなかったのが残念だ。
『いまの――狙ったの……?』
リィハが愕然としている。
実際に、当たったのは偶然だった。
だが、当たればいいかなぐらいには思っていた。
あの角度であのタイミングで弾けば、ヨヴァンの猟機へと弾丸が向かうのはわかっていた。
やはり、先にあっちをやるか。
俺は跳躍し、手近なビルを蹴りつけた。
同時にスラスター制御。
斜め下をハルが撃った弾丸が抜けていく。
ヨヴァンのグレネードの射撃もかわし、爆風を背にスラスター全開で上昇。さらにべつのビルを使って三角飛びをし、一気に高度を取った。
このブースト・マニューバ。
以前、あの石柱のフィールドでの戦いが、よい予行練習になった。
都市を分断する河川の向こう側――その上空に小さな点となって浮かぶ、リィハの機体が見えた。
空中でアフターブスートを点火。
リィハ機に向かって突貫した。
『ハッ、なにそれ、単純すぎっ!』
嘲笑の叫び。
単機での正面突破。当然、他の二機からの猛攻撃を受ける。
だがハルの機体は遠距離装備を持っていない。ヨヴァンが撃ってくる。
予想通り、ヨヴァンが肩内部に装備していたマイクロミサイルを全弾発射。
後方から迫る無数の弾体を、俺はレーダーで一瞥した。
命中直前のタイミングで、左右のサイドスラスターを上下に吹かした。
空中で逆向きにバレルロール。
進行方向を維持したたま機体を回転させて高度を下げ、ミサイルをすべてかわしてから元の位置に戻った。
たしかに背後から攻撃は受ける。
だがそれは回避すればいいだけのことだ。
『こんのっ……!』
リィハが狙撃砲を発砲。
サイドブーストでタイミングをずらす。空を切った砲弾がわずかに振動となって伝わる。
どうやらこちらを撃ち落とそうとしているらしい。
だがリィハはひとつ、重大なことを軽視している。
猟機というのは基本的に、前進速度が後退速度よりも速い。
つまり、逃げるほうより追うほうが優位なのだ。
俺は猟機に乗っていて、ひさしぶりの全能感に包まれていた。
機体が軽い――
スペック的にはたいしたことのない差だが、それでもしばらくあの初期フレームの猟機に乗っていた俺にとっては、雲泥の差だ。
それに比べて相手は。
遅いな――
鈍重。緩慢。単純。迂闊。稚拙。脆弱。非力。
ふざけているのか? 遊んでいるのか? それが本気なのか?
それで、どうして勝てると思う。
燃料消費も見ていなかった。すべてのスラスターを使って空を駆けた。
『リィハ! 応戦するな! 背を向けて逃げろっ!』
『逃げって、そんな……――』
ハルが切羽詰った指示を出す。
もう遅い。
捉えた。
空中でレーザーソードを抜いた。刃を出力。狙撃砲を真っ二つに斬り裂いた。
近距離用のレーザーナイフを抜こうとしたリィハ機をシールドで殴りつけた。ナイフがその手から弾かれ宙を舞う。
『ひっ……!!』
ほとんど悲鳴に近かった。
なにがそんなに怖い。
こんなに楽しいのに――
三つ切断面を入力。
リィハ機の左腕、左脚、右腕を斬り飛ばした。
落下しながらシールドを背中にマウント。空いた左手でリィハ機の頭部をつかみ、逆手に握り直したソードで首を刈った。
<< TARGET DESTROYED >>
一機、撃破。
これで二対一。
逆さまに自由落下ししつ、俺は地上にいる残りの二機を下に見上げながら、降り立つ位置を探した。
向こうもこちらが着地する瞬間を狙ってくるだろう。
わざわざ悠長に待ってやる必要はない。
俺は機体の姿勢を制御し、メインスラスターを吹かした。
落下速度がさらに加速。
シールドを背負い、左手にマルチランチャーを装備。弾はスモークグレネードをセレクト。
地上にヨヴァンの猟機が見えた。サブマシンガンを構えている。撃たれる前に俺はマルチランチャーをトリガーした。
弾数は二発のみ――構わず全弾発射。
ヨヴァン機の頭越しに、濃灰色の煙が広がった。
『ちっ……!』
ハルも同時に迫っていたが、直前で煙幕を回避し距離をとった。俺は構わず、自分からその中へと着地した。
二発分を同時に使ったため、煙の濃度は通常より高かった。
ほぼ視界ゼロ。
目をつぶっているのと同じだった。
それでも、手足の操作は一瞬も止まらなかった。
集中力が際限なく高まっていく。
頭のなかに明瞭なイメージがあった。
敵機のスペック、手持ちの装備、プレイヤーの思考、仲間との位置、どのタイミングでどう動くか。それは見えているのとほぼ同義だった。
そこにいるな――
完全なる勘で横にブーストダッシュしつつ、旋回の速度をレーザーソードの横薙ぎに乗せた。
モニターにHITの表示。
『なん、で……』
手応え、あり。
ヨヴァン機の首元に、レーザーソードの切っ先が深々とめり込んでいた。
『見えてなかった、はずなのに』
ヨヴァンの声は、悪夢を見ているようにどこか茫洋としていた。
俺はそのまま頭部を切断し、手首を返して敵機の胸部を貫いた。致命判定により大ダメージが加算される。
撃破認定。
二機、撃破。
スモークグレネードの煙が、ゆっくりと晴れていく。
高層ビルに囲まれた大通り。その向こうに、ハルの猟機が取り残されていた。
俺は淡々と告げた。
「これで、一対一だ」
『……まるで鬼神だな』
ハルの声は、わずかに上ずっていた。
興奮を、震えを懸命に抑えている。
『信じられないな……。この前は、手加減してたのか? いや、それともそれがおまえの本当の――』
「来い」
さえぎって告げた。
ここには、言い訳も御託も探りあいも必要ない。
互いの力がすべてだ。
ハルの〈テンツァー〉に、レーザーソードの先端を向けた。
「相手をしてやる」
俺と成瀬。シルトとハル。〈シュナイデン・セカンド〉と〈テンツァー〉
二度目の一騎討ちだった。




