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アイゼン・イェーガー  作者: 来生直紀
EP04/ 第4話 王者凱旋
45/93

#44

 ――一週間後だ。そこで勝負をつけよう。

 

 そう言い残した成瀬たちが去ると、あとには俺と伊予森さんと重い空気だけが残された。それをまとったまま帰路についた。

 一緒に歩きながら、終始無言だった。人気のない児童公園にさしかかったところで、それまでずっと黙っていた伊予森さんがはじめて口を開いた。

「遠野くん」

 その声には棘があった。

 まあ、怒って当然だろう。謝らなければならない。

「さっきは、ごめん。険悪にしちゃって……」

「そうじゃない」

「え?」

 息をのんだ。

 伊予森さんの瞳が濡れていた。

 スカートの前で、両手のほっそりとした指を白くなるほどぎゅっと握り合わせていた。

 

「あんなやり方、もうやめて……」

 

 胸の裡から搾り出すような声だった。

 怒りに駆られているようにも、哀しみに縛られているように見えた。

 ――ああ、そうか。

 さすがは伊予森さんだ。

 俺の稚拙な考えなんて、どうやらお見通しらしかった。

「……いいんだ」

「よくない!」

 伊予森さんが声を張り上げた。

「千亜のためでしょ? 晴や千亜に気づかれないように、遠野くんがああいうやつだから断ったって思わせようって……千亜の居場所を守るために、あんなこと言ったんでしょ?」 

「それは……」

 俺と目が合うと、伊予森さんは耐え切れなかったようにうつむいた。長い髪が垂れて、その表情を覆い隠した。

「遠野くんは、ヒーローじゃないんだよ……」

 斜陽が道路に長い影を落としていた。

 ふたりのそれはどちらも細く、弱々しい影だった。

「だれかのためだからって……なんでもしていいわけじゃない。どうして、そんな風に自分をないがしろにできるの? わかんないよ……」

 痛切な声。

 そうさせているのはほかでもない、この自分なのだと知って、俺はただひたすらに申し訳なかった。

「ちがう、俺は……」

「どうちがうの?」

 すぐには答えられなかった。

 こういうとき、自分の要領の悪さが骨身に染みた。

 けれど、なにかちがう。それだけははっきりとわかっていた。

 そうなのだ。伊予森さんの言うとおりだ。

 俺はヒーローじゃない。

 ヒーローになりたいわけでもない。

 だれかを助けて、そのために自分を犠牲にできるほど強い人間じゃない。その痛みを受け入れるほどの器もない。そういうことじゃないんだ。


「俺は――俺のしたいことを、しているんだと思う」


 言いながら、言葉を探していた。  

 感傷的になって、感情的になって。

 せっかく広がりかけた交友をみずから壊すなんて、とても合理的じゃない。馬鹿のすることだ。こんな人間だから、一緒に昼飯を食べる友達ひとり、いないままなのだ。

 自分の選択が正しいのか、間違っているのか、わからない。

 いや――きっと間違っている。沢山間違ってきた。だから俺は、いつまでたっても、満足できる「今」にたどり着けなくて。

 ずっとなにかに憧れて、ずっともがいている。

 でもそれは、


「本当に?」

 伊予森さんの問いに、俺はうなずいた。


 俺が自分で選ぶことは、いつだって間違ったものを基準にしている。

 それは他人から見たら、ほんの些細なつまらないことかもしれない。まっとうな人間なら、気に留めないことかもしれないけど。

 でもそれは、俺が選んだことだから。


「これまでもそうで。

 ……だから、これからもそうすると思う」


 俺にとっては、大事なことなんだ。



「――伊予森さん、協力してほしい」

 まだうつむいて辛そうにしたままの伊予森さんに、そう言った。

 これはひとりでは成せないことだったから。

「遠野くんのためなら、なんでもする」

「ありがとう……」

「それで、どんなこと?」

「機体を、俺の猟機を、強くしたい」

 もうわかっていた。

 あの機体では、成瀬――ハルには勝てない。

 そういうことを俺が言うのが珍しかったのだろう。伊予森さんはすこし驚いたようだったが、やがて力強くうなずいてくれた。

 選んだ道の入口は、あの鉄と熱砂の世界にあった。

 

 *


 約束の期間――一週間は、あっという間に過ぎた。


 学校が終わるとすぐ家に直行して、夜遅くまでアイゼン・イェーガーにログインした。

 そこで機体を強化するための資金稼ぎに没頭した。

 稼いだ資金で機体の全フレームを一段階、高性能なものに変えた。高ランクプレイヤーのハイエンド機体には遠く及ばないものだったが、それでもほとんど初期状態の貧相な機体からは、ようやく脱出することができた。

 機体の構成は俺が基本的にパーツ選びをして、細かい部分についてはイヨの助言も参考にしながら決定した。

 そして、目標としていた作業はすべて終了した。



 俺のドックで、俺とイヨは完成したその猟機を見上げていた。

「なんとか、間に合ったね」

「そうだね」

「それにしても、へんな機体。こんなの、見たことない」

「……そうかな」

 たしかに、イヨの言うとおりかもしれなかった。


 一言で言って、その猟機は不恰好だった。 


 一番の原因は、細身の軽量機体に大型のシールドを二種類背負っていることだ。

 片方は〈五式重盾『くろがね』〉――対物理、対衝撃性能に特化した無骨なシールドだ。もう一方は以前から引き継いでいるシールド〈LUCIUS(ルキウス)〉で、レーザー兵器やHEAT弾など、高い熱量の攻撃にも耐えることができる、プレイヤーメイドの優れた一品だ。

 だがそれらのせいで、上半身が盛り上がって大きく見える。そのくせ脚も腰も細いため、非常に不安定なバランスになっている。実際、歩行時、ブースト・マニューバ時ともに安定性の数値はきわめて低かった。それは増えたシールドの重量をカバーするために、装甲やフレームをより軽量なものに変えていることも要因だ。

 メインスラスターの推力強化により、地上走行速度、及びブースト・マニューバの加速性能が約10パーセントほど、同空中機動時は15パーセントほど上昇している。

 武装も従来のレーザーソードに加え、レンジは短いが出力の高いレーザーカッターを左袖下に装備し、ハンドガンをやめて特殊弾をセレクトできるショートバレルのマルチランチャーを携行した。

 まるで骸骨のような細身の身体と、それに不釣合いな翼のような二枚の大型シールド。

 たしかにヒロイックとは真逆の、悪役めいた外見だ。

 扱いも相当ピーキーなものになるだろう。

 それでも、俺は不思議な安心感を持っていた。


 かつての愛機によく似ている。


 このアンバランスさ。非常に極端な設計思想、極端な戦術に基づいて造られた機体。

 猟機を倒すための猟機。

 ふつ、と血が沸くのを感じた。


「ねえ、これはなんていう機体?」

「え?」

「なまえ」

「ああ……とくに、付けてなかったけど」

 すっかり忘れていた。そういえば前の機体も命名はしていなかった。愛着も出てくる、などと思いながらも、そういうことには気が回らないでいた。

「じゃあ、わたしが付けてあげるよ」

「お願いします」

 イヨはメニュー画面を呼び出し、なにかを調べていた。

 辞書でも引いているのかもしれない。ややあって、ぽつりとその言葉をつぶやいた。


「――シュナイデン」


 不思議な響きだった。

「どう?」

「うん。いいと思う。ありがとう。じゃあ、二番目だ」

「二番目?」

「前に壊れたやつが、最初だから」

「ああ……。じゃあ、セカンドだね。あ、でもそっちは英語でこっちは……。まあ、いっか」

 めずらしくイヨは大雑把に言って微笑んだ。

 〈シュナイデン・セカンド〉――名前を胸のなかでつぶやいてみた。

「今度は、壊さないでよ」

「うん。もう壊さない」

 あっさりと言えた。まったく無責任な発言だった。けれどなぜか、俺にははっきりとした自信があった。

 壊させないさ。

 大切なものは、なにも。

 だがもうひとつ、戦いの前に済まさなければならないことがあった。

 あそこにもう一度行こう、と俺は思った。 

 

 *


 千亜は宣言どおり、学校に戻ってきた。

 だが、それでなにかが改善したわけではなかった。相変わらず千亜は俺がびびるほどのコミュ障で、男子は無論、女子たちから話しかけられてもまともに会話が続かないし、その苦手意識からか人との接触をできる限り避けようとしていた。それは相手が伊予森さんでも、変わらなかった。

 昼休み。俺は弁当には手をつけずに、教室の外に出た。

 そのまま使われていない第一小講義室へと向かう。

 中に入り、ベランダへの扉を開ける。

 いつもの場所に、千亜はいた。 

「千亜」

「なっ、なっ……なに」

 千亜はあいかわらず焦った様子で、口をあわあわさせた。……俺しかいないんだから、そこまで動揺しなくても。

 ――なにを言うべきか、考えていなかった。

 口下手なのは俺も同じだ。

 こういうのは決して向きではない。それでも、俺がなにか言わなければならなかった。自分の言葉で、自分の意思で。


「一緒に戦ってほしい」


「ぇ……?」

 千亜の力が必要だ、とは言わなかった。

 それが大事なことではなかったからだ。

 俺とイヨと、その隣に立って欲しかった。千亜を蚊帳の外には置きたくなかった。

「アイゼン・イェーガーの、チームバトルをやる。……相手には、成瀬たちがいる」

 びくっ、と小さな身体が揺れた。 

 断られるな、と思った。

 傷口をえぐるような真似をしているのだ。それでも仕方なかった。

 だが千亜はこちらをちらりと見上げて、

「盾の……役に、立つ?」

 意外なことを気にした。

「ああ……それはたぶん、いやっ、もちろん」

「……」

 千亜は弁当箱に視線を落とし、じっと考えていた。

 いや、覚悟を決めるための時間だったのかもしれなかった。


「……なら、ゃる」


「千亜、ありがと」

 よかった。

 伊予森さんもすこしは安心してくれるだろう。

 ほっとしたついでに、俺はあることを試みてみよう、と思った。 

 べつに天気がいいわけでもない曇り空の下、ちまちまと弁当をまた食べだした千亜に向けて、俺はあることを思いついた。

 そのとき、多少ハイになっていたのだと思う。

 ついその場の雰囲気にあてられて、俺はそれを口にした。 

「……もしもの話だけど。俺がいま、ここで一緒に弁当食べるとか、そういうこと言ったりしたら……ど、どう思う?」

 千亜はぽかんとした。

 数秒たってようやくその意味を理解するやいなや、信じられない、みたいな顔で俺を見た。口をぱくぱくとさせ、

「……ちゃっ、ちゃ……」

「ちゃ?」

 その言葉に俺は耳を澄ました。

 千亜はその小さな頬を紅潮させ、言った。


「チャラぃ……」


 顔が火を吹くほど熱くなった。

 その日の夜、俺が自分の部屋で悶絶したのは、言うまでもない。

 

 *


 チームバトルのフィールドは、以前にチアを連れていった場所だ。

 機械化都市マルドゥック。 

 かつての高度文明の名残りである、すべてが自動化された無人都市。無機質な高層ビル群やレールが複雑に入り乱れた、障害物の多いフィールドだ。

 すでに対戦相手は揃っていた。

 遠景のなかに、三機の猟機のシルエットが見えた。

 高さの異なるビルの屋上に、それぞれが一機ずつ立っている。

『先輩、このまえはゲンメツしました』

 そのうちの一機から、一葉の声がした。

 プレイヤーネームは『リィハ』となっている。

 リィハの機体は細身の軽量機だった。携行しているのはなにか長物の火器――狙撃機かもしれない。

『なので、マジでやっちゃいます』

 その声からは、すでに敵意がもれていた。

『シルトさんたちには悪いですけど、おれらには勝てないと思いますよ』

 ヨヴァンからも、言葉の端々にこちらに対する侮りが垣間見えた。

 搭乗機は、一目で重量機だとわかるゴツいシルエットだった。左手に俺の猟機以上の大型シールドを構えている。

 彼も曲りなりにもランカーだ。

 当然、対人戦には相当慣れていると見ていいだろう。

 俺は以前にハルの猟機を見たときと同様に、二機の総合評価判定を確認した。


 リィハの猟機〈フェイルノート〉――総合評価『A』

 ヨヴァンの猟機〈サウザンド〉――総合評価『A+』


 どちらも紛うことなきハイスペック機だ。

 だが、なによりも――


『まさか、こんなにすぐ再戦することになるとはな』


 マッシブなシルエットの中量猟機〈テンツァー〉

 ハルの声は、余裕とはちがう、確固たる自信に満ちていた。

『もし、この勝負でオレたちが勝ったら、シルトとイヨにはこっちのチームに入ってもらう』

「ああ、それでいい」

『……ずいぶん、軽い返答なんだな』

 俺の即答が意外だったのか、ハルは言った。

「当然だろ。俺は弱いやつらには興味ないんだ」

『そうか、わかった』

 それ以上、ハルはなにも言わなかった。


 俺はレーダー上で、後方にいるイヨの管制機〈ヴィント〉と、右方にいるチアの中量多脚機〈オクスタン〉を確認した。

 こちらは俺、イヨ、そしてチア。

 向こうはハル、リィハ、ヨヴァン。 


「はじめよう」


 黒々とした暗雲の下、三対三のチームバトルが開始された。



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