#43
また成瀬たちから誘いがあった。
休日、俺と伊予森さんはすこし足を伸ばして、県内の中心市街地にあるゲーミングカフェにやって来ていた。
活気に満ちたホール状の広い店内。
クールな雰囲気のイルミネーションに飾られ、ずらりと並んだテーブルとチェアのスペースに、最新型のVHMDやハイスペックな据え置きのPCが用意されている。ここはそのすべてがオンラインゲーム専用のプレイ施設だ。
「あ、先輩たち来たぁ~」
「よ、ふたりとも」
先に着いていた成瀬と一葉と合流する。だがふたりに加えて、そこにもうひとり見たことのない少年がいた。
「その子は?」
伊予森さんの問いに、成瀬が少年の肩に触れ、
「こいつもオレの後輩……って、まあ学校はちがうんだけど、アイゼン・イェーガーのチームメンバー。うちのエースだよ。今日は紹介も兼ねてさ、来てもらった」
「か、神代です。あ、アイゼン・イェーガーだと“ヨヴァン”ってネームでやってます。どうもです」
少年――神代が俺と伊予森さんに頭を下げた。篤士と同じ、中学二年生くらいだろうか。折り目正しい感じの少年だった。
「よろしくね、神代くん」
「よろしく……」
「えっと……シルトさん、ですよね? ハルさんから、けっこう強いって聞きましたよ」
「え?」
「おれ、いまデュエルマッチのランキング84位なんですけど、シルトさんはいまどのくらいなんですか?」
「や……俺は、そういうのはとくにやってなくて……」
「え? そうなんですか?」
神代は驚き、すこし残念そうに表情をくもらせた。
もしかしたら、自分と同じくらいのランクだと想像していたのかもしれない。期待を裏切って微妙に申し訳なかった。
俺はそう思っただけだったが、となりの伊予森さんから、すこしむっとしたような気配を感じた。
「神代くん、遠野くんは――」
「シルトは強いよ。それはオレが保証する」
伊予森さんが言う前に、成瀬がフォローするように言った。
相変わらず、気の回るやつである。
「あ、それじゃあ今度身内同士でバトルロワイヤルでもやるか。どっか集まって、朝まで寝ずにぶっ通しでさ」
「ええ~ハルさんに勝てるわけないですよ」
「晴先輩ぃ、わたし、もっとちがうことしたいなぁ。今日だってほんとは一緒に買い物とか行きたかったのに……。楓先輩もそう思いますよね?」
「え、わたしはアイゼン・イェーガーができればいいけど」
「……みんなゲーム脳すぎぃ」
一葉は最後の砦と言わんばかりに俺を見た。
だがまちがいなくその筆頭である俺は、ただ苦笑いするしかなかった。
ひとしきり遊んだあと、全員で飯を食べに行った。
成瀬はがっつりな家系ラーメンを強く主張したが、女子たちの猛反発を受けてあえなく敗退した。が、代わりにお洒落で穴場的なカフェをすぐに提案するところが、成瀬らしい完璧さだった。
全員でテーブルを囲み、ジュースで乾杯した。
ソファー型の席で、となりに座る伊予森さんとの距離の近さに緊張した。
それを見た一葉に、ほんとにまだ付き合ってないんですかぁ? と茶化されたりもした。神代は、やっぱ高校生ってオトナっすね! などとピュアそうな発言をした。
成瀬たちは、俺を受け入れてくれている。
そのグループのなかで、決して作り笑いではない笑みを浮かべる俺がいた。
居場所があった。心地がよかった。
それは嘘偽りのない本心だった。――けれど、
俺はほんとうに、これが欲しかったのだろうか?
ずっと遠いところにあって。
ずっと長い間、憧れ続けていて。
いまも探し続けているものは、本当に――
帰り際、遠野たちと別れてから、伊予森さんが切り出した。
「遠野くん。あの話、どうする?」
なにを、とは聞かなかった。
成瀬たちからチームに誘われている件だ。
「……まだ、決めてない」
「そっか……。千亜のこと、あるもんね……」
その通りだった。
もし、俺たちが成瀬とチームを組んだら、すくなくともアイゼン・イェーガーで千亜と一緒にやる機会はなくなってしまうだろう。千亜がそこに加わりたいなどと言い出すはずもなかった。
それだけではない。
もしかしたらいま以上に、成瀬たちとはリアルでも会う機会が増えるだろう。そうなれば、千亜が俺たちと居づらくなることも考えられる。
だから断る、という選択肢もあった。
成瀬たちにはその事情を伝え、そういう訳だから悪いけれど、と。
成瀬は、きっと反対しないだろう。
聡明なあいつのことだ。すべての事情を見通して、気にするな、とまたあの人懐っこい笑みで返すにちがいない。
結局、それが一番妥当な選択に思えた。
「わたしは、断るのがいいと思う」
伊予森さんも同じことを考えているようだった。
だからあえて、いま自分の意思を表明した。それが言外に、俺の同意を求めていることがわかった。
「俺は……すこし、考えたい」
「え……」
俺の言葉に、伊予森さんは意外そうな顔をした。
だがそこで俺の気持ちに気づいたのか、あることを尋ねてきた。
「遠野くんは、晴たちと一緒にいて、どう?」
「……楽しいと、思う」
「そっか……。そうだよね。遠野くん、前から言ってたもんね、リア充になりたいって……」
ジレンマを理解したように、伊予森さんはそれ以上なにも言わなかった。
だけど、正確には俺の迷いの中心は、そこではなかった。
俺のことではない。千亜のことを考えていた。
自分自身の答えが、見つからないでいた。
*
アイゼン・イェーガーのなかで、俺はひとりでフィールドに出ていた。
すこしプレイしない日が続いたので、勘を取り戻すがてら、難易度の低いガイストの掃討クエストを受注して荒野に出た。
避ける、弾く、撃つ、斬る。
黙々と敵を倒していく。
なにも考えなくても、手足を動かすように機体を操ることはできた。
その間も意識のほとんどは、ある一点に注がれていた。
成瀬――
おまえには、きっとわからないだろう。
強いおまえには。
それはもしかしたら、伊予森さんでさえも同じなのかもしれない。
けれど、千亜はちがう。
千亜は弱い。どうしようもなく弱い。そして愚かだ。
だから傷つく。
勝手にひとりで、格好悪く、ひとりでは回復できないほどに。
そしてそれは、まちがいなく当人の責任だ。
成瀬がもし、漫画やドラマに出てくるような、女ったらしで他人を平気で傷つける悪役キャラだったとしたら、どれほどよかったか。
だが現実はそうじゃない。
成瀬は善人だ。
優れた能力と優れた人格を備えた人間だ。
だから――残酷なんだ。
俺ができることは、なんだろうか。
同じく現実では、ただの弱者のひとりに過ぎない俺にできることは。
伊予森さんが言ったとおり、成瀬の誘いを断ればいい。
たしかに、それだけなら簡単だ。
だけど、頭のいい成瀬はすべて見抜くだろう。俺と伊予森さんがいまのチームメンバーである千亜のために、千亜と成瀬のあいだに起きた出来事を考慮して、それを選んだと。
そして千亜のことを憐れむだろう。
もしかしたら、罪悪感すら抱くかもしれない。
千亜のためにと、なにか行動に移すかもしれない。そうなっても不思議はない。なぜならあいつには、そうするだけの力があるからだ。
千亜はどう思うだろうか。
千亜はあのとき、俺と親しげに話す成瀬たちを見ている。どういう関係か察したはずだ。チームに入って欲しいと、その会話すらあそこで聞いている。
気づかないわけがない。
俺や千亜のような人種は、コミュ障な分、人がなにを考えているとか、あのときどう感じただろうとか、そういう細かいことを脳内で繰り返すことには長けているからだ。
俺や伊予森さんに気を遣われて、成瀬にも憐れまれて。
千亜が求めているのは、そんな優しさじゃない。
絶対にちがう。
そんなものはいらない。
俺たちには、そんなものは必要ないんだ。
だから俺がすべきことは、誠実に、穏便に伝えることじゃない。
千亜の居場所を守ること。
成瀬に覚られず、千亜を傷つけず、そんな方法が――
ボス級の大型ガイストを撃破したとき、俺は手を止めた。
ひとつだけ。
ある考えが、脳裏に浮かんだ。
そして思わず、自嘲的な気分になる。
本当に、馬鹿だな――
そんなやり方しか思いつかない自分の頭の悪さが、どこまでも滑稽だった。
だけど、それが現実だ。そして現実にある武器で、自分のできる方法で、俺たちはやっていくしかない。
必要なのは、道化だ。
道化を演じられる人間だ。
それはなにをもたらし、なにを犠牲にするかも、もうわかっていた。
それでも、俺が欲しかったのは。
俺が信じたいことは。
*
その日、俺と伊予森さんほうから、成瀬たちを誘って集まった。
互いの学校の中間地点となる道で落ち合うと、成瀬が開口一番、俺に言った。
「――この前の、楠さんだったんだな」
伊予森さんの気配が、固くこわばるの感じた。
成瀬はそれすらも見抜いたように目を細め、
「伊予森からはもう聞いたけど、すぐ気づかなくて、悪かったなって思ってさ。……もしかして、なんか揉めてるのか? 必要だったら、俺が手貸すからさ」
頼もしい口調だった。
握った拳に、力がこもった。
予想していた通りだ。
おまえなら、そう言うだろうな。
だけど――
「必要、ないよ」
「そっか……。まあ、いつでも言ってくれよ。あ、そういや神代もふたりのこと歓迎してたぞ。一緒にチーム戦やれたら嬉しいって」
「晴、その話だけど――」
「待って、伊予森さん」
「遠野くん……?」
「お願い」
伊予森さんは困惑しながらも、小さくうなずき、こちらにゆずってくれた。
俺が答えたかった。自分の意思で、自分の言葉で。
改めて、俺は成瀬に向き合った。
「なに、どうしたんだよ?」
成瀬は疑ってもいない。
この堂々とした笑みに逆らう人間は、滅多にいないのだろうな、と思った。それほどに魅力的なものだった。
だから迷いはなかった。
決めていた言葉を、そのまま口にした。
「俺は、自分より弱いやつらと組む気はないよ」
空気が凝った。
その場にいただれもが、俺の言葉に固まっていた。
なにかが音を立てて、壊れていく。
その音に俺はしっかりと耳を澄ませていた。
成瀬の表情が、ゆっくりと変化した。
「……なに?」
「聞こえなかったか? 興味がない、って言ったんだ。俺の仲間は、伊予森さんと千亜がいれば十分だから」
自分でも驚くほど冷淡な声が出た。
俺はいま、どんな顔をしているのだろう。
成瀬は絶句している。
はじめてこいつが動揺しているのを見た。いや――
ようやく素顔を見れた気がした。
「……それ、冗談か?」
「あいにく、冗談じゃない」
成瀬の視線、その色が変わった。
仲間に向ける親しみのこもったものから、敵を捉える獰猛なものに。
きっとあのデュエルのときも、そんな眼をしていたにちがいない。
背中がぞくりとした。
だが、同時に俺はどこか安心していた。
なんだ、やっぱりそういう顔もできるんじゃないか、と。
「……先輩、イミワカンナイですけど。それじゃウチらがまるで――」
血相を変えて騒ぎ出した一葉を、成瀬が手で制した。
俺と成瀬の視線が、空中でぶつかった。
「はっ……ちょっと、びっくりだな。まさか、遠野がそんなこと思ってたなんて。……でも、それなら言うけど、おまえこの前オレに――」
「成瀬」
強い口調でさえぎった。
一葉が、成瀬が、伊予森さんが、俺を見ていた。
その視線から逃げることはしなかった。
「俺ともう一度戦え」
叩きつけるように言った。
道化を、その存在を確立するためには必要な条件がもうひとつあった。
それを成さなければ完成しない。
だから、
「俺が――“俺たち”が、おまえたちより強いことを証明してやる」
次回、EP04/第4話『王者凱旋』
本 領 発 揮 の 時 間 で す 。




