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アイゼン・イェーガー  作者: 来生直紀
EP04/ 第3話 代償の道筋
44/93

#43

 また成瀬たちから誘いがあった。

 休日、俺と伊予森さんはすこし足を伸ばして、県内の中心市街地にあるゲーミングカフェにやって来ていた。

 活気に満ちたホール状の広い店内。

 クールな雰囲気のイルミネーションに飾られ、ずらりと並んだテーブルとチェアのスペースに、最新型のVHMDやハイスペックな据え置きのPCが用意されている。ここはそのすべてがオンラインゲーム専用のプレイ施設だ。 

「あ、先輩たち来たぁ~」

「よ、ふたりとも」

 先に着いていた成瀬と一葉と合流する。だがふたりに加えて、そこにもうひとり見たことのない少年がいた。

「その子は?」

 伊予森さんの問いに、成瀬が少年の肩に触れ、

「こいつもオレの後輩……って、まあ学校はちがうんだけど、アイゼン・イェーガーのチームメンバー。うちのエースだよ。今日は紹介も兼ねてさ、来てもらった」

「か、神代です。あ、アイゼン・イェーガーだと“ヨヴァン”ってネームでやってます。どうもです」

 少年――神代が俺と伊予森さんに頭を下げた。篤士と同じ、中学二年生くらいだろうか。折り目正しい感じの少年だった。

「よろしくね、神代くん」

「よろしく……」

「えっと……シルトさん、ですよね? ハルさんから、けっこう強いって聞きましたよ」

「え?」

「おれ、いまデュエルマッチのランキング84位なんですけど、シルトさんはいまどのくらいなんですか?」

「や……俺は、そういうのはとくにやってなくて……」

「え? そうなんですか?」

 神代は驚き、すこし残念そうに表情をくもらせた。

 もしかしたら、自分と同じくらいのランクだと想像していたのかもしれない。期待を裏切って微妙に申し訳なかった。

 俺はそう思っただけだったが、となりの伊予森さんから、すこしむっとしたような気配を感じた。

「神代くん、遠野くんは――」

「シルトは強いよ。それはオレが保証する」

 伊予森さんが言う前に、成瀬がフォローするように言った。

 相変わらず、気の回るやつである。 

「あ、それじゃあ今度身内同士でバトルロワイヤルでもやるか。どっか集まって、朝まで寝ずにぶっ通しでさ」

「ええ~ハルさんに勝てるわけないですよ」

「晴先輩ぃ、わたし、もっとちがうことしたいなぁ。今日だってほんとは一緒に買い物とか行きたかったのに……。楓先輩もそう思いますよね?」

「え、わたしはアイゼン・イェーガーができればいいけど」

「……みんなゲーム脳すぎぃ」

 一葉は最後の砦と言わんばかりに俺を見た。

 だがまちがいなくその筆頭である俺は、ただ苦笑いするしかなかった。



 ひとしきり遊んだあと、全員で飯を食べに行った。

 成瀬はがっつりな家系ラーメンを強く主張したが、女子たちの猛反発を受けてあえなく敗退した。が、代わりにお洒落で穴場的なカフェをすぐに提案するところが、成瀬らしい完璧さだった。

 全員でテーブルを囲み、ジュースで乾杯した。

 ソファー型の席で、となりに座る伊予森さんとの距離の近さに緊張した。

 それを見た一葉に、ほんとにまだ付き合ってないんですかぁ? と茶化されたりもした。神代は、やっぱ高校生ってオトナっすね! などとピュアそうな発言をした。

  

 成瀬たちは、俺を受け入れてくれている。

 そのグループのなかで、決して作り笑いではない笑みを浮かべる俺がいた。

 居場所があった。心地がよかった。

 それは嘘偽りのない本心だった。――けれど、


 俺はほんとうに、これが欲しかったのだろうか?


 ずっと遠いところにあって。

 ずっと長い間、憧れ続けていて。

 いまも探し続けているものは、本当に――



 帰り際、遠野たちと別れてから、伊予森さんが切り出した。

「遠野くん。あの話、どうする?」

 なにを、とは聞かなかった。

 成瀬たちからチームに誘われている件だ。

「……まだ、決めてない」

「そっか……。千亜のこと、あるもんね……」

 その通りだった。

 もし、俺たちが成瀬とチームを組んだら、すくなくともアイゼン・イェーガーで千亜と一緒にやる機会はなくなってしまうだろう。千亜がそこに加わりたいなどと言い出すはずもなかった。

 それだけではない。

 もしかしたらいま以上に、成瀬たちとはリアルでも会う機会が増えるだろう。そうなれば、千亜が俺たちと居づらくなることも考えられる。

 だから断る、という選択肢もあった。

 成瀬たちにはその事情を伝え、そういう訳だから悪いけれど、と。

 成瀬は、きっと反対しないだろう。

 聡明なあいつのことだ。すべての事情を見通して、気にするな、とまたあの人懐っこい笑みで返すにちがいない。

 結局、それが一番妥当な選択に思えた。

「わたしは、断るのがいいと思う」

 伊予森さんも同じことを考えているようだった。

 だからあえて、いま自分の意思を表明した。それが言外に、俺の同意を求めていることがわかった。

「俺は……すこし、考えたい」

「え……」

 俺の言葉に、伊予森さんは意外そうな顔をした。

 だがそこで俺の気持ちに気づいたのか、あることを尋ねてきた。

「遠野くんは、晴たちと一緒にいて、どう?」

「……楽しいと、思う」

「そっか……。そうだよね。遠野くん、前から言ってたもんね、リア充になりたいって……」

 ジレンマを理解したように、伊予森さんはそれ以上なにも言わなかった。

 だけど、正確には俺の迷いの中心は、そこではなかった。

 俺のことではない。千亜のことを考えていた。


 自分自身の答えが、見つからないでいた。


 *


 アイゼン・イェーガーのなかで、俺はひとりでフィールドに出ていた。

 すこしプレイしない日が続いたので、勘を取り戻すがてら、難易度の低いガイストの掃討クエストを受注して荒野に出た。

 避ける、弾く、撃つ、斬る。

 黙々と敵を倒していく。

 なにも考えなくても、手足を動かすように機体を操ることはできた。

 その間も意識のほとんどは、ある一点に注がれていた。

 

 成瀬――

 おまえには、きっとわからないだろう。

 強いおまえには。

 それはもしかしたら、伊予森さんでさえも同じなのかもしれない。

 けれど、千亜はちがう。

 千亜は弱い。どうしようもなく弱い。そして愚かだ。

 だから傷つく。

 勝手にひとりで、格好悪く、ひとりでは回復できないほどに。

 そしてそれは、まちがいなく当人の責任だ。

 成瀬がもし、漫画やドラマに出てくるような、女ったらしで他人を平気で傷つける悪役キャラだったとしたら、どれほどよかったか。

 だが現実はそうじゃない。

 成瀬は善人だ。

 優れた能力と優れた人格を備えた人間だ。


 だから――残酷なんだ。

 

 俺ができることは、なんだろうか。

 同じく現実では、ただの弱者のひとりに過ぎない俺にできることは。

 伊予森さんが言ったとおり、成瀬の誘いを断ればいい。

 たしかに、それだけなら簡単だ。

 だけど、頭のいい成瀬はすべて見抜くだろう。俺と伊予森さんがいまのチームメンバーである千亜のために、千亜と成瀬のあいだに起きた出来事を考慮して、それを選んだと。

 そして千亜のことを憐れむだろう。

 もしかしたら、罪悪感すら抱くかもしれない。

 千亜のためにと、なにか行動に移すかもしれない。そうなっても不思議はない。なぜならあいつには、そうするだけの力があるからだ。

 千亜はどう思うだろうか。

 千亜はあのとき、俺と親しげに話す成瀬たちを見ている。どういう関係か察したはずだ。チームに入って欲しいと、その会話すらあそこで聞いている。

 気づかないわけがない。

 俺や千亜のような人種は、コミュ障な分、人がなにを考えているとか、あのときどう感じただろうとか、そういう細かいことを脳内で繰り返すことには長けているからだ。

 俺や伊予森さんに気を遣われて、成瀬にも憐れまれて。


 千亜が求めているのは、そんな優しさじゃない。

 

 絶対にちがう。

 そんなものはいらない。

 俺たち(、、、)には、そんなものは必要ないんだ。

 だから俺がすべきことは、誠実に、穏便に伝えることじゃない。

 千亜の居場所を守ること。

 成瀬に覚られず、千亜を傷つけず、そんな方法が――

 ボス級の大型ガイストを撃破したとき、俺は手を止めた。


 ひとつだけ。


 ある考えが、脳裏に浮かんだ。

 そして思わず、自嘲的な気分になる。


 本当に、馬鹿だな――


 そんなやり方しか思いつかない自分の頭の悪さが、どこまでも滑稽だった。

 だけど、それが現実だ。そして現実にある武器で、自分のできる方法で、俺たちはやっていくしかない。

 必要なのは、道化だ。

 道化を演じられる人間だ。

 それはなにをもたらし、なにを犠牲にするかも、もうわかっていた。


 それでも、俺が欲しかったのは。

 俺が信じたいことは。


 *


 その日、俺と伊予森さんほうから、成瀬たちを誘って集まった。

 互いの学校の中間地点となる道で落ち合うと、成瀬が開口一番、俺に言った。

「――この前の、楠さんだったんだな」

 伊予森さんの気配が、固くこわばるの感じた。

 成瀬はそれすらも見抜いたように目を細め、

「伊予森からはもう聞いたけど、すぐ気づかなくて、悪かったなって思ってさ。……もしかして、なんか揉めてるのか? 必要だったら、俺が手貸すからさ」

 頼もしい口調だった。

 握った拳に、力がこもった。

 予想していた通りだ。

 おまえなら、そう言うだろうな。

 だけど――

「必要、ないよ」

「そっか……。まあ、いつでも言ってくれよ。あ、そういや神代もふたりのこと歓迎してたぞ。一緒にチーム戦やれたら嬉しいって」

「晴、その話だけど――」

「待って、伊予森さん」 

「遠野くん……?」

「お願い」

 伊予森さんは困惑しながらも、小さくうなずき、こちらにゆずってくれた。

 俺が答えたかった。自分の意思で、自分の言葉で。

 改めて、俺は成瀬に向き合った。

「なに、どうしたんだよ?」

 成瀬は疑ってもいない。

 この堂々とした笑みに逆らう人間は、滅多にいないのだろうな、と思った。それほどに魅力的なものだった。

 だから迷いはなかった。

 決めていた言葉を、そのまま口にした。



「俺は、自分より弱いやつらと組む気はないよ」



 空気が凝った。

 その場にいただれもが、俺の言葉に固まっていた。

 なにかが音を立てて、壊れていく。

 その音に俺はしっかりと耳を澄ませていた。

 成瀬の表情が、ゆっくりと変化した。

「……なに?」

「聞こえなかったか? 興味がない、って言ったんだ。俺の仲間は、伊予森さんと千亜がいれば十分だから」

 自分でも驚くほど冷淡な声が出た。

 俺はいま、どんな顔をしているのだろう。

 成瀬は絶句している。

 はじめてこいつが動揺しているのを見た。いや――

 ようやく素顔を見れた気がした。

「……それ、冗談か?」

「あいにく、冗談じゃない」

 成瀬の視線、その色が変わった。

 仲間に向ける親しみのこもったものから、敵を捉える獰猛なものに。

 きっとあのデュエルのときも、そんな眼をしていたにちがいない。

 背中がぞくりとした。

 だが、同時に俺はどこか安心していた。

 なんだ、やっぱりそういう顔もできるんじゃないか、と。

「……先輩、イミワカンナイですけど。それじゃウチらがまるで――」

 血相を変えて騒ぎ出した一葉を、成瀬が手で制した。

 俺と成瀬の視線が、空中でぶつかった。  

「はっ……ちょっと、びっくりだな。まさか、遠野がそんなこと思ってたなんて。……でも、それなら言うけど、おまえこの前オレに――」

「成瀬」

 強い口調でさえぎった。

 一葉が、成瀬が、伊予森さんが、俺を見ていた。

 その視線から逃げることはしなかった。

「俺ともう一度戦え」

 叩きつけるように言った。

 道化を、その存在を確立するためには必要な条件がもうひとつあった。

 それを成さなければ完成しない。

 だから、


「俺が――“俺たち”が、おまえたちより強いことを証明してやる」



次回、EP04/第4話『王者凱旋』


本 領 発 揮 の 時 間 で す 。


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