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アイゼン・イェーガー  作者: 来生直紀
EP04/ 第3話 代償の道筋
42/93

#41

 俺は楠さんを伴って、街をさまよっていた。

 ――カフェでも入る? ⇒ ノー。

 ――ゲーセンでも行く? ⇒ ノー。

 ――な、なにか買い物とかしたい? ⇒ ノー。

 じゃあ、どこならいいんだよ!

 文句が喉まで出かかったのを、俺はかろうじて飲み込んだ。一応、伊予森さんから楠さんをよろしく、と頼まれているのだ。

「……今日、わりと涼しいね」

「……………………………………んが」

 話題がなかった。

 そうか、コミュ障がふたり揃うとこんな状況になるのか。新たな発見だった。

 まさに進退窮まる、といったところか。

「行きたいとことか……ある?」

 無言。

 思いつかない、というより、ぶっちゃけとくにないのだろう。

 あったら自分ひとりで行っている。自分たちはそういう人種である。

 さらに楠さんの歩き方はひどくぎこちなかった。手と足が同時に出ている。出来の悪いロボットのようだ。緊張しているのだろうか。

 無駄に歩かせるのも忍びなかった。

 もうどこでもいいから、休めるところに行きたかった。

「ま……」

 そのとき、楠さんが初めて自分から言葉を発した。

「なに、どっかあるの?」

「…………漫画、喫茶」

 その提案は、さすがに予想外だった。 

 


 携帯で検索して、近くに昔ながらの漫画喫茶を見つけた。

 我ながら名案だと思った。……というよりは無難な策か。

 受付を済ませて、ふたりそれぞれ別れて好きなように飲み物やマンガを手にして、個室に入る。

 一名用のわりにはゆったりめの個室には大きなリラクゼーションチェアーのほかに、VHMDやデジタルペーパーなどが置かれている。

「さてっと……」

 紙媒体のマンガを手に、俺は椅子に身体を沈めた。 


 パラ……パラ……。

 …………………パラ…………………。


 静かな個室内に、ページをめくる音だけが響く。

 読みたい漫画は色々あったし、これはこれで、楽しい。

 が、果たしてこれは一緒に遊んでいることになるのだろうか?

 かといって俺は成瀬のように遊び慣れていないし、仮に提案できたとして、そういう場所を楠さんが望んでいるとも思えない。

 わりとすぐ、漫喫を出た。

 楠さんも微妙な表情をしていた。

 自分が言ったとはいえ、なぜ放課後男子と一緒に街を歩いて、漫喫でそれぞれ分かれてマンガを読まなくてはならないのか、という顔だった。

 俺もよくわからない。

「……公園でも、行くか」

 こくり。

 もはやなんの目的意識もないまま、俺たちは近所の運動公園に足を運んだ。



 夕暮れどきの公園は、和やかだった。

 ときおり舗装路を走るスポーティな格好のランナーがいる。

 水場の近くで、小学生低学年くらいの子たちが遊んでいる。

 腰の曲がったお年寄りが、なにをするでもなくベンチに腰かけている。

 それに習って、俺と楠さんもとりあえず空いているベンチに座った。


 ――俺はいったい、ここでなにをしているんだろう?


 まあ、これで一応「遊んできた」という既成事実にはなるだろう。無駄に金を使いたくもなかったし、楠さんもここなら平気そうだった。

 そのとき、俺はふと気づいた。 

 そうなのだ。

 これが俺と成瀬のような人間の、決定的なちがいだ。 

 自分は、だれかを引っ張れるような人間じゃない。

 中心にはなれない。

 だれかが作るグループに入ることはできても、自分がいなければそのグループが成り立たない、ということには決してならない。でも、

 それで、いいのかもしれない。

 成瀬や伊予森さんたちと一緒に遊ぶことは楽しい。いまは、素直にそう思える。

 自分が中心かどうかなんて、瑣末なことじゃないだろうか。

 考えようにようっては、むしろ気楽な立場とさえいえるのだし。

 すこし、気が楽になった。

「そういえば、なんで学校休んでたんだっけ」

 なにげなく聞いてから、俺はすぐ後悔した。

 そうだ。こういうことは、あまり聞いてはいけないのか。

「…………こうつう、じこ」

 だが意外にも、反応があった。 

「事故?」

「入学式のすこしまえ……。…………轢かれた。それで、身体、五箇所骨折した……。全治……三ヶ月」

「……マジか……」

 驚いた。

 なんとなく勝手にメンタル的な事情を想像していたのだが、意外と物理的な理由だったのか。

「で、でも、大事に至らなくてよかったね。車の事故でそれくらいで済んで……」

「……車じゃない」

「?」

「……こ、こぐやつ」

漕ぐやつ?

「あ、自転車かぁ。まあ最近、自転車事故多いしね。ロードバイクとかスピード出るやつだと十分あぶな――」

「ちがう」

「え?」

「ぃ…………一輪車」

 楠さんは、苦しげに答えた。

 は――?

「小学生の女の子とぶつかって……。こういう、公園で……」

「…………」

 言葉が出てこなかった。

 どういう顔をして、どういうリアクションをとればいいのかわからなかった。

「そ、そっか。……ま、まあそういうことも、あるよね?」

「…………なぃ……」

 はげしく気まずい。

 (ほぼ)高校生が小学生の一輪車に轢かれて入院。

 俺の人生で、もう二度と出会うことはない出来事にちがいない。

「ち、チアは、身体をもっと鍛えたほうが……」

 静寂のあまりの息苦しさに耐えかねて、とにかくなにか喋ろうとしたとき。

 楠さんがきょとんとしていた。

 遅れて、俺も自分の失態に気づく。

 しまった。

 ついゲーム内のときの癖で、名前で呼んでしまった。

「ごめん、楠さんは――」

「……ぃぃ」

「え?」


「名前で、ぃぃ」


 どきり、とした。

 怯え混じりの瞳がこちらを見上げている。

 うすい唇はかすかに震えていた。

 触れたらすぐ壊れてしまいそうな儚さ。

 そうか。

 出会いのせいか、いまのいままで意識しなかったけれど。

 楠さんは――千亜は可愛いのだ。

 ややぼさぼさ気味の頭や、常にまとっている陰鬱な雰囲気をのぞけば、顔立ちは整っているし、小さな身体はなにか常に一生懸命な感じがするし。

「わ、わかった」

 おろおろしながら、俺はかろうじて答えた。

「…………なまっ、なまえ……なに」

「名前って……俺の?」

 こくり。

「盾、だけど」

「……盾」

「は、はい」

「……………………へんな、名前」

「なっ」

 千亜は声にならない声でくつくつと笑い、華奢な肩を揺らしている。

 そうだ。

 本性は、こういう性格なのだ。

「悪かったな」

「……き、気にして……?」

「べつに……。昔から散々言われて、もう慣れてる」

 すこしぶっきらぼうな言い方だったか、と一瞬不安を抱いたが、千亜は唐突に吹き出した。

「たて…………ぷぷっ!」

「……だからって、面を向かって笑うのはどうかと思うよ?」

 げんなりしつつも、すこしだけ俺は安堵していた。

 不思議な感情が、俺のなかに芽生えつつあった。


 *


 とりあえず駅まで送った。

 俺は乗る路線もちがうので多少遠回りだったが、伊予森さんにも頼まれているし、エスコートするくらいの常識はあった。

 人が込み合ってくる手前で、千亜がここでいい、と言った。

「じゃ、これで」

「盾」

「ん?」

「きょうは、楽しかった」

 はっとした。

 千亜がうつむき加減ながら、うっすらと笑みを浮かべていた。

 そういう風にできるなら、もっとそうしてればいいのに。

 成瀬じゃあるまいし、そんな気障な台詞はもちろん口にはできなかった。が、本音ではあった。

「そっか。うん」

 じゃあ、また明日。俺がそう返そうとした。そのときだった。

 

「――あれ、遠野?」


 よく通る声のほうに振り返ると、そこに成瀬がいた。

 その傍らは、やはりというか、一葉の姿もあった。

「わぁ、遠野先輩! なにしてるんですかぁ?」

 一葉の問いに、まあちょっと、と俺は言葉を濁した。

 いろいろと説明がしずらかった。  

「……っていうか、最近、よく会うね」

「そうだな。もしかして、オレのストーカーか?」

「や、それはこっちの台詞……」

「残念だ、遠野。悪いけど、オレにはそっちの路線は……」

「いやだから」

 成瀬はいつもと変わらず、軽口が絶えない。

 だがこういうなにげないやりとりが、俺には十分新鮮で、心地よいのは確かだった。

「で、そういやアイゼン・イェーガーの件は、決めてくれたのか? マジな話、本当にオレたちは遠野たちに仲間になってもらいたいんだって」

「それは、……わかってるけど」

「先輩ぃ、いいじゃないですかぁ。それともわたしが嫌いなんですかぁ?」

「いや、そういうことじゃなくて」

 猫撫で声の一葉に詰め寄られ、俺が思わずうなずいてしまいそうになった。

 そのときだった。

「ん、そっちは……」

 成瀬が、ぽつんと置いてけぼりの千亜に気づいた。

「あ、えっと――」

 そういえば、このふたりは面識がなかったのか。

 どうやって紹介すべきか、なにか共通の話題をと考えながら、アイゼン・イェーガーのことを思い出し、千亜の顔を見た。


 成瀬を見つめる千亜の表情が、固くこわばっていた。


 まるで幽霊かなにか――本当に恐ろしいものを目の当たりにしたかのような、異常な反応だった。

 かける言葉もなく、俺が呆然としていると、

 突然、千亜がきびすを返して走り出した。

「え?」

 止める暇もなかった。

 行きかう雑踏にまぎれて、すぐにその小さな背中は見えなくなってしまった。

 成瀬と一葉も首をかしげている。

「――なんですかぁ、あれぇ?」

 まさに、そう一葉が呟いた通りに。


 なにが起きているのか、理解できなかった。



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