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アイゼン・イェーガー  作者: 来生直紀
EP04/ 第3話 代償の道筋
40/93

#39

 園内は盛況だった。

 俺たちがやってきたのは屋外型のアミューズメントパークだが、昨今のVR技術を活かした屋内での体験型アトラクションも多くあった。VHMDで手軽にできるVRゲームとはちがい、広い施設のなかで実際に自分の身体を動かすタイプのものだ。

 まず『バイオウィルスの蔓延した死の街から脱出するVRツアー』で、成瀬がその腕前を発揮した。

 VR映像によって再現された、燃え盛るアメリカンな街並み。

 血まみれのグロテスクなゾンビが俺たちを取り囲んでいた。

 成瀬が手にした拳銃で、みずからゾンビに近づき次々と撃ち抜いた。鮮血が飛び散り、あちこちで爆発の炎が吹き上がる。

「ヒャハー! 最高だぜえぇええ!!」

「ちょ、成瀬、そっちは行かなくても……」

「さあどうした!? 全員かかってこいよ!」

「晴! あんた逃げる気あるの!?」

 成瀬はもはや脱出するためというより殺戮を楽しむマシーンと化していた。その戦いぶりはわずかに、あのデュエルを彷彿とさせた。 

「晴先輩、さすがです~!」

 守られてばかりの姫プレイをしていた一葉が、黄色い声を上げる。VRの演出でその目が本当にハートマークだった。

 最終的に俺たちは今日の参加者で最高スコアをたたき出し、スタッフや同行者たちからの拍手を得た。



 次に訪れたのは、さきほどのVRツアーの西洋ファンタジーバージョンだった。

 それぞれRPG風のキャラクターになりきり、秘宝目指して魔物のはびこる地下ダンジョンを進んでいくという内容だ。

 それぞれランダムで割り当てられた役柄になりきる。俺が剣と盾を持った勇者キャラ、成瀬がデカい戦斧を担いだ戦士、伊予森さんが魔法使い、一葉が弓を持った狩人という配役となる。

 薄暗いダンジョンを、ランタンを頼りに進んでいく。  

 突然、道端に倒れていた骸骨が起き上がった。

 俺はとっさに手にした盾を両手持ちして、左右に殴打。鎧をまとった骸骨はバラバラになって吹き飛ぶ。

「遠野、剣使えよ! その背中のは飾りか?」

「え? あ……。でも、もう倒しちゃったけど……」

「嘘だろ!?」

「え、遠野先輩すごい!?」

 一葉が本気で驚いていた。

 まあ、ゲームだからな……。

 さらに進んでいくと、可愛くない見た目のスライムが出現した。

 なぜかそのスライムは俺と成瀬には目もくれずに、一目散に伊予森さんと一葉だけに襲いかかった。

 スライムから伸びたゲル状の触手に、ふたりが絡め取られる。

「いやぁ~~! なんかまとわりついてきた~~!?」

「晴先輩ぃ、助けてくださいぃ~!」

 まずい。ふたりを救出しなくては――

「遠野、待て」

 近づこうとすると、なぜか成瀬が俺を制止した。

「え?」

「まだだ。まだ助けるのは早い」

 成瀬の視線を辿ると、ふたりのまとったコスチューム(※マッピングされたVR映像)が、スライムの触手によってセクシーな感じに溶けていた。

「ああ……なるほど……」

「な、わかるだろ?」

 俺もつられてつい立ち止まってしばし傍観していると、伊予森さんがキレた。 

「助けてって言ってるでしょ!!?」

 杖から放たれた爆発魔法が、俺と成瀬に炸裂した。

 


 次は火の熱や水しぶきを間近で浴びられる映画風のショーに並んだ。

 こちらはさきほどのものよりリアル要素が多い。

 屋外のセットを進む。途中、二組に分かれて備え付けのジェットスキーにまたがると、スパイ映画の一場面さながらテロリストたちとの追走劇が開始される。

 入る前にレインコートを貸し出されていたが、伊予森さん以外は着なかった。が、それが仇となった。

 大量の水しぶきをぶっかけられた。

「こんなに濡れるなんて……超油断したんですけどぉ……」

 一葉が濡れた髪をしぼりながらぼやいた。

「あ……」

 とっさに俺は持っていたハンカチを、一葉に差し出した。

 我ながらこれは気が利いた行為だなと思ったが、一葉はきょとんとしてから、突然吹き出した。

「せ、先輩、紳士ですねぇ~! なんなんですか急に~!」

 一葉はお腹を抱えて笑っている。

 な、なにがそんなにおかしいのか?

 困惑して一葉を見つめていた俺だったが、不意にドキッとした。

 濡れたせいで、一葉の白の薄いキャミソールが肌に張りついていた。

 中のピンク色のものが透け――

 全力で目をそらした。

 見ていない。なにも見ていない――と念仏を唱えながら俺はひたすら前を向くようにしていたのだが、先を歩いていた成瀬がこちらを振り返り、

「おい一葉、おまえ下着透けてんぞ」

「に"ゃっ!? は、晴先輩へんたい!」

 などと言って、気さくに笑い合っていた。

 その対応に俺は戦慄する。

 いったいどうやったら、女子とそんな軽口を言える立場を確立できるのか? うらやましくもなくもないが、俺には三度転生してもできない気がする。

 とそこで、伊予森さんがじっと俺のほうを見ていた。

「……わたしも、濡れればよかったかな」

「? な、なんで」

「……」

 なぜか伊予森さんは白けたようなため息をついた。



 一葉の強い要望で、お化け屋敷にも入った。テーマは廃墟となった病院だ。 

「あれ、そういえば――」

 入口をくぐってから俺は気づいた。

 たしか伊予森さんは、暗いところが苦手だったのではないか。

「無理しないほうが……」

 気を遣って言ったが、なぜか伊予森さんは首をふるふると振った。

 冷たい壁を手でさぐりながら、暗い道を進んでいく。放置された車椅子、壁や床に飛び散った薬品か血かわからない液体、どこかから聞こえる金属音……。

 入って五分も経たないうちに、伊予森さんは限界を越えたらしく、俺の背中にしがみつきはじめた。

 なぜそこまでチャレンジングなのか、よくわからない。

 それにしても暗い。

 足元のわずかな灯りだけが頼りだ。

 血に濡れたベッドが乱雑に横たわっていた。その上になにもいないことを確認する。

 突然、ベッドの下から手が飛び出してきた。

「~~ッ!!」

 声にならない悲鳴がした。うしろの伊予森さんではない。そもそも伊予森さんは目を開けてすらいないだろう。

「せ、先輩……」

 一葉の気配だった。

 俺の右腕に、やわらかな感触が押し当てられる。

 全身が硬直した。

 恐怖とちがう意味で、俺は声も出せなかった。

 背中に伊予森さん。脇に一葉。

 もはや女子たちとはちがう理由で、俺もパニック寸前だった。

 やがて出口の光が見えた。

 外に出た途端、一葉がふぇっ! と変な声を出して俺から離れた。

 こちらをまじまじと見つめていた。さんざん脅かされて青ざめていたその顔が、ゆっくりと赤みを帯びていく。

「もうやだ~晴先輩だと思ってたじゃないですか~! 言ってくださいよぉ~!?」

「??? え、あ、ごめん」

 そういうことか……。

 途端に恥ずかしさで顔が熱くなった。だが、一葉は口で言うほどにはあまり気にしていなかったようで、我先にと迷路を抜けた成瀬とふざけあっている。

 ぞくり、と背筋に寒気が走った。

 振り返ると、伊予森さんが俺に鋭い視線を向けていた。

「遠野くん。わざと……なの?」

「え?」

 その意味を遅れて理解する。

「い、いや、ちがうって!? べつに気づいて黙ってたとかじゃなくて……」

「えぇ~先輩ほんとですかぁ?」

一葉が下から覗き込んでくる。まるで弱みを握ったような顔だ。

「いや、ほんと、マジで……」

 女子ふたりに責められていると、成瀬がニヤついていた。

「なんだよ、遠野だけモテすぎだろ」 

「いやだから――」

 どうにも女子たちには劣勢だった。

  


 成瀬は常に先頭をリードし、一葉は終始賑やかだった。

 俺がやや遅れそうになると、伊予森さんが必ず促してくれた。

 男2、女2。

 ダブルデートというのはこういうものかもしれない。いや、さすがにそれはもっとちがう雰囲気なのだろうか。わからない、それはともかく。


 どういうつもりなのか――


 成瀬の考えが、いまいちわからなかった。

 遊びに行こう、と成瀬から言われたとき、俺はてっきり成瀬が伊予森さんにアプローチするための計画なのだと邪推した。あんなことを面と向かって言われれば、だれだってそう思う。

 だが成瀬は俺にそういった話を持ちかけるわけでもなく、かといっていま現在、伊予森さんを意識しているような態度もとっていない。単純に全員で楽しむことをモットーにしているようで、それが俺には意外だった。

 ハイペースでアトラクションをまわったあと、俺たちは見つけたフードカーでアイスや飲み物を買い、手前のテーブル席で一息入れた。

「おふたりは、もう付き合ってるんですかー?」

 脈絡もなく、一葉が俺と伊予森さんに対して言った。

「ななな」

「そそそ」

 俺たちはそろって慌てた。俺はともかく、伊予森さんまで慌てる必要はないのだが。

「ち、ちがうけど……」

「なーんだ」

 一葉の反応は残念そうにも、期待通りというようにも見えた。

 直後、伊予森さんと目が合った。気まずさからつい視線をそらしてしまう。

「こいつらはアイゼン・イェーガーのことが最優先だからな」

 みんなの飲み物を手に戻ってきた成瀬が、茶化すように言った。

「そんなこと! ……なくも、ないけど」

「勿体ないですよぉ。楓先輩、超超超ぉ~美人なのにぃ」

 一葉のセリフに、俺の外見についての言及はなかった。……まあいいけどな。

 伊予森さんがすこしむっとしながら答える。

「べつにいいでしょ。わたしたちにはれっきとした目的があるんだから」

「目的?」

「探し物」

「ああ……“黒の竜”だっけ」

 成瀬が言った。どうやら知っていたらしい。

「すこし前に噂になってたな。おまえら、まだそんなのに興味持ってたわけ?」

「それ、なんですかぁ?」

「ほら、前にさネットで――」

 成瀬が一葉に説明する。

 たしかのあの一件以来、黒の竜についての話題を耳にすることはなかった。オンライン上の話題など、世間の何倍ものスピードで過ぎ去っていくものだ。

 どうせあまり興味も持たれないだろうと思っていた。

 だが、


「その人なら、ひとは会ったことありますよー」


『――え?』

 軽い一葉の言葉に、俺と伊予森さんはそろって固まってしまった。



「知ってるの!!?」

 伊予森さんが今日一番の声を上げた。

 その過剰なリアクションに、一葉が目を丸くしている。

「ま、まあ。かもしれない人、のことですけど……」

 一葉は思い出すように宙を眺めながら、


「ひとはがまだへたっぴの頃だったんですけど……。わたし、晴先輩の足手まといになるのが嫌で、機体を強くしたくてだれか攻略を助けてくれる人探してて。どうせならすっごい強いひとがいいなーって思って、いろんな協力専のひとたちを使っ――えっと、手伝ってもらったりしてたんですけど……あるときすんごい強いプレイヤーに襲われちゃって。先輩たちが言ってる感じの、黒い猟機です。

 もち、ひとはもやられちゃったんですけど、せっかくなので、その人に協力頼めないかなーって思って、あとから連絡してみたんです。もうなんかすっごい辻斬りみたいな雰囲気だったから、あんま期待してなかったんですけど……意外にもオッケーだって返事きて」


 一葉はそこで自分のアイスをパクっと口にし、 


「……ほんほひ……んんっ。ほんとに、その人は、強かったんですよぉ。二回ぐらい攻略を手伝ってもらったんですけど……正直、憧れるっていうよりは、イミワカンナイっていうレベルで。それなのに、一度もランキング戦とかには出たことがないみたいで。ひとはが言っても、ぜんぜん興味ないみたいな感じだったし。それに……」

「それに?」

「なんだか、様子が変わってきて」

 一葉はそのときを思い出したのか、神妙な顔つきになる。 

「また誘おうかなー、って思ってチャットで話しかけても、ぜんぜん答えてくれなくなって。しばらくしてから返ってきたかと思えば、なんかわけわかんないこと言ったり、すごく前に話したことに対して答えてきたり、支離滅裂な感じで……ひとはも、なんかちょっと怖くなっちゃって、それきり連絡もやめちゃって」

 俺は自分が“黒の竜”と対峙したときのことを思い出した。

 そういえばあのときも、会話という会話にはなっていなかった。

「……そのあと、気づいたらいつのまにかブロックされてました。やりとりの記録も、それでもう見れなくなっちゃって。いま考えたら、その人だったのかなー、ってわけです」


「そう、なんだ……」

 状況はよくわからない。

 だが、大きな手がかりかもしれない。

 つい考えこんでしまい、俺が黙り込んでいると、

「せーんぱい、どうしたんですか? もしかして、ひとはのアイス欲しいんですか?」

「へ? いや……」

「仕方ないですねぇ。じゃあ、あーんです」

 一葉が俺に向かってアイスをすくったスプーンを差し出した。

 俺はどうしたらいいかわからずフリーズする。 

 と、アイスよりも冷たい視線を感じた。

「……遠野くん?」

「は、はいっ」

 伊予森さんの微笑が、なぜかとても怖い。

 一葉も一葉で、困る俺を見ながら得意げに目を細めている。

 小悪魔だ。

 女子は全般的に苦手だが、そのなかでも一葉は俺のもっとも苦手とするタイプだろう。

 だが逆にそれが新鮮で、心地よくもあった。


 ――いや、俺は安心していたのだ。


 こんな俺でも。

 成瀬や一葉のような人間たちと、ちゃんと接することができるのだと――

 

 *


 夜の派手なパレードを見てから、俺たちはパークを後にした。

「ま、けっこう楽しかったね」

 駅に戻って歩きながら、伊予森さんが言った。

「そうだね」

 なにげなく答えてから、俺は不思議な気分にとらわれた。

 そうか――

 いまこのとき伊予森さんに言われるまで、俺は自覚するに至らなかった。

 俺は、楽しんでいたのか。

 そんなごく当たり前の感慨が、少なからず衝撃的だった。 

「そういやさ」

 駅に着いたあと、別れ際に成瀬が言った。

「遠野たちさ、よかったらうちのチームに入らないか?」

「……え?」

「アイゼン・イェーガーだよ」

 成瀬はいつもの堂々とした笑みを浮かべている。

「実は、オレたちいまチームバトルのほうに力入れてて。ランキングも最近、ようやく50位内に入ったとこなんだ」

 知らなかった。

 だがそのチームメンバーである一葉もうなずいていた。

「ただ、どうしてもそっから上がれなくてさ。強いメンバーを誘おうにも、だいたい有名なプレイヤーはほとんど上位チームにとられてるしな。……で、そこで見つけたのが、シルトだったてわけ」

 そのとき、俺はあのデュエルマッチの本当の意図を理解した。

 気になったから、力試しをしたかったのか。

「なんならさっきの探しものの話、オレらも手伝うしさ。なにより、シルトとイヨがいたらうちのチームは最強になれるかもしれない」

 伊予森さんを見た。複雑な表情をしている。

 俺もなんと答えればいいか、わからなかった。

「ま、考えといてくれよ」

 気さくな成瀬に、俺と伊予森さんは曖昧にうなずくしかなった。

 考えたこともなかった。

 ほかのだれかと、ましてや成瀬たちとチームを組むなんて。

 

 俺は帰りの電車に揺られる間も、ずっと成瀬の言葉について考えていた。



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