#38
「な、なにがあったの~~~!?」
機体を見上げたイヨが、悲鳴に近い声を上げた。
アイゼン・イェーガー内の俺のドックだ。まだ拡張に費やす資金などないため、イヨのところとはちがってただの倉庫に近い。
無骨なクレーンに固定された俺の猟機は、ひどい有様だった。
各所の装甲が脱落し、左腕と左脚が千切れている。ほぼ大破状態。
シールドやレーザーソードは無事だが、機体そのものの損傷具合はひどかった。
唖然。呆然。愕然――イヨの整った横顔がいつになく乱れていた。
「い、いやぁ。フィールドでやられちゃって……」
「NPCに? うそでしょ?」
イヨは信じられない、といった様子で俺を見ていた。
「まあ、その、油断しちゃって……。面目ない」
「そんな……そんなぁ」
気まずい思いで、俺は面目ない態度をとった。
本当のことを言う気にはなれなかった。
攻略協力中のチームメンバーに黙って勝手にデュエルをやり、機体を大破させた。お世辞にも褒められた行為ではない。
いや、理由はそれだけではない。
<< PLAYER DESTROYED >>
あの文字がすべての結果だ。
俺は、負けた――
時間が経つにつれてようやく、その事実が実感となって身体に浸透してくる。機体の性能差など言い訳に過ぎない。
「し、シルトがいなかったら、先に進めないよぅ」
「ほんとごめん」
「……修理資金は、ある?」
「まあ安い機体だから、なんとか。ただ特級料金まではちょっと……」
猟機の修理は追加料金で『特急修理』や『高速修理』をオーダーすることもできるのだが、残念ながらそれには足が出ていた。悲しいが、リアルタイムで一日程度は待たなければならない。
「そっかぁ……。まあ、仕方ないけどさ」
イヨは散々悲しみを表現したあとで、意外とけろりとしていた。
「資金稼ぎするときは誘ってよね。いつでも手伝うから」
「うん、わかったよ」
返事をしつつ、俺はふと、なにか足りないことに気づいた。
「そういえば、チアは?」
「それが……なんかいま調子悪いみたいで。どっちかっていうと、メンタル的な意味で」
「メンタル的?」
この前、帰り際に伊予森さんが楠さんを遊びに連れていったことを思い出した。
「あのあと、どこ行ったの?」
「えっと……まずリサリズ――ブランドショップで洋服とアクセサリーあさったでしょ。そのあとコスメショップでネイルとかお化粧品見て、そのあと前から行きたかったフラワーカフェでお茶して、それからコスプリ――コスプレしてプリクラとるんだけど、ふたりで沢山とって」
「うわあ……」
「なに、うわあって」
「い、いや」
いずれも楠さんが決して自主的には行かなそうな場所ばかりだ。相当なエネルギーと精神力を消費したにちがいない。
しばらくは伊予森さん恐怖症が続くかもな、と俺は静かに同情した。
そのとき、メニューに通知がきた。
プレイヤーの訪問――だれかが俺のドックへの入室を希望していた。
プレイヤーネームは、『HARU』となっていた。
「シルト?」
「お客さん、みたい」
「お客?」
どうしたものか。正直あまり顔を合わせたくはない。だが勝負に負けたあとで訪問を無視するというのも卑屈すぎやしないか。
迷った末、俺は入室申請を承諾した。
途端、入口のゲートが開いてひとりのプレイヤーが姿を現した。
「――あれ、イヨもいたのか」
現実とも負けず劣らずのイケメン――ハルが手を挙げていた。
イヨが目を丸くする。
「ハル……。なにしに来たの」
イヨの声は刺々しかった。
以前、ゲーム内でハルが俺にコンタクトをとったことを、伊予森さんは知らなかった。まだそのことを怒っているような雰囲気だった。
「なんだよ。オレはシルトに会いに来たんだよ」
「あっそ」
ふたりにはさまれて、俺が気まずい。
だがそれ以上に、俺はハルの方を見る勇気がなかった。
きっと、さぞ優越感を抱いているだろう。煽られるのを覚悟をしていた。
だが――
「シルト、このあいだはサンキューな! すっっげえ楽しかった!」
「え……」
「シルトってほんっっと強ぇーのな。もう焦りまくり。一瞬の気も抜けないやつなんて、初めてだった」
「あ……そう」
予想外の反応だった。
気を遣われているのだろうか? だが、世辞というにはハルは興奮していた。その様子まで、すべて演技には見えないが……。
「勉強になったよ。またやろうな」
ハルが手を挙げた。
一瞬、意味がわからず困惑した。どうやら、ハイタッチを求めているらしい。
促されるままおずおずと手を挙げると、ハルが「イェーイ」と手を合わせた。なんの意味があるかはわからない。いや、ただのノリか。
俺は呆気にとられていた。
この展開は、なんだろう。
気まずくないのだろうか? それとも勝者の余裕なのか。
そうか。
むしろ俺が気まずい思いを抱いていると察したから、ハルはこんなむやみやたらに明るく接しているということだろうか。無駄な遺恨を残さないために。
人がいいというか、人間が出来ているというか。
これが本物のリア充の力か。
「ねぇ。さっきから、なんの話?」
イヨが怪訝顔だった。
「あ、いや……その……」
まずい。たったいまイヨには嘘をついて誤魔化したばかりだ。
俺がたじろいでいると、
「ああ、こないだ俺が自分の進めてるフィールド攻略に誘ったんだよ。でも途中でシルトに無理させちゃってさ」
「え……?」
突然、ハルが意味不明なことを口にした。
「そ、それって……じゃああんたがシルトを無理やり連れてったってこと?」
「そーゆーこと。わりーな」
「ふ、ふざけるな~!」
お冠のイヨを、ハルがなだめるようにあしらっている。
呆気にとられていた俺は、そこでようやく、ハルが意図的な嘘をついたことに気づいた。
こちらの事情を察してくれた。
すごい、と素直に思った。なぜわかったのか。あの一瞬のためらいで、俺が隠したがっていることを見抜いた。
適わないな――
もはや、敵意も警戒心もどこかへと霧散していた。
俺はどこか羨望にも似た感覚を抱きながら、言い合うハルとイヨを眺めていた。
「でも、ちょうどふたりいてよかったよ」
ふいにハルが口にする。
「ちょうどって……なにが?」
「今度さ、リアルで一緒に遊びに行かないか?」
ハルの言葉に、俺たちはそろってきょとんとした。
*
「――盾、あんた今日日曜よ?」
朝の十一時、家の玄関で俺が靴を履いていると、うしろから母親にそう言われた。
「知ってる」
「学校は、休みよ?」
「知ってるっての。なんだようるさいな」
「じゃあ、なんで外出するの?」
「……友達と、遊びに」
「トモダチトアソビ?」
最近の若者言葉を使われてもわからないんだけど、みたいな顔。
数秒経って、ようやくその意味を理解したらしく、
「盾が! 友達と!!」
聞いたざますか奥様! みたいな勢いであわててリビングに駆け込んでいく。ゴロゴロしている父親に報告しに行ったらしい。その直後、「はっはっは、母さんは今日も冗談が冴えてるな」という太い笑い声聞こえてきた。
くっそ腹立つが、構っている時間も無駄だ。
だがさらにタイミング悪く、二階から降りてきた詩歩に見つかった。
「兄さん。今日は日曜ですよ?」
「……学校がないんだろ。知ってるよ。今日は遊びに行くんだよ、友達と」
「トモダチ? アソビ?」
なんで同じ反応なんだよ。さすが親子か。
ドサドサッ! と詩歩が手にしていた参考書の束を床に落とした。顔面蒼白で震えていた。
失礼すぎるだろ、こいつら。
さらに玄関を開けたところで、サッカー部の朝練から帰ってきた弟の篤士にばったりと鉢合わせした。ずいぶん日焼けしている。
「お、兄貴。ただいまー。……って、あれ? 今日は――」
「日曜だけど学校がないのは知ってるよ友達と遊びだよ!」
「すげー、なんで言おうとしてたことわかったの? え、っていうかトモ……なに?」
ふらふらとした足取りの詩歩が耳打ちした途端、篤士が背負っていたスポーツバックをドサリと落とした。
直後、家中が大騒ぎになった。
まるで宝くじでもあたったかのような喧騒を背に、俺はそっと家を出た。
……心底気が滅入る家族だった。
着いたのは昼過ぎだった。
最寄り駅で伊予森さんと合流した俺は、そこからバスに乗って目的地であるアミューズメントパークへとたどり着いた。
入場口の手前から、すでに人で混雑していた。パーク内からアトラクションの騒音や人々の歓声などがひっきりなしに聞こえてくる。天気も快晴、気温や湿度もそれほど高くはなく、絶好の行楽日和だった。
「あーあ、千亜ちゃんも来てほしかったなぁ」
ふと、となりの伊予森さんがつぶやいた。
丈の短い水色のミニワンピースに、ちらりと覗くショートパンツという組み合わせ。ブラウンのブーツも可愛らしい。正直、直視すると目が釘付けになるし色々と動揺してしまうので、俺はなるべく前方を見るようにしていた。
あいにく、楠さんはこなかった。
伊予森さんが誘ってくれたらしいが、一も二もなく断ったらしい。
先日のこともあるだろうが、まあたしかに彼女には、いきなりみんなで遊びにいくのはハードルが高いことだろう。その気持ちは非常によくわかる。
俺も今日は緊張していた。
同年代の、しかも男女混じったグループで遊びに行くなんていつ以来――いや初めてのことではないだろうか。
入口ですこし待っていると、成瀬がやってきた。
「よっ、待たせて悪かったな」
「うん。じゃあ晴がまず飲み物奢りね」
「は!? いまのは社交辞令だろ!」
いきなりツンとした伊予森さんに、すかさず成瀬が反論する。
成瀬はボーダー柄のTシャツ(カットソーというのか?)に無地シャツを羽織り、すこしだぼっとしたデニムパンツを七部丈ではいていた。とにかく清涼感がある。
私服でも相変わらずイケメンだ。
どこでそういうファッションを揃えてくるのか、すくなくとも俺の知り得る仕入先(※近所のショッピングセンター)にはない店だろう。
ふと、俺は反応に困った。
ふたりの会話に入っていけなかったわけではない。晴のうしろに、見知らぬ女の子がいたからだ。
「こんにちはー♪」
女の子が俺に小さく手を振り、親しげな笑みを向けていた。
明るく染めた髪をうしろで束ねてアップにしている。まぶたはぱっちりと開き、桃色の唇はうすく光沢があった。
胸元の深いキャミソールに白のブラウス。デニムのショートパンツから伸びる健康的な生足がまぶしい。背負った小さなリュックやネイルなど、全体的に薄いピンク色で統一されていた。
語弊なく印象を表現すれば――ギャルだった。
「はろ~、ひとは」
「楓先輩、超おひさです!」
どうやら、伊予森さんとは知り合いのようだった。
「そちらは……もしかして、遠野先輩ですか?」
少女が俺に身を寄せながら言った。
上目遣いで見つめられ、俺はキョドる。
せ、先輩?
そんな呼び方をされたのは、児童のときから数えて学生歴十年目にしてはじめてのことだった。
「あ……えっと、そうっす」
「え~なんで敬語なんですか~?」
少女が屈託なく笑った。俺は成瀬に視線で助けを求める。
「こいつは常盤木一葉。オレの後輩なんだ」
「JCでーっす♪」
ピースサインをつくりながら、彼女が答えた。
JC?
俺の知っている女子中学生とはちがった。すくなくとも妹の詩歩とは。
詩歩の場合、もっとおしとやかというか、素朴というか……まあ詩歩も顔立ちでいえば美人の範疇なのだが、ってそれはいまはどうでもよくて。
「ひとはですっ。晴先輩からお話は聞いてましたよ~!」
「そ、そう」
どんな? と聞き返すだけの余裕はなかった。
最近、伊予森さんや楠さんと接することが多くて忘れかけていたが、そういえば俺は女子が苦手だったのだ。いや正確には他人全般が、だが。
「ここにいるのがどういうメンツかというと……」
中心で成瀬が言った。楽しげな表情だった。
「みんなアイゼン・イェーガーのプレイヤーだよ」
「え――」
まさか、と思った。じゃあ彼女も?
「そうでぇーす」
「というか、一葉は俺のチームメンバーのひとりなんだ」
「へぇ……」
俺は呆気にとられていた。
人は見た目によらない、というべきか。まさか自分と対極の生物のようなこの子――一葉がアイゼン・イェーガーのプレイヤーだとは、なかなか想像がしにくかった。まあそれを言ったら、伊予森さんもそうなのだが。
だが成瀬のチームメンバーということは、それなり以上の腕なのだろう。
一葉はしきりに俺の方を、なにか含みのある視線で見つめていた。
「まあここで立ち話もなんだし、行くか」
成瀬が自然に場を仕切りながら、俺たちはパークの中へと歩き出した。




