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アイゼン・イェーガー  作者: 来生直紀
EP04/ 第2話 シールド・ブレイク
38/93

#37

『どうした? まるで驚いてるみたいじゃないか』

 

 ハルの声には余裕があった。

 俺は動揺を押し殺し、両手のハンドガンをまるでナイフのように胸元で構えた敵機の姿を冷静に見据えた。

 まだ、こちらの間合いだ。

 地面を蹴りつると同時にブーストダッシュ。敵の挙動を注視しつつ接近。

 迎撃のソバットをすり抜け、レーザーソードを振り――

 マズルフラッシュ。

 衝撃。肩の装甲が弾け飛んだ。

 こちらが被弾して硬直した隙に、敵機は距離をとっていた。

 戦慄した。

 格闘と射撃の照準動作が、一瞬の停滞もなくつながっている。蹴りを回避した先を狙って射撃を置いている。だからかわせなかった。読めなかったからということではない。例えて読めていてもかわせない。

 常識外れだ。 

 二丁のハンドガンと格闘を織り交ぜて戦うなんて。

『上位ランカーならだれでもそうだろうけど――オレの機体も、それなりに特別製なんだよ』

 まるでヒントでもを与えるような口調。

 そうか。

 俺はメインカメラをズームし、ハルの猟機をつぶさに観察した。

 全身と比較し、前腕部の装甲が分厚い。脚部にはすね当てのように盛り上がった装甲。肘部分は杭のような突起が出ている。

 ただの追加装甲ではない。打撃のインパクトを上昇させるための武装か。

 格闘機。

 戦うのは、本当にひさしぶりだった。

 少なくとも、上位ランカーの主流ではない。どちらかといえば趣味の領域に近い。だがそれゆえに、使い手には熟練者が多い。たしかに質量の大きい重量機が使えば脅威になるし、武装を失った際の最終手段としては有効だ。

 だがハルは、それだけではない。

 中量機で運動能力を確保しつつ、格闘と射撃で独自の戦い方を確立している。

 見たこともない戦術。だが――


『シルト――がっかりさせないでくれよ』


 強い。

 それも、とんでもなく。

 それが唯一、確実に言えることだった。

 敵が近距離で両手のハンドガンを交互に発砲。弾丸が足首部分をかすめる。

 精密を極めた射撃。シールドでカバーできていない部分を的確に狙ってきている。

 格闘だけではない。

 すべての行動が超一流だ。

 俺の脳裏に、あの戦いが蘇った。まさに、あの“黒の竜”に匹敵するプレッシャーを感じていた。

 まさか、ハルが?

 一瞬、浮かんだその考えを、俺はすぐに否定した。

 いや、それはない。戦闘スタイルがまるでちがう。

 それにあのとき俺は、操縦者の声を聞いた。あれはハルのものとはちがう。 

 とにかく、今は集中しろ。

 俺はシールドを構え直し、レーザーソードを引いた。

 どのみち、接近戦しかない。

 ジグザグに踏み込み、下から斬り上げの一撃を見舞った。

 敵はその場から引かなかった。

 ハンドガンを握った腕とソードの切っ先が衝突。

 直後、俺の猟機は被弾した。さらに耐久ゲージが減少。

 だが敵にこちらの刃は届いていない。

 弾かれた――

 どうやって?

 敵猟機の腕部の装甲から、白煙が上がっていた。

 肉を切らせて骨を断つ。

 そんな言葉が脳裏に浮かんだ。

 俺が持っているような耐レーザーコーティングされたシールドでなければ、たとえ重量機の装甲でも直撃すれば斬り裂かれる。

 だが抵抗は生じる。

 いまハルはそれを利用し、回避できるぎりぎりまで太刀筋を反らしたのだ。

 もし敵が刃を恐れて大きな動きをとれば、生じた隙を俺に与えていたはずだ。それを未然に防いでみせた。いや、それだけに留まらず、一切の躊躇なく即座の反撃につなげてきた。

 これが、現役十七位の戦い。 

 だが、それなら俺は――

 敵がこちらのレーザーソードの横薙ぎを、上半身をそらしてかわした。

 まずい。

 重い衝撃。胸部に軽微なダメージ。

 機体が宙に浮く。無理にさからわずスラスターで上昇。空中に逃げ間合い時間を稼ぐ。

 あそこまで上半身を反った不安定な体勢から、突き上げるような蹴りを放ってきた。非常に緻密な姿勢制御を行わなければ、あんな芸当はできない。


 そう。緻密だ。

 決して勢いだけではない。

 

 着地と同時に敵機の追撃。

 猛然と迫るその姿が、目の前で消えた。

 いや、機体を限界まで低く落としたのだ。地に伏せるようなその姿勢から鋭い足払いが飛ぶ。バックブーストでかわす。だが脚部をかすめた。ダメージアラートが鳴り響く。

 敵のペースに巻き込まれるな。自分の戦いを実行しろ。

 問題はそれを相手がさせてくれないことだ。

 勝ち筋が、霞にかかったように見えなかった。

 

 ――オレ、彼女のことが好きなんだよね。


 あの自信に満ちた成瀬の言葉が、頭から離れなかった。

 くそっ。

 だからどうした。

 いまこの勝負にはなんの関係もないのに。

 冷静になれ。

 シールドバッシュで敵の体勢を崩せば。

 だがバッシュを決めた瞬間、敵機がシールドを空中でけりつけた。

「なっ……」

 その勢いに逆らうことなく、宙に飛んだ。機体が縦に回転する。後方宙返り。

 まるで曲芸師だ。脚部のアブソーバも相当に高性能。だがそれ以上に、どれほど複雑な挙動操縦に精通しているのか。

 

 ――もしかして、まだ諦めてなかったの?

 ――オレは一途なんでね。


 思い出した。

 あのときのふたりの会話。

 伊予森さんのあの穏やかな表情。あれにはいったい、どんな意味があったのか。


 敵機のアフターブースト。

 シールドごと蹴りつけられる。

 くそっ!

 余計なことは考えるな。とにかく集中しろ。

 冷静に、冷静に――

 莫大な推力も乗せた飛び蹴りだ。  

 転倒すれば致命的な隙をさらすことになる。脚を開いてぎりぎりで踏みとどまる。

 だが敵の攻撃は緩まない。

 ハイキックからの回し蹴り。かかとが鼻先をかすめる。かわした。だがその瞬間、敵機が脇の下から差し出したハンドガンの銃口がこちらを向いていた。まさか――

 背中を向けたまま発砲。

 被弾。大腿部の装甲が脱落する。

 一切の隙がない。

 完全に押し込まれていた。それに機体が重い。スペック不足。操縦に機体が付いてこない。こんなにも鈍いものだったのか。

 苛立ちが集中力をかき乱す。


 イヨ、伊予森さん。ハル、成瀬晴。

 俺の知らないふたり。堂々とした強者たち。

 現実のステータスでは、俺が及びもつかない人間たち。

 俺にはなにがある? なにもない。唯一あるとすれば、ゲーム内で戦う力くらいのもの。では、もしそれすら及ばないとしたら。

 伊予森さんは、成瀬を――


 はっとした。

 そのとき、挙動が乱れた。

 旋回動作が遅れた。ただのミスだった。シールドのない機体の右側面に回り込まれた。

 まずい。

 シールドを構え、立て直さなければ――

 だがそれを、ハルは見逃さなかった。

 ほとんど体当たりに近かった。

 敵が密着。

 〈テンツァー〉の頭部アイカメラが、不気味な光を称えこちらを見据えていた。

 ハンドガンの零距離射撃。


 シールドを構えた左腕部が、肘の先から千切れた。


 最初から、これを狙って――

 反撃の俺のソードの一閃は、敵の胸部を浅く斬り裂いただけだった。

 シールドを失った俺の猟機は、無防備な状態をさらけ出した。

 敵の銃口がこちらを捉える。

 俺はとっさに、機体脇部にマウントしていたサイドアーム――チェーンダガーを引き抜いた。

 投擲。敵に到達する前に空中で迎撃される。

 そのわずかな一瞬のあいだに離脱。

 ――させてはもらえなかった。


 狙いすまされた射撃が、俺の猟機の膝間接部分に集中した。


 その瞬間にはすでに、俺は自分の判断ミスに気づいていた。

 あの状況で、普通は回避行動に出る。それが人間の咄嗟の反応だ。だからこそ逃げるのではなく、危険を冒してでも距離を詰めるべきだった。その一瞬敵の意表をつければ、射撃をくぐり抜けるタイムラグを稼げた。

 ほんの一瞬のミスが、隙が勝負を決する。

 それは上位レベルの戦いでは当たり前にあること。紙一重が無限の厚みに等しい世界。

 それを俺は、どこかで軽視していたのだろうか。

 侮っていたのは、向こうではなく――

 機体が傾く。支える脚部は限界を超えていた。

 頭部、胸部、腰部にすべての弾丸を叩き込まれた。

 気づいたときには、雌雄が決していた。


 自機の耐久ゲージが、ゼロに。


 << PLAYER DESTROYED >>


 視界に赤い文字が表示されている。

 停止する思考が、その文字の意味をなかなか受け入れようとしなかった。

 赤い非常灯に照らされた操縦席から、悠然とこちらを睥睨する敵機を見上げた。


『オレの、勝ちだね』


 それは、俺がアイゼン・イェーガーを再開して以来、

 はじめて付けられた黒星だった――



なにやらショッキングな展開となってまいりました。

作者もショック(?)です。



次回、EP04/第3話『代償の道筋』


盾はなにを手に入れ、どちらを選び、どう行動するのか。


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