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アイゼン・イェーガー  作者: 来生直紀
EP04/ 第2話 シールド・ブレイク
37/93

#36

 闘技場に、乾いた風が吹いていた。

 アイゼン・イェーガーの世界。俺は猟機に乗ったまま、周囲をぐるりと見渡した。白い地面は平らに固くなされている。ときおり砂埃が風に吹かれて足元を舞っていた。

 さえぎるもののない円形上の広場のなかに、俺の猟機は立っていた。それをすり鉢状に広がった客席が取り囲んでいる。だがいまは人影がない。

 数百メートル先に、ハルの猟機がこちらと同様に立っていた。

 コロッセウム。

 デュエルマッチ専用のクローズフィールドのひとつだ。

『ベタな場所だったけど、よかったか?』

「……ああ」

 空返事だったが、異論はなかった。

 何度ここで戦いを繰り広げたことか。安心感すらある。場所に問題はない。

「試合は、非公開でいいの」

 俺は目の前の対戦相手――ハルに訊いた。

『ん? ああ。べつに必要ないだろ』

「……わかった」

 わずかに意外だった。

 デュエルバトルやチームバトルは、その都度設定で全プレイヤーへのリアルタイム配信が可能だ。他にも招待したプレイヤーのみ限定的に公開する、といった選択もできる。

 だが、ハルは一切不要らしい。

 イヨを呼ばなくていいのか。

 どうしても、そんな考えが脳裏をよぎってしまう。

 この勝負のことを、俺はイヨやチアには話していない。

 ハルの心の裡が読めなかった。

 いや、そもそも俺はそういうことが得意ではないのだ。それは自覚している。読むなんて高等テクニックは荷が重い。知る方法は、ひとつしかない。

「なんで、俺と戦おうなんて?」

 ついに口にした。

 返答には、数秒あった。

『最初にゲーム内で会ったとき、助けただろ』

「ああ」 

『あのとき、じつはすこし遠くから眺めてたんだよ』

「え……」

 気づかなかった。

 俺の猟機の索敵可能範囲外だったのか。いや、あのときは俺がガイストの群れに囲まれ、その対処に追われていた。単純に気づかなかっただけかもしれない。

 もっと早く助けられたが、あえて見ていた――そういうことか。

 だが、どうして。

『オレももう数え切れないくらいの敵と戦ってきたから、わかる。遠野――シルトの動きは、普通じゃない。始めたのは最近って言ってたけど、そんな素人に毛が生えたようなレベルとは、次元がちがう。すぐに感じたよ』

 ハルの言葉は強い確信に満ちていた。

『こいつは本物だ、って』

 見抜かれた、と一瞬思った。

 だがハルは、すぐに小さな笑い声をもらした。

『正直、オレにはシルトがなんで上手いのか、なんでその腕に見合わないそんなしょぼい機体に乗っているのか――そういうことには興味がないんだ。べつに、あれこれ詮索しようなんて思わない。そこは安心してくれ』

 とりあえずほっとする。

 だが安堵する一方、俺は“しょぼい機体”と言われたことに少々むっとした。

 この機体、たしかに初期状態から多少チューンアップされた程度のものとはいえ、乗っていれば多少の愛着も出てくる。

 もちろん、合理的ではないことはわかっていた。

 強い者がより強い機体に乗る。それがハルのなかで、当然のことなのだろう。

 いや、強者はみなそうだ。

 このアイゼン・イェーガーは、純粋に公平なスポーツ競技などではない。

 狩るものと狩られるものがいる。

 力が正義となる世界だ。

『つまりは、純粋な好奇心だよ』

 ハルの答えはシンプルだった。

『だから、戦ってくれてありがとう』 

 穏やかな言葉のなかに、獰猛さが垣間見えた。

 まるで挑戦者の健闘を称える王者のような物言いだった。挑戦者? 俺が?


 舐めるなよ――。


 矜持はあった。自信もある。

 たしかに猟機のスペックでは、向こうが上だろう。それも織り込み済みだ。

 俺は改めて、ハルの猟機をじっと見すえた。


 中量機体――〈テンツァー〉

 敵機に視線を合わせ、視界にレイヤー表示されたマークに触れる。

 すると猟機の名前や区分とともに、構成されたパーツや武装の価格、性能等を基準とした、システム内AIによる総合評価判定が表示された。

 〈テンツァー〉の総合判定は、最高評価の『S』。

 つまりある基準においては、このアイゼン・イェーガーの世界で実現しうる猟機の“完成形”ということだ。

 武装は見たところ両手のハンドガンのみ。最初に遭遇したあのときと同じ装備だ。スマートなシルエットだが手足の装甲はやや分厚い。

 おそらくは、近距離射撃型。

 機動力を活かして敵との距離を詰め、回避運動を取りながら二丁のハンドガンで畳み掛ける。

 だが総合火力は高くない。継戦能力がそれほどあるとは思えない。短期決戦型か。その潔さはある意味、非常に対人プレイヤーらしい。

 こちらも装備は以前と変わっていない。左手に大型シールド、腰部にはレーザーソードをマウントし、右手に装弾数の少ないハンドガンを握っている。あとは機体胴体部脇にセットしたチェーンダガーのみだ。

 それに対して、俺の猟機の総合評価判定は『E+』だ。

 あくまでAI判定とはいえ、スペック差は歴然としていた。


 現役の十七位、か。 


 だが、俺がかつて通った道だ。

 勝てない道理はない。

『じゃあ、はじめようか』

 ハルの声に気負いは感じられなかった。

 俺を侮っているのか。それほどに自信があるのか。

 どちらせよ、これからはっきりする。

 身体に深く染み付いた習慣で、俺の意識も自然と研ぎ澄まされた。


 << BATTLE MODE: DUEL MATCH >>

 << FIELD: COLOSSEUM >>

 << Schild VS HARU >>


 デュエル開始のブザー音が鳴り響き、タイムカウントがスタートした。

 途端、静寂が訪れた。


 どちらも――動かなかった。


 俺とハルは、互いに相手の初動を見ていた。

 よくあることだった。互いに遠距離用の主力武装を持っていないとわかっていたから、ということもあるが、隠し武装というパターンがないわけではない。

 そうだとしても、確認した上で対処できる。

 すなくともお互い、それぐらいの余裕と自信はあるということだ。

 やがて、ゆっくりとハルの〈テンツァー〉が横に歩き出した。

 俺もスティックを傾け、猟機を進ませる。

 互いが歩きながら、しだいに距離を削り合っていく。

 嵐の前の静けさ。 

 直後、敵機が大地を蹴った。

 スラスターの噴射炎が大気を揺らめかせる。宙を飛ぶようなステップ。敵がハンドガンを構えた。 

 衝撃に機体が揺れた。

 敵の弾丸をこちらのシールドが受け止めていた。

 だがダメージはない。あのハンドガンの口径ではこちらのシールドを貫通できない。シールドの耐久値が多少削られたが、少なくともこの試合中に限界を迎えることはない。

 だがハルは続けざまに発砲。

 一部をシールドで防御し、一部を回避。こちらもハンドガンでけん制射撃を返す。

 敵猟機の動きに、迷いやためらいは見えなかった。

 さらに距離が縮まる。ハルの射撃は正確だった。回避方向に待ち構えていたかのような弾幕を張られる。こちらの動きを制限し、さらに接近。

 プレッシャーを感じた。

 俺は慎重に間合いを維持しながら、拭い切れない違和感にとらわれていた。


 ――なんだ?


 なぜこれほど踏み込んでくる。

 なぜこれほど強気なのか。

 向こうは近距離射撃型。

 だが俺の猟機はそれよりも狭い間合いを主眼に置いた、近接戦闘型だ。それは機体を見てわかっているはずだ。近づき過ぎれば、こちらのレーザーソードの間合いに入る。普通ならそれを恐れ、ぎりぎりの距離を置いて立ち回るはず。

 探ってみるか。

 俺は指先でスティックのボタンを操作し、肩のハードポイントにハンドガンをマウント。

 空いた右腕で、レーザーソードを抜いた。

 トリガー。発生器である刀身が青白く発光する刃をまとう。

 あえてここで刃を出力したのは、相手の反応を見るためだった。

 だがハルは、まったくお構いなしだった。むしろそれを待っていたかのように、強気で距離を詰めてくる。

 接近戦が望み、ということか。

 侮るな――。

 だったらやってやる。

 三手で仕留める。そう決めた。 

 一手目は防御とけん制。シールドを構えたまま隙間からソードの切っ先を押し出す。

 二手目はフェイク。敵にわざと大きな横薙ぎを見舞う。

 三手目が本命。間合いをとった敵に距離を詰めて最大リーチとなる刺突を繰り出し、敵の胸部を貫く。  

 敵機が正面に。俺はあえて気圧されるように後退。その誘いに敵が乗ってきた。

 脳裏にイメージを描きつつ、近接戦闘に突入。

 レーザーソードの切断面を入力し、機体を躍らせた。

 一手目。敵はシールド越しの攻撃にたたらを踏むように直前で急停止。予想通りの回避。

 二手目。大振りの攻撃を相手がバックブーストで回避。

 敵機が足を止めた。ハンドガンを構える。

 メインスラスター全開。

 三手目。上半身をひねりながら加速に乗せて右手のレーザーソードを突き出す。

 獲った――

 次の瞬間、視界が激しく上下左右に揺れた。

 天地を見失う。 

 反射的に姿勢制御。バックブーストで距離を開けつつ状況を把握する。まっさきに自機のステータスを確認。

 機体の耐久ゲージが、ごっそりと減っていた。

  

 ――なんだ。

 

 理解不能だった。なにが起きたのか、わからない。

 いま、なにをされた?

 あのとてつもない衝撃を食らう刹那、目の端がハルの猟機の背中を捉えていた。ねじるように身体を旋回させ、そして―― 

 格闘……?

 俺が導き出した答えはひとつだった。

 回し蹴りを食らったのだ。

 ハンドガンは囮。いや、動きを制限するためのけん制か。

だが思考できる猶予はそれまでだった。

 敵がこちらを猛然と追撃。すでに肉薄していた。

 シールドで左前面を防御しつつ、L字に回避機動を取る。

 敵がひるがえった。

 その左脚部が鞭のようにしなり、眼前を切り裂いた。

 やはり格闘。

 旋風のような攻撃から逃れた瞬間、敵のハンドガンが火を吹いた。

 な――

 胸部に被弾。

 激しい衝撃とノックバック。ダメージアラート。装甲の薄い俺の猟機は、耐久ゲージを大きく減らされる。

 混乱した。

 なんだ、これは。

 この戦い方は。

 アラートが鳴り響く操縦席のなかで、俺はようやくその真実に行き着いた。


 こいつは、ただの格闘機じゃない――


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