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アイゼン・イェーガー  作者: 来生直紀
EP04/ 第2話 シールド・ブレイク
34/93

#33

 イケメンは俺よりわずかに背が高かった。

 妙な威圧感にのまれている俺のことなど気にした様子もなく、その男は伊予森さんに好意的な視線を送っている。

「いま帰り?」

「うん、まあ……。晴も?」

「おう。っても、これから遊びにいくとこだけど」

 男が振り向いた先に、似た雰囲気の男子たち、そして同じ頭数の女子高校生たちが固まって談笑していた。どうやら連れがいたらしい。

 男は例外なくファッション誌のモデルのようなやつらだし、女は遠目にも短いスカートと派手なメイクの容姿をしていた。美少年、美少女揃いという感じだ。

 伊予森さんが彼らを一瞥し、

「そんなので勉強付いていけるの? 晴、泉城でしょ?」

「いやいや、遊びのほうが大事な時期でしょ。まだ入学して半年も経ってないんだし」

 俺は瞠目した。

 泉城は県内随一の進学校だ。全国的にも偏差値が高いと有名だった。無論、俺の中学時代の偏差値で入れるような学校ではない。

 つまり、非常に頭がいい。

 男の見た目とのギャップに俺は衝撃を受けていた。

そんな棒立ちの俺に気を遣ったように、伊予森さんが俺のほうに身体を開き、どちらから紹介すべきかといった逡巡を見せた。

 すかさず男が、

「ん、同じ学校の人?」

「あ、うん。彼は遠野くん」

「よろしく。オレ、成瀬晴なるせはる。伊予森とは同中でさ」

「……ども」

 仏頂面で俺は答えた。

 人、という言葉が妙に引っかかった。

 まるで『通行人A』を指すようなその言い方だった。……いや、俺の被害妄想かもしれないが。

 フルネームを聞いて、伊予森さんがこの男――成瀬のことを名前で呼んでいたことに気づく。

 ――そういう仲なのか。

「制服、似合ってんじゃん。北高もよかったかもな~」

「なにそれ。泉城のひとがそういうこと言うと、すごく嫌味っぽいんだけど」

「いやいや……。まあ伊予森の制服姿見れるなら、入ってもよかったかもなって」

 ぎょっとするようなことを、さらりと冗談めかして口にする。

 伊予森さんは照れるというより、呆れ顔をしていた。

「……もしかして、まだあきらめてなかったの?」

「そりゃそうだろ。オレは一途なんでね」

「よく言うね」

伊予森さんはふっと表情をゆるめ、わがままな子供をあやすような穏やかな横顔をしていた。

 ふと、俺は息をのんだ。

 美人とイケメン。

 並んで立って話すふたりは、控えめにいってもお似合いで。互いが互いを認めている、そんな印象すら受けた。

 まさに学校社会のなかでの上位者たちだ。


 急に、俺は自分が場違いな存在に思えた。


 俺の知らない伊予森さんの中学時代。

 それを、この男は知っている。

 そんなことは、ごく当たり前のことだ。伊予森さんだって俺の中学時代を知らない。それなのに、なぜか俺は強い疎外感に苛まれた。

 となりにいるはずの伊予森さんが、急に遠く思えた。

「――オレら、これからカラオケ行くんだけど、一緒にどう? 伊予森のことみんなに紹介したいしさ」

「え、でも……」

 伊予森さんがちらりと俺を見る。

「あ――」

 俺は虚をつかれ、焦った。冷静に考える余裕もなかった。

 ただ伊予森さんの視線が、妙に息苦しく、重たく感じられた。

 そこから逃れるように、


「き、気にしないで。俺のことは。せっかくの再会みたいだし……」


 うすら笑いを浮かべる俺が、そこにいた。

 それは俺のようなだれかだった。

 そのとき、伊予森さんの瞳にわずかに落胆の色が揺らいだような気がした。 

「……そっか。遠野くんが、そう言うなら……」

「うん。じゃあ、俺先に帰ってるから。また……」

 どこか戸惑うような伊予森さんを置いて、俺はその場から立ち去った。


 うしろを振り返るのは、ためらわれた。


 *


 ノースエウロパ第402解放区域・フリーレン流氷島。


 俺とチアは、先日のアップデートで追加された新フィールドのひとつへとやってきていた。

 そこは冷たい極海の上をただよう、巨大な流氷の山だ。

 高度文明の産物が残る『遺跡』のひとつである。

 流氷、といってもその大きさは島といって遜色ないほどのスケールだ。フィールドの入口――末端部は足場の悪い流氷群が延々と浮かんでおり、氷の上だけあって非常に滑りやすい。

 見通しはよいが、それがまず最初の難関となる。

 ここに生息する敵ガイストは、スキー板のようにこの地形に特化した足を有しており、プレイヤーの猟機とはちがって苦もなく氷上を滑走し、攻撃してくる。身を隠す障害物の少ないこのフィールドでどうやってそれに対処するか。その課題がまずプレイヤーたちを苦しませる。

 さらに足場には部分的には氷が薄い箇所もあり、水没の危険性もある。 

 猟機は特別な装備を施していなければ、水中では活動できない。もしこの暗い海に落下すればそのまま戦闘不能――ドックへと強制転送となる。

 俺が軽量猟機で先行し、すこしうしろからチアの中量多脚猟機が付いてきている。

『…………こ、こっちが』

 ふとチアがつぶやいた。

「え?」

『そっちを撃ったら……ど、どうなるの……?』

「普通に、当たるけど」

『そう……』

 それきりチアは黙り込む。

 意味深な沈黙。俺は急に背中が頼りなく感じられた。いやむしろ、不穏な気配を感じたといういうべきか。

「……試すなよ」

『ひぇっ!? ど、ど、な』

「なんでもだ」

 なぜか俺はチアの言いそうなことがわかり、釘を刺した。チアからひどく残念そうな気配が伝わってくる。

 俺は嘆息した。

 チアは――楠さんは口下手だし、気も小さいが、本心では人を軽んじているところがあるのだ。ほんの数日の間で、俺はそこまで理解にする至っていた。自分と似ている部分もあるが、似ていると言われてもうれしくない、そんな感じだ。

 もっとも、それはたいした問題ではなかった。 

 操縦席の全周モニターから寒々とした景色を眺めながら、俺は考えていた。


 現実逃避、なのだろうか。


 こうやってゲームに興じているのは。いや、現実逃避のなにが悪い。そのためのゲームじゃないか。

 それとも、それでは逆戻りだろうか。

『……シルト。あの人は、結局、こない?』

 チアが俺のアバターネームを呼んだ。

 あの人、とはイヨのことだろう。

 ログインする前に伊予森さんから連絡があり、すこし疲れてしまったため、今日はふたりで攻略を進めてほしいとのことだった。俺は気にしないで、と答えた。

「現実で、色々あるからな」

『…………わたしには、ない』

「言うなよ……」

 チアの暗い声にげんなりする。自分と一緒に俺の傷もえぐるのはやめてくれ。

『あの人……ちょっと……まだ……苦手』

 歩行速度を落とし、周囲を警戒しながら進んでいると、チアが意外なことを口にした。

「苦手って……伊予森さんが?」

『…………うぃ』

「じゃあ、なんで俺は」

『……シルトは、わりと、大丈夫』

「だから、なんで、だよ」

『こ、怖くない、から……』

「べつにイヨだって怖くは……」

 ない、と俺は言いかけて口を閉ざした。……怖いときも、たまにはあるけど。

 まあ、同類だからだろうな、と思った。

 楠さんも俺も、同じ“弱者”の側だからだ。

 操縦席に警告音が鳴り響いた。

 近距離レーダーに敵影。数は五。外見は水上スキーのような流線型をしている敵ガイストが俺たちの前方で扇状に散開しはじめた。

 敵の砲撃。

 付近に着弾。

 足元の氷が砕け、水しぶきが飛び散る。

 俺はスティックを戻して後退。布陣の先端の一気に狙いを定め、方向転換。再加速。

 だがいつもより機体が重い。気温が低く、スラスターの燃焼効率が通常より落ちているためだ。ここでは機動力の減衰も考慮して立ち回る必要がある。

 だがそこで、敵の一部が布陣から分離した。

「やばい、チア――」

 チアが狙われる。

 俺が焦って急停止しようとしたとき。

 すでにチアは逃げ出していた。

 アフターブースト全開。

 燃料消費など気にもせず、多脚の安定性を活かして高速移動。見事というほかない逃げっぷりだった。

 レーダーから光点がものすごい勢いで離脱していく。

 残った俺に、旋回してきた敵も加わっての一斉砲火が浴びせられる。

「ちょっ――!?」

 俺はあわててペダルをけりつけた。



 一時間後。

 激戦の末、俺たちはようやく地獄の流氷群のエリアを抜け、氷山エリアへのふもとへとたどり着いていた。

「今回は、きつかったな……」

『きょっ、協力……ふたりの、成果……』

「……チアは俺を三回見捨てたけどな」

『……………………んが』

 都合が悪くなるとそれだ。

 チアの性格がだんだんとわかるようになってきていた。

 俺が先に進もうとしたところで、チアが足踏みをしていた。

「どうしたの?」

『……じ、時間』

「? ああ……」

 視界にメニュー画面を呼び出す。現実での時刻を確認。もう天辺を回っていた。

 平日だ。普通に明日も学校がある。俺だけならともかく、あまり遅くなるとチアに迷惑だろう。 

『……シルトは?』

「俺は、まだやってる。あ、気にしなくていいから」

『……わかった』

 どこか名残惜しそうな気配を残し、チアがログアウトした。緊急退避や撃破などで自分のドックに戻らない限り、また次回この地点から攻略を再開できる。

 残された俺は、ふたたび機体の出力を『戦闘モード』に引き上げる。

 もうすこしこの周辺で敵と戦い、資金稼ぎでもすることにした。

 来た道を戻ってうろついていると、すぐにランダム出現の敵ガイストに遭遇した。

 このフィールドで初めて遭遇する相手とはいえ、初戦はNPCだ。攻撃パターンを見切れば、一機でも十分対処できる。

 黙々と敵を撃破しながら、俺は今日の帰り道でのことを思い出していた。


 あのとき、どうして引きとめなかったのか。


 俺はその理由を自問する。

 ――成瀬が伊予森さんを誘っていたから。

 ちがう。

 俺は恐れたのだ。空気の読めないやつと思われることを。 

 そして“友達の交友関係を尊重してあげられる、余裕のあるやつ”を気取った。自分の感情など存在しないものように、押し殺して。

 くだらない。

 自分が嫌になった。

 いまになってあれこれ考えるくらいなら、言ってやればよかったのだ。伊予森さんは俺と――


「……なにをだよ」


 自嘲気味のつぶやきがもれた。

 俺は伊予森さんと付き合っているわけでもないし、それこそ思い上がりというやつだ。

 なんとも気分が重かった。

 そのせいかもしれない。

 踏み込みすぎていた。

 気づけば、出現する敵を処理しきれなくなっていた。

 次々と砲弾が飛んでくる。氷の破片が機体を打ち付ける。

「しくったな……」

 無茶をした。

 一体一体ならそれほど脅威ではない。しかし数がそろえばあっという間に危険になる。それはアイゼン・イェーガーの世界では鉄則とでもいうべき、攻略上の注意点だ。

 敵が急速接近。火器だけではない。側面が発光。レーザーソードと同じ高熱の刃をまとい体当たりを仕掛けてくる。

 シールドで防御。視界が金切音とともに激しく発光。

 あっという間に、狩る側から、狩られる側になる。  

 馬鹿だ。これじゃまるで初心者だ。 

 脚部に被弾。

「くそっ……!」

 姿勢制御が利かず、俺の猟機はひざをついた。軽量機の装甲の薄さが仇となった。

 このまま撃破されれば、資金稼ぎどころか修理費で逆に大赤字だ。なんとか状況を逆転しなければ――

 そのとき、弾丸が次々とガイストを貫いた。

 敵がまたたく間に弾け飛び、爆発。

 残った敵が逃走モードに入った。遠ざかっていく敵を、俺は呆然と見ていた。

 助けられた?

 一瞬、チアかと疑った。だがチームメンバー表示は、ログアウト状態のままだ。

 レーダーを確認、機体の向きを変えて視界に収める。

 

 見知らぬネイビーカラーの猟機がそこにいた。

 

 その猟機を、俺はまじまじと見つめた。

 スマートなシルエットの猟機だった。

 ベースは中量猟機だろうか。だがマッシブな最新鋭の高性能フレームパーツが、それよりも身軽な印象を与えている。両手には装弾数の多いカスタムハンドガンを装備していた。見たところ、背部のハードポイントには武装を載せていない。火力よりも機動力重視ということか。

「ど、どうも……」

 こうして行きすがりのプレイヤーに助けられるのは、いつぶりだろうか。

 ゲームをはじめたばかりの頃は、よくあった。逆もまたしかりだが。

「あの……助かり、ました。ありがとうございました」 

 くすり、と相手が笑った気がした。

『なるほど、きみがそうなんだ』

「え?」

『――聞いていたよりも、意外と無鉄砲なんだな』

 そのプレイヤーが謎の言葉を吐いた。

 俺は訝る。

 なんだ。俺のことを、知っている? 

 俺はその猟機に視線を合わせ、ドライバーのプロフィール情報を閲覧した。


 機体名:Tänzer -テンツァー-/プレイヤー名:HARU/ドライバースキル:Lv87 


「ハル……?」

 どくん、と心臓が跳ねた。

『でも、会えてよかった』

 艶のある低い声。ボイスエフェクトはかかっていない。つまり、肉声でやっているということだ。その声に聞き覚えがあった。

 だが、そんなはずはないと頭が否定していた。

 なぜならその記憶はここではない。現実で聞いた声だったからだ。

 しかし俺は理解する。

 ――このもうひとつの世界は、現実ともたしかにつながっていることを。

 

『よろしく、遠野――いや、シルトくん』


 その声は、あの男――成瀬晴のものだった。



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