#32
イヨの興奮ぶりといったらなかった。
猟機を降りて、チアの手を握った。嬉しそうにぶんぶんとその手を振り回し、さらには抱きついたり頭を撫でたりしている。
「すごいよ、チア! 天才だよ!」
「そ、そう……?」
イヨのベタ褒めに、チアは「うへ、うへへ」と品のない笑みを浮かべていた。
……あざとくてもいいから、もうすこし女の子らしい反応をしてはどうかと思う。
「なんであんなことができるの?」
「うぇ……?」
チアは質問の意図がわからないようだった。
「なにかほかのゲームやってたりしたの?」
チアはふるふると首を振って否定し、
「…………ただ、当たりそうなところに、撃った、だけ……」
「当たりそうって……。だって、敵も動いてたし、そもそも弾ってまっすぐ飛ばないんだよ? とくにあれだけ距離が空くと、かなり放物線を描くことになるし」
「……? それは、わかってる」
チアは、なぜそんな当たり前のことを聞くのか、という顔をしていた。
俺も驚愕していた。
たしかに多脚タイプの猟機は、重心が低く、射撃安定性が高い。装備も初期状態からスナイパーライフルなど、遠距離用の火器を装備している。
だがそれを考慮しても、常人の技ではない。
わかる、ときたか。
おそらくだが、チアは感覚で理解しているのかもしれない。
弾道をイメージする想像力というのか、チアにはそれがある。だから撃った弾がどこを飛翔し、どれくらいの時間で、どこに着弾するのか――それをほぼ完璧に頭のなかで再現できているのだろう。
そうでなければあんな芸当はできない。
これは、本当に天性のものかもしれなかった。
「すごいね、シルト! こんな強いガンナーが味方になってくれたら、百人力だよ!」
「あ、うん」
「よしっ、じゃあこの調子でこのフィールドを攻略――」
イヨが弾んだ声で言いかけたときだった。
重々しい足音とともに、大地が揺れた。
ビルの隙間から、見知らぬ猟機が顔を出した。
巨大なガトリング砲を手に、こちらを見つめていた。
俺とイヨは顔を見合わせた。
「あー……。これって」
「襲撃、かな。たぶん」
『……』
俺とイヨがそろって振り返ると、後方のビルの屋上にも猟機のシルエットが見えた。
獲物を狙うように、猟機のアイカメラがぼんやりと光っている。
不意打ちだった。もっとも、戦場のど真ん中では無警戒にはしゃいでいたこちらが悪いのだが。
相手がすぐに攻撃してこないのは、生身状態のプレイヤーを倒してもなんの経験値もジャンク素材も得られないためだ。
やる気らしい。
チアだけが、なにが起きたのかわからずぽかんとしている。
とりあえず俺たちは身を守るため、あわてて猟機を呼び出した。
*
結果的に、敵は撃退した。
同じ三機編成のチームだった。おそらく、同じフィールドを攻略していたときに俺たちを発見し、“狩る”ことに決めたのだろう。
攻撃を食らったイヨの軽量猟機は一部の装甲が脱落し、肩から白煙を上げている。
相手の技量は悪くなかったが、練度がいまひとつだった。
損害は出たものの、結局俺が二機、イヨが一機を仕留めた。
チアも援護に活躍した。が、さきほどよりも射撃には精彩を欠いていた。
というのも、「プレイヤーに襲撃される」ということに慣れていなかったためだ。
『……おそっ、おそっ、襲われた……』
チアの猟機は一発も被弾していないにもかかわらず、その声はひどく動揺していた。
よほど怖かったのだろう。
『ま、まあこういうこともたまにはあるけど、き、気にしないで楽しもうよ、ね?』
イヨが必死に気をつかっている。
これがトラウマになってゲームをやめるなどと言い出すのを恐れているのだろう。たしかに、チアの才能は非常に希少なものだ。
それにしても。
俺は違和感というか、妙な感覚に囚われていた。
「――なんか、最近やけに多い気がする」
ふたりが口を閉ざす。
かまわず、俺は言った。
「昔、俺がハマってた頃は、こんなに頻繁に襲撃を受けることはなかったのに」
「それは……この前のアップデートで、襲撃行為の基準、緩和されたからね。そのせいじゃない?」
「それは……あるだろうけど」
アイゼン・イェーガーには、プレイヤーがどれほどそのゲームをやり込んでいるかの基準となる『ドライバースキル』が設定されている。
それは、フィールド上の敵を倒したり、他のプレイヤーと戦い倒したりすることで上昇していく。そのレベルによって解放されるクエストや猟機の装備があるほか、PvPの制限基準としても使われる。
この制限は、『フィールド上での襲撃行為』にのみ適用され、襲撃者と被襲撃者のレベル差が大きい場合、互いの攻撃行動のすべてにダメージディセーブル(攻撃無効化)が発生するという仕組みだ。
これによって、非対等な戦力による一方的な蹂躙行為を防いでいるのだ。
もっともレベルの高いイヨがチームにいるので、俺たちのチームレベルは引き上がっている。それを基準に敵もそれ相応のレベルの範囲で、他のプレイヤーが俺たちに敵対行動をとることが可能になっている。
その基準が、アップデートで条件が広がった。
つまり、敵対行動がとりやすくなったのだ。
だが俺が感じている違和感とは、まさにそのことだった。
「でもさ、なんで、緩和する必要があったんだろう」
「え?」
「べつにいままでもゲームバランスに問題があったわけでもないし、そういう要望の声が強かったって話も聞いたことないし……」
「それは……」
イヨも口ごもる。
俺は自分のなかにある曖昧模糊とした感覚を、なんとか言葉にした。
「まるで、運営が強いプレイヤーを育てようとしてるみたいな……」
「それって……おかしい?」
「え?」
イヨは不思議そうに首をかしげている。
「そうやって、プレイヤー同士で競い合うからこそ、みんなもより強くなろうとがんばるんじゃないの?」
「そう、か……」
イヨの言うとおり、ただ単純に、ゲームプレイの活性化を狙っているというだけなのかもしれない。
俺が気にしすぎなのかもしれない。
あまり深く考えないようにして、俺は頭を切り替えた。
*
数日後の放課後。
また夜にアイゼン・イェーガーを進める約束をして、俺たちは帰路についていた。楠さんとは方向がちがうので、学校を出てすぐに別れた。
俺と伊予森さんは、最寄り駅までの道を歩いていた。
ふたりきりだった。
べつに、こうして一緒に帰るのははじめてでもないのだが、なぜか急に意識してしまっていた。
「遠野くん?」
「な、なに?」
「なんか、急にだまっちゃったから……」
「いや、そんなことは……」
駅前に近づくにつれ、人が増えてきた。前方から、大学生くらいのカップルがやってくる。親密そうに腕を絡ませながら通り過ぎていく。
途端、俺は気恥ずかしさを覚えた。
俺と伊予森さんは、傍目にはどう映るのだろうか。
ビジュアル的に釣り合っていないのは自覚している。だがそうだとしても、同じ学校の制服で、男子と女子が並んで歩いている。俺が赤の他人だったら、それなりの関係だと邪推するはずだ。
伊予森さんは、どう思っているのだろうか――
ひとりで悶々と考えていると、肩に軽い衝撃。伊予森さんと肩がぶつかってしまった。
「ご、ごめん!」
「ううん、気にしないで……」
なにをやっているんだ、俺は。
「遠野くん、さ。……夏休みって、なにか予定ある?」
ふいに、伊予森さんが言った。
「え?」
「ほら、もうすぐでしょ。いつもどうしてるのかなーって」
夏休み。
それは、文字通り朝から晩までゲームに興じられる貴重な時期である。いつからそうなったのかもはや記憶にないが、とにかく俺の認識は、もうずっとそこから変化していない。
だいいち、暑いからこそ休みなのである。それを外出して疲労するというのは本来の意義に反する――という方便を俺は全面的に賛同することにしている。
だらだらする以外のことはなにもない。
まあ家族で一度くらいどこかに出かける、というか強制的に連行されるかもしれないが、あるとすればそれくらいだ。
「いや、とくには……」
「そっか……」
「?」
伊予森さんはめずらしく、なにか言いよどんでいる。
なんだ?
「海とか、プールとかは、行ったりしないの?」
「……プール、くらいなら……」
つい見栄をはって、俺はそう答えてしまった。
ただし、もう何年も前のことだ。
プールなんて体育の授業を覗けば、小学生のときに市民プールに行ったのが最後だ。海パンもそのとき以来買い変えていない。
「海は……行ったことないかな。泳ぎ目的では、だけど」
「へぇ~、そうなんだ? めずらしいね?」
「はは、そうだよね……」
きっと俺ぐらいの少年少女ならみんな行っているのだろう。だが海水浴場なんて、俺の人生でもっとも縁遠い場所のひとつだろうと、そう思っていた。
「……もし、よかったら、さ」
伊予森さんが、ためらいがちにつぶやいた。
その言葉に、じっと耳を傾ける。
「遊びに……行ったりとか、しないかな?」
「え……」
俺は硬直した。
なんで? と危うく返しそうになるのをこらえる。
ちがう。そうじゃない。返すべき言葉は、いま聞きたいことは。
「そ――だ、だれと?」
脈拍が速くなっていた。
どこか足元の感覚がおぼつかない。
宙に浮いているように、現実感がうすれていく。
「……わたし、とか」
伊予森さんの頬は、わずかに紅潮しているように見えた。
海?
伊予森さん、と?
俺が?
なんだ、それ。
それじゃまるで、彼氏彼女みたいな――
「おっ、おっ、うぉっ」
「遠野くん、落ち着いて」
あまりに動揺したため、精神的酸欠状態に陥っていた。格好悪いことに伊予森さんに心配されてしまう。だれかのことを言えたものではない。
深呼吸し、俺は冷静に思考を働かせる。
想像する。
海といえば、水着だ。
伊予森さんの、水着姿――?
「遠野くん?」
「ふへっ?」
「……なんか、へんなこと考えてなかった?」
伊予森さんが猫のように目を細める。俺は焦った。
「ちちちちがうって!」
「え~~ほんとかなぁ?」
伊予森さんがニヤニヤしながら俺を小突いてくる。俺はたじたじになりながら、必死に自分のいかがわしい邪念を振り払い、弁解する。
うっ、楽しい――
こんな展開があっていいのか。一生分の運をいま猛烈な勢いで使い果たしているのではないだろうか。
そんな不安ともつかぬ危惧が、頭をよぎったときだった。
「――あれ、伊予森?」
だれかが声をかけてきた。
俺たちはそろって、振り返る。
長身の男子高校生が、そこにいた。
うちの学校の生徒ではなかった。
顔立ちはどこかハーフのようで、彫りが深くはっきりとしている。
茶色く脱色された髪は、メンズファッション誌に載っていそうなほど完璧にセットされていた(とはいえ俺はファッション誌をちゃんと読んだこともないが)。
適度に着崩した制服姿。ネクタイを緩めた胸元からは、ネックレスが覗いていた。
一目で、自分とはちがう側の人間だとわかった。
「やっぱり。伊予森じゃん」
背負ったスクールバックを揺らしながら男が近づき、伊予森さんに人懐っこい笑顔を向けた。どうやら知り合いのようだった。
「晴……」
伊予森さんがつぶやく。
謎のイケメンは一度も俺のほうを見ることなく、爽やかな微笑を称えていた。
こいつは敵だ、と本能がささやいていた。
お詫び
:過去の#で記述している作中のゲーム内設定の一部を、変更している部分がございます。これはひとえに自分の詰めの甘さによるものです。。申し訳ございません。
次回、EP04/第2話『シールド・ブレイク』
波乱の予感です。




