#29
- EP04 あらすじ -
楓との微妙な関係に一喜一憂する盾は、ある日入学式以来病欠していたクラスメイトが登校してくると耳にする。最初は自分とは関係ないことと割り切っていた盾だったが、その女子生徒――楠千亜は、盾すら上回るほどのコミュ障だった!?
なぜか千亜に懐かれ、楓の誘いで一緒にアイゼン・イェーガーをやるようになった頃、盾の前に楓と同じ中学だったというザ・リア充なイケメン――成瀬晴が現れる。
それが、大きな波乱の前触れだった。
「ロードッ!!」
俺は猟機の呼び出しコマンドを叫んだ。
途端、それまで目線が、一気に地上から数メートルの高さに上がる。
俺の身体は猟機の操縦席の中に。
目の前に、黒い敵猟機の姿が迫る。
その両腕がレーザーパルスガンを構える。
シールドのマニュアル制御――左腕部を胸元に引き寄せシールドと機体を密着。防御面を正面に。重心制御――膝を数十センチ落とし腰部の位置を調整。メインスラスター・オン。スティックを正面に倒しペダルを蹴りつける。
すべて一秒以内に行った。
俺はほぼゼロ距離にあった敵猟機を、シールドで強かに弾き飛ばした。
敵機が衝撃でバランスを崩し転倒する。
『は、はぁあ!?』
なにが起きたかわからない、という感じの悲鳴。
シールドバッシュは、俺が多用する攻撃動作のひとつだ。武装に登録された攻撃手段ではないので、マニュアル操作が必須にはなるが。
だがさすがにこれだけで戦闘不能になるほど、猟機は脆くない。
『シルト、大丈夫!?』
チームメンバー――イヨからの音声チャットが飛んだ。
「なんとか。ちょっとびびったけど……」
そう答えながらも、俺はわりと冷静だった。
そもそも、なぜこんな状況になったのか。
簡単に言えば、罠だった。
つい三十分ほど前。首都ミッテヴェーグのコミュニティ・ラウンジ(公式のデュエルバトルやチームバトルを大勢で観戦できる場所)で、黒の竜を見たという話を聞いた俺とイヨは、この海上プラントのフィールドを訪れた。
そこで話の通り、単独の黒い重量猟機がいた。
念のためイヨの管制機を残し、俺が先行して近づくと、相手が猟機を降りた。
それで俺も同じように生身になったのだが、それを見た途端、敵がふたたび猟機を呼び出し、いきなり襲い掛かってきたのだ。
危なかった。
が、まったく予想していなかったわけでもなかった。
たしかに黒い重量猟機は、あれとよく似ていた。
おそらくネットに出回っている画像を見て、それらしく再現したのだろう。だが中身がまるで追いついていない。機体性能も、操縦者のスキルも。
おそらくこうして、興味本位で近づいてきたプレイヤーを生身の状態で攻撃する、という遊びをしているのだろう。
悪質、というよりは悪趣味だ。
『な、なんだよいまの!?』
ヒステリックに叫びながら、敵機が腰を付けたままレーザーパルスガンを乱射する。射程は短いものの、瞬間的に非常に高い熱量を与える兵装だ。
青白い閃光を、耐熱コーティングされたシールドで弾く。
機体の周辺温度急上昇。しかしダメージはない。
やはりこの盾は頼りになる。
俺が冷静にレーザーソードのトリガーに手をかけようとした瞬間、頭上を重い衝撃が貫いた。
『プラントの管理塔の上にもう一機いる』
この弾速と衝撃。長距離射程のスナイパーカノン。
どうやら、相手には僚機がいたらしい。
『二弾目くるよ』
なるほど。もし相手に抵抗された場合は、そうやって遠距離からの不意打ちで仕留める算段だったのか。
『弾着観測。2、1――』
イヨの冷静な声を聞きながら、俺はレーザーソードをわざと大きく振りかぶりながら、タイミングを合わせて敵機の反対側に回り込んだ。敵機があわてて後退。
狙撃機、黒の敵機、そして自機を一直線上に乗せる。
直後、黒の敵機が弾け飛んだ。
フレンドリーファイア。
敵機のスナイパーカノンの砲弾が、黒い味方猟機を撃ち抜いたのだ。
<< TARGET DESTROYED >>の表示を確認し、俺はほっと息をついた。
『ksチート野郎はしね』
『通報しました』
戦闘が終わると、さきほど相手からまったくもって濡れ衣なメッセージが飛んできた。
俺は無視して、小さくため息をつく。
おそらくは、まだ初期状態のフレームで構成された粗末な機体と、戦い方のアンバランスさに、理不尽を感じたのだろう。もしくは、俺のプロフィールを閲覧したのかもしれない。
アイゼン・イェーガーにおいて、ドライバースキルのステータスはあくまで目安でしかないし、機体の性能においてもそれは言える。
もちろん、大きな優劣は生じる。同程度の技量のプレイヤー同士で、初期猟機と高性能パーツで固めたハイエンドカスタム猟機で戦えば、まず後者が勝つ。
だが、絶対に覆せないものではない。
たとえレベル1だろうと、猟機が初期状態だろうと、プレイヤーの操縦技量でカバーできる領域は非常に大きい。それがPvP要素を前提に設計されたこのゲームの、魅力の根幹でもあった。
ただ、さまざまな称号やトロフィーの獲得、資金集めや猟機のビルディングなどに莫大な時間と労力がかかるため、自然と強いプレイヤーのレベルは高くなる、というだけのことだ。
上位ランキングに名前が載るほどやりこんでおきながら、すべてのデータを抹消して最初からもう一度はじめるような奇特な人間は、早々いない。
イヨの管制機がゆっくりと近づいてきた。
「セーブ」
猟機の格納コマンドを口にし、生身で地面に降り立つ。
イヨも同じように猟機を格納し、灰色のジャケット姿のアバターで現れる。現実と同じく、綺麗な長い髪が揺れる。
「あーあ、今日もだめだったね」
「まあ、半分は信じてなかったけど」
「えぇ~~! なにそれぇ、じゃあ言ってよぉ」
「い、いや、だってイヨが乗り気だったから、まあいっかな、って……」
俺たちの頭には、常にその存在があった。
黒の竜。
見つけてどうするのか、とくに考えがあるわけでなかった。
是が非でも、知らなければいけないことではない。
俺もイヨも、結局のところ動機の根底としてあるのは、好奇心だ。そういうプレイヤーは俺たち以外にも沢山いるだろう。
だが唯一、ほかの人とちがうとすれば。
俺は、あいつと戦った。
いまも鮮明に思い出せる。
あの絶望的なまでの強さ。
どんなプレイヤーなのか、興味があった。できるのなら、ちゃんと話をしてみたい、それは俺の偽らざる本心だった。
「でも楽しかったし、いっか」
「そ、そう?」
「え、シルトは楽しくなかった? ドキドキしたでしょ」
「……まあ」
イヨは前向きだ。
というより、常にゲームを楽しんでいる。
「――じゃあ、今日はこのくらいにしとこっか。また明日、学校でね」
「う、うん」
また明日。
そう言って別れることが、日常になりつつある。
ふと思った。
最近、当たり前のようになっていたので、改めて意識することがなかったことがある。すなわち。
伊予森さんは、俺のことをどう思っているのだろうか――
*
「今日、楠さん登校してくるんだって」
登校して席についてすぐ、そんな声が聞こえた。
教室のうしろで固まっている女子たちからだ。
俺のとなりでは、一部の男子が机に座りながら談笑している。話に入っていく勇気はないし、どのみち話についていける自信もなかった。
その代わりというわけではないが、つい聞き耳を立ててしまう。
「――え、だれ?」
「ほら、初日から休んでる子」
「…………あ~~! そうだ、そういえば入学式の日、センセー言ってたね」
「わたしも完っっ全に忘れてたんだけど、昨日、同中で親同士が知り合いの子が聞いたんだって」
なにやら新しい話題で盛り上がっていた。
くすのき、さん?
入学式から休んでいる、女子生徒がいる?
まったく俺には覚えがない。
いや、そういえば――
俺は教室内を見渡した。
廊下寄りの一番後ろの席に、だれも寄り付かない、ぽつんと空いた席があった。
たしか、この前の席替えのときもそこは空いていた。
あ――。
ようやく、俺も思い出していた。
入学式の日、病気かなにかで長期欠席予定の生徒がいる、と担任が説明していた。
そのときは、へぇ大変だなぁ、としか思わなかった。
それ以来、担任からの説明もなかったし入学してすぐでみな浮き足立っていたので、すっかり忘れていた。
そうか、その女子がようやく学校に来るのか。
まあ、どのみち俺には関係ない。
きっと入学初日から登校している俺よりもはるかに早く(つまりは普通の人並みの早さで)、クラスにうちとけるにちがいない。
どのみち、関係ない――
すぐに興味が薄れようとしていたとき、ちょうどチャイムとともに担任が教室に入ってきた。
教室の空気が、一瞬固まった。
担任に続いて入ってきたのは、見知らぬ女子生徒だった。
小柄だ。小学生とまでは言わないが、中学一年生ぐらいに見える。
肩口程度の髪、やや着せられているという感じの制服。うつむきがちだったが、顔立ちは愛らしく整っている。どこかアンティークドールのような可愛らしさを持つ女子生徒に、クラスメイトの注目が集まった。
ああ、つまり。
彼女が例の、空席の君。
「楠、千亜…………ぇす」
だれとも目を合わさずに、楠さんは言った。
HRが終わると、さっそく女子たちが楠さんを取り囲んだ。
まるでマスコットのような彼女に、当然女子たちだけでなく、男子の視線も集まっている。伊予森さんも、じっと席から彼女のほうを見ていた。
一方で俺は、クリスのような小学生もいればこういう高校生もいるんだよなぁ、などとぼんやりと考えていた。
どういう性格で、どんな子なのだろうか。
それを押し計ろうと、俺は横目で女子たちへの対応に注目していた。
押し寄せる女子艦隊に対して、楠さんは切羽詰った顔で、
「お、お、おっ」
どもった。
……これは……。
強い既視感があった。
こういう光景を、とても近くで見たことがある。というか、だれかにとてもよく似ているような。
楠さんはみるみるうちに青ざめていき、
「…………おっす」
意外にも、武闘派な挨拶を口にした。
女子たちが反応に困っている。
そして突然、ひひっ! とひきつった笑い声をもらす。その奇怪な反応に、女子たちが一斉にたじろぐ。それで楠さんはさらにショックを受けたように、ふたたび視線を机に落としてしまった。
男子のだれかが、あの子やばくね? と言った。
一連のやりとりを見ていた俺は、唖然としていた。
まさか。
そんなことが、そんな偶然があるものだろうか。しかし、あの様子はまちがいない。俺だからこそわかった。
俺よりコミュ障な人間が、そこにいた。




