#28
俺の猟機は左手にシールドを携えながら前進していた。
いくらこのシールドでも、石柱の崩落による大質量は防げない。あくまで小さい破片への防御策だ。
俺たちは自分たちで判断して道を選んでいるつもりだった。
だがこのルートは、おそらくイヨが誘導しているものだ。
しばらくのあいだ、敵の攻撃も姿も確認できなかった。ゆえに緊張が高まる。
そして、その瞬間が訪れた。
ほぼ同時、自機のレーダーが四つの敵影を捉えた。
石柱が密集した、狭い一本道。
俺とオーリー機は、すでに四方を囲まれていた。
なぜ気づけなかったのか。その理由もすぐにわかる。
イヨがこちらの索敵可能範囲を読んでいるからだ。
芸術的なまでの管制能力。開始からここまで、おそらくほぼすべてがイヨの計画通りだろう。
『オーリーさん、下がって!』
事前の打ち合わせどおり、オーリー機は俺を置き去りにし、バックブーストで一気に後退する。
ほぼ同時。
敵が周辺に弾幕を張った。
四機の一斉射撃。ありとあらゆる弾丸やミサイルが、こちらを取り囲む石柱へと吸い込まれていく。
大地が震えた。
十数本の巨大な石柱が、ほぼ同時に爆発する。
知覚が活性化し、景色がスローモーションに流れる。
ゆっくりと崩落する世界を、俺は見上げていた。
さあ、勝負だ――
道は前にある。
俺は機体を迷わず加速させた。
メインスラスター全開。
スティックを繊細に、かつすばやく操作。機体を高速で滑らせる。真後ろに岩石が落下。続いて前方に二つ。ドリフトターン。サイドブースト。ぎりぎりでかわす。砂埃で視界が奪われる。感覚で補う。真横に機体の倍はありそうな塊が落下。衝撃で機体が傾く。サイドスラスターを片側だけオンにし強引に姿勢制御。
一人で舞っているようなマニューバ。
めまぐるしく回転しがら、俺は頭上を見上げていた。
岩石が雨のように降ってくる。
すべてを一瞬で記憶し、空中での自機の軌道を脳裏に描く。本番はここからだ。
跳躍。
アフターブースト。
猟機が発揮しうる最大推力で、俺は空中へと身を投じた。
岩の落下速度にみずからの機体速度も加わり、ほとんど隕石群に等しかった。
振りそそぐ巨大な岩のすき間を縫い、べつの岩をけりつけて空中で方向転換。小さな破片はシールドで防御。
それでもさらに正面、かわし切れない塊が――
俺の猟機は右腕を引いていた。
切断面を入力。トリガー。
レーザーソードの白刃が岩石を両断。
すべてのブースターを駆使し強引に機体をひねらせながら、空中を駆ける。
その先に。
石柱を崩して狙撃ポイントとしていた足場の上に、呆然と立ち尽くす重量機体があった。マグナス機だ。
「抜けたよ、イヨ」
この戦況を見ているはずの彼女へと言った。
『―――』
返答は、ない。
それは余裕のない証拠か、そう見せかけるための演出か。
どちらでもかまわない。
どうあろうと、すべてを突破するだけだ。
マグナス機があわてて足場から降りて後退する。迷わず追跡。スラスター噴射で着地の衝撃を殺し、すぐに再加速。
こちらの前進速度のほうが上だ。
敵機が背中から石壁にぶつかる。周囲をよく確認していないからそうなる。
必中の射程内。
抜刀。
レーザーソードが脚部と頭部を斬り飛ばし、マグナス機を撃破した。
『やった、シルトさ――』
そのときだった。
オーリー機のゲージが、みるみるうちに削られた。
駆けつける道も、守るための時間もすでになかった。
「オーリーさん!」
『ごめ――なさ――』
オーリー機の耐久ゲージが、一息のうちにゼロになった。
<< FRIENDLY DESTROYED >>
視界に一行のメッセージが表示される。
チームメンバー機の撃破。ひさしぶりに見た表示だった。
迂闊だった。
そうか、マグナス機を見捨てたのか――
イヨは俺が崩落による攻撃を抜けた直後、俺がマグナス機に接近するのを確認していたはずだ。だが他の二機にマグナス機への援護ではなく、オーリー機の方を包囲して殲滅することを指示したのだ。
たしかに遠距離重点装備のマグナス機では、近接特化の俺の猟機にここまで近づかれた時点でアウトだ。他の二機が増援に来ても俺は変わらず仕留めていただろう。
とはいえ――
すさまじいまでの冷徹さ。
イヨは本気だ。
なら俺も、全力で応える。
それしかない。
だがさきほどと同じように、空中機動で崩落する岩石をすり抜けると、イヨがヒステリックに叫んだ。
『な、なんであれを全部かわせるの!?』
「そうじゃないと勝てないからだけど……」
『そんなに負けたくないんだ!? そ、そんなに、そんなに織江さんのことが大事!?』
「な、なんでそこで織江さんが……」
『意味わかんない! 意味わかんないっ!』
「それはこっちの台詞なんだけど!?」
なにを言っているのかわけがわからない。
こちらを混乱させるための演技だろうか。さすがにそれはないと思うが、俺は一切油断しないように気を引き締めていた。
『あの、楓さんも、シルトさんも、落ち着いてください~!』
横からクリスになだめられる。
ヒートアップするハイレベルな戦況と、それに見合わないオープンチャットでの稚拙な言い合い。なんだか脱力しながらも冷静に、俺はケイの機体に接近。
距離を詰められたケイは片方のアサルトライフルを投げ捨て、乱射をやめて射線を集中させてきた。その対応に意外さを感じつつも、俺はシールドで防ぎながら懐にもぐりこみ、ソードでケイ機の中枢部を貫いた。
『やーらーれーたー!』
白煙を上げ、ケイ機がひざを落とす。
音声チャットがオープンになっているため、カオスな状況だった。
『こ、こないでぇ!』
リエン機が後退しながら散弾を撒き散らす。だが俺の機体から逃げきれないと悟ったのか、途中で軽量機の機動性を活かし、俺の頭上を跳び越そうとしてきた。
だが俺はすれ違いざまに脚部を切断。頭部から落下したリエン機が行動不能になる。
なるほど――
俺は実感していた。
こうして敵として戦っているからこそ、よくわかる。
みな上手くなっている。
リエンはあそこで自分が単調な動きを繰り返していることに、自分で気づいて挙動を変えてきた。
ケイも、あの追い詰めれた状況でやみくもな連射をやめ、しっかりと狙いを定めようとしてきた。
ふと、ある思いが俺のなかに生まれた。
勝たせてあげたい。
手を抜けば、それができる。つまりは八百長だ。
これはゲームだ。
べつにそれぐらいのことをしたって、なんの問題もない。
けど。
ゲームだからこそ。
それは、意味がないんだ。
残ったのは――
「クリスか」
俺はピンク色の中量猟機と向かい合った。
クリス機。
チームマッチの場合、管制機以外をすべて撃破、あるいは行動不能とした時点で、勝利認定がなされる。
俺は左右に機体を揺らして射線を外しながら踏み込み、無慈悲にレーザーソードをひるがえした。
だがそれでも、最後まで非情に徹しきることはできなかった。
クリス機の頭部の直前で、剣先は停止していた。
高熱の刃が、大気をゆらめかしていた。
「降参、して。クリス」
『……はい』
クリスが降参を申請。
チームマッチは、俺たち側の勝利で終了した。
*
「花壇づくりの、手伝い?」
伊予森さんが素っ頓狂な声を上げた。
外はすでに日が傾いている。
庭では、織江さんとクリスが育てている花や野菜について、楽しそうに談笑していた。
アイゼン・イェーガーでの勝負を終えた俺は、改めてこの織江さんの家で自分がしていたことを伊予森さんに説明した。
織江さんが趣味だと語っていたガーデニング。
彼女はいま新しい花壇を作ろうとしていた。
先週のあのとき、織江さんが口にした「お願い」とは、その基礎部分を作る手伝いをしてていただけないかというものだった。
土を掘って固めたり、レンガを重ねたり……と力仕事が多く、なかなか手をつけられずにいたらしい。
街に出てくるだけで倒れかけた織江さんを目の当たりにしていた俺は、さすがに手伝わずにはいられなかった。
とはいえ、実際やってみると運動不足の俺にはわりと重労働だったのだが。
まあ、人助けは悪いことではない。
「俺、力仕事とかめったにしないから、すぐに筋肉痛になって。しかも最近暑いでしょ? もうくたくたで……」
「も、もしかして、それであのときシャワーとか……?」
「シャワー? ……ああ、そうだけど……」
他になにがあるというのか。
伊予森さんはしばらく唖然としていたが、やがて口元に笑みを浮かべた。
「そ、そうだよね! 遠野くんにかぎって、そんなことないもんね」
「?」
そのとき俺の頭に、一連の会話のかみ合わなさの原因について、天啓のようなひらめきが落ちてきた。
それに気づいた途端、驚愕する。
ま、マジ?
そんなこと、あるわけないじゃないか。
もし仮に、そんなことができるほどの度量や甲斐性が俺にあったとしたら、俺はそもそもとっくに非リアから脱出していることだろう。というか、どんな禁断の関係だ、それは。
「伊予森さん、あの、もしかして……」
ぎくり、と伊予森さんが固まる。
「な、なにかな?」
「いや……要はさ、伊予森さんはつまり、俺が織江さんと――」
「だめ―――――――――!! それ以上言わないで!!」
顔が真っ赤だった。
なんというか、その想像力に感服する。
その日はめずらしく、俺が伊予森さんより優位に立ったのだった。
、、、という感じの短編二つめでした。
これとはべつに、織江の旦那の話(※アイゼン・イェーガープレイヤー)も考えていたのですが、本筋から離れすぎるのもどうかと思いましたので、とりあえずいずれ余力があれば。。
ということで、次回からメインストーリーに戻ります。
次回、EP04/第1話『波乱の使者』
盾を上回る○○な人物が登場です。




