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アイゼン・イェーガー  作者: 来生直紀
EP03/ 禁断の交友
28/93

#27

 どうしてこうなった。

 マオアー山岳。

 そこは五〇メートル近くある石柱が延々と立ち並ぶ、特異なフィールドだ。

 織江さんの家にあったVHMDを借りてアイゼン・イェーガーにログインした俺は、ランダムで決まったこのフィールドへと転移してきた。

 なお、攻略を進める通常のオープン・ワールドとは隔絶された、対戦専用の空間である。

 澄んだ青い空は遠く、猟機の何倍もの高さのある石柱に囲まれ、まるで密林の渦中にいるかのような感覚に陥ってしまう。

 圧巻の光景を前に、となりではオーリーさんの白い猟機も俺と同じように立ち尽くしていた。

 視界が悪い上、猟機の機動もかなり制限される。

 さらにこの石柱はただのマップオブジェクトではなく、実際に崩れて落ちてくる。それに押しつぶされれば、猟機といえども大ダメージはまぬがれない。運が悪ければ、即戦闘不能だ。敵以外にも、頭上に注意を払わなければならない。

 昔、何度かここで戦ったことがあるが、いずれも苦い戦いだった記憶がある。上級者でも気を抜けないフィールドといえるだろう。

 それにしても。

 どうやら伊予森さんを怒らせた、ということだけは理解した。

 だがなににこれほど猛り狂っているのか、いまいち判然としない。

 事情はよくわからないが、なにかとつけて物事をアイゼン・イェーガーで片付けようとするのは、どうかと思うのだが。

 イェーガー脳の伊予森さんにやや呆れていると、甲高くにぎやかな声が聞こえてきた。

『シルトさ~ん、よろしくおねがいしま~す』

『ちわっす! シルトさん!』

『おひさしぶりです、師匠……』

「あ、あぁ、よろしくね……」

 ケイ、リエン、マグナス。

 チームマッチの参加者たちのプロフィールを閲覧した。

 以前に攻略の手伝いをしたクリスの同級生たちだ。本名は知らないが、同じ小学校の子たちなのだろう。聞いていなかったが、伊予森さんの指示で急遽集めたらしい。彼らもいまどこかからログインしているようだ。

 五対二はさすがに卑怯ではないか、とも思ったが、いまの伊予森さんたちに反論する勇気は逆立ちしても出ないので黙っていた。


『シルト』


 伊予森さん――イヨからボイスチャットが入った。

「イヨ……さん。俺、なにか――」

『絶対負けない』

 その一言のみで、チャットは切れた。

 そこに込められた気迫たるや。

「なんなんだ……」

 なにがそこまでイヨを駆り立てているのか不明だが、こうなった以上、やるしかない。

 この前の戦いぶりからすると、ケイたちはクリスとそう変わらない、まだ初心者の域を出ていないプレイヤーだ。たいした脅威にはならないだろう。

 だが相手を統率しているのは、あのイヨだ。

 本気になるのは大人げないが、油断するのも危険だった。

『ごめんなさい。なんだか、私がご迷惑かけてるみたいで……』

 となりの猟機を操るオーリーさんが言った。

「いや、まあ、気にしないでください。……それより、こまめに索敵を。相手のオペレーターは、相当な実力者なので」

『わ、わかりました』

 さすがにクリスたち相手で負けるとは思えない。だが、手こずることぐらいは覚悟しておこう。

 俺たちは猟機のブースターを切り、徒歩で網の目のような道をゆっくりと進みはじめた。



 ときおり、頭上から砂埃が舞い落ちてくる。

 静寂のなか、猟機の重い足音だけが周囲に響いていた。目視とレーダーで、慎重に周囲の確認を続ける。

 進みながら、俺の余裕はしだいに薄れていった。

 このフィールドは、優れたオペレーターに統率されたチームを相手にするには、ある意味で最悪の場所だ。

 すべてを把握しているのは、広域レーダーを装備したイヨの管制機のみ。

 まさに手のひらの上に乗せられている感覚。

 そのとき、近距離レーダーに敵影が浮かんだ。

 一機ではない、複数が固まっている。

『て、敵が――』

 オーリーさんが叫ぶ前に見つけていた。

 石柱によって作られた道の先。

 両手にアサルトライフルを構えた敵機――ケイの機体が踊り出てきた。

 直後、激しいマズルフラッシュがまたたく。 

 弾丸の嵐が叩きつけられる。岩の破片が前後左右に飛び散る。轟音と衝撃にオーリー機からは悲鳴が上がった。

 アサルトライフルだけではない。散弾らしき射線も混じっていた。

 この弾幕――単機ではない。

 レーダーを確認。土煙のせいで視認はできなかったが、なんと主力四機がさきほどの地点に固まっていた。

 まさかこんな極端な配置をするなんて。

 おそらく数の多さを活かして、二手に分かれて挟撃してくると思っていたのに。

 あれと撃ち合うのは危険すぎる。

 オーリーさんはとっさにライフルで応戦するが、撃ち負けるのは確実だ。

『ど、どうしますか!?』

「後退したほうがいいです。敵は全部固まってます」

 俺の記憶が正しければ、このフィールドには猟機で登れる高台があった。

あそこは非常に有利な場所だ。

 敵が戦力を集中させているうちに、あそこを押さえてしまえば、一転してこちらが優位に立てるはず。

 俺はなるべく意図を悟られないよう、ある程度ハンドガンで応戦を続けながら、高台のある方角へと移動していった。

「! あれです。あそこに登ります」

 石柱が最初から崩れており、階段上になった高台が見えてきた。

 俺が先行し、ブースターを吹かし跳躍しようとした、そのときだった。

 まさに近づこうとしていたその高台の上に――敵影。

 まさか、イヨの管制機か。

 倒せば一気に戦況が有利になる。


 そこに、ミサイルランチャーとバズーカを背負った重量機がいた。


 な――

 敵機が手持ちの火器を一斉発射。

 砲弾が近距離で炸裂。バックブースト。視界を爆炎に覆われながら後退する。機体を滑らせながら鋭く方向転換。

 俺はオーリーさんに緊急後退の指示を出し、ほかの道へと退避した。

『だ、大丈夫ですか?』

「はい。直撃はしてないです。でも……」

 なぜあそこに敵がいる?

 先回りされた? いや、さきほどの地点からだとすると、移動が早すぎる。俺たちより早く間に合うはずがない。


 ――――そうか。

 

 俺は結論を導いた。

 ダミーだ。

 さきほどの集中砲火。

 弾幕と土煙で、敵機をこの目で確認してはいなかった。

 あそこにいたのは四機ではない。そう見せかけるため、レーダーを惑わすための固定式ダミーを配置していたのだ。

 すこし開けた道に出た。他の場所よりも明るい。日差しが十分届いているためだ。俺はまぶしさを感じて目を細めた。


 その瞬間、俺たちの進行方向から敵機が出現した。


 これまでの機体より速い。リエンの軽量機だ。

 太陽を背に跳躍した機体が発砲。まぶしい。敵機の姿が――

 視界がさえぎられるなか、散弾の強烈な雨を浴びせられる。

 状況が悪すぎる。

「ッ……左へ!」

『はい!』

 さらに進路を変える。高い石壁に両側を囲まれた道が現れた。ここならおそらくさきほどのような奇襲は難しいはずだ。

 だが。

 俺の中を嫌な感覚がよぎった。その場で機体を急停止させる。

『ど、どうしたんですか?』

 後方のオーリーさんが不安そうに尋ねた。

 理屈ではない。

 これまでの無数の戦いの経験から来た、純粋なる勘だった。

 俺はこれから進もうとしていた道の上を、無造作になでるようにハンドガンを発砲した。

 直後、地面が激しく炸裂した。

 オーリーさんの悲鳴が上がる。

「地雷か……!」

 対猟機用の高威力地雷。 

 俺が以前、クリスたちの管制機を務めたときには、地雷を装備しているメンバーはいなかった。それに地雷自体、かなり玄人向きの兵装だ。初心者が自然にチョイスするとは考えにくい。

 イヨの入れ知恵だ。

 まさか、全機装備しているのか?

 わからない。

 だがもしそうだとしたら。

 早急に勝負を片付けないと、地雷原に囲まれて身動きがとれなくなる。

 そこに遠距離から挟撃でもされたら、おしまいだ。

「オーリーさん。俺についてきてください」

『は、はい』

 地雷を掃射しながら、機体を慎重に進めていく。

 だがやはり、敵はこちらを動きを完全に把握していた。

 正面に敵影が出現。

 ハートのデコレーションをされたピンク色の猟機。クリス機だ。

 だがクリス機は、なぜかライフルの砲口を俺たちではなく、あさっての方向へと向けた。炸裂弾の直撃を受けた石柱が崩れ、岩石がこちらへと崩落してくる。

『シルトさんっ!』

 俺はスティックを小刻みにさばいて岩石の間をすり抜ける。わずかにかすめた大質量の岩に肩の装甲が削り取られた。脳天をゆさぶるような衝撃。

 俺は自然と、乾いた笑い声をもらしていた。

 やってくれる。

 あの状況で迷わず石柱を狙った。クリスの考えつくことじゃない。

 行動のひとつひとつ、すべてを優れた策士がコントロールしている。 

 イヨ――。

 敵に回すと、こんなに恐ろしいなんて。

 優れたオペレーターに統率されたチームを相手にすることが、これほど怖いものだということを、俺はひさかたぶりに思い出していた。

 どうする。

 時間が刻々と過ぎていく。

 それは間違いなく、敗北へのカウントダウンだった。

「……オーリーさん」

『はい』

「もし、俺が戦闘不能になったら、降参してください」

『え?』

「敵は石柱を効果的に利用してきてます」

『は、はい』

「このままだと、そのうち身動きが取れなくなる可能性が高いです。……なので、抜けられるかどうか、やってみます」

 オーリーさんは一瞬、言葉を失っていた。

『抜ける……とは、あの石柱の崩落を、ですか?』

「はい」

 唖然とした空気が伝わってくる。

『そ、それはいくらなんでも、危険ですよ……! そ、それこそ相手チームのみなさんが、一斉にこちらを近くの柱を崩してきたら、どうするんですか?』

 彼女の声は緊迫していた。

 それこそ最悪のシナリオだ。

 そして、おそらく、イヨはそれを狙っている。

 俺が強引にかいくぐろうとしたところで、一斉攻撃を加えて崩落した大量の岩石で間接的な撃破を狙う。

 それがわかっているからこそ。


 突破口は、そこにしかない。


「やるだけ、やらせてください」

『……わかりました。シルトさんを、信じます』

 俺はオーリーさんと短く打ち合わせし、次の行動を定めた。


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