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アイゼン・イェーガー  作者: 来生直紀
EP03/ 禁断の交友
25/93

#24

 ウエストユーラシア第001解放区域・首都ミッテヴェーグ。

 街に戻り、憩いの場になっている噴水前の広場で前で、俺はオーリーさんからあそこで孤立していた経緯を聞いていた。

「一緒に攻略してくれる人を探してみたのですが、みなさん、べつのところに行く方ばかりで……。仕方なく、ひとりで出ていたんです」 

「ああ……たしかにいまは、そうかもしれないですね」

 今日に限っては、かなりのプレイヤーがアップデートで追加されたフィールドに流れているはずだ。それに同じフィールド内に他のプレイヤーがいたとしても、助けてくれるとは限らない。

 むしろ問答無用で襲ってくる可能性もある。それはこの鉄と熱砂の世界では、決して珍しいことではないのだ。

「オーリーさんは、いつぐらいからやっているんですか?」

「ひと月くらい前からです」

 ほとんど初心者のようだった。

「シルトさんは、とてもお強いんですね……。見たところ、私と同じくらいのレベルの人なのに」

「そ、そうですかね……」

 口ごもりながら、俺が古参のプレイヤーだということは秘密だ、という伊予森さん――イヨとの約束が頭をよぎった。

 オーリーさんは、眉尻を下げて困った表情を見せた。

 どこまで意識しているのかはわからないが、これからの旅路に不安を抱いているのは明らかだった。

「あの……よかったら、俺が一緒に行きますけど」

「え……よろしいんですか?」

「はい。まあ、ヒマなので」

 アップデートされた部分が色々と気になるが、さすがにあれほど楽しみにしていた伊予森さんをさし置いてそれを堪能することは気が引けた。

 伊予森さんがゲームに戻れるまでの、ちょうどいい時間つぶしになるだろう。

 最初は、そういう軽い気持ちからだった。

「じゃあ、チーム、組みます? その方がやりとりもしやすいですし」

 俺は提案した。

「でも、ご迷惑じゃ……」

「いいですよ。低レベル同士、助け合いましょう」

 チームを組めばIFFの味方機識別機能が有効になってフレンドリーファイアを避けやすくなるし、獲得する経験値やジャンク素材は均等に分配される。

「ありがとうございます」

 にっこりと、オーリーさんは微笑んだ。

 俺はどきまぎしながら、彼女からの申請を受理した。



 さきほどのクルシュ砂漠に戻り、俺はオーリーさんと攻略を再開した。

 広い砂漠を疾駆する、俺の灰色の猟機とオーリーさんの白の猟機。

 スタート地点から数キロ進んだところで、敵ガイストの群れと遭遇した。

「俺がターゲットを取るので、その隙にやっちゃってください」

『は、はい』

 やや緊張した声で答えながら、オーリー機がライフルを構えた。

 即席の連携は、意外と悪くはなかった。

 彼女は機体の移動は苦手そうだったが、射撃自体はわりと上手かった。もっとも、その両方を同時にこなせないというのは、初心者にありがちな例だったのだが。

 俺が先行して敵をかく乱し、彼女が射撃に集中できるようにお膳立てする。

 先日あれほど苦戦していた飛行型ガイストも、それほど苦労せず撃破できるようになっていた。   

『や、やっつけましたね』

「はい。おkです」

 俺は粛々とサポート役に徹した。

 そのフィールドの攻略が一段落したところで、その日は別れた。

 翌日。まだ伊予森さんはゲームには復帰できないとのことだった。さすがに伊予森さんでも、妹の体調よりゲームを優先することはないようだった。

 というわけでその日も手持ち無沙汰な状態で、俺が自分のドックで機体のビルドをぼんやりと構想していると、メッセージが届いた。

 差出人の名前は、オーリー。

 フィールドを転移し、俺はオーリーさんと落ち合った。

 街で俺の姿を見つけると、彼女は申し訳なさそうに頭を下げた。

「ごめんなさい、急にお呼びしてしまって……」

「いや、大丈夫です」

 実際、伊予森さんたちが来られるようになるまで、暇をもてあましていたところだ。

「また攻略行くんでしたら、手伝いますけども」

「あ、いえ、今日はパーツショップに行ってみようかと思って……。ただ、沢山ありすぎて、どこから行ったらいいのかわからなくて……」

「ああ、じゃあ案内します」

 俺はとりたてて気負わずに言った。

 俺とオーリーさんは、ミッテヴェーグのメインストリートに並ぶパーツショップを見て回った。まずは動力系からだ。

「――え、こっちのほうがいいんですか?」

「あ、はい。スペック上はこちらの方が速くて一見すると性能が高いように見えるんですけど、スラスター自体の重量があります。いまの総出力重量比だと、逆に速度が落ちてしまいますね」

 基礎的なことを説明しながら、彼女の機体に合い、かつ予算内のパーツを見つくろう。

「ありがとうございます、シルトさん。とても、頼りになります」

「い、いえ……んなことは、ないかと」 

 こんな風に初心者の攻略をフォローしていくのも、経験者の役割のひとつだ。もちろん個人の自由ではあるが、俺個人に限っていえば、悪い気はしない。

 むしろ、対人戦やランキングに固執していたかつては、こんなことをする機会も滅多になかったので、新鮮な気分だった。

 一通りショップを回り終わった頃、オーリーさんがつぶやいた。

「あ、そろそろお買い物に行かないと……」

「まだ、なにかあるんですか?」

「あっ、いえ、その、晩御飯のほうの……」

 一瞬、なにを言っているかわからなかった。

 が、彼女の申し訳なさそうな態度を見て、リアルでの買い物のことだと気づく。現実はもう日が落ちている時間帯だ。

「りょ、了解ですっ」

「ごめんなさい……。いちおう、主婦なもので……」

 彼女はそう答えたが、言葉にはどこかかげりがあった。

 妙な沈黙のあと、オーリーさんが尋ねた。 

「シルトさんは、学生さんですか?」 

「えっと……そうですね」

「いいですね。なつかしいです。私はもう、卒業してしまいましたから。すこし、うらやましいです」

「いや、そんないいもんでもないです、マジで」

 すくなくとも俺の学校生活はそうである。

 だれかにうらやまれるほどのものでは、決してない。

「ふふ、でもあっという間ですよ。大事に過ごしてくださいね」

「そうは、いいますけどね……。よく、わかんないです」

 実際、高校生活は長い。

 授業ひとつとっても長すぎる。そもそも高校になって平然とある六限や、まして七限などという未知の時限には絶望すら感じる。一日一日、乗り切るのがやっとだ。

 いや、それとも。

 もっと充実した生活を送っていれば、日々は早く過ぎるのだろうか?

友達を作ったり、彼女を作ったり……。いずれにしろ、それにはもっと他人と積極的に、かつ円滑に話せるコミュ力が必要だ。

 …………ん?

 ふと気づく。

 いま現在、問題なく他人と会話できているじゃないか。

 それに気づいた瞬間、肩が軽くなったような感覚がした。

 あとはこれを現実世界で、もっといえばあの教室で実行するだけのことだ。それはべつに、そう難しいことはないんじゃないだろうか。

……おそらくは。

「お友達と遊ぶときは、やっぱり街に出たりするんですか?」

「え? いえ、そういうのはあまり……ないので……」

 二重の意味でNOである。

 そもそも友達がいないし、ごちゃごちゃした街中も嫌なので滅多に出ない。

「そ、そうなんですね。ごめんなさい、なんとなく都会の方なのかと、勝手に思っていたので……」

「とくに、そういうことは……」

 俺はどのみち知らないだろうと思い、とりたてて都会でも田舎でもない自分の住んでいる県と町の名前を口にした。

 するとオーリーさんが、意外そうな顔をした。

「え? 私の家も、その近くですよ」

「へ?」

 彼女が口にしたのは俺の学校からも電車で数駅程度の場所だ。当然俺も知っている。

「すごい……こんなことって、あるんですね……」

「そ、そうですね。せ、世間は狭いっすね」

 オーリーさんはどこか感動すら覚えたような面持ちで、俺を見つめていた。

 その視線が妙に照れくさく、恥ずかしくなる。 

「じゃ、じゃあ、またなにか手伝えることあったらやりますんで……そ、それじゃあ」

「――あの、シルトさん」

 おずおずと別れようとしたとき、呼び止められた。

 振り向いたとき、オーリーさんの顔にはなにかの決心が浮かんでいた。

「なん、でしょう」

「……こういうことは、その、マナー違反だとわかってます。もちろん、嫌だったら断っていただいて構いません」

「は、はい」

 一呼吸置いて、彼女は言った。


「あの、実際にお会いすることは、できませんか?」


 ぽかんとした。

 数秒が経過し、言葉の意味をようやく租借する。

「ぜひ、お礼をしたいんです」

「そ、そんな、たいしたことは……」

「いいえ! ぜひ、させてください!」

 お、おう……。なんだろう、この突然の積極性は。

 彼女の表情(※アバター)は、真剣そのものだ。俺をからかって反応を見ている、というわけでもなさそうだった。

 困った。

 どうしよう。

 たしかにこのアイゼン・イェーガー内で人助けをすることは、それほど苦ではない。

 だがそれと、現実で見知らぬ他人と会うのは、まったく別次元の話だ。とてもじゃないが、俺には荷が重い。

 いや、でも。

 ここで逃げたら、また同じことの繰り返しなのではないか。

 未知のことに、一歩足を踏み出す。

 それが必要なのかもしれない。

 そう――すべては、リア充になるために。

 ごくり、と唾を飲んだ。


「わ、わかりました」


 不安と恐怖を押し殺して、俺はうなずいていた。


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