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アイゼン・イェーガー  作者: 来生直紀
EP02/ 偽りの騎士
23/93

#22

 ボロボロの猟機から、フェリクスが降りてくる。

 合わせて俺とイヨも、それぞれの猟機を降りた。

 そういえば、周囲にイリーナの姿が見えなかった。戦闘に乗じてフィールドから離脱してしまったのかもしれない。

 フェリクスは目を丸くし、俺をしげしげと見ていた。 

「その強さ、きみはいったい……」

「え?」

 しまった――

 そういえば、つい快楽に身を任せて、本能の赴くまま戦ってしまった。

「あ、えっと……相手がよわくて、たすかったですね」

「む……」

 フェリクスは驚いた様子だったが、しきりにうなずいた。

「そうだな。あの程度で僕に立ち向かってくるなんて、無謀もいいところだ。まあ僕にかかれば、ざっとこんなもんだよ」

 フェリクスはあっさりと納得した。

 俺は内心ほっとする。相手がフェリクスでよかった。

 暗いオーラをまとったイヨが、フェリクスに詰め寄る。

「あの、今度こそ教えてもらいますよ。黒の竜のこと」

「え? あ、その……」

 これまでと異なる雰囲気のイヨに、フェリクスはすくみ上がっている。

 その気持ちは、よくわかる。

 ついにフェリクスは、がっくりとうなだれた。 

「すまない……。倒したというのは、実は、嘘なんだ……」

「やっぱり」

 イヨの淡白な反応に、フェリクスは意外そうに顔を上げた。

「知ってたのかい……?」

「いえ、なんとなくそんな気がしてました。すっごく」

「そ、そうか……」

 フェリクスは肩を落としている。

 さきほどイリーナに言われたことが、まだ尾を引いているのかもしれなかった。

「でも、どうしてですか?」

「ちょっと、イリーナに自慢したくて……。もともと、イリーナはジェルマンと組んでいたんだ。それで彼女を僕のチームに引き入れたくて、つい嘘を……」

「はぁ……」

 聞いた途端、それまでこらえていた疲労感が、どっと押し寄せてきた。

 この一日は、いったいなんだったのだろうか?

「わかりました。もういいです。シルト、行こ」

「う、うん……」

 フェリクスは寂しそうに地面を見つめたまま、

「情けないよな。黒の竜に遭遇したのだって、偶然だしなぁ……」

『え?』

 フェリクスのつぶやきに振り返る。

「会ったんですか?」

「ん? ああ、見たよ。これはほんとに」

「それを先に言ってください……!」

「言わなかったっけ?」

 飄々とするフェリクスに、イヨが大きくため息をついた。

「それで、襲われなかったんですか?」

「遠くから眺めていたからね。すぐ逃げたよ。僕は逃げ足だけは自信があるから」

「……」

 たしかに、先ほども二機に襲われながら耐えていたフェリクスの回避能力は、実は並外れているのかもしれない。

「あと、猟機から降りたプレイヤーの姿を一度見た」

「どういうアバターでしたか?」

「たしか銀髪で、黒っぽい服装をしていたかな……。僕とちがって、くらーい感じのセンスのない格好だったよ」

 聞いたものの、髪型や服装はいくらでも変えられるので、決定的な情報にはならない。

 とはいえ、ゼロからプラス1ぐらいには進展があった。

 そう思わなければ、この徒労感には耐えられそうもなかった。

 そのとき、俺の前方に、砂上を疾駆する猟機が見えた。

 とっさに機体を呼び出そうとして、それに見覚えがあることに気づく。

「待って、あれって……」

 イリーナの猟機だ。

「あれは……戻ってきてくれたのか!?」

 猟機からイリーナが降り、慌てた様子でこちらに駆け寄ってくる。フェリクスは感動した面持ちで、両手を広げて迎えに走った。

「イリーナぁ!」

「邪魔です」

 するっとフェリクスをかわしたイリーナは、俺の方へと近づいてきた。

 瞳をきらめかせ、ずいっと顔を寄せる。

「あの、さきほどの戦い、遠くから拝見していました。お強いんですね……。ところで、メイドにご興味はありませんか?」

「はい?」

 フェリクスが蒼白な顔で、俺たちを見つめて立ち尽くしていた。 


 *


 燃料の補充に戻った街中で、フェリクスたちと最後の挨拶をした。

 ジェルマンは爆散した自機の修理に急いでいるらしい。猟機がないと、その間にイリーナをフェリクスにとられると思っているのかもしれなかった。

 そもそも、イリーナはどちらとも組む気がないのは明らかだったが。

「シルト、イヨ。いろいろあったが、まあ君たちと会えて、よかったよ」

「いーえ」

「あのシルトさん。もしメイド役がご入用になったら、いつでもわたくしにご連絡を……」

「は、はい。いまのところは、大丈夫っす」

 あのノリに付き合うなんて、俺にはまだ無理だ。

 いや、むしろ小学生のときならいけたかもしれないが。 

「機会があれば、また一緒に戦いたいものだ。そのときは、きみたちの猟機もぜひフェリクスカラーに仕上げてくれたまえ」

「はは……」

「味方を撃たないでくれるなら、考えてもいいですけど」

 イヨの言葉に、フェリクスが気まずそうにする。

 手を振り、俺たちは二人と別れた。

「どうだった?」

 唐突に、イヨが聞いた。

「なんか、すごい疲れたよ……」

「たいした手がかりはなかったけど、いい思い出になったかもね」

「そう……?」

 前向きすぎる発言だ。

「そういうものじゃない? 気が合う合わないなんて、一緒にいてみないとわからないんだし」

 まあ、それはそうかもしれない。

「でもあんな味方の近くでグレネードを炸裂させる相手とは、ちょっとやだけど」

 そう言って、イヨは笑った。

 俺もつられて笑いながら、ふと思い出していた。


 あのときの、フェリクスの砲撃。


 あやうくイヨ機ごと破壊しかねない、無茶苦茶な一撃だった。

 だが実際には、爆風で敵機とイヨ機は分断された。

 あれがなければ、敵機の射程内に捉えられたイヨの機体は、致命的な攻撃を受けていたかもしれない。

 あのタイミング。

 絶妙な炸裂地点。

 たまたま外した弾で、都合よくそんなことが起こるだろうか?

 まさか、わざと弱い振りを――

 とっさに振り返った。

 通りにはすでにフェリクスたちの姿はない。どこかに転移してしまったのかもしれない。

「どうしたの?」

「……いや、なんでも」

 さすがに考えすぎだろう。あのフェリクスに限って、そんなことはないと思う。

 だが、ひょっとしたら。

 俺たちは最初からずっと、欺かれていたのかもしれなかった。


 偽りの騎士に。


次回はEP03『禁断の交友』

人妻が登場します。(※盾の母親以外で)

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