#22
ボロボロの猟機から、フェリクスが降りてくる。
合わせて俺とイヨも、それぞれの猟機を降りた。
そういえば、周囲にイリーナの姿が見えなかった。戦闘に乗じてフィールドから離脱してしまったのかもしれない。
フェリクスは目を丸くし、俺をしげしげと見ていた。
「その強さ、きみはいったい……」
「え?」
しまった――
そういえば、つい快楽に身を任せて、本能の赴くまま戦ってしまった。
「あ、えっと……相手がよわくて、たすかったですね」
「む……」
フェリクスは驚いた様子だったが、しきりにうなずいた。
「そうだな。あの程度で僕に立ち向かってくるなんて、無謀もいいところだ。まあ僕にかかれば、ざっとこんなもんだよ」
フェリクスはあっさりと納得した。
俺は内心ほっとする。相手がフェリクスでよかった。
暗いオーラをまとったイヨが、フェリクスに詰め寄る。
「あの、今度こそ教えてもらいますよ。黒の竜のこと」
「え? あ、その……」
これまでと異なる雰囲気のイヨに、フェリクスはすくみ上がっている。
その気持ちは、よくわかる。
ついにフェリクスは、がっくりとうなだれた。
「すまない……。倒したというのは、実は、嘘なんだ……」
「やっぱり」
イヨの淡白な反応に、フェリクスは意外そうに顔を上げた。
「知ってたのかい……?」
「いえ、なんとなくそんな気がしてました。すっごく」
「そ、そうか……」
フェリクスは肩を落としている。
さきほどイリーナに言われたことが、まだ尾を引いているのかもしれなかった。
「でも、どうしてですか?」
「ちょっと、イリーナに自慢したくて……。もともと、イリーナはジェルマンと組んでいたんだ。それで彼女を僕のチームに引き入れたくて、つい嘘を……」
「はぁ……」
聞いた途端、それまでこらえていた疲労感が、どっと押し寄せてきた。
この一日は、いったいなんだったのだろうか?
「わかりました。もういいです。シルト、行こ」
「う、うん……」
フェリクスは寂しそうに地面を見つめたまま、
「情けないよな。黒の竜に遭遇したのだって、偶然だしなぁ……」
『え?』
フェリクスのつぶやきに振り返る。
「会ったんですか?」
「ん? ああ、見たよ。これはほんとに」
「それを先に言ってください……!」
「言わなかったっけ?」
飄々とするフェリクスに、イヨが大きくため息をついた。
「それで、襲われなかったんですか?」
「遠くから眺めていたからね。すぐ逃げたよ。僕は逃げ足だけは自信があるから」
「……」
たしかに、先ほども二機に襲われながら耐えていたフェリクスの回避能力は、実は並外れているのかもしれない。
「あと、猟機から降りたプレイヤーの姿を一度見た」
「どういうアバターでしたか?」
「たしか銀髪で、黒っぽい服装をしていたかな……。僕とちがって、くらーい感じのセンスのない格好だったよ」
聞いたものの、髪型や服装はいくらでも変えられるので、決定的な情報にはならない。
とはいえ、ゼロからプラス1ぐらいには進展があった。
そう思わなければ、この徒労感には耐えられそうもなかった。
そのとき、俺の前方に、砂上を疾駆する猟機が見えた。
とっさに機体を呼び出そうとして、それに見覚えがあることに気づく。
「待って、あれって……」
イリーナの猟機だ。
「あれは……戻ってきてくれたのか!?」
猟機からイリーナが降り、慌てた様子でこちらに駆け寄ってくる。フェリクスは感動した面持ちで、両手を広げて迎えに走った。
「イリーナぁ!」
「邪魔です」
するっとフェリクスをかわしたイリーナは、俺の方へと近づいてきた。
瞳をきらめかせ、ずいっと顔を寄せる。
「あの、さきほどの戦い、遠くから拝見していました。お強いんですね……。ところで、メイドにご興味はありませんか?」
「はい?」
フェリクスが蒼白な顔で、俺たちを見つめて立ち尽くしていた。
*
燃料の補充に戻った街中で、フェリクスたちと最後の挨拶をした。
ジェルマンは爆散した自機の修理に急いでいるらしい。猟機がないと、その間にイリーナをフェリクスにとられると思っているのかもしれなかった。
そもそも、イリーナはどちらとも組む気がないのは明らかだったが。
「シルト、イヨ。いろいろあったが、まあ君たちと会えて、よかったよ」
「いーえ」
「あのシルトさん。もしメイド役がご入用になったら、いつでもわたくしにご連絡を……」
「は、はい。いまのところは、大丈夫っす」
あのノリに付き合うなんて、俺にはまだ無理だ。
いや、むしろ小学生のときならいけたかもしれないが。
「機会があれば、また一緒に戦いたいものだ。そのときは、きみたちの猟機もぜひフェリクスカラーに仕上げてくれたまえ」
「はは……」
「味方を撃たないでくれるなら、考えてもいいですけど」
イヨの言葉に、フェリクスが気まずそうにする。
手を振り、俺たちは二人と別れた。
「どうだった?」
唐突に、イヨが聞いた。
「なんか、すごい疲れたよ……」
「たいした手がかりはなかったけど、いい思い出になったかもね」
「そう……?」
前向きすぎる発言だ。
「そういうものじゃない? 気が合う合わないなんて、一緒にいてみないとわからないんだし」
まあ、それはそうかもしれない。
「でもあんな味方の近くでグレネードを炸裂させる相手とは、ちょっとやだけど」
そう言って、イヨは笑った。
俺もつられて笑いながら、ふと思い出していた。
あのときの、フェリクスの砲撃。
あやうくイヨ機ごと破壊しかねない、無茶苦茶な一撃だった。
だが実際には、爆風で敵機とイヨ機は分断された。
あれがなければ、敵機の射程内に捉えられたイヨの機体は、致命的な攻撃を受けていたかもしれない。
あのタイミング。
絶妙な炸裂地点。
たまたま外した弾で、都合よくそんなことが起こるだろうか?
まさか、わざと弱い振りを――
とっさに振り返った。
通りにはすでにフェリクスたちの姿はない。どこかに転移してしまったのかもしれない。
「どうしたの?」
「……いや、なんでも」
さすがに考えすぎだろう。あのフェリクスに限って、そんなことはないと思う。
だが、ひょっとしたら。
俺たちは最初からずっと、欺かれていたのかもしれなかった。
偽りの騎士に。
次回はEP03『禁断の交友』
人妻が登場します。(※盾の母親以外で)




