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アイゼン・イェーガー  作者: 来生直紀
EP02/ 偽りの騎士
22/93

#21

 まばゆい光のなかを黒い点が横切る。

 あんな高高度を移動する飛行型ガイストはいない。すなわち――

『空挺襲撃!』

 イヨの叫びが全員に響き渡った。

 直後、ジェルマンの猟機が揺れた。

 その機体が衝撃で後方に倒れるのを、横目で捉える。

 爆発。

 ジェルマン機が炎に包まれる。

 一撃で。

 機体の腰部、リアクターを狙った狙撃。

 超長距離砲撃。だが周辺に狙撃できるような高所は存在しない。


高速輸送機(イェーガーキャリアー)だ!」


 プレイヤーが操作可能なオプション兵器のひとつで、フィールド上空を猟機より高速で移動することができる。相当に高価なので、所有しているプレイヤーは少ない。

 ガイストと遭遇することなく迅速にフィールドを進むために使うものだが、もうひとつ、有効な使い道があった。 

 輸送機から、影が分離した。

 咄嗟に俺はスティックを倒した。

 すぐ真横で爆発。砂塵が噴水のように噴きあがる。

『な、なんなんだこれは!?』

「上です! とにかく動いて!」

 空挺降下した猟機に攻撃されている。 

 真上から雨あられと砲弾が降り注ぐ。

 このままだと一方的にやられる。

 敵は太陽と重なっていた。まぶしさに照準が定まらない。

 どのみち俺の猟機の武装では、対空迎撃はできない。地上に降りてくるまで耐えるしかない。

「イヨはいまのうちに離れて!」

『了解。敵影3。狙撃に注意して。たぶんあと一発くる』

 イヨの言葉通り、俺が小刻みなブースト移動を繰り返した直後、すさまじい衝撃が地面を揺らした。背筋を寒気が走り抜ける。 

 背部からマウントする大型狙撃砲をパージした猟機が、大地に降り立つ。

 全部で三機が、ばらばらの地点に降り立った。

 俺の方に向かってくるのは一機。残り二機がフェリクス機を挟み込み、一機は俺の進路を塞ぐように展開してくる。 

『――おまえ、あの黒の竜を倒したんだろ?』

『な、なんだと?』

 フェリクスに向けて、敵の一人が話しかけてきた。

『見せてくれよ、その実力』

 挑戦的な口調。

 高速輸送機を使った迅速な強襲。

 こいつら。

 フェリクスやジェルマンとは、わけがちがう。

『だからあのとき、逃げてたんだね』

「そういうことか……」

 同じ理由で、勝負を挑もうとする連中に目をつけられていたのだろう。有名になってもいいことなどない。

 いや、そんなことは、この際どうでもいい。

「ふ、ふふふ……」

『シルト?』

 俺の中から、解放されたある感情がこみ上げてくる。

 これは悦びだ。

「やっとだ……」 

 襲撃に感謝していた。

 ようやく本来の、正しいアイゼン・イェーガーに戻れる。

「フェリクスさん、一機任せます……。すぐに加勢するので、すこしだけ持ちこたえてください……」

『わ、わかったぁ!』

 ひたすらに頼りない声が返ってくる。

 撃破してくれとは言わない。時間さえ稼いでもらえれば十分だ。

 一分で終わらせる。

 距離を維持して左右に移動を繰り返す敵機に向かって、飛び出した。

 敵機が即座に照準を合わせる。

 敵機が左手に装備している長銃身の武器は、レーザーライフルの『XECTOR』だ。右には俺と同じくシールドを持っている。

『外野に用はないんだけどな』

 嘲りが聞こえた。

 ハンドガンで牽制しながら接近する。

 相手はごり押しせず、間合いを維持しながらライフルを向ける。

 懸命な判断だ。自機が中距離射撃型で、相手がシールドとソードを装備した近接戦闘型なら、俺でもそうする。

 スラスターを駆使し、左右に機体を振る。

 真横を閃光が貫く。 

 余波が機体を揺らし、高熱が大気を歪ませる。 

 かなりの威力だ。 

 次弾充填までの時間を頭のなかでカウントする。

 もう一発。さきほどより近い距離をレーザーが抜ける。

 相手の照準はよく定まっている。だが難点を言えば、間隔が一定すぎる。リロードが完了してすぐに撃つから、タイミングを読むのは難しくない。

 もう一発。青白い光が肩をかすめる。

 照準を合わせるため、敵機の後退速度が遅くなる。近い方が当てやすいのは道理だが、それは危険な行為だ。

 この距離。

 もうよける必要はない。

 加速し直進する。

 光が視界を覆った。

 シールドに直撃。機体周辺温度がぞっとするほど上昇する。 

 だが耐レーザーコーティングされたこのシールドは、貫けない。

 光を切り裂き肉薄する。

 バックブースト。相手が下がる。ワンテンポ遅い。 

 ゼロ距離。

 ソードを逆手で抜いた。レーザーを出力。踏み込みと同時に払う。

 銃身を水平に切り裂く。

 レーザーライフルが誘爆。

『こ、こいつっ……!』

 敵機はシールドを堅く構えながら後退する。

 どうした。もっと攻めてこい。

 問答無用に強襲する。おまえたちは正しい。

 それこそ、イェーガーの本分だ。

 俺はスティックを握り締めながら笑っていた。むしろ安心していたというべきかもしれない。

 いまこの瞬間、相手とのコミュニケーションに会話など必要ない。

 応酬するのは、弾丸と刃のみ。

 ああ、人と会話しなくていいというのは、なんてすばらしいのだろう!

 加速。

 離れ切れないと判断した敵が大地を蹴った。シールドを機体の中心に構える。 

 こちらも同様に衝撃に備える。シールドは通常より上の位置に調整。

 シールドごと激突。

 金属がこすれ激しい火花が散る。互いに姿勢制御が完了する、その一瞬を待つ。

 敵機が背部からなにかを抜いた。

 それは伸張しくの字に折れ、先端から光の刃が迸る。

 レーザーサイズ。

 正面が無理なら、背中から串刺しにする気か――

 サイズを振りかぶった敵機が、がくんと揺れた。

 俺がシールドを構えた腕の下。

 その隙間から突き出た刀身が、レーザーをまとい敵の腹部を貫通していた。

 横から引き抜く。

 両断された敵機が崩れ落ちる。

「シールドは、相手を殺すために使うんだ」

 大型のシールドは、相手の視界を狭め、ソードの太刀筋を隠すことができる。

 俺がシールドを愛用する理由のひとつだ。

 ただし慎重に操作しないと、シールドとソードが衝突して自傷することになる。だが何千回と繰り返した動作は身体に染み付いている。

 味方機の撃破に、フェリクス機を襲っていた一機が、こちらに振り向く。

『シルト、ミサイルランチャー機が狙ってる』

 イヨの警告と、ロックオン警報。

 敵のランチャーが盛大な白煙を噴き出した。

 すさまじい数のミサイルが上空に舞い上がる。

 設定高度でまで昇ったミサイルが進路を変更し、今度は一直線に降り注ぐ。

 ミサイル・カーニバル。

 アフターブースト。

 直前までいた地点にミサイルが着弾。

 爆発の衝撃波に機体が流される。スティックを全力で保持。休む間もなくサイドブースト。左に着弾。今度はバックブースト。着弾。姿勢制御などしている暇はない。転倒の危険を無視して前後左右に動き続ける。

 余波になぶられるうちに、自機の耐久ゲージがかなり減っていた。直撃はせずとも、近距離での爆発は機体に深刻なダメージをもたらす。

 次が来る。

 再びロックオン警報。敵機がランチャーを開く。

 タイミングを計って、俺はハンドガンを連射した。 

 ランチャーから飛び出した直後のミサイルが爆発。

 至近距離で自機のミサイルの爆風を浴び、敵機がよろける。 

 一直線に接近。

 勢いのままソードを突き出す。敵機の胸部を貫通。

 シールドで殴りつけ、反動で強引に引き抜く。

 これで二機。

 フェリクスは――

『た、たすけてぇ!』

 フェリクスが叫ぶ。

 生きていた。

 残った敵猟機は、逃げ惑うフェリクス機に向けてガトリングガンを乱射していた。

 フェリクス機のマントはすでにズタズタになり、装甲も悲惨な状態だったが、まだ五体満足だった。

 すかさずハンドガンで援護射撃。

 敵機の足元に着弾。

 この距離での直撃は難しいが、相手に気づかせればいい。

 二対一。 

 さあ、どうする。

 残った一機は、迷ったような動きを見せたあと、フェリクス機から離れた。

 アフターブーストで離脱する。

『な、なんだ。逃げたのか……?』

 逃げてくれた。俺も一瞬そう思った。だがそれは甘かった。

 この方角は――

「イヨ、狙われてる!」

 敵の進路上に、イヨの管制機がいた。

『そうみたい』

 イヨが落ち着いて応じる。

 猟機とちがい管制機を撃破しても、直接的には勝利判定に影響しない。それでもあえて狙ったのは、せめて一矢報いるためか。

 いや、単なる嫌がらせのつもりだろう。

 通常、管制機は戦線から離れた後方で指揮を行うため、狙われることはあまりない。仮に狙われた場合でも、貴重な司令塔を守るのは猟機の役目だ。

 だが今回は空挺襲撃により固まっているところを急襲され、陣形に気を回す余裕がなかった。

「くそっ!」

 アフターブースト。最大速度で追撃する。

 距離がありすぎる。追いつけない。

『また壊されるのはいやだけど、仕方ないね。わたしがやられたあと、やっつけといて』

 あっさりとイヨは言った。

「そんなの……」

 嫌だった。

 味方が撃破されるのは、もちろん気持ちのいいことではない。

 だが、それだけじゃない。

 ふと疑問がわいた。どうして、自分はこんなに不快な気持ちになっているのか?

 そうか。

 イヨのことを、だれかの思い通りにさせるのが、嫌なのだ。

 だが無情にも、敵機はイヨの管制機を射程におさめつつあった。敵機がガトリングガンを構える。 

『―――うおおおおおおおおおおおおお~!』

 そのとき、後方から続いていたフェリクスが叫んだ。

 同時に二門のグレネードキャノンを射撃モードに移行し、前方に狙いを定める。

 嫌な予感が背筋を駆けのぼる。

「ちょ、ちょっと待って。この射線だと――」


『蛮族め、討ち取ったりぃ~!!』


 重々しい砲撃音が轟いた。

 その一部始終を、俺はこの目でしっかりと見ていた。

 砲弾が飛翔。

 それは敵機にまっすぐ向かい、その頭上を華麗に通り越し、その先にいるイヨの管制機の目前に着弾、炸裂した。

 おびただしい炎と爆風がイヨの管制機を飲み込んだ。

『きゃあ――っ!』

「イヨっ!」

 死んだ、と思った。

 それほどまでに二門のグレネードキャノンはすさまじい威力だった。

 目の前の爆発に、敵機があわてて進路を変更する。

 イヨは――

 俺はすぐにコックピット内のチームメンバー機の表示を見た。

 耐久ゲージは、十分に残っている。

 膨大に広がった土煙のなかから、イヨの管制機が飛び出してきた。

 黒煙と砂まみれになっているが、奇跡的に損傷はない。

 だが巻き込まれかけたイヨは猛り狂っていた。

『なにするんですか!? 信じられない!』

『す、すまない。ちょっと手元が……』

 逃げるタイミングを逸していた敵機に、フェリクス機が向き直る。 

『おのれ、非武装の管制機を狙うとは、卑劣なやつめ! 成敗してくれる!』

 それまで一切使わなかった実体剣を抜いた。

 ブーストダッシュで接近。剣を振りかぶった。

『これぞ侍の技だああああ!!』

「騎士じゃなかったの!?」

 敵機はさっと左によけた。

 フェリクス機はあきらかに遅れて剣を振り回し、挙動が大きすぎたため剣に振り回されて一回転し、派手に転倒した。

 奇怪な動きに、たしかに敵は動揺していた。

 その隙に突撃した俺に、遅れて銃口が向けられる。

「逃げる時間は、与えたのに」 

 サイドブースト。照準を外して横から接近。 

 必中の間合い。

 レーザーソードがめりこむ手ごたえがスティックに返る。敵機の脚の付け根を切断。振り向きざまに倒れ込む敵機の頭部を斬り飛ばした。

 敵機が砂の大地に沈んだ。

 視界に撃破認定の表示が流れる。

『か、勝った、のか……』

「はい、終わりました」

 フェリクスの安堵の息が聞こえた。やがてすすだらけのイヨの管制機が近づいてくる。

『シルト……もしかして、ストレス発散してなかった?』

「そうかも」

 勝利したこととは別の理由で、なぜか俺は妙にすっきりとしていた。



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