#21
まばゆい光のなかを黒い点が横切る。
あんな高高度を移動する飛行型ガイストはいない。すなわち――
『空挺襲撃!』
イヨの叫びが全員に響き渡った。
直後、ジェルマンの猟機が揺れた。
その機体が衝撃で後方に倒れるのを、横目で捉える。
爆発。
ジェルマン機が炎に包まれる。
一撃で。
機体の腰部、リアクターを狙った狙撃。
超長距離砲撃。だが周辺に狙撃できるような高所は存在しない。
「高速輸送機だ!」
プレイヤーが操作可能なオプション兵器のひとつで、フィールド上空を猟機より高速で移動することができる。相当に高価なので、所有しているプレイヤーは少ない。
ガイストと遭遇することなく迅速にフィールドを進むために使うものだが、もうひとつ、有効な使い道があった。
輸送機から、影が分離した。
咄嗟に俺はスティックを倒した。
すぐ真横で爆発。砂塵が噴水のように噴きあがる。
『な、なんなんだこれは!?』
「上です! とにかく動いて!」
空挺降下した猟機に攻撃されている。
真上から雨あられと砲弾が降り注ぐ。
このままだと一方的にやられる。
敵は太陽と重なっていた。まぶしさに照準が定まらない。
どのみち俺の猟機の武装では、対空迎撃はできない。地上に降りてくるまで耐えるしかない。
「イヨはいまのうちに離れて!」
『了解。敵影3。狙撃に注意して。たぶんあと一発くる』
イヨの言葉通り、俺が小刻みなブースト移動を繰り返した直後、すさまじい衝撃が地面を揺らした。背筋を寒気が走り抜ける。
背部からマウントする大型狙撃砲をパージした猟機が、大地に降り立つ。
全部で三機が、ばらばらの地点に降り立った。
俺の方に向かってくるのは一機。残り二機がフェリクス機を挟み込み、一機は俺の進路を塞ぐように展開してくる。
『――おまえ、あの黒の竜を倒したんだろ?』
『な、なんだと?』
フェリクスに向けて、敵の一人が話しかけてきた。
『見せてくれよ、その実力』
挑戦的な口調。
高速輸送機を使った迅速な強襲。
こいつら。
フェリクスやジェルマンとは、わけがちがう。
『だからあのとき、逃げてたんだね』
「そういうことか……」
同じ理由で、勝負を挑もうとする連中に目をつけられていたのだろう。有名になってもいいことなどない。
いや、そんなことは、この際どうでもいい。
「ふ、ふふふ……」
『シルト?』
俺の中から、解放されたある感情がこみ上げてくる。
これは悦びだ。
「やっとだ……」
襲撃に感謝していた。
ようやく本来の、正しいアイゼン・イェーガーに戻れる。
「フェリクスさん、一機任せます……。すぐに加勢するので、すこしだけ持ちこたえてください……」
『わ、わかったぁ!』
ひたすらに頼りない声が返ってくる。
撃破してくれとは言わない。時間さえ稼いでもらえれば十分だ。
一分で終わらせる。
距離を維持して左右に移動を繰り返す敵機に向かって、飛び出した。
敵機が即座に照準を合わせる。
敵機が左手に装備している長銃身の武器は、レーザーライフルの『XECTOR』だ。右には俺と同じくシールドを持っている。
『外野に用はないんだけどな』
嘲りが聞こえた。
ハンドガンで牽制しながら接近する。
相手はごり押しせず、間合いを維持しながらライフルを向ける。
懸命な判断だ。自機が中距離射撃型で、相手がシールドとソードを装備した近接戦闘型なら、俺でもそうする。
スラスターを駆使し、左右に機体を振る。
真横を閃光が貫く。
余波が機体を揺らし、高熱が大気を歪ませる。
かなりの威力だ。
次弾充填までの時間を頭のなかでカウントする。
もう一発。さきほどより近い距離をレーザーが抜ける。
相手の照準はよく定まっている。だが難点を言えば、間隔が一定すぎる。リロードが完了してすぐに撃つから、タイミングを読むのは難しくない。
もう一発。青白い光が肩をかすめる。
照準を合わせるため、敵機の後退速度が遅くなる。近い方が当てやすいのは道理だが、それは危険な行為だ。
この距離。
もうよける必要はない。
加速し直進する。
光が視界を覆った。
シールドに直撃。機体周辺温度がぞっとするほど上昇する。
だが耐レーザーコーティングされたこのシールドは、貫けない。
光を切り裂き肉薄する。
バックブースト。相手が下がる。ワンテンポ遅い。
ゼロ距離。
ソードを逆手で抜いた。レーザーを出力。踏み込みと同時に払う。
銃身を水平に切り裂く。
レーザーライフルが誘爆。
『こ、こいつっ……!』
敵機はシールドを堅く構えながら後退する。
どうした。もっと攻めてこい。
問答無用に強襲する。おまえたちは正しい。
それこそ、イェーガーの本分だ。
俺はスティックを握り締めながら笑っていた。むしろ安心していたというべきかもしれない。
いまこの瞬間、相手とのコミュニケーションに会話など必要ない。
応酬するのは、弾丸と刃のみ。
ああ、人と会話しなくていいというのは、なんてすばらしいのだろう!
加速。
離れ切れないと判断した敵が大地を蹴った。シールドを機体の中心に構える。
こちらも同様に衝撃に備える。シールドは通常より上の位置に調整。
シールドごと激突。
金属がこすれ激しい火花が散る。互いに姿勢制御が完了する、その一瞬を待つ。
敵機が背部からなにかを抜いた。
それは伸張しくの字に折れ、先端から光の刃が迸る。
レーザーサイズ。
正面が無理なら、背中から串刺しにする気か――
サイズを振りかぶった敵機が、がくんと揺れた。
俺がシールドを構えた腕の下。
その隙間から突き出た刀身が、レーザーをまとい敵の腹部を貫通していた。
横から引き抜く。
両断された敵機が崩れ落ちる。
「シールドは、相手を殺すために使うんだ」
大型のシールドは、相手の視界を狭め、ソードの太刀筋を隠すことができる。
俺がシールドを愛用する理由のひとつだ。
ただし慎重に操作しないと、シールドとソードが衝突して自傷することになる。だが何千回と繰り返した動作は身体に染み付いている。
味方機の撃破に、フェリクス機を襲っていた一機が、こちらに振り向く。
『シルト、ミサイルランチャー機が狙ってる』
イヨの警告と、ロックオン警報。
敵のランチャーが盛大な白煙を噴き出した。
すさまじい数のミサイルが上空に舞い上がる。
設定高度でまで昇ったミサイルが進路を変更し、今度は一直線に降り注ぐ。
ミサイル・カーニバル。
アフターブースト。
直前までいた地点にミサイルが着弾。
爆発の衝撃波に機体が流される。スティックを全力で保持。休む間もなくサイドブースト。左に着弾。今度はバックブースト。着弾。姿勢制御などしている暇はない。転倒の危険を無視して前後左右に動き続ける。
余波になぶられるうちに、自機の耐久ゲージがかなり減っていた。直撃はせずとも、近距離での爆発は機体に深刻なダメージをもたらす。
次が来る。
再びロックオン警報。敵機がランチャーを開く。
タイミングを計って、俺はハンドガンを連射した。
ランチャーから飛び出した直後のミサイルが爆発。
至近距離で自機のミサイルの爆風を浴び、敵機がよろける。
一直線に接近。
勢いのままソードを突き出す。敵機の胸部を貫通。
シールドで殴りつけ、反動で強引に引き抜く。
これで二機。
フェリクスは――
『た、たすけてぇ!』
フェリクスが叫ぶ。
生きていた。
残った敵猟機は、逃げ惑うフェリクス機に向けてガトリングガンを乱射していた。
フェリクス機のマントはすでにズタズタになり、装甲も悲惨な状態だったが、まだ五体満足だった。
すかさずハンドガンで援護射撃。
敵機の足元に着弾。
この距離での直撃は難しいが、相手に気づかせればいい。
二対一。
さあ、どうする。
残った一機は、迷ったような動きを見せたあと、フェリクス機から離れた。
アフターブーストで離脱する。
『な、なんだ。逃げたのか……?』
逃げてくれた。俺も一瞬そう思った。だがそれは甘かった。
この方角は――
「イヨ、狙われてる!」
敵の進路上に、イヨの管制機がいた。
『そうみたい』
イヨが落ち着いて応じる。
猟機とちがい管制機を撃破しても、直接的には勝利判定に影響しない。それでもあえて狙ったのは、せめて一矢報いるためか。
いや、単なる嫌がらせのつもりだろう。
通常、管制機は戦線から離れた後方で指揮を行うため、狙われることはあまりない。仮に狙われた場合でも、貴重な司令塔を守るのは猟機の役目だ。
だが今回は空挺襲撃により固まっているところを急襲され、陣形に気を回す余裕がなかった。
「くそっ!」
アフターブースト。最大速度で追撃する。
距離がありすぎる。追いつけない。
『また壊されるのはいやだけど、仕方ないね。わたしがやられたあと、やっつけといて』
あっさりとイヨは言った。
「そんなの……」
嫌だった。
味方が撃破されるのは、もちろん気持ちのいいことではない。
だが、それだけじゃない。
ふと疑問がわいた。どうして、自分はこんなに不快な気持ちになっているのか?
そうか。
イヨのことを、だれかの思い通りにさせるのが、嫌なのだ。
だが無情にも、敵機はイヨの管制機を射程におさめつつあった。敵機がガトリングガンを構える。
『―――うおおおおおおおおおおおおお~!』
そのとき、後方から続いていたフェリクスが叫んだ。
同時に二門のグレネードキャノンを射撃モードに移行し、前方に狙いを定める。
嫌な予感が背筋を駆けのぼる。
「ちょ、ちょっと待って。この射線だと――」
『蛮族め、討ち取ったりぃ~!!』
重々しい砲撃音が轟いた。
その一部始終を、俺はこの目でしっかりと見ていた。
砲弾が飛翔。
それは敵機にまっすぐ向かい、その頭上を華麗に通り越し、その先にいるイヨの管制機の目前に着弾、炸裂した。
おびただしい炎と爆風がイヨの管制機を飲み込んだ。
『きゃあ――っ!』
「イヨっ!」
死んだ、と思った。
それほどまでに二門のグレネードキャノンはすさまじい威力だった。
目の前の爆発に、敵機があわてて進路を変更する。
イヨは――
俺はすぐにコックピット内のチームメンバー機の表示を見た。
耐久ゲージは、十分に残っている。
膨大に広がった土煙のなかから、イヨの管制機が飛び出してきた。
黒煙と砂まみれになっているが、奇跡的に損傷はない。
だが巻き込まれかけたイヨは猛り狂っていた。
『なにするんですか!? 信じられない!』
『す、すまない。ちょっと手元が……』
逃げるタイミングを逸していた敵機に、フェリクス機が向き直る。
『おのれ、非武装の管制機を狙うとは、卑劣なやつめ! 成敗してくれる!』
それまで一切使わなかった実体剣を抜いた。
ブーストダッシュで接近。剣を振りかぶった。
『これぞ侍の技だああああ!!』
「騎士じゃなかったの!?」
敵機はさっと左によけた。
フェリクス機はあきらかに遅れて剣を振り回し、挙動が大きすぎたため剣に振り回されて一回転し、派手に転倒した。
奇怪な動きに、たしかに敵は動揺していた。
その隙に突撃した俺に、遅れて銃口が向けられる。
「逃げる時間は、与えたのに」
サイドブースト。照準を外して横から接近。
必中の間合い。
レーザーソードがめりこむ手ごたえがスティックに返る。敵機の脚の付け根を切断。振り向きざまに倒れ込む敵機の頭部を斬り飛ばした。
敵機が砂の大地に沈んだ。
視界に撃破認定の表示が流れる。
『か、勝った、のか……』
「はい、終わりました」
フェリクスの安堵の息が聞こえた。やがてすすだらけのイヨの管制機が近づいてくる。
『シルト……もしかして、ストレス発散してなかった?』
「そうかも」
勝利したこととは別の理由で、なぜか俺は妙にすっきりとしていた。




