#19
フェリクスのドックに転移した俺は、その光景に圧倒されていた。
砂漠に忽然と建つ白い宮殿。
豊潤なオアシスに囲まれた敷地に、アラビア様式で統一された建物がいくつも並んでいた。
拡張に相当資金をつぎ込んでいる。これだけあれば、猟機が一から何機揃えられるか。
案内された建物の中も、外側に劣らず豪奢な造りだった。
「すごい、ですね」
「ここまでするのに苦労したよ。ちなみにそこの絵画は、とある有名職人が作ったものだ。いやあ、入手するのに苦労したよ」
壁に大きな額縁が飾られていた。
絵画、と称されたそこには、美少女のイラストがでかでかと描かれていた。
にわかな俺でもわかる、いま人気になっている深夜アニメのヒロインだった。
「なんか、いいなぁ」
「……そう?」
イヨは胡乱な目つきをしている。
「まぁ、いろんな人いるよね」
イヨの言葉に、俺は素直にうなずいた。
たしかに、伊予森さんみたいな人もやってるくらいだし。
やがて広い客間に通された。フェリクスは俺たちに座るようすすめて、ソファーに腰を沈めた。
「そういえば、どうして逃げたんですか?」
「ん? いや、なに。たいしたことないよ。最近、熱心な僕のファンが押し寄せてきて困っていたんだ。追い回されて大変でね」
フェリクスは手元の鏡で自分を見ながら、うっとりと言った。
「きみたちも、ネットの記事を見て?」
「そうです」
「あれには困ったよほんと。まさか目撃されていたとは……」
「どこで戦ったんですか?」
「またひとつ、伝説をつくってしまったようだ。それもそのはずだろう。だれもが敵わなかった、あの黒の竜を倒してしまったのだから」
会話が微妙にかみ合っていない。
「あの、フェリクスさん。それでその、戦ったときのことを詳しく……」
「まぁまぁ、そう慌てるな。特別に、僕の猟機を見せてあげよう」
次に案内されたのは、暗い格納庫だった。
フェリクスが手元でメニュー画面を操作すると、一気に照明が点灯する。
「見たまえ! これがフェリクス・スペシャルだよ!」
正面に、ライトアップされた一機の中量猟機が立っていた。
ド派手なトリコロールカラー。
左肩には深い赤色のマントが装着されている。
まるで、どこかの国旗のようだ。
武装はロングライフルにマシンガン。背部には長砲身のグレネードキャノンを二門も背負い、腰にあまり見ることのない実体剣を携えている。
「どうだ。かっこいいだろう?」
「は、はぁ……」
なんとも言葉にしがたい。
ひとつ思ったのは、あまり設計コンセプトが見えない猟機だった。
「遠距離戦闘重視、ですか?」
「オールだ」
「おーる?」
「つまり、万能機だよ。僕の〈フェリクス・スペシャル〉に死角などないからね」
「はぁ……」
俺は疑いながら、改めてその猟機を見上げた。
万能、という言葉は猟機にはあまり当てはまらない。
どんな猟機にも得手不得手はある。
どの距離で、どんな戦い方をするか想定する。猟機を組むときの基本だ。
すべてに対応できるというのは、ある意味、すべてにおいて真価を発揮できない、という意味でもある。
「まさに芸術品といってもいい機体だ。ぜひ参考にしてくれたまえ」
それを知ってか知らずか、フェリクスは豪語する。
イヨはさきほどから興味なさそうに黙っていた。
俺は相槌に困り、とりあえず腰のソードに目を向けた。
「えっと……実体剣なんて、めずらしいですね。たしかにエネルギーを食わない分、取り扱いはしやすいですけど、威力にばらつきが出てしまうのが、難点ですよね」
「ん? あれは飾りみたいなものだ。近接武器のマニュアル操作は苦手でね」
「あ、そうなんですか……」
かろうじて共通点を見出したのに、すこし悲しくなった。
「だが剣は捨てないよ」
フェリクスは突然、遠くを見つめた。
胸に手を当て、つぶやく。
「それが、騎士としての誇りだ」
「騎士……」
聞いている俺が恥ずかしくなってしまう。ナイトとか自称するなんて、俺の精神では耐えられそうにない。まったく、本当に……。
なにか思い出したくない箱の蓋を開きそうだったので、俺は考えるのをやめた。
「ちなみにフェリクス・スペシャルというのは秘技の名前でもあってだね、聞きたいかい?」
「え? いや、べつ」
「よし、特別に教えてあげよう。まずは基本中の基本だが、相手の油断を誘うために武装を――」
聞いてもいないことを、フェリクスは揚々と語りはじめた。
十分後。
まだしゃべり続けているフェリクスの前で、俺は頭痛をこらえていた。
さんざんあれこれと技を繰り出すタイミングや、根底に流れる哲学などを説明されたものの、さっぱり理解できていない。
一応自分なりに解釈すると、どうやらそれはわざと妙な動きをして強制的に相手の隙をつくりだして攻撃する、という技らしかった。
たしかに戦場でこんな派手な猟機に奇怪な動きをして迫られたら、相手は動揺するかもしれない。
だがその前に間違いなく撃たれると断言できた。
イヨはとなりで、ひまそうに爪をいじっている。
さらに一時間後。
げっそりした俺は、ちょっと辺りを見学させてもらえないかとフェリクスに言って、なんとか無限地獄を抜け出した。
ぐったりとテラスにもたれかかる。現実世界とだぶりを感じた。
死にそうだった。心が。
「疲れた……」
「お疲れさま。だいじょうぶ?」
俺の隣でいっしょに話を聞いていたのに、イヨはわりとけろりとしている。
「なんか、平気そうだね……」
「うーん。でもまあ、ああいう人には、とりあえず好きなだけ話をさせてあげるのがいいと思ったから」
「なるほど」
さすがだ。
俺とはコミュ能力のレベルがちがう。
俺といえば知らない人間と話すというだけで億劫なのに、あのフェリクスを相手にして、すでにストレスが限界突破している。
本当に、これは俺の未来に必要な苦労なのだろうか?
「でもほんと、いつになったら教えてもらえるんだろうね……って言ってるそばから、来たよ」
「君たち、こんなところにいたのか!」
振り返ると、フェリクスがさわやかな笑みを浮かべていた。
もう逃げたい。
そんな俺の内心など想像していないであろうフェリクスは、
「他にも紹介したものがあるんだ。イリーナ! いるか?」
だれかを呼んでいた。
他に客人でもいたのだろうか。
繰り返す呼び声に、しかしだれも現れる気配はなく、フェリクスは中に戻っていった。
しばらく待っても反応がないので、しぶしぶとその後についていくと、フェリクスがひとつの部屋の前で固まっていた。
そして、
「な、なんてことだあああああああああああああ!!」
宮殿中に叫び声が響きわたった。
俺たちは、その声の大きさの方に驚いた。
「あの、いったい、なにが……」
近づいてのぞきこむと、扉に貼られたライティングペーパーに、メッセージが残されていた。
探さないでください
フェリクスは、愕然と立ち尽くしていた。
「イリーナめ、なんてことを……」
頭を抱えて、知らない名前を苦しげにつぶやいた。
「チームメイトの方ですか?」
「メイトではない。メイドだ」
「……なんです?」
その意味をすぐに理解できず、俺とイヨは顔を見合わせた。
「メイド?」




