#18
- EP02 あらすじ -
かろうじて“黒の竜”と呼ばれるプレイヤーキラーに勝利した盾たちは、
あるときネットで、自分たち以外のプレイヤーが“黒の竜”を倒したと名乗っていることを知る。真相を求めて、盾と楓はアイゼン・イェーガーの世界でそのプレイヤー――フェリクスのもとを訪ねるのだが、どこか様子が怪しくて……。
六月に入り、蒸し暑い日々が続いていた。
伊予森さんの一言もあってか、最近はゲームから離れていた。かといって真面目に勉学にいそしんだり友達を作って遊んだりしているかといえば、そんなこともない。
つまり、とりたててなにも変わってはいない。
俺の猟機は、現在修理中だ。
あの黒の竜との戦いで完全に大破してしまい、思った以上に時間がかかっている。
なけなしの資金は一気に飛んでしまったし、修理にも最低必要額しか持ち合わせていなかったために、何日も待たされることになっていた。
一方の伊予森さんはかなり貯蓄があったらしく、特急料金上乗せでさっさと直してしまったようだ。
俺といえば気候のせいかなにをするにもだるく、生きる気力が失われつつある。
型の古いエアコンが頼りない冷気を吐き出す教室で、いつも通りぐったりと寝た振りをしていた、ある日のことだ。
「ねぇ、これ見てよ」
半袖の夏服姿の伊予森さんが、携帯を見せてきた。
アイゼン・イェーガーのプレイヤーが利用するコミュニティサイト。先日話題になっていた黒の竜を倒したプレイヤーに関する記事だった。
上がっていた画像は俺と伊予森さんが戦ったときのものだったが、プレイヤーは不明とされていた。
そこに、名前が出ていたのだ。
プレイヤー名は、Felixとなっている。
はじめて見るその名前を俺はじっと見つめたあと、
「なんて……読むのかな」
「そこ? たぶん、フェリクスっていうんだと思うけど」
「えっと……つまり、この人も黒の竜を倒したと……そういうことですかね」
「……どう思う?」
「どう、って」
「ほんとかなぁって思わない?」
伊予森さんの口調は、あきらかに疑っていた。
「わたしたちはあれと戦った。あの化け物みたいな猟機を、倒せる人がそういるなんて、信じられない」
「まあ、たしかに……」
「っていうか、少なくともこの画像はちがうじゃない」
伊予森さんが撮影者不明の画像を指差す。
「なんか、納得いかない」
「そう、なんだ」
俺の反応のうすさに、伊予森さんはすこしむっとしたように、
「いっそのこと、名乗り出たら?」
「いや、それはちょっと……」
そんな自意識過剰めいたことは遠慮したかった。ただでさえ、以前のアバターのときの振る舞いは、あまり思い出したくないのだ。
それに、それこそ俺が偽者扱いされるかもしれない。
「でもそんなことしたら、有名になっちゃって……やっぱり、だめ」
「そうそう」
なにがだめなのかはわからなかったが、考え直してくれたらしい。
「それにさ、もしかしたら本当に倒したのかも。そんな疑うのも……」
「遠野くんて、人がいいよね」
そうだろうか。
すこし照れくさくなったあとに、それが褒め言葉でないような気がしてくる。
「会ってみない? 猟機もそろそろ直るでしょ?」
「そうだけど……。いや、でも……」
俺は言葉をにごした。
伊予森さんは不思議そうにしている。
「どうしたの?」
気が重い。
「知らない人と話すのは、あんまり得意じゃないっていうか……」
「……? 知らない人と話さなかったら、どうやって人と仲良くなるの?」
「その通り、ですが……」
ぐうの音も出ない。
どうしてそんなにさらりと正論を言えるのだろう。
「遠野くんは、もっといろんな人と話したほうがいいと思うけどな。他の人と話してるの、ほとんど見たことないよ」
「うっ……」
容赦ない言葉が、ぐさりと胸に突き刺さる。
俺の脆弱な心を傷つけないよう、もうすこしオブラートに包んで伝えてほしかった。
だが事実だ。
相変わらず、俺はこの教室で孤立ぎみだ。
唯一、伊予森さんとだけは、だいぶ自然に会話できるようになっていた。
あとは、家族も問題ない。クリスも平気だ。相手が小学生だと思うと、自分のほうが立場は上だという安心感から、よどみなく会話できる。
他は――いない。
いまさらだが、自分がなんだか惨めに思えてくる。
しかしよくよく考えてみれば、リア充になるというのは、そういう道だ。そう考えた途端、思い描いていた未来が一気に遠のいたように感じる。
だが、いつまでも逃げ続けるわけにはいかない。
「……わかった」
「よろしい。じゃあ今日の夜九時に、遠野くんのドックに集合ね」
俺はやはり、意思が弱い。
伊予森さんの楽しそうな笑顔を前にすると、ついうなずいてしまうのだから。
夜、その希少な笑顔は失われていた。
「おそい」
俺のドックで、イヨが腰に手を当てて待っていた。
「ごめんなさい……」
約束の九時を、三十分も過ぎている。
「あの、イヨ。これには事情があって……」
遅れたのには、ちゃんと理由があるのだ。といっても、実はこのあいだの中間試験の成績について遅れて知った父親から説教を受けていたのだ。いや、説教というならまだマシで、父も母も「この子、どこかおかしいのかしら……」といった感じに俺を心配しはじめたので、ちゃんと勉強しているし俺の頭もべつにおかしくはないということを説明したのだ。
くそっ、なまじ妹と弟が優秀だからこんなことになるのだ。
……という俺の話を最後まで聞き終えても、イヨの表情はけわしかった。
「人を一時間以上待たせておいて、そんなうそつくの?」
「うそじゃないってば! ほんとうに……って、あれ」
「……なに」
引っかかった。
一時間待ったとは、どういうことだろうか。約束は九時のはずだ。
「なんで、一時間?」
イヨはしばらく呆然とし、はっと口元をおさえた。
「べ、ま……誇張表現だってば! ただの……。もういいから、行こ」
よくわからない。
なぜか顔を合わせようとしないイヨに続いて、俺はドックから転移した。
*
首都ミッテヴェーグ・セントラルストリートの東地区。
ここにはプレイヤーショップのほかに、自由に利用できる大規模な鍛錬場がある。
組み上げた猟機の動きの調整や、射撃訓練、模擬戦闘など、広大な敷地を利用してさまざまなテストが行えるようになっていた。
さらには闘技場も併設されており、定期的にデュエルマッチの大会が開催されている。
検索したFelixの現時位置は、このエリアを示していた。
「たぶん、ここのどこかにいるはずなんだけど……」
「だれかに聞いてみよ」
イヨに続いて、一軒のプレイヤーショップに入った。
「すみません。こちらにフェリクスっていう人、来たことありませんか?」
「フェリクスぅ? …………あぁ」
店主は上を見てうなった。心当たりがありそうだった。
「なに? あんたら、あいつ探してるの?」
「はい。そうなんですけど……」
なぜか店主は、露骨に嫌そうな顔をしている。
「どういうアバターでしたか?」
「見ればわかるよ。さっきも見かけたから、たぶんまだそのへんにいるんじゃないかな。……あんまり、関わらないほうがいいと思うけど」
「え……どうして、ですか?」
「それも、見ればわかる」
店主は早々に話を打ち切り、それよりうちの高純度燃料はどうかと営業トークをはじめた。
鍛錬場を囲む通りを、俺たちは首をかしげながら歩いた。
「どういうことだろ?」
「うーん……。やっぱり、あやしいなぁ」
建物の間の裏路地を通り過ぎようとしていたときだった。
積まれた木箱のオブジェクトの裏に、なにかが張り付いていた。
人だ。
波打つ金髪。中世の貴族のようなド派手な服装。
べったりと木箱に張り付いたその男は、反対側の通りをにらみながら、ひたすら存在感を消そうとしていた。
だがどう見ても、隠れきれていない。
立ち止まった俺たちは、まじまじとそれを見つめた。
「あれ、かなぁ……」
「あれ、だと思う」
たしかに、あれなら見間違えようもない。
おそるおそる近づく。
「あのぅ……」
声をかけると、身体が跳ねた。
目立つ衣装のその男は、俺たちの顔を見て数秒間固まった。その後、
「……っ、さらばっ!」
背を向けて走り出した。
ぽかんと、俺とイヨはその場に取り残された。
「な、なんで逃げ……」
言う間にも、その姿はどんどん遠ざかっていく。
「追いかけよう!」
イヨが走り出した。
あわてて俺も続く。
通りを抜け、男が角を曲がった。続いて曲がると、すでにその姿がない。
ふと見上げると、店の屋根の上に男の姿があった。
近くに積まれた廃材を足場にして登ったようだ。イヨが迷わず駆け上る。遅れて俺も続く。こんなところに登れるのも初めて知った。
それにしても速い。なんて逃げ足だろうか。
男は再び地上に降りて、鍛錬場の入り口のほうへと向かう。
まずい。あの人ごみに紛れられたら見失う。
同じことを悟ったイヨがやぶれかぶれに叫んだ。
「あの~! 黒の竜のこと~! 教えてほしいんですけど~!!」
ぴたり、と男が立ち止まった。
その隙に追いつく。
べつに息は切れないが、それでも戦闘と同様に意識は疲れる。
金髪の男は、俺とイヨをじろじろと見つめたあと、
「なんだ。そういうことなら先に言いたまえ」
一転して警戒を解いた。
「フェリクス……さんですか?」
「いかにも。僕の名は、フェリクス・フェルナンドだ」
長ったらしい髪をかきわけ、フェリクスは名乗った。
「あ……。シルト、です」
「イヨっていいます」
「なんだかシンプルな名前だねぇ。もっと僕みたいな素敵な響きあふれるものにすればよかったのに」
いきなりアバター名を否定された。
「もしかして、きみたちも僕の話を聞きにきたのかい?」
「えっと……はい」
「あの、黒の竜を倒したっていうのは、ほんとうですか?」
イヨが聞くと、フェリクスは誇らしげに鼻を鳴らした。
「倒した、というほどのことでもないさ。なんのことはなかったよ。僕の手にかかれば、瞬殺だったね」
イヨがますます疑わしげな目をしている。
「あの、そのときのことを教えてほしいんですけど」
「ふむ……」
フェリクスはどこか芝居がかった仕草で思案したあと、
「じゃあ、僕のドックに来るかい?」
ふふんと笑みを浮かべて言った。




