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アイゼン・イェーガー  作者: 来生直紀
EP01/ 第3話 黒の竜
17/93

#16

 間に合ったことが奇跡――そう言っても過言でない本当にぎりぎりのタイミングで、俺は黒の竜のソードを弾き返した。

「これかっ……!」

 ようやく、俺は理解した。

 レーダーから消えていた敵影。

 スペック以上に体感する、敵機の速さ。

 これだけの機動性をもつ相手だ。目で追いきれない場合、対峙しているプレイヤーはどうするか。

 必ずと言っていいほど、近距離レーダーをあてにする。

 だがその一瞬でも、レーダーから敵機の姿が消えたらどうなるか。

 反応が遅れる。致命的な隙が生まれる。

 みな、これにやられたのだ。

「アクティブ・ステルス……!」

 発動の数秒間、一時的にレーダーから消える。その効果時間や使用可能回数からいくつか種類はあるが、おそらく最も短時間だが強力なもの。

 そういうことか。

 アクティブ・ステルスは防御用の兵装だ。

 フィールド攻略中にプレイヤーに襲撃された際など、離脱判定までの距離をかせぐために起動させ追撃をまく。

 だがこいつはちがう。

 敵を倒すためだけにステルスを使用している。

 自分の動悸が速くなっているのがわかった。

 落ち着け――

 姿そのものが消えているわけではない。

 レーダーを頼るな。

 敵機の位置を想像しろ。難しいことではない。三次元戦闘に慣れたプレイヤーなら、だれしも無意識のうちにやっていることだ。

 黒い猟機が真上を跳び越す。地面を滑りながら急速旋回。敵機と向き合う。ライフル弾がシールドを直撃。すでにシールドの耐久値も限界に近い。

 指先が、手が、足が、震える。

 一つでも、一瞬でも間違えば、やられる。 

 ライフル弾が頭部をかすめる。

 被弾率が目に見えて高くなっている。

 俺の猟機は酷い有様だった。無傷な部分はほとんどない。ぎりぎりで致命傷になっていないだけだ。     

 このままでは、ジリ貧だ。

 その前に仕留めるしかない。

 敵機の眼前に踏み込む。

 敵機がライフルで照準。シールドの位置を調整して―― 

 左肩に直撃。

 装甲が砕ける。 

「!?」

 レイヤー表示されたエラーメッセージが目に飛び込む。フレームパーツにランダムトラブル発生。左腕のパフォーマンス低下が警告されていた。なぜ、こんなときに。

 あのときだ。

 さきほどの戦闘で、敵を引き付けるためわざと攻撃を受けたときの影響だ。

 シールドの動きが遅れる。接近を諦めて再び離れる。ライフル弾の猛追。

 左腕の機能低下によりシールド越しの衝撃が増し、機体のバランスを大きく狂わせる。必死に機体を立て直す。

 心臓の鼓動が大きく聞こえていた。


 負ける。


 このままでは、俺は負ける。

 力で否定される。

 抗いようのない事実に突き落とされる。

 どれだけ戦っても、この感覚に慣れることは、平気になることはない。

 焦りが、恐れが、動きを鈍らせる。

 やられたくない。負けたくない。

 でも――

 ブースト・マニューバの速度が低下する。

 まずい。 

 スラスターを使いすぎた。継続噴射が持たない。

 黒い影が瞬く間に迫る。

 ソードが振りかぶられる。

 致命の太刀筋。


 その瞬間、視界の端になにかが映った。


 青と白の塊が真横から飛来し、黒の猟機と激突する。

 イヨの管制機だ。

 黒の猟機は、ライフルを持った手で防御姿勢をとりそれを受け止めていた。激突の勢いのまま地面を滑り、停止する。

 黒の猟機が、怒りを表すかのようにソードを引いた。

「イヨ!」

 レーザーソードが、管制機の胴体を両断した。

 機体が真っ二つに引き裂かれ、破片が撒き散らされる。 

 上半身が地面に激突。レーダードームが粉々に砕ける。


 目の前で起きていることが、信じられなかった。


 どうして。

 なぜそんな無茶を。

 管制機が戦火のど真ん中に飛び込んでくるなんて。

 色鮮やかな機体は見る影もなかった。

 はっとし、チームメンバーのステータス、つまりイヨの管制機の表示を見た。耐久ゲージはゼロに。

 撃破認定。

「なんで……」 

 破壊されたイヨの猟機の残骸が、虹色の光に包まれていく。

 大破した機体がドックに強制転送される。

 残されたのは、生身のイヨだった。衝撃の混乱から立ち直り、俺の猟機を見上げた。

 俺はなにも言えず、堂々と立つその姿を見た。

 その唇が、ゆっくりと言葉を紡いだ。

『きみなら、きっと勝てる』 

 穏やかな声。

 それは、俺の全身を縛っていた鎖を、あっさりと解いた。

 震えが止まった。

 漆黒の猟機に向き直る。 

 敵はまるで挑発するかのように、停止してこちらを待っている。

 わかった。

 俺はあいつに追いつけない。

 今の機体であの黒い猟機の速度を上回ることは難しい。

 それでも、諦めるわけにはいかない。

 スティックを握り直す。必要なのは負けないための予防策ではない。勝つための、その可能性を掴むための方法。

 恐れるな。

 覚悟を決めろ。

 その先にこそ、求めるものがある。


「コマンド、アーマーパージ!」


 俺は叫んだ。

 直後、機体から残った装甲が弾け飛んだ。

 全装甲の緊急パージ。

 軽量化し速度を上げる。だが脆弱な部位がむき出しになり、攻撃がかすっただけで致命傷になる非常に危険な状態。

 あいつを倒すために必要なのは、速さだ。

 俺の猟機はいま骸骨のような姿に変貌しているだろう。

「コマンド、リミッターリリース」

 猟機の奥底が唸りを上げる。

 アフターブーストを常時使用するためのコマンド。

 残りの燃料をすべて使う。

 視界の上方に、解除停止までのカウントダウンが表示される。

 60秒。

 すべてを次の一瞬に賭ける。

 ペダルをキック。

 アフターブースト。

 半壊したシールドを構え突撃。推力に任せて上昇する。

 敵機も飛んだ。 

 ブースト・マニューバ。

 空中で跳ね回り、敵機の背後を狙う。

 猟機同士の空中戦。

 360度。視界がめまぐるしく反転する。

 スラスター異常加熱の警告が鳴る。だがそれは向こうも同じはずだ。引くな。進め。昇れ。

 右から下へ。

 左から上へ。

 水平制御など捨てろ。姿勢は着地の直前で立て直せばいい。相手の背中に回りこめ。半身だけでも優位に立て。

 首を獲ってやる。

 速く。

 もっと速く。

 渾身の力で制御。

 空中でアフターブースト。

 加速に乗せてソードを振るう。

 黒の猟機が弾き返す。返す一撃をぎりぎりで受け止める。

『シルト!』

 冷たく、熱くなれ。

 勝つために。

 三度、ソードが弾かれる。

 着地。アブソーバが激しく悲鳴を上げる。構わずブースト。相手に体勢を整える時間を与えるな。

 視界が光のように流れる。

「負けない」

 こみ上げる熱のまま、俺は叫んでいた。

「俺は、負けない……!!」

 敵機のアフターブースト。ソードの切っ先が目の前に出現する。

 シールドが砕け散る。

 まるでプレイヤーの意思ごと砕くように。

 盾を放り投げる。

 構うな。

 旋回しながら接近。

 オートライフルを両断。

 まだだ。

 左手でハンドガンを抜く。

 至近距離で連射。

 対猟機用のアーマーピアシング弾が、黒い猟機の胸部装甲を吹き飛ばす。

 弾丸が尽きる。

 ハンドガンを投げ捨てる。

 敵機のレーザーソードがひるがえる。 

 シールドはもうない。とっさに左腕をかざす。

 左腕の間接部が蒸発。

 その先が吹き飛び、地面に叩きつけられる。

 残りは右腕だけ。

 ソードを引く。 

 腰溜めに構え肉薄する。

 恐れるな。

 踏み込め――

 最後の加速。

 レーザー最大出力。切断面を入力。

 抜刀。

「ああああああああああああああああああ!!」

 敵機の右手首を切断。

 ソードが宙を舞う。

 あと一歩。

 直上から振り下ろす。

 刃が黒い腕にめり込んだ。 

 敵機がかざした右腕に、ソードが止められた。

 そのときすでに、俺のレーザーソードの耐久値は限界だった。

 目の前で、レーザーの発生器である刀身がへし折れた。

 白刃が潰える。


 届いていない。

 届かなかった――


 絶望が、最後の気力を奪い取る。

 あと少し。それなのに。

 黒の猟機が残った左腕を引いた。

 重量機の切り札。直接打撃。

 頭部が吹き飛ぶ。

 一瞬、視界が暗闇に覆われる。すぐさま胸部のサブカメラ映像に切り替わる。

 解像度が低く粗くなった視界の中、敵機がこちらの頭部を打ち抜いた左腕を、ゆっくりと抜いた。

 やられる。

 もう武装がない。

 俺の視線は、視界の右下に表示されるアームズリストに移っていた。

 すべてが暗くダウン――使用不能を表すなか、たったひとつだけ、明るく点灯しているものがあった。

 あのとき最後に購入した兵装。

 それは猟機の胴体横、脇の下にマウントされていた。

 旧式のチェーンダガー。

 セレクト。ダガーの柄がせり出す。残った腕で引き抜く。

 密着状態。敵機が拳を振りかぶる。

 視界に映る敵機の胸部めがけ、ダガーを突き出す。

 刃が胸にめり込む。チェーンを駆動。


「やられろぉおおおおおおおおおおお!!!」


 渾身の力でトリガーを引き続ける。

 激しく散る火花が目の前を覆い尽くした。

 七秒後。

 負荷に耐え切れず、安価なダガーの刃が弾け飛ぶ。

 駆動が停止。

 全部だ。

 これ以上は、なにもない。

 静寂のなかに俺はいた。

 敵機の腕が引かれた状態で停止している。

 目の前に、なにかの文字が流れた。



 << TARGET DESTROYED >>



 自分の心臓と、呼吸音だけが聞こえていた。


 視界に表示されたそれが、なにを意味するのか、すぐにはわからなかった。

 俺の猟機は、黒い猟機と支えあうようにひざをついていた。

 機体の各所から煙が上がっている。頭部と左腕がなく、武装も装甲も失った状態。大破寸前。

 まだ茫然自失のまま、俺は目の前の黒い猟機を見た。

 その頭部が、わずかにこちらに向いた。


『――礼を言う』


 低い男の声。だがまだ若い。

 意味がわからず、俺はそのまま固まってしまう。

 やがて敵機が光のなかに消滅する。

 はっと我に返った。

「せ、セーブ!」

 慌てて猟機を降りる。

 すぐさま黒の猟機が消えた場所に駆け寄る。

 だが、あたりにプレイヤーの姿はなかった。

 すぐに転送したのだろうか?

 どんなやつか、せめて顔だけでも拝んでおきたかった。結局、あのメッセージの差出人なのかどうかも、わからなかった。

「シルト!」

 イヨの声に、振り返る。

 目の前にイヨの顔があった。

 飛びつかれた。

 反動でぐるぐると回り、そのまま目が回って倒れこむ。気力を使い果たし、俺は立ち上がることができなかった。

 イヨは俺にまたがったまま、興奮して叫んでいる。

「勝ったんだよ! すごい! やったやった!」

 手を引かれ、力の限り抱きしめられる。

 いつもの冷静な面影はどこへやら、イヨはまるで子供のようにはしゃいでいた。

 そうか――

 俺は、勝ったのか。

 ようやくその事実を頭が理解しはじめていた。


 身体の奥底から、浮き立つ衝動がこみ上げていた。

 認めるしかなかった。

 ああ、やっぱり俺は、このゲームが好きなんだ。

 その場に座り込んだまま、俺とイヨは声を上げて笑いあった。


 ひさしぶりに、俺は心の底から笑えたような気がしていた。 



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