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アイゼン・イェーガー  作者: 来生直紀
EP01/ 第3話 黒の竜
16/93

#15

 清潔な白に覆われたドーム状の空間。

 その中央に、一機の黒い猟機がいた。

 近づくにつれ、シルエットが浮かび上がってくる。

『あいつ……』

 イヨの声は緊張でこわばっていた。

 光学ズーム。黒い猟機の姿を拡大して映し出す。

 その肩口にはあるのは、大きな翼と爪を持つ竜が描かれたエンブレム。間違いない。

「あれが、黒の竜」

 大きい。

 まず思ったのは、その躯体。

 重量猟機の中でも大型のフレームで構成されている。

 かなりのカスタム機だ。元のパーツが何なのか一見して判別がつかない。

 俺はその姿をできるだけ目に焼き付けようとした。また映像はちゃんと記録されないかもしれない。

「あなたは、誰ですか?」

 直球で俺は聞いた。

 返答は、ない。

 いや、

『―――』

 なにかが耳をざわつかせた。

 音声チャット。

 向こうも回線を開いているのだ。なにを言っている。

 耳をすませる。

『――――――』

 だが耳に刺さるのは雑音だけだった。ノイズがひどく、聞き取れない。

『――――。―――――――――、―――――――――――――』

 なんだ。なんと言っている?

 もどかしさに、耳に神経を集中する。せめてなにか、手がかりになるようなことだけでもと必死に耳を澄ませていたとき。

 突然、一切のノイズが消えた。

 

『おまえの力を証明してみせろ。盾使い』


 敵機が加速した。  

 次の瞬間、黒い影が視界を覆った。

 右に飛んだ。

 サイドスラスターで急加速した真横を、敵機が飛翔する。

 衝撃波が機体を揺るがす。

 激しい振動に耐えて機体の姿勢を保持する。索敵。近距離レーダー上を敵性対象がすさまじい速度で移動している。

 速すぎる。

 通常のブースト・マニューバが、アフターブースト並みの速度だ。

 交差の一瞬。

 その理由をこの目が捉えていた。

 背部のハードポイントに大型のスラスターを増設している。

 火力を犠牲にして機動力を上げている。だがあの図体でここまで速度を出すとなると、燃料の消費もすさまじいはずだ。長い時間は駆動できない。

 決戦仕様。

 猟機を破壊するためだけの機体。

 肌がちりちりと痛むような敵意を感じた。

 しかも、いまの言葉。

 まるで俺のことを知っているような――

 九時方向。

 俺の背後に回り込むように移動する敵機を、ぎりぎりで視界に収める。旋回が追いつかない。


 この巨体でこの機動性。


 次元がちがう。まるで、こいつだけちがうゲームから飛び出してきたような錯覚すら抱く。

 バックブーストで後退し距離を維持する。 

 視界の端で黒い猟機が、携行する武装を振り向けた。

 衝撃。

 機体が激しく揺れた。

 シールドに着弾。

 ダメージを確認。貫通はしていない。だが初撃で命中とは。

『敵の武装はオートライフル、レーザーソード。それ以外はない』  

 イヨが管制機で収集した情報を伝えてくれる。  

 武装自体は規格外というわけでもない。

 再び機体に衝撃が走る。またシールドに被弾。

 一撃一撃が重い。

 ライフル自体の威力ではない。

 すさまじく精確な照準。感じる圧力が尋常じゃない。

 左右に回避運動をとりながら、シールドの角度をこまめに調整する。可能な限り衝撃を軽減しなければ危険だ。攻撃を受け続ければ、シールドもいずれは破壊される。

 最後まで持ちこたえられるか。

 近距離レーダー上の敵機の挙動が変わった。直線的な機動。

 来る。

 正面から高速接近。

 敵機がソードを抜いた。刀身から青白い刃が発生する。

 こちらも出力最大で構える。切断面を設定。トリガー。

 斜め下からソードを振った。

 ソード同士が激突する。

 灼熱のレーザー同士が干渉し、激しく明滅する。

 スラスターを全開。推力を乗せて押し込む。

 パワーは拮抗している。

 敵機の増設スラスターから大きな噴射炎が吹き出した。

 足が地面を滑る。

 押し切られる!

 サイドブースト。

 力を流してソードを弾く。ひとまず離脱。

 間髪入れずライフルの追撃。

 ずらしたシールドに命中。殺しきれない衝撃に姿勢が狂う。機体を逆側に傾けてバランス制御。立て直しながら距離を開ける。

 向こうも近接戦闘型か。

 だとすると余計に響いてくるな、と俺は頭の隅で考えていた。

 黒い猟機はためらいなく距離を詰めてくる。壁際まで後退。追い詰められる。

 スラスターで垂直に上昇。壁を蹴りつけて敵機の頭上を飛び越す。  

 振り向いたとき敵機の姿は下に、いない。

 同高度。

 真横に黒い影が飛行していた。すでにライフルの銃口がこちらに向けられ、俺のシールドもまたその方向へ向いていた。

 相手は無駄弾を撃たなかった。にらみ合ったまま同時に着地。どちらも停滞なく、左右へ分かれる。

 立体的で複雑な動き。その応酬。

 互いの姿を視界に収めている時間の方が少ない。あとは頭のなかで想定する相手の現在地を基準に、有利な位置を奪い合う。

 余裕がなかった。

 相手の操縦スキルは相当なものだ。しかもこちらにはマイナス要因がある。

 敵機が旋回しながらジグザクに移動。背後をとられる。

 振り向く余裕などない。右から左。フェイントをかけてスラスターで跳ぶ。ライフルの弾丸が右腕部をかすめる。

 完全によけたつもりだった。だが危ない。

「やっぱり前の機体とはちがうか……!」

 反応が遅い。

 操作に機体が追従してこない。

 一番はフレームパーツの影響だ。

 以前に乗っていたのは、近接戦闘用に軽量化・強化され、最適にバランス調整された猟機だ。それでも大抵の状況なら、この猟機で十分に戦える自信はある。

 だがこのレベルの相手と対峙した状況で、それは看過できない影響を及ぼしてくる。

 再度接近。

 黒の猟機も交差コースに入る。やる気だ。

 ライフルの弾丸をかいくぐって加速。

 敵機がソードを引いて迫る。

 ソードとシールドを同時にマニュアル操作。

 切断面を入力。

 一手目、横薙ぎ。下向きのソードに防がれる。

 二手目、返す刀で右上からの袈裟斬り。振り切る前に払われる。

 三手目。反撃をシールドで受け流しながらその場で旋回、横から斬り払う。

 敵機が肩をぶつける。

 視界が上下に揺さぶられる。腕が振り切れない。

 四手目。振り下ろしをシールドで弾き返し、一歩後退。同時に低い位置からの刺突。

 敵機が半身をずらす。ソードが虚空を貫く。

 まさか。


 五手目――


 真上からの強烈な一撃。

 バックブースト。胸部の装甲が削り取られる。

 スラスター全開で後退。敵機のライフルに注意しながら距離をとる。

 愕然とする。

 ほんのわずかな差。

 だが読み負けた。 

 四手。こちらの攻撃をすべて防がれた。さらにその後の一撃。俺はかわし切れなかった。

 ここまでの奴と斬り合ったのは、初めてかもしれない。

 めまぐるしく動き回りながら、俺は次の攻撃に躊躇していた。

 迂闊な接近は死を招く。

 だがそれでも、懐に飛び込むしかない。そうだ。それが俺の、俺のイェーガーの戦い方だ。

 背部スラスター開放。

 アフターブースト。

 猟機が前方に押し出される。

 シールド越しに黒い猟機を視認。

 ライフルの射線を外す。さらに加速。

 今度は外さない。

 接近の直前で姿勢を低く、回転しながらシールドで長身のライフルを突き上げる。

 敵機のバランスが崩れる。

 もらった。

 ソードを振り下ろす。

 敵機のソードが差し込まれる。

 干渉。

 だがこの姿勢なら、押し切れる。

 強引にスティックを握りしめたとき、妙な受け方だという感覚が、脳裏をよぎった。

 こんな受け方を普通はしない。これは、攻撃のためではない。

 敵機がソードをずらした。

 剣先が流れる。

 そのまま半円を描くように回され、一気に弾かれる。

 右腕ごと機体が後ろに流される。

 胴体ががら空きに。

 後ろに倒れこみながら、横からシールドを突き出す。敵機の腕部に直撃。軌道がずれたレーザーの白刃が頭部をかすめる。

 もう一撃が来る。

 とっさに構えたシールドの端が切断される。

 サイドブースト。横に逃げる。


 こいつ――


 寒気が全身を駆け巡る。

 敵機の近接攻撃を受け流し、あるいは弾き返し、決定的な隙を作り出す。

 あのときの俺と同じことを。

 もし敵機が二刀流だったら。もし左手にオートライフルではなく短銃身の(ソードオフ)ショットガンを持っていたら。

 俺はいまやられていた。

 自分が一番自信があったものを凌駕された。

 無慈悲な事実が頭を埋め尽くしていた。

『シルト、動きが悪くなってる。焦らないで』 

 イヨの落ち着いた声に諭される。

 わかっている。

 俺の猟機は敵の攻撃をかわし切れていない。

 次。どう出る。どう来る。どう対応する。

 頭の中で組み立てる。

 だが行き詰る。

 何度やっても、突破する方法が、敵を上回る戦い方が思い描けない。

 俺はあることに気づきはじめていた。 

 距離を維持したまま回避機動を繰り返す。

 猛烈な射撃に押し込まれる。

近づけない。こちらからの接近すら許さないということか。敵に行動を支配される感覚が、じわじわと士気を蝕んでいく。

 まさか、と思ったわけではない。

 うぬぼれていたわけではない。

 それでも驚きと動揺があったことは事実だった。これまでの経験が、冷酷な結論を告げていた。


 俺は、こいつに勝てない――


 場数をこなしていくとわかるようになってくる。

 戦力差。自分と相手の操縦技能の差。戦いの流れ。

 勝った数より、負けた数の方が何倍も多い。だからわかる。

 勝てるという確信は、外れることもある。だが負けるという予感は、たいてい当たるものだ。

 同時に、ここまで劣勢になりながらも、俺のなかにひとつの違和感があった。

 まだ、なにかある。

 イヨのチームがやられたという話。確かに黒の竜は尋常ではない強さだ。だがしかるべき戦力と優秀なオペレーターが集まれば、倒せるのではないか。

 黒い猟機にすさまじい速度で抜き去られる。

 近距離レーダーで確認。

 一瞬見失う。

 どこに。


 まったく予想外の位置に、敵機がいた。


 まずい――

 オートライフルの弾丸が大腿部の装甲を吹き飛ばす。

 しまった。位置の読みが甘かった。

 遅れをとっている。ついていけない。

 だめだ。集中しろ。

「……これは」

 なにか、おかしい。

 自分の集中力が落ちたせいかと思った。だがちがう。  

 敵機がさらに速くなっている。

 馬鹿な。

 これ以上、どうやって?

 プレイヤーの気合いで猟機の速度が上がるわけではない。  

 なら、どうして。

 正体のわからない不安が、平常心をかき乱す。

『待って』

 イヨの声が差し込む。

 同時に俺はレーダーに注目していた。

 直感する。おそらくいまイヨは、俺と同じことを考えている。


『レーダーに映ってない!』


 急速旋回。

 背後で黒い猟機が、レーザーソードを振りかぶった――


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