#14
「あの人たち……」
「知り合い?」
それにしては、イヨの表情は厳しい。
「……尾けてきたの」
「だったらなんだよ」
イヨの怯えたような視線に対して、男たちは荒々しい気配をまとっている。
彼らはイヨを検索してフィールドを特定し、探知圏内のぎりぎり外から尾行してきたということだろうか。
だがそれは、イヨが管制機に搭乗していることを知っていなければできない芸当だ。
「おまえ、あのとき俺たちを見捨てやがったな」
男の一人が言った。
対してイヨは一度目をそらしたが、やがて強気に言い返す。
「なによ。あなたたちが、わたしの指揮に従わないからでしょ」
「なんだと? 傭兵のくせに、よくそんな偉そうなことが言えるな」
どうやら昔のチームメンバーらしい。
この前会ったときにはフリーといっていたから、チームを抜けてから組んだプレイヤーなのかもしれない。
傭兵は雇われだ。
フィールドへの出撃やチーム戦を行う際に、一回ごとに契約金をもらってチームに加入する。遠征で人手を増やしたいときや、規定のチームメンバーがいないときの数合わせなど、傭兵の活躍する場面は広い。
だがいってしまえば、その一度きりの関係でもある。
通常のチームのように互いのことをよく知り合う必要もない。
「だから、ちゃんと後金はもらってないでしょ」
「そういう問題じゃねーんだよ。恥かかせやがって」
男が詰め寄る。
危険な雰囲気がした。
こんなときに。
片方の男が、俺を見た。
「あんたもこの女とつるむなら、気をつけたほうがいいぞ。仲間を平気で裏切るやつだからな」
軽薄な物言いに、肌がざわつく。
その感情がなんなのか判然としなかったが、不快なことは確かだった。
「どうせリアルでもまともな女じゃねーんだろうな」
腹の底で熱が生じた。
「うちのチームメイトを、悪く言わないでもらえますか」
気づいたときには、それが言葉となって出ていた。
男たちの敵意が、一気にこちらへと向く。
「なに……?」
一瞬、自分の発言を後悔しそうになりながらも、俺はイヨに言った。
「イヨ、ここは任せて」
「で、でも……」
「大丈夫だから」
この状況ではイヨがいても仕方がない。
しばらくためらっていたが、イヨが来た道を走り去っていく。
「なにこれ。オレら悪者?」
「おい待てよ!」
追おうとするところに、俺は立ちふさがった。
初期アバターのままの俺を見て、男がにやける。
「なんだおまえ。ビギナーじゃねえか」
俺のプロフィールを閲覧したのだろう。
レベルも低く、無名なプレイヤー。強さを推量する材料はなにもない。
「俺らに勝てるわけねーだろ」
この場合、ゲームシステム上、戦いを仕掛けているのは俺ということになるのだろう。だがこうする他に、彼らを止める方法はない。
「なら、やってみれば」
そう口にする。
二人の顔つきが変わる。
獰猛な目つき。そこには少なからず対人戦闘の、そして勝利の経験のある者特有の自信が垣間見えた。
もう後戻りはできなかった。
わずかな静寂が横たわる。
俺と男たちは、互いを見合っていた。
まるで西部劇で銃を抜くように、タイミングを計る。最初にどう出るか、頭のなかで戦術を組み立てながら。
緊迫感が高まり、臨界を迎える。
全員が同時に叫んだ。
『ロード!』
光の中から三体の巨人が降り立つ。
俺の視界は、猟機のアイカメラが捉えるそれに切り替わっていた。眼前に敵機が迫る。スティックを握り機体を動かす。
金属がぶつかり合う悲鳴。
目の前の敵猟機と両手で組み合う。
重い。向こうの方が馬力は上だ。単純な力比べでは分が悪い。
背後にもう一機。
サイドスラスターに点火。
地面を滑りながら旋回。敵機を振り払う。
そのまま間合いを空けた。
『意外と動けるじゃねえか』
腰部にマウントされたソードを抜く。背負っていたシールドを構えた。
敵猟機が砲口を向ける。
サイドからバック、またサイドとスラスターを小刻みに吹かす。急速離脱。
直後、砲弾が炸裂する。
眼前を猛烈な炎と黒煙が覆いつくし、薄暗い遺跡内部を照らし出す。
携行型グレネードランチャー。射程距離は短いが、威力は絶大だ。俺の猟機では直撃したらひとたまりもない。
息つく間もなく煙を切り裂いて銃弾が降り注ぐ。
アサルトライフルのフルオート射撃。もう一機が援護してくる。
俺はシールドを構えたまま後退し、柱の陰へと身を隠した。
『はっ、そんな機体で勝てるかよ!』
向こうは煽るためか音声チャットをオンにしている。
切ることもできたが、あえてそのままにした。
短距離レーダー上を、二つの敵性目標が挟み込むように移動してくる。左に一度短くブーストし、すぐに右側へと躍り出た。案の定、飛び出すと同時に左側に着弾。衝撃が大気を重く揺らす。
敵の武装はアサルトライフルに、レーザーアックス。
もう一機は携行式の多連装グレネードランチャーに、背中になにか背負っている。おそらくなにかの近接兵装だ。
俺は二機がなるべく直前上に配置されるように移動を繰り返す。それだけで相手は効果的な連携が取りずらくなる。
イヨが心配だった。
ガイストに襲われる可能性がある。
ただのNPCエネミーとはいえ、武装のない管制機では、無事に逃げ切れる保証はない。それにさきほどの様子だと、猟機をちゃんと呼び出せるのかも危うかった。
仕方ない。
鋭い殺意のこもったアサルトライフルの弾幕。距離もあるため、すべてシールドに弾かれていた。
俺は構えていた盾の角度を、あえて甘くした。
直後、衝撃が猟機を揺らす。
「ぐっ……!」
被弾警報。耳障りな警告メッセージ。
左腕部に被弾。思った以上に損傷が大きい。装甲を薄くしたのが仇となった。
シールドに次々と着弾。振動が機体を激しく揺らす。俺は圧倒されるようにしてじりじりと後退する。
『そのまま押さえつけてろ!』
もう一機の男が吼え、猟機が加速する。単機で突っ込んでくる。
敵機が近接用のパイル・ハンマーを抜いた。
炸薬により巨大な杭を打ち込む、単純だがきわめて破壊力の高い武装だ。
ゆっくりと息を吐く。
敵機がハンマーを振りかぶった。
「迂闊だよ」
猟機の立ち位置をわずかにずらしながら、盾を振るった。
受けるのではなく、逸らし――返す。
頭のなかに、最適な線が描かれていた。それに沿って弧を描くように盾をひるがえし、弾き返す。
ハンマーごと敵機の体勢が後ろに流れる。
がら空きの胴体。
ソードを突き出す。
刀身から迸る青白い凝縮レーザーが敵機の胸部を貫通する。
スティックを倒しペダルをキック、サイドスラスターで旋回。強引に横から引き抜く。胸部から切断された機体が、俺の背後で崩れ落ちる。
一機撃破。
『なんだ、いまの――』
呆然とした男の声が聞こえた。
シールド越しに、残った敵機を視認する。
敵機の動きが鈍っていた。
なにが起こったのか、理解していないのかもしれない。
『こいつ、盾までマニュアルで……?』
対人戦闘において、ソードやハンマーといった近接武器は、マニュアルで動かすことが理想として求められる。
だが一方で、シールドやその他の防御用兵装は、上級者でもオートで扱う場合が多い。
攻撃を防ぐことが盾の一番の役目だ。そこに細かなマニュアルの操作は必要ないし、そもそも弾丸の類は撃たれてから構えて防げるものではない。オートで構えておいて機体の一部側面を保護し、なるべくそれを活かせるように立ち回る、というのがシールドの一般的な使い方だ。
だが、それだけでは勝てなかった。
防御の一瞬を逃さず攻撃の機会へと変える。そうでもしなければ相手にかすり傷ひとつ与えられず、次の瞬間には自分が鉄塊になっている。
そういう世界だった。
そういう戦いのなかで、必然的に身に付けたものだった。
ただ勝つために。
ブースト・マニューバで敵機の側面に入り込む。
男のうわずった声と同時に、アサルトライフルのフルオート射撃が襲い掛かる。
ジグザクに接近。側面から旋回して地面を滑り、回転しながら背面に潜り込む。旋回の勢いのままスラスターの推力を加えてシールドを突き出す。
『うぉあっ!?』
敵機の体勢が大きく崩れる。
「シールドにはこういう使い方もあるから」
再び旋回。回りながらソードを振り抜いた。
アサルトライフルごと左腕を切断。同時に離脱。
『嘘だ、なんでこんな猟機に――』
機体の性能はたしかに重要だ。
だがそれだけでは勝てないのが、アイゼン・イェーガーだ。
片腕のみとなった敵猟機が、レーザーアックスを構える。
だが、敵機は近づいてこない。俺が不審に思った直後、
『左肩! 内臓MM警戒!』
イヨの声が耳に突き刺さる。
直後、敵機の肩の装甲がオープン。
そこから小型のミサイルが発射された。
マイクロミサイル。隠し武装。
バックブーストに点火し緊急後退。複雑に回避運動をとるが、追尾能力が高いミサイルは食らいついてくる。ミサイルが加速。
俺はソードからハンドガンに持ち替えた。
めまぐるしく流れる視界のなかで、ミサイルに照準を合わせる。
トリガー。
空中で弾頭が炸裂する。
盾で爆風を防ぎながら、息を吐いた。
危なかった。反応がわずかに遅れていれば、避け切れなかったかもしれない。
爆発の煙が広がるなか、俺は接近を感知していた。
ミサイルに乗じた突進。
再びソードを抜く。
黒煙の中から、レーザーアックスを振りかぶった敵機が飛び出した。
短くブースト。
敵機と交差する。
アックスが宙を飛び、壁面に突き刺さった。
巨人がひざをつく。
振り抜いた俺のソードは、敵機の腕を肘で切断し、そのまま頭部へとめり込んでいた。
敵機がゆっくりと前のめりに倒れ、広場にけたたましい音を響かせた。
大破した男たちの猟機が、自動的にドックへと転送されていく。
残された愕然とした表情の二人を、俺は猟機に乗ったまま見下ろした。
「行って」
「……くそ……」
俺を親の仇のごとくにらみ上げ、男たちが走り去っていった。
道をすこし戻ると、イヨが管制機を降りて待っていた。
無事な様子を見て一安心する。
「あいつら、前に一度だけ雇われてチームバトルに出たことがあったの」
イヨは意気消沈しながら答えた。
「わたしの指示に従えば勝てるって言ったのに、ぜんぜん言うこと聞いてくれなくて……。それで頭に来て、途中で投げ出しちゃった。そのときの仕返し、みたい」
「なにか言ったの?」
「べつに……。ただ、あなたの腕じゃ勝てないから正面勝負は控えて、とか。身の程をわきまえなさい、とかは、言ったかも」
「あ、わあ……」
なんとなくどういう状況だったのか想像できた。
たぶん、戦術的には正しかったのだろう。だがいきなり他人に自分の力量を見抜かれてずばりとそう言われれば、頭に血が上るのもわかるような気がする。
「迷惑かけて、ごめんなさい……」
イヨはしおらしく頭を下げた。
「い、いいよ、べつに」
珍しい、と思ったが、今度は学んで口にしなかった。
しかし最近はフィールドに出る度に誰かと戦闘になっている気がする。だんだんと自分が厄病神なのではないという気がしてきた。
「それより、これだけ騒いでもなにもないってことは、やっぱりここには現れないのかも――」
そう言いかけたとき、俺にメッセージが届いた。
だれだろうと思いながらメールを開くと、
: Dプラント
内容はそれだけだった。
差出人の名前は、- - - となっている。
「なんだ、これ……」
プロフィールを閲覧しようと、その名前に触れる。
だが情報は表示されない。
もう一度触れるが、なぜか反応がなかった。
バグ、だろうか。
「どうしたの?」
「知らない人から、メッセージが入ってた。Dプラントって、それだけしか……」
「なにそれ?」
メールを指で反転させ、イヨに見せた。
イヨも困惑しながら、やがておそるおそる口にする。
「行ってみる?」
*
遺跡からさらに二〇キロほど北に上ると、山のふもとにエネルギープラントの跡地が広がっている。
通称、Dプラント。
巨大なタンクや工場はすべて破損し瓦礫となっている。
最初から、ここはこういった廃墟が延々と広がるフィールドとなっていた。
だが近づいた俺たちは、立ち尽くしてしまった。
地面に大穴が開いていた。
いや、ただの穴ではない。
金属質の壁と、ぼんやりとした照明が見える。
だがまったく底が見えない。それほどに深い縦穴だった。
『ここって、今はこんな風になってたんだね。知らなかった』
俺はじっとその穴を見つめていたが、
「……いや、こんな場所はなかった」
勘違いではない。
来たのは一度や二度ではない。
はっきりと覚えている。
ここには崩壊した施設跡地が広がっているだけだった。
『どういうこと? いつの間にかマップが更新されたってこと?』
それも奇妙な話だった。
フィールドが拡張されたなら、告知があるはずだ。その奥に新たなエネミーが追加されたり入手アイテムが設置されたりなど、なにかしら意味があって行われるものだ。
どこまでも続く深淵。
ダウンフォール、という言葉が不意に頭をよぎった。
『これって、落ちたら上がってこれるのかな?』
この深さでは、猟機のスラスターでは上がってくることはできないかもしれない。そのときは転送して街に戻るしかないだろう。
この先になにがあるのか。
期待よりも、不安が先に立った。
「あの、イヨ。こっからは、俺ひとりでも……」
『やだよ』
イヨの管制機の頭部が、こちらを向いた。
『今度は、わたしにシルトを守らせて』
頼もしいが、同時に申し訳ない気分になった。
俺たちは慎重に、穴を降りはじめた。
内部は壁に包まれ、一定間隔で配置された明りがわずかな頼りだった。スラスターを調整しながら、ゆっくりと降下していく。
途中、ガイストが現れるような気配はなかった。
『わたし、こんなマップ見たことない』
同感だった。
なにかがちがうと、俺も感じていた。
まるで、ここだけがアイゼン・イェーガーの世界観からかけ離れているような。
すでに猟機の高度計は振り切れている。
やがて、底へと辿り着いた。
正面に大きな扉があった。近づくと横にスライドして扉が開いた。
くぐると同じような金属質の壁と照明に包まれた明るい回廊がまっすぐに伸びている。
ひたすらに長い道を、二機が進んでいく。
無機質な空間を、壁に埋め込まれた光がぼんやりと照らしている。
なにかの機械の内部に入り込んでしまったような感覚がした。
「! 止まって」
とっさに俺は叫んだ。
スティックを戻して急停止する。
『ど、どうしたの?』
目をこらすと、すこし先の地面に、人影があった。あやうくそのまま轢いてしまうところだった。
俺は猟機を降りて、人影に近づいていく。
そこに、シンプルな白い服を着た少女がいた。
まさか人がいると思っていなかった俺は、困惑と安堵がない交ぜになりながら聞いた。
「あの。すみません、このフィールドっていつから……」
『だめ』
「え?」
不思議な響き方をする声。
ここの構造のせいだろうか。
少女は薄く唇を開いたまま、どこか一点を見つめて、言った。
『この先に進んではだめ』
少女の口にする言葉の意味が、すぐには理解できない。
だめとは、どういうことだろうか。
『あなたはいずれ、これを後悔することになる』
「どういう、こと……」
少女を見つめながら、強烈な違和感に襲われていた。
『あな―――』
少女の声が一気に小さくなり、途端に聞こえなくなる。
まるでボリュームを絞られたような、突然の変化だった。
そのとき、後ろからイヨの呼び声がした。
「イヨ、この子が……」
イヨは眉をひそめている。
振り返ると、そこに少女はいなかった。
慌てて周囲を見渡す。だがどこにも少女の姿はない。いまの一瞬のうちに転送してしまったのだろうか?
「シルト、いま、だれと話してたの?」
イヨは不審そうに口にした。
「いま、ここに人が……」
「……ほんとに?」
イヨは見ていないようだった。
そのとき、俺はようやく違和感の正体に気づいた。
あのアバター、動いていなかった。
アイゼン・イェーガー内のキャラクターならデフォルトで表現されるまばたきや、微妙な身体の揺らぎ。それらが一切なかった。まるで一枚の画像のように。
沈黙する俺を、イヨが不安そうに見つめていた。
「……行こう」
不気味さを振り払うように、俺はそう口にした。
再び猟機で進んでいくと、やがて回廊が終わり、開けた空間に出た。
「なんだ、ここ……」
圧倒され、思わず声に出てしまう。
先ほどのレディアム遺跡の内部よりも、さらに広大だ。
だがなにより違和感を覚えるのは、天井も床も壁も、すべてが白く半透明な素材に包まれていることだった。
遺跡のような退廃した雰囲気はまるでない。
『やっぱり、なんかこれおかしくない? バグとかじゃ……』
イヨの声が震えていた。
ゆっくりと前進する。
胸のなかがひどくざわつく。落ち着かない。だが俺は根拠もなく、確信していることがあった。
あのメッセージの送り主は、ここにいる。
そのとき、視界の奥で、なにかが動いた。




