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アイゼン・イェーガー  作者: 来生直紀
EP01/ 第3話 黒の竜
14/93

#13

 強烈な日差しが降り注いでいる。

 砂塵を散らしながら、砂漠の中央を二つの猟機が疾駆していた。

 フィールドの入り口までは転送で行くことが可能だが、遺跡までは猟機で直接移動するしかない。

 どこまでも続く無限の熱砂。

 進んでも進んでも景色は変わらない。レーダーを見ていないと、方向感覚を失ってしまいそうだった。

『わたしたち、勝てるかな』

 唐突に、イヨが言った。

 イヨの管制機は右側で併走している。

「さあ、どうだろう」

 俺はまだ黒の竜と呼ばれるプレイヤーと遭遇していない。 

イヨからある程度話は聞いていたが、未確認のことが多く、有効な戦術を立てられるほどの情報は現状ではなかった。

 だから俺は素直にそう口にしたつもりだったが、それはイヨにとっては相当に気楽に聞こえたらしい。

『こわくないの? そんなに勝つ自信があるってこと?』

「そうじゃないけど……ただ」

『ただ?』

 昔を思い出しながら、俺は言った。

「戦う前から、負けるつもりはないよ」

 デュエルマッチのランキング戦。その上位十人との戦い。

 最難関フィールドでの襲撃プレイヤー。

 チーム戦で最後に生き残った、同じ決闘機との一対一の勝負。

 そのすべてが、どれだけ紙一重の戦いだったか、俺はよく覚えている。

 俺はただその薄皮一枚を運良く制してこれただけだ。だから驕りもなければ、無駄に恐れることもしない。

 ごく普通のことを言ったつもりだったが、イヨはなぜか黙り込んでしまっていた。

『……なんだか、ぜんぜんちがうね』

「な、なにが?」

『べつに』

 意味深なつぶやきに不安になる。  

 ふと、俺は気になっていたことを口にした。

「ねぇ、なんであいつはクリスたちを襲えたのかな」

『え?』

 クリスたちは熱心にゲームを進めているようだし、その分レベルが上がるにつれ、襲撃されるリスクはだんだんと高くなってくる。

 とはいえ、話を聞く限り、その黒の竜と呼ばれるプレイヤーはもっと高レベルのはずだ。

『それは……この間のやつみたいに、またわざとレベルを下げてたんじゃないの。きっとそういう最低なやつなんだよ』

「そういうことなのかな……」

 たしかに、それなら不可能ではない。

 だがパイロットスキルのレベルはただの飾りではない。

 パーツの開発には一定以上のレベルが必要だし、一部のパーツ、特に武装には扱うのにレベルの制限がかかっているものがある。

 とりわけ高価で高性能なパーツは特にそうだ。

 ゲームをやるのに必須ではないが、さまざまな特典が得られる、といったものだ。

 トップレベルのチームを倒せる相手が、わざわざレベルを下げてまで、初心者狩りのようなことをするだろうか?

 他に考えられるのは、クリスを狙っていたということ。

 クリスが狙われる理由。なにかあるだろうか?

 あのとき、俺はクリスたちとチームを組んでフィールドに出た。あのときも襲われたが、あれはおそらくあのフィールドでよく待ち伏せをしているプレイヤーだろう。

 わからない。

 もしかしたら本当に、手当たり次第なのかもしれない。

『それより気を抜かないでよ。いまのところは敵は見えないけど』

 移動中はプレイヤーの襲撃にも気をつけなければいけないし、NPCのエネミー、とくに高速飛行型のガイストには注意が必要だ。

 だがイヨがいれば見落とすことはないだろう。

 俺はたかをくくっていた。

 前方に広がる砂丘。それがわずかに動いたような気がした。 

 じっと目をこらした、次の瞬間、

 砂が宙に噴き上がった。

『ガイスト!』

 砂丘から現れたのは巨体な蛇のようなシルエット。頭がコブラのごとく膨らみ、多数の砲塔が装備されている。

 潜伏機体。

 レーダーに映らなかったのは、砂中に潜っていたからだ。

 こういうだだっ広いフィールドでは、もっとも警戒すべき存在だ。

 頭部の多砲塔は射程が長く威力が高い。障害物もなく足回りも悪いこの砂漠では、一方的に砲撃される危険がある。

『砲撃警戒! いったん二手に――』

 イヨの警告は聞こえていた。

 だが俺はスピードを緩めなかった。

 ペダルを強烈に蹴りつける。

 アフターブースト。

 猟機の背部スラスターが全面解放され、一気に加速。

 身体を押し付ける擬似的なG感覚は、むしろ心地よいほどに身体になじんだ重さ。スティックを保持。さらに速度を上げる。

 サイドブースト。

 鋭い砲撃が真横の砂地を爆発させる。

 コブラ型が地を這い接近。

 その速度のまま跳ねた。俺も地面を蹴りつけスラスターで上昇する。

 空中で機体を制御。

 コブラの口内から放たれたレーザーが背面をかすめる。

 捻りながらソードを抜く。

 一閃。

 ソードを振り抜きながらバランスをとり、砂地に着地。大量の砂塵が撒き散らされ、間接部のアブソーバが軋みを上げた。

 二つに切断されたガイストの機体が、遅れて砂丘に落下した。

 


 撃破後、機体を停めてしばらく待っていると、イヨの管制機が追いついてきた。

「問題なく――」

『警告したのに、どうして突っこんでいくわけ?』

「え?」

 イヨの声はすこし怒っていた。

「あ、その。また砂の中に隠れられると厄介だから、早く倒すにこしたことはない、かなって、思ったり、しなかったり……」

 言いながらだんだん自信がなくなってくる。

 だが、やられる前にやる。

 シンプルだがそれが最善の安全策だと思うのは、間違っているだろうか?

『……やっぱり、ちがう』

「?」

 俺はイヨにすこし怯えながらも、移動を再開した。

 その後も三度ほど同じような潜伏機体を退きながら進んでいくと、やがて砂漠の真ん中に山のような影が見えてきた。

「あれだね」

 レディアム遺跡。

 その全形は、巨大な棺のように先端部が広がり、狭まりながら後ろへと長く伸びている。

 頂上部からは複数の塔のような建物が何本も突き出ており、横に広がる滑走路のような屋根は、翼のようにも見ることができた。

 墜落した巨大戦艦と表現されることもあったが、実際にこれがなんのための建造物なのかは明かされていない。  

 だがその内部には、ここ特有のガイストや、猟機に関連する素材に溢れている。

 難易度的には中級者向けのフィールドだった。

 たぶん、俺の今のパイロットスキルのレベルで来るプレイヤーは稀だろう。

 俺たちは猟機のまま、大きく破壊された壁から内部へと入っていった。


 *


『接近。4時方向』

 イヨがすかさず警告する。

「任せて」

 徒歩で移動していると、突然レーダーに敵性反応が出現した。

 壁に埋まっていた猟機の出来損ないのような人型ガイストが動き出したのだ。

 動きはそこそこ早いが、武装はたいしたことがない。

 ブーストダッシュで一気に懐にもぐり込む。

 赤い一つ目を持つ頭部を斬り飛ばす。

 人形が力を失ってくずおれる。

 このタイプのガイストは変形して壁に埋め込まれており、ただの背景なのか、襲い掛かってくる敵なのか近づくまで区別がつかないため、油断ならなかった。

 慎重に進んでいくと、天井が一気に低くなった。

 一本だけ通用口が先へとつながっていたが、道は細く、猟機が通れるような幅ではない。

「セーブ」

 俺は猟機の転送コマンドを口にした。猟機の全身が虹色の光の包まれて消えていく。

 イヨも同様に管制機から降りてくる。 

 梯子を降りて、徒歩で通用口へと近づいた。

 通路は明かりが少なく、先は見えなかった。だがたしかここを進めば、大広間に出られるはずだった。

「ここで合ってるはず。行こう」

 俺は自信をもって言ったが、なぜかイヨはその場を動かない。

「どうしたの? まちがってないと、思うけど……」

「それは、知ってる」

「よかった」

 俺はうなずいた。

 イヨもうなずいた。

 奇妙な沈黙が広がる。

「……なに」

「え? いや、なにっていうか、はやく行かないなのかなって……」

「わかってるってば」

 口ではそう言うが、その足取りはすこぶる重い。

 俺が一歩進むと、イヨも一歩進む。

 俺が止まると、イヨもすかさず止まる。

 俺が動かなければ、イヨは決して一歩たりとも動こうとしなかった。

 だんだんと、その理由がわかってきたが、あえて口にしなかった。まさか、このイヨに限ってそんなことがあるとは、にわかには信じられない。

 暗い道をゆっくりと進んでいく。

 最悪のタイミングで、地面が揺れた。

 弾かれたように振り返る。

 背後に、3メートルほどの巨人の影が立ち上がった。

 先ほどの自動人形の縮小版だが、生身からすれば十分に大きい。歪な方向に背筋の曲がった巨体が、ギシギシと間接を鳴らしながらこちらに迫ってくる。

 そのとき、俺は月まで届きそうなイヨの悲鳴を聞いた。

 敵の出現よりもはるかに驚いた。

 固まられても困るので、とっさにその手を引っ張って走った。

 追いかけてきているこれは、対人用のガイストだ。

 実はこれがこのフィールドの危険な理由でもある。

 猟機を降りた生身の状態で敵ガイストの攻撃を受けると、即戦闘不能扱いになる。はじめて来るプレイヤーは、生身の状態で見上げる敵の巨大さに圧倒され、その隙にやられてしまう。なかなか意地の悪いフィールドといえた。密かに俺は好きなのだが。

「走って!」

 道の先に、ぼんやりと明かりが見えた。

 出口だ。

 しっかりと手を離さないように握り締めて走る。光が大きくなる。一気に駆け抜ける。

 開けた空間に飛び出した。

「ロード!」

 猟機を呼び出す。同時に俺の身体も猟機のコックピットへと移っている。先ほどの対人用ガイストを見下ろし、一息に踏み潰した。  

 ぎりぎりで間に合った。

 周りに敵がいないことを確認し、俺は猟機を降りた。  

 イヨは壁際に座り込んで、肩を揺らしている。

 なるほど。これがイヨがこのフィールドに来たくなかった理由らしい。

 果てしなく気まずい思いをしながら、震える背中にそっと声をかける。

「な、なにも泣かなくても……」

「泣いて……ないっ……」

 すごいにらまれた。だがその目には涙がたまり、頬は赤く染まっている。

 その気迫があれば人間だったら襲ってこないだろうな、などと思うが、やはり口に出す勇気はなかった。

 後ろを振り返る。

 競技場の中にいるように、天井は高く、平らな床がどこまでも広がっていた。

 遺跡のなかにこれだけの空間が広がっているとは、壮観だった。

 このフィールドで他の猟機と遭遇するのであれば、おそらくここだ。

 だが、周囲にはNPCの敵の影もなかった。 

「外れ、かな」

「もうすこし、待つ……」

「そうだね」

 俺は言って、近くのブロックの上に腰掛けた。

 やがてイヨも並ぶ。

 しばらくすると、イヨも落ち着きを取り戻してきた。

 一安心するも、手持ち無沙汰だった。

 イヨは足をぷらぷらと揺らしていたが、やがて、ぽつりと言った。

「ねぇ、シルト」

「……なに?」

「これが終わっても、このゲーム続ける?」

 とっさに、俺はその横顔を見る。

 あのときと同じ、どこか遠くを望む視線がそこにあった。

「それは……」 

 俺はすぐに答えることができなかった。

 クリスを襲った黒の竜と呼ばれるプレイヤー。

 それを倒すために、ここに戻ってきた。

 それは俺の本来の目的とは、異なるものだ。

 リア充になりたいと、そう思っている。

 だがどうしたらそれが達成できるのか、今の俺にはわからない。だからこれからのことを聞かれても、俺はなにも答えることができなかった。

 沈黙する俺をどう察したのか、イヨはすこし慌てながら、

「あ、気にしないで。わたしがシルトの力を借りたいと思ったのは本当だけど、そのあとのことは、シルトの自由だもんね」

 イヨは、伊予森さんは気を遣うように言った。

 自由。

 俺はいつも、それを持て余すことしかできない。高校に入っても、満足に部活ひとつ選ぶことができないでいる。

「ただ、無駄なんかじゃなかったと、わたしは思うよ」

「え?」

 それが以前に俺が言ったことへの回答だと気づいたのは、だいぶあとになってからだ。

「中学のときのシルトをわたしは知らないけど……。シルトがこのゲームを続けてきたのは、理由があったんだと、思う」

「理由……」

「だって、そうじゃなきゃ、そんなにずっと一つのことをやれないでしょ?」

 頭の中が、まだぼんやりと霞がかっていた。

 そうなのだろうか。

 よくわからない。

 だが、ほんのすこしだけ、なにかが変わりはじめているような気がした。

「ねぇ……まだ、おこってる?」

「? なにが」

「その……わたしが、嘘ついていたこと」

 イヨはうつむいていた。

「べつに……」

 今さら、と思った。

 そういえば、前にもこんなことを聞かれた気がする。

 もしかして、伊予森さんは思っているより気が小さいのだろうか? とてもそうは見えないが。 

「と……シルトの方から、そのうち言ってくれるかなって思って、それで……」

 言われて俺は思い出す。

 たしかに、チャンスは何回もあった。

 電話ではじめて話したときも、伊予森さんは俺が話すのを待っていたのかもしれなかった。

「ぜんぜん、気にしてないよ」

「そっか。……ありがと」

 妙な雰囲気だった。

 イヨが座り直し、すこし距離が縮まる。肩が触れそうになる。

 なんだろう。

 まさか、これがいい雰囲気というやつなのか。

 馬鹿な。

 どうしよう。

 一気に全身が緊張し、頭が混乱しはじめる。

 だめだ。なにか、なにか言わなくては。

「っ……で、でもさ! その、あれ、イヨって、意外とそういうこと気にするんだ。やーびっくり、みたいな、はは……」

 照れ隠しのために口にしたつもりだった。

 イヨから表情が抜け落ちていた。

「意外って、なに」

 しまった。

 無機質な視線が、じっと俺を見ている。

 自分の迂闊さを呪いたくなったところで、イヨはぷいっと顔をそむけた。

「まあいいけど」 

 ほっとする。

 駄目だ。俺に気の聞いたことを言えなど、ペンギンに空を飛べと言ってるようなものだ。

「とりあえず、今日はもしかしたらここは――」

 言いかけて、俺は後ろを振り返った。

「シルト……?」

 気配を感じた。

 立ち上がり、暗闇に目をこらす。

 やがてその中から、二つの人影がぼんやりと浮かび上がってきた。

 砂漠仕様の防砂マントを羽織った二人の男だった。

 攻略組みだろうか。

 だが、どこか様子がおかしかった。

「見つけたぞ」   

 男たちはイヨをにらみながらそう言った。


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