#12
まずは準備だ。
ログインした俺は、セントラルストリートへと来ていた。
大型の倉庫を備えた店が軒を連ねた通りは、無数の人々で溢れている。
猟機乗り、商人、NPC。長いフィールド遠征に備えた準備や、公式で開催されるデュエルマッチの大会に向けた猟機のカスタマイズなど、各々が必要なアイテムや兵装を求めて行き交っている。
歩きながら頭のなかで買い物リストをまとめていると、隣でイヨが店の看板を次々と指差した。
「あ、あそこのお店はすごい高いからやめた方がいいよ。そこは粗悪品が多いからおすすめしない。あっちは店主が嫌なやつだから却下」
「なんかネガティブな情報ばっかりだね……」
「そう? でも必要でしょ」
俺はやや気圧されながらうなずいた。
ゲームのなかとはいえ、伊予森さんと一緒に買い物というのは、緊張してしまう。
またそれとは別の理由で、俺は周りを気にしていた。
「あの……イヨ、さん」
「呼び捨てでいいってば、ゲームの中なんだから。わたしも、シルトって呼ぶから」
何事もないように言われる。
「それで、なに?」
「その服、目立つから……脱いでくれない?」
イヨはきょとんとして、自分の格好を見下ろした。
非常に希少な王立猟団の制服。
すれちがう人々の視線がときおり向けられるのを、俺は感じていた。しかも並んで歩くのがひたすら地味な見た目の俺だ。アンバランスなことこの上ない。
わりと良識的なことを口にしたつもりだったが、なぜかイヨはジトっと俺をにらんだ。
「公衆の面前で服を脱げとか……シルトって、そういうこと言うんだ」
「え?」
意味が頭の中でゆっくりと氷解する。
「ち、ちがう!」
「たしかに脱ぐことはできるよね。それで見せ合いながら、えっちな会話したりとか。そういうのする人たちがいるっていうのは知ってるけど……」
「ななな」
もしかしたら俺のアバターの顔も赤くなったかもしれない。
イヨが俺を上目遣いで見つめた。
「したい?」
艶っぽい声に、頭が破裂しそうになる。
イヨのアバターに現実の伊予森さんが重なり脳内変換される。放課後のだれもいない教室。伊予森さんはブレザーを脱ぎ、俺を見つめながら同じ台詞を口にする……
俺がフリーズしていると、
「集中してくれません? そんなので勝てるとは思えないんですけど」
「はい……」
なぜか俺は頭を下げていた。
理不尽だ。
「それで、なにから揃えるの?」
「まずは……駆動系かな」
俺たちは、リアクターの専門ショップを訪れた。
乱雑とした倉庫のなかに、巨大な球形の金属の塊がいくつも並んでいた。
まばゆい銀色の光沢。
一見すると、まるで芸術品のようにも感じられる。
「猟機の命だもんね」
リアクターは高度文明遺産の結晶と呼ばれる存在で、猟機の動力源にあたる。これが発生させる莫大なエネルギーが各フレームパーツに内臓されるアクチュエータへと流れ、機体を動かすという仕組みだ。
移動。攻撃。回避。索敵。
リアクターの発生させるエネルギーはすべてに影響する。
俺は陳列の中から、一際大きなリアクターを選んだ。
公開スペックも申し分ない。
だがイヨは驚いていた。
「あの機体に、そんな大型のリアクターを積むの? 重量機向けじゃ……」
「俺の猟機は近接戦闘仕様でとにかくよく動き回るから、出力が大きいにこしたことはない。それに武装にあまり重量を割かないから、積むのには問題ないよ」
「へぇ……」
あまり燃費の良い戦い方とは言えない。だがこれが俺のスタイルなのだから、こればかりは譲れなかった。
次に俺たちは、ストリートの端に位置する南地区へと足を伸ばした。
しだいに周りの風景が、より混沌と化してくる。
ここから先は、プレイヤー自身が運営している店のエリアとなる。
店の大きさも赴きも千差万別だ。
おもちゃ屋のようなカラフルな店。日本屋敷のような古風な店。
一見してなにを売っているのかも判然としない。お洒落なカフェのような外観の店の後ろに、巨大な倉庫がそびえているのは異様な光景だった。
「プレイヤーショップに行くの? でもお金が……」
「たしかにプレイヤーが運営してる店は、平均的に高いんだけどね……。ただ、今回の相手を考えると、生半可なものを持っていたら命取りになりかねない」
使うべきところには使う。
それは経験から身についた慣習のようなものだった。
「それで、やっぱり主力装備のソードを変える? 前はなに使ってたの? やっぱりMURAMASAとか、RAIKIRIとか?」
イヨが超高性能なレザーソードの品名を口にする。
「それが買えれば、いいんだけどね……」
たしかにあのレベルの兵装あれば心強い。
だが先立つものはなんとやらだ。
この間クリスたちと一緒にフィールド攻略で得たものが、俺の数少ない軍資金となる。
「ソードは初期のままでいくよ」
イヨは意外そうな顔をした。
「お金がないんだ。詰められるところは詰めないと」
それに初期装備のレーザーソードも、悪くない。
出力を十分に上げれば猟機の装甲を貫ける。
なにより、初期の装備はフレームパーツも含めてすべてがメーカーの正規品のため、ランダムトラブル率が低いのが利点だった。
現実と同じように、アイゼン・イェーガーの中の機械もまた、故障する。
これは武装から猟機を構成するフレームパーツすべてにおいて発生し、ときには戦場で致命的な不具合を引き起こす。火器なら肝心なところで弾が出なかったり、スラスターなら十分な推力を発揮できなかったり、といった具合だ。
安価なパーツや武装は故障率もそれなりに高くなるため、信頼性の高い装備というのはそれだけで価値があるものだ。
「それと、それ以上に重要なものがある」
「なに?」
それを言うのは、本名を知っている伊予森さんにはあまり言いたくなかった。だがそれ以外に表現しようもなく、小声で口にする。
「盾だよ」
*
プレイヤーショップのエリアを、さらに細い裏路地へと入っていく。
入り組んだ道を記憶を頼りに右へ左と曲がり、ときには階段をひたすら上がり、橋の下の下水路を進む。
「こんなところに……?」
「ぜったい気づかないよね、普通は」
まるで迷路だ。
街のガイドマップにも乗っていない。あえて登録していないのだろう。
気が付けばあたりに人気はまったくなかった。
人ひとりやっと通れる細い路地を抜けた先に、一軒のプレイヤーショップがあった。
看板のマークから、かろうじて猟機のショップであることがわかる。
「ここ……?」
「やってるみたい。よかった」
こんなところにあるというのもあるが、プレイヤーショップは当人不在で店が閉まっていることも多い。今回はタイミングがよかったようだ。
入り口をくぐると、店主が顔を上げる。
「いらっしゃい」
髭面のその店主は顔見知りだった。
いったいどんな生成法なのか、非常にいいパーツを合成する職人だ。
そしてときにプレイヤーを破産させるほどに、高い。
「シールドをください」
続けて俺は、
「一番いいのを頼む」
ドヤ顔をして言った。
「あんたそれ、ちょっと古く……。まあいいや」
あまり芳しくない反応に俺がショックを受けていると、店主がカタログを出してくる。気を取り直してラインナップを眺めた。
すべて一点もの。オリジナルの製造品だ。
カタログに表示されるスペックを見て、イヨが声を上げた。
「なにこれ……。このスラスターの最大推力、0ひとつ間違ってない?」
「それで合ってると思うよ」
「だ、だってこんなの」
まともじゃない。イヨの口がそういうかたちをしていた。
ここはそういう代物がある店、ということだ。
シールドのページを見る。
「たっか……」
性能は申し分がないが、いまの懐事情で購入できそうな物がない。
思わず口に出してしまう。
「あのねぇ、悪いけどうちは初心者の人には向かないお店なんですよね……」
「俺は……」
言いかけて、口をつぐんだ。
「あ、あの。それより、倉庫見せてもらえますか」
俺が言うと、店主はすこし意外そうな顔をしたあと、立ち上がった。
裏手の倉庫に案内される。
なぜわざわざ直接見るのか、とイヨは不思議そうだった。
「カタログには載ってない商品もあるから」
「そうなんだ……」
無機質な倉庫。
巨大な猟機用の武装がクレーンに吊るされ、弾薬やパーツ生成用のジャンク素材が無秩序に散らばっていた。
その中で、壁際に立てかけられた金属の板が目に入った。
視界に合わせてスペックを確認する。
思わず口元がほころぶ。
「これ、いい盾ですね」
各主要砲弾に対する耐弾性能。
耐熱数値。
避弾経始形状。
耐レーザーコーティングも施されたそのシールドを見ていたとき、俺はあることに気づいた。
「最近、大型レーザーライフルの『XECTOR』の量産品が出回って、よく使われはじめてますよね。安価で高威力、しかも扱いやすい。ランダムトラブルがやや発生しやすいのが難点ですけど。このシールドの形状と素材からするに、それに対抗するために造った試作品、っていう感じですか?」
「へぇ……」
対人戦闘ではとくにそうだが、一部の製品が流行するというのはときおり起こることだ。俺が言ったように、扱いやすく高性能なパーツが開発されると、初級者から中級者の多くが好んでそれを使用するようになり、戦場で同じような猟機や武装があふれることがある。大抵そういう場合、すぐにその対抗策となる戦術や兵装が生み出されて、流行はしだいに落ち着いていくのだが。
俺が物欲しそうにそのシールドを眺めていると、
「そいつは高いよ」
店主に釘を刺された。
そうだろうなと思った。このレベルの兵装を製造するだけで、どれほど貴重なジャンク素材を費やしているか、だいたいは想像できた。
諦めるしかないか、と思っていたとき、
「とはいえ、うちに来ていきなりその盾に目をつけるとは、いいセンスしてる」
俺は店主の顔を見た。
「特別に半額でいいよ」
「ほ、ほんとですか?」
通常のショップには決してない一品だ。
これがあれば心強い。
「でも、どうして……」
「なんだかあんた、知り合いにすこし似てる。いや、アバターは全然ちがうんだけど……。最近はほとんど顔を見てないけど、どうしてるんだか」
店主の懐かしそうな表情に、心が揺れる。
「あ、あの」
「あいつもあんたみたいに、微妙に寒いことを言うやつだったなぁ」
「……そうですか」
俺は開きかけた口を閉じた。
だが値引きには感謝をするしかない。
「なんかシールドを見る目、輝いてたよ」
「え、そう?」
イヨもなぜか、妙に嬉しそうな顔をしていた。
しかし、これでほとんど予算を使い切ってしまった。
できれば頭部も変えて索敵性能を向上させたいところだが、そこはイヨのオペレーティングをあてにしようと思う。
残りの予算で弾薬でも補充しておこうかと思って視線を巡らしていると、俺の目が、あるものに止まった。
「それも……買います」
店主は不思議そうにした。
「いいけど、そいつはあまり、使い道はないと思うぞ」
威力も低く、射程も短い。
実戦で活躍する機会はあまりないだろうが、なにかの役に立つかもしれない。
お守りのような気分で、俺は残りの資金でそれを購入した。
*
自分のドックに戻り、俺は猟機にさらに手を加えた。
一部の装甲をオミットした。その分、防御力は下がるが、重量が軽くなることで機体の移動速度と、手足の可動速度がわずかに速くなる。
微々たる影響だが、接近戦をメインにする俺の機体にとって、これは軽視できない要素だった。
「他の武器は?」
「ハンドガンはカスタムしたよ。弾丸は少ないけど、そこそこ威力は出る」
既存の兵装を改造して、性能を上げることも可能だ。
一部の武装は複数の弾薬に対応しており、それによっても性能は変化する。
俺は組み上げた猟機を見上げた。
細身の軽量猟機。かつての俺の愛機に、どことなく似ている。
「そういえば、肝心のチーム契約してなかったね」
コンテナに座って見ていたイヨが言った。
イヨが目の前のメニュー画面に触れる。
俺の視界の端に、チーム加入申請のアイコンが点った。
承諾。
正式にイヨがチームに加わる。
「よろしくね、リーダー」
「リーダー?」
「だってそうでしょ。わたしの方が加わったんだから」
「二人だけだけどね……」
本来、チームには管制機以外の戦闘猟機がもっと必要だ。あの謎の猟機と戦おうとするプレイヤーがいないのは仕方ないが、戦力不足感は否めなかった。
アイゼン・イェーガーは一人で戦うゲームではない。
たとえば俺がかつて使っていた猟機は、簡単にいえば決闘仕様。
デュエルマッチに特化した機体だ。一対一なら負ける気はしない。
だが一対三、一対四となれば、パイロットスキルによほど差がない限り、集中砲火を浴び、被弾する。そうなれば特に俺の猟機のような軽量機が生き残れる可能性は低い。
一対複数戦で勝とうと思ったら、地形を利用して各個撃破していくしかない。
だが実際にやるのはかなり困難が伴うということも、経験からよく知っていた。
だからそれをサポートする仲間――かく乱したり、遠距離から狙撃や長射程のミサイル攻撃などで援護する猟機が必要となる。
そしてオペレーターとの連携は、またちがう次元で重要な意味を持つ。
前線で戦うドライバーだからこそ、見えるものがある。
戦況を広く見ているオペレーターだからこそ、判断できることがある。
ドライバーが指示に従うのも、オペレーターが指示を出すのも、互いの信頼関係があってこそ成り立つものだ。
ふと、俺はイヨを、どこまで信頼できるのだろうかと思った。
そしてそれは、イヨもまた同じようなことを疑っているのではないだろうかと、とりとめもないことを考えていると、
「信頼するから、信頼して」
まるで俺の内心を読むかのように、イヨはそう言った。
「う、うん」
さすがだ。
はっきりと口に出すこういうところが、伊予森さんらしい。
「それで、どうやって見つけるの?」
俺がイヨに聞くと、
「襲われるのを待つ、っていうだけじゃ芸がないよね。一番、出現報告が多いところに行こうと思うんだけど……」
「どこ?」
イヨはすこしためらように、その名を口にする。
「……レディアム遺跡」
「ああ、あそこ」
砂漠のど真ん中にある高度文明の遺跡。
フィールドの入り口からかなり距離がある。
けっこうな長旅になりそうだった。燃料も弾薬も十分にしておかなければいけない。
それはさておき、なぜかイヨは先ほどから浮かない顔をしていた。
「大丈夫だよ。あそこの敵はそこまで強くないし」
「そういうのじゃ、ないんだけどね……」
イヨは口ごもった。
一方で、俺は昔行ったときの記憶を思い出していた。
「あそこ、好きなフィールドだな。なんかこう、お化け屋敷っぽいっていうか、びっくり屋敷っていうか、そんな雰囲気で……。あ、それと知ってる? あそこの近くに俺の好きな場所があって、ゼロ・エリアがよく見渡せるところなんだけど」
「シルト、遊びにいくんじゃないんだよ」
「わ、わかってるよ」
遊び、ではないのか。
どうもイヨからすると、俺は緊張感に欠けているらしかった。
イヨはすこしじっと俺を見つめたあと、ぼそりと言った。
「……今度、案内して」
「え? あ、ああ。うん、ぜひ」
言いながらも、果たして今度はあるのだろうか、と俺は考えていた。




