表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アイゼン・イェーガー  作者: 来生直紀
EP01/ プロローグ
1/93

#00

 焼け焦げた内地。水没した埋立地のビル群。境目のない鈍色の空。

 光学カメラ越しに目に映るのは、どこまでも続く荒廃した景色。

 崩落しかけたビルの残骸の陰に、機械の巨人が身をひそめていた。

 機体の内部、窮屈なコックピットのなかで、男は視界に重ねてレイヤー表示される情報を、めまぐるしく確認する。

 味方機の損耗状況――自機以外、大破。

 武装の残弾数――残り10パーセント。

 敵機の位置――不明。

 全周スキャン。レーダー上に敵機の位置が確認できない。

 どこにいる。

 データリンク。管制機に搭乗している戦術オペレーターと通信。

「あと何機だ?」

『二機だ』

「本当に二機か? こっちは一機しか視認してないぞ」

『こちらのレーダーでも確認できない。前方には出ていない。損傷が大きいのかもしれない。それより潜んでいるもう一機を警戒しろ』

 つつかれた程度で撃破されるような機体状態なら、後方に退避していてもおかしくない。いずれにせよ同時に攻めてこないなら好都合だ。一対一ならまだ勝機はある。

『ダミーを出して後退しろ。姿をさらすなよ』

 言われずとも。

 男はコンソールを操作。巨人が背負ったコンテナから、ダミーが射出される。

 浮遊移動式のダミーは、レーダー上で機体があたかもそこにいるように欺瞞するものだ。

 とはいえこちらの機体を視認されては意味がない。

 ブーストカット。徒歩で慎重に下がっていく。

 崩れた橋の瓦礫に機体を潜ませ、辛抱強く待った。しばらくダミーの方角を注視しているとき、レーダーが感応した。

 接近する機影。

「かかった……!」

『左から迂回しろ。敵がダミーの側面に回り込んだタイミングで背後から強襲。移動マーカーを出す』

 オペレーターが機体が進むべき最適進路を、光学モニターにレイヤー表示する。引かれた青いラインが機体の理想的な強襲コースとなる。

 マップ上で敵機のアイコンがダミーに近づく。両腕のガトリング砲を近接射撃モードへシフト。スティックを握りしめながら、タイミングを合わせる。

 敵機がダミーの隠れたビルを回り込む。

 今。

 ペダルをキック。

 機体背部のスラスターが全面解放。

 アフターブースト。

 大量のエネルギー消費と引き換えに、20トンの機体が猛加速で前方に押し出される。

 振動に歯を食いしばって耐える。ラインに沿って宙を飛翔。ビルに隠れた敵機の側面へ踊り出る。

 二丁のガトリング砲でがら空きの側面を――

 赤い三つ目の光学カメラと、目が合った。

 盾越しに覗く敵機の頭部がすでにこちらを向いている。一瞬の後、気づく。

 ――かかった振り。

 この距離は、まずい(、、、)

 スティックを戻す。バックブーストに点火。緊急後退。プールされていたエネルギーが著しく減少する。構いもしない。男は敵機の武装を視認していた。

 大型の対物シールドと、接近戦で比類なき威力を発揮するレーザーソード。

 敵機のアフターブースト。

 彼我の距離が恐ろしい速度で消える。

「くそがっ……!」

 すさまじく速い。高速型の機体。

 出力の低いバックブーストでは逃げ切れない。かなりの重量があるはずの大型シールドを構え、正面から突っ込んでくる。ガトリング砲をフルオートでばらまく。

 敵機のブースト・マニューバ。噴射炎が青白い翼のように広がる。踊るように左右に機体を揺らしながら迫る。止まらない。盾に防がれている。ガトリング砲では駄目だ。いや、あの盾は――

 ほくそ笑む。

 あのシールドなら、こちらのレーザーキャノンで貫ける。

 馬鹿が。盾を過信しすぎだ。

 男はスティックを操作し、背部にマウントされていたキャノンを砲撃状態へ移行。

 さらに距離が詰まる。敵機の姿がはっきり見えた。

 黒と銀色の、骸骨めいた軽量機体。

 赤く光る目が、男の機体を捉える。ほぼ同時。チャージが完了。

 トリガー。

 機体の主力装備、大口径レーザーキャノンから青白い光が迸った。

 まばゆい光と蒸気が敵機の前で膨れ上がる。命中。

「やっ――」

 男のつり上げた口が、固まった

 超高熱でオレンジ色に変わった盾は、貫通していない。

 ちがう。さきほどのものではない。レーザー系の攻撃を防ぐ特殊加工の盾。わざわざ軽量機体に盾を二つも積んでいた?

 敵機が盾を放り投げる。

 すべては、正面からの高速突撃を可能にするための装備。

 今度こそ悪寒が走り抜ける。


 これは、向こうの間合いだ。


 そのとき敵のパイロットが笑ったような気がした。

 懐に引かれた敵機の右手。増幅器の刀身から超高温の凝縮レーザーが出力。

 灼熱の、光の剣。

 振り抜かれた。

 すさまじい衝撃。

 無数の警告がバースト。機体のシステムがダウンし、男は一転して暗闇に包まれた。


 *

 

 敵機を両断した剣から、刀身が消える。

 極めて軽量な高速型フレームに近接用レーザーソードを携えた俺の機体(、、、、)は、静かに駆動を停止した。すると不思議なことが起こる。

 巨人の全身に光が集まり、機体はそれに包まれて、空中へと霧散した。

 代わりにその足下にぽつんと現れたのは、ひとりの美麗な姿の男、つまり俺だ。

 長い銀髪を風に揺らし、黒いコートをはためかせる俺は、大地を揺らす振動に振り返った。

 もう一機の巨人がゆっくりと近づいてきた。

 俺の機体とは対称的に、ずんぐりとした重量級の機体だった。

 停止した機体は、俺のものと同様に虹色の光のなかへと消えていく。

 代わるようにそこに現れた大柄な男が、こちらに向かって手を上げた。俺に匹敵するほど、こちらも絵に描いたように眉目秀麗な短髪の男、リカルドだった。

「お疲れさん、シルバーナイト。今日もナイス一番槍だったぜ。最後もばっちり決めてくれたな」

「……ああ」

「どうした? なんか浮かないな。まさか、おまえひとりに任せたこと怒ってんのか? どうせおまえがやり漏らしても俺が仕留めたんだし、結果は変わらねえよ」

「べつに。そうじゃない」

「じゃあ、なんだよ?」

 男は不審そうに、俺の顔を見た。 

「なぁ、リカルド」

「なんだ?」

「俺は、もう戦いをやめる」

「……は?」

 俺は荒涼とした光景を眺めたまま、言った。

「終わりにする。この『銀影師団』からも抜けさせてもらう」

 突然の俺の言葉に、リカルドは絶句していた。

 無理もない。この反応は予測していたことだ。

 それでも、言わなくてはならない。

「ま、待てよ」

「決めたんだ。答えは変わらない」

「……なぜだ」

 胸ぐらを掴まれる。俺はされるがまま、身を任せた。

 リカルドは怒りに震えていた。

「あのとき誓ったはずだ。俺たちは、ともに最後まで戦い抜くと」

 いつかの遠い約束。培われた絆。今となってはもう、すべては忘却のなかへと消えてしまうほど儚いものに思える。

 いま俺の中にあるのは、ただ虚しさだけだった。

「こんなこと、無意味だ」

「無意味、だと?」

 信じられないという表情で、リカルドはさらに力を強めた。

「なぜだ。理由を言え。どうしてだ!?」

「それはな……」

 俺はうつむいていた顔をゆっくりと上げ、大きく息を吸って、叫んだ。


「これが“ゲーム”だからだよ!」

 

 アイゼン・イェーガー。

 全世界で一千万人以上のプレイヤーを有する、VR型MMOロボットアクションゲーム。

猟機(イェーガー)』と呼ばれる人型陸戦兵器を操り、プレイヤーはチームの仲間たちと協力しながら荒廃した世界を攻略していく。

 三年前のサービス開始以来の古参プレイヤー『Silver Knight』こと俺――遠野盾(とおの たて)は、うんざりして叫んだ。

「もうやめるんだよ! だれか代わりを見つけてくれ。じゃあな」

 困惑するリカルドを捨て置いて、メニューを呼び出す。眼前に二次元上の画面が表示される。「フィールドの移動」を選択。 

 自分の格納庫へと一瞬で転送される。

 目を開くと、多種多様な猟機がずらりと並ぶ大型の倉庫だった。

 すぐにチームメンバーのリカルドから、音声チャットが入る。

『お、おまえが抜けたらうちのチームはどうなる!? 二位の『砂漠の牙』の連中とのポイント差なんてあと少しなんだぞ! あと数日持ちこたえれば、今シーズンはうちの勝利なんだぞ、わかってるのか!?』

「知るかっ! この廃人がっ!」

『なんだと!? ……っていうか、いっつもログインしているあんたに言われたくないけどなぁ』

「ぐっ……」 

 その通りだ。

 中学三年間。学校にはかろうじて行っていたが、それ以外、ほとんどをゲームに費やした。なかでももっとも多くプレイしたのが、このアイゼン・イェーガーだった。

 なんとか中堅どころの公立の高校に入ることはできたが、学歴を重視する親からすれば、俺は落第生だ。二個下の妹は秀才で、学年トップレベル。弟の方は小さい頃から運動神経が抜群に良く、部活のサッカーで全国大会に出るほど、華々しく活躍している。

 それに比べて俺は? 

 友達なし。彼女なし。家庭内の立場なし。

 歴然の差。

 失ったものは、あまりに大きい。いまになってようやく、そう思うようになっていた。

『待て、まだ話は――』

 ログアウト。

 VHMD――VRゲームを遊ぶための着装型端末を外した。

 しんと静まり返った薄暗い部屋に、俺はいた。

 パソコンを開き、アイゼン・イェーガーのプレイヤーサイトを開く。

 アカウントの管理画面にログイン。

 「アカウントの消去」を選択。キャラクターデータが存在するという警告。無視して実行。さらにメッセージが表示される。


     本当に消去しますか?


 キーに触れた指が震えた。

 例え恥じるべき過去とはいえ、何百、いや何千時間もの結晶。

 だが、これでいい。これでいいんだ。

 俺はもうやめる。

 キーを押し込んだ。

 画面が「新規アカウントの作成」に変わるのを見届けた瞬間、予想していなかったほどの清々しさが俺を包み込んだ。

 ノートパソコンを閉じ、時計の表示を見る。日付が変わっていた。

 4/1 (月)

 明日から、いや今日から俺は、高校生になる。


 高校生になって、俺はリア充になるのだ―― 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ