◆ 1話 ◆
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
1週間が過ぎた。
金曜日の放課後、翔太はカバンを持つと文芸部へと向かった。
「ねえねえ青柳くん、例の件はどうなった?」
赤峰さんが後ろから声を掛けてくる。彼女が部長を務める料理研究部は文芸部の隣だ。
「大学のこと? まあ色々考えてはいるよ」
「綾名ちゃんが口利きしてるらしいわね?」
「よく知ってるね」
「まあね。でも彼女って最近元気ないのよね」
「えっ?」
綾名はクラスにも溶け込んで男女問わず友達も多いらしい。綺麗だし人当たりもよく親切で優しいとくれは当然のことだと思う。料理研究部でも頼りになる存在らしく赤峰さんも綾名を次期部長にと考えていると聞いた。
しかし。
「一昨日くらいからかな、料理してるときも失敗ばかりするのよ、今までそんなことなかったのに……」
彼女も理由は知らないらしく、僕なら知ってるかもと声を掛けてきたらしい。
しかし翔太だって知らない、いやそれどころか元気がないと言うこと自体が初耳だ。
翔太が思い当たる節がないことを付けると赤峰さんは「んん~……」と少し考えて。
「今日、部活休むって言ってたのよね、彼女。何かあるのかしら」
もしかしたら、と思うことはいくつかある。そろそろ一条さんとの正式な顔合わせもあるだろうし、いろいろな準備だってあるだろう。
「そう言えば、彼女って婚約者がいるんでしょ?」
「あ、うん。らしいね」
「もしかして、青柳くん?」
「ちっ、違うよ!」
どこがどうするとそんなデマになるのか分からないけど、それはとんだ勘違いだ。そう僕が力説すると赤峰さんは。
「綾名ちゃんもそう言うんだけどね、ホントかな~?」
疑惑の視線を残して料理研究部へと消えていった。
「おう青柳、ため息出てるぞ!」
文芸部の高池に肩を叩かれて僕も部室へと入っていった。
そんな風に何かと慌ただしくしていた所為か、携帯にメールが入っていると気がついたのは部活を終える直前だった。
瑠璃花ですわ。
珊瑚のカテキョ面接は日曜日の9時からだから
よろしくね。
だそうだ。
勿論僕が大学に受かったら、と言う条件がついているのだが。
しかしこの話には色々と不安要素もある。
途中でクビになったら?
授業とかが予想外に忙しかったら?
そもそも僕なんかで役に立つのだろうか?
今、珊瑚ちゃんを教えているのはその道のプロばかりだという、しかも超一線級の凄腕揃いとか。綾名は「小学生相手だから大丈夫だよ」、と軽く言うけど、それでもそこにはノウハウやテクニックがいっぱいあるはずだ。
何より、僕自身家庭教師に教わった経験がない、それどころか塾にすら通ったことがない。それなのにやってみればきっと出来るとか、世の中そんなに甘くない気がする。
……とまあ、一言で言うと急に怖じ気づいてきたのだ。
翔太は考えてしまう、日曜日、大恥を掻くのではなかろうか?
いや、僕が恥を掻くだけならいい、僕なんかで本当に珊瑚ちゃんの役に立つのだろうか? 却って足を引っ張ることにならないのだろうか……
得体の知れないプレッシャーがじわじわと攻めてくる。
「今日はため息が多いな、青柳!」
高池にまた指摘された。
「さあ帰ろうぜ」
「あ、うん」
部室を出ると料理研究部の開け放たれた窓から声を掛けられた。
「青柳くん! お裾分けよ!」
「あ、助かるよ。いつもありがと」
赤峰さんから貰ったのは「パイナップルハンバーグ」なる謎の料理だった。
レンジでチンして付属のソースで食べるんだとか。
「パイナップルを使うことでお肉が柔らかくなるんだよ」
赤峰女史はそう曰うが。
いや、お肉柔らかく食べるためにハンバーグにするんじゃ……
【あとがき】
今日は大晦日。
今年一年もご愛顧ありがとうございました。
願わくば来たる年もご意見ご感想、励ましのお言葉、チャチャ入れのお言葉などなど戴ければこれに勝る喜びはありません(るんるん)。
では、よいお年を。
次話構想に頭を悩ませながら、作者謹白




