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ヴィリアムのお店を出ると、日が暮れていた。


思っていたよりも遅くなっちゃった。ちょっと近道して帰ろうかな。


横道に入ると、一気に人気が少なくなる。

一瞬迷ったが、この時間帯ならまだ安全だろうと思い、歩を進めた。


今日は街を歩き回って疲れたが、ヴィリアムと久しぶりに沢山話せて良かった。

お腹いっぱいになり瞼が落ちそうになってくるが、帰ったら今後の調査方針を考え直さねば。

このままでは犯人に一矢報いるどころか、何も出来ずに時ばかりが過ぎていってしまう。時間によって人々の記憶や事件の情報が曖昧になれば事件解決はもっと遠のいてしまうだろう。


周囲に人がいないのをいいことに、ブツブツと口に出して考えを整理していると、何か香ばしい匂いが漂ってきた。それと、なにやら遠くの方で誰かが叫んでいるような声も聞こえてくる。

よくよく耳を澄ませて見ると、女性らしき声が「離せ」や「やめろ」と叫んでいる。


……なんだ?


慌てて声のする方へ走っていくと、遠くに人がいるのが見えた。

小柄な女性が何者かに羽交い締めにされている。

羽交い締めにしている相手は黒いローブを着ていた。目深にローブを被っているので顔は見えない。


ドクリと心臓が大きく波打つ。

全身を覆う黒いローブと、それでもなお隠しきれない体格の良さ。

カテリーナ達を襲った犯人の特徴にピッタリと当てはまる。


「やめろつってんだろ!!」


羽交い締めにされている女性が藻掻くが、その腕はビクともしない。


あの男が一連の事件の犯人かもしれない。

カテリーナ達を傷つけた犯人かもしれない。

だけど、今はとにかくあの人を助けることを優先させなければ。


「大丈夫ですか!!」


走りながら大声を出すと、女性と目が合った。

思っていたよりも幼い。十三、四歳くらいじゃないだろうか。

女性と言うよりは、小柄な少女と言った感じだ。口調は荒いが、声も顔立ちも、こんな状況じゃなければ息を吐きたくなるほど可愛らしい。


「た、助けてくれ!!」


私が近づいても羽交い締めにしている人物は怯む様子も見せない。

どうする、どうする。

近づいて分かったが、黒いローブの人物は思っているよりもずっと身体が大きかった。

それに第三者である私に見つかったというのに逃げる様子もない。

なんとか少女をローブの人物から助け出したとしてその後どうする?走って逃げるか?噂では一連の事件の犯人は体術に長けているらしいが、逃げ切れるだろうか。

……出来るか、じゃない。やるんだ。私が動かないと、この子が逃げられない。


私は走ってきた勢いをそのままに一切スピードを緩めることなく、黒いローブの人物に体当たりをした。

相手の体格を考えると、私が体当たりしたくらいで体勢を崩してくれるのか賭けだったが、予想外にも相手はあっさりと地面に倒れこんだ。


え、私の体重そんなに重かった……?

いや、でも今のは私が原因と言うよりは……


「……軽かった?」


相手のウェイトが、思っていたよりもずっと軽かった。

明らかに体格と身長に見合わない軽さだ。


「……うぅ」


黒いローブの人物への妙な違和感に気を取られていると、呻き声が聞こえてきた。見ると、私が盛大な体当たりをしてしまったせいで、地面に少女も一緒に倒れていた。


「あ、だ、大丈夫ですか?!」

「だ、大丈夫……。それよりもあいつは……」


少女と二人で視線を向けると、黒いローブの人物がゆっくりと起き上がろうとしていることに気づく。


「……や、やば」


相手の体勢が整う前に早くここから逃げなければ。


「立てますか?」

「う、うん」


少女に手を貸して立ち上がらせると、土を払う間もなく彼女の手を引っ張って走り出す。


「う、うぉ!」

「すみません。身体痛いところとかあるかもしれないけど、今は我慢して走ってください!次捕まえられたら逃げられないかもしれないから」

「わ、分かった」


ちらりと後ろを向くと全力で走っているからか、黒いローブの人物との距離はかなり開いていた。

どれだけ相手の身体能力が高くても、ここまで距離が開いているなら追いつかれる前にどこかしらには逃げ込めるはずだ。


―――そう思ったのに


遠くに見えていた人影がゆらりと動いたと思った次の瞬間、その姿が消えた。


「え」


脳が状況を理解するよりも先に後ろから「うわぁ!」と叫び声が上がる。見ると、いつの間にか現れた黒いローブの人物が少女の腕を掴んでいた。

つまり、こいつはあの瞬きひとつの僅かな間で私達に追いついたというのだ。


……まじかよ。やけにみんな口を揃えて『人間離れした動き』と言ってはいたけど、まさかこんなに早いなんて。こんな動き、本当に人間とは思えない。先程、体当たりが思いのほか上手くいったから少し油断していた。


少女はかなりしっかりと腕を掴まれてしまっている。

このままでは逃げようにも逃げられない。


私は咄嗟に少女を覆うように抱きしめると、相手の足元を狙って蹴りを繰り出した。が、ガードされる。

今度は相手が私の顔を目掛けて振りかぶった。


やられる……!


私は次にくる衝撃に備えて思わず目を瞑った。

が、一向に何も起こらない。

何が起こったのかと目を開けると、先程までは何も無かった空間に私を護るようにして半透明の緑の壁が広がっていた。

この壁によって、攻撃が防がれたようだ。

緑の壁の効果はそれだけに終わらず、黒いローブの人物がもう一度振りかぶったその瞬間、小さな爆発を起こした。

それも明らかに黒いローブの人物を狙って爆発している。

流石にこれには相手も避ける以外の選択肢がなかったらしく、少女から手が離れた。


……い、今の何?!


少女が解放されたことよりも今の意味不明の現象の衝撃が先立ってしまう。


「い、今の何?!」


ちょうど私が考えていたことと同じことを少女が叫んだ。


「今の凄いの、あんたがやったのか?!」

「え、いや……」


今のは多分魔術だ。それもかなり高難易度の。

だけど今の私にあの魔術を成功させるだけの魔力は無い。

つまり、私が無意識に魔術を展開させた可能性はない。


とそこまで考えて、自分の手首、正しくは手首に着けているブレスレットが妙な光を帯びていることに気づいた。


あ、そうだ、これ、ルカに貰った護身用の魔術が組み込まれたブレスレット……。


成程。さっきの半透明の緑の壁はこのブレスレットのおかげらしい。


…………ルカ、ありがとう!!めちゃくちゃ助かった!これがなかったら今頃本当に大変なことになるところだった!!危険なことなんてしないとか高を括ってごめん!!!


私は心の中であの時、ルカの忠告を話半分に聞いていたことを猛烈に反省した。

確かこの魔道具が作用するのは三回までだと言っていた。

あと二回。その間にあいつから逃げるなり、倒すなりしなければ、その時こそ本当の終わりだ。


「今のは私の力じゃなくて魔道具の力です。あと二回まで私達の身を護ってくれます。だけど、それ以降は使えなくなります」

「……えっ、じゃあやっぱり逃げないとやばい?」

「やばいです」


頷くと、少女の顔がさぁっと青ざめる。

うん、魔力なくてごめん。


「あの、これ貴女が持っててください」


少女にブレスレットを渡すと、彼女は目を丸くする。


「え、な、なんで?!」

「あいつが狙っているのは明らかに貴女一人です。次もそっちに向かってくる可能性が非常に高い。その時、護身の術を持っているのは貴女であるほうが良い」

「で、でも」

「貴女が引き付けている間に私は背後からあいつに殴りかかります。思いっきり殴るつもりなので運良く相手が昏倒してくれることを願いましょう」


少女はまだ何か言いたげにしていたが、それよりも先に黒いローブの人物が立ち上がるのが見えた。


「……来ますよ」


は、と少女が視線を移したその瞬間、黒いローブの人物が凄まじい速度でこちらへ近づいてきた。

しかし、やはり狙いは少女一人のようで私には見向きもしない。

少女を護るようにして再び緑の壁が現れたのを確認し、私は周囲になにか武器になりそうなものは無いか探す。


……植木鉢。これで思いっきり殴ればどんなに屈強だろうと多少の怪我は負うはずよね。


私の腕の力では打ちどころが相当悪くない限りは相手も死にはしないはずだ。

持ち主には大変申し訳ないが、背に腹は変えられない。


少女がいる方からパリンっと陶器が割れるような音がした。

これで二回目。あと一回であの魔道具は使えなくなる。


植木鉢を持って静かに黒いローブの人物の背後へまわる。

音を立てないよう、息を殺して近づく。

少女が三回目の魔術を発動させた。

……これで決めないと、終わる。


お願いだから、倒れてくれ。


祈るような気持ちで私は思いっきり相手の頭部へと植木鉢を振りかぶった。


ガシャンっと大きな音がして、植木鉢が割れる。


しかし、黒いローブの人物の動きは一切として止まることはなかった。


「…………は?」


嘘、でしょ。

植木鉢が割れるほど強く殴ったのに、どうして……?!


唖然とする私を横目に黒いローブの人物は緑の壁を割ろうと何度も壁を殴っている。

まるで先程の攻撃などなかったかのように。


「な、なぁ!これ、どうしよう!?」


緑の壁の向こう側で少女が震えた声で叫ぶ。

壁にピシリと亀裂が入った。

亀裂は徐々に大きくなり、そしてとうとうパリンっと派手な音を立てて割れた。同時に爆発も起こる。

黒いローブの人物は今度は少し逃げるのが遅かったようで、爆風によって頭に被っていたローブが外れた。


顔が見える、と思った。

しかしローブの中から出てきたのは、人ではなかった。

目も口も鼻もない。

そこに居たのは、ただの無機質な木偶だった。


「……なに、どういうこと?」


今の一瞬でローブの中が入れ替わった?

いや、違う。そんな動きをした様子はなかった。

じゃあまさか、この木偶が今まで人間のように動き回っていたって言うの?いや、そもそもこれが一連の事件の犯人の正体?


そう言えば逃げることに必死で気づかなかったが、相手は顔だけではなく手足すらも黒いローブに覆われていて、少しも肌を見せていない。思えば、私の蹴りを止めた時もローブの下から受け止めていた。

だからずっと気づかなかったのだ。中身が人間では無いことに。

人間でないと考えると、先程の常識外の身のこなしも植木鉢の件も納得がいく。体当たりした時に軽く感じたのも中身が木偶だったからだろう。


……でも、だとすると今、目の前に居る()()はなんだ?

木偶が動いているからにはなにか仕組みがあるはずだ。

何者かが操作しているのだろうか。だが、近くにそれらしき人物はいない。となると、遠隔操作の可能性が高い。

これだけスムーズに動いているということはカラクリの類では無いだろう。

となると、残る可能性は……魔道具。

だが、こんな魔道具は見たことも聞いたこともない。


「な、なぁ、なんなんだよ!コレ!!人間じゃねぇじゃん!アンタの攻撃、全然効いてねぇじゃん!ど、どうしよう?!」


ブレスレットの効果を失った少女が瞳に涙を浮かべて訴える。

……そうだ。今はとにかくこの木偶の正体を考えるのではなく、どうやってこの場から切り抜けるかを考えなければいけない。

感情や意思があるのかどうかはまだハッキリしていないが、先程までの行動を見るに、プログラムまたは指示された動きを忠実になぞるタイプに見える。先程、爆発を避けたのも単純に避けた方が良いと合理的に判断した結果だろう。

となると、怯ませたり意識を逸らすという選択肢は意味が無い。

……仕方ない。


「相手の正体に関しては、私も分かりません。でもこのままでは間違いなく、貴女はやつに捕まります。……なので、逃げてください」

「に、逃げるったってどうやって?!」

「私がやつの邪魔をして時間を稼ぎます。貴女はその間に誰か助けを呼んでください。今の時間帯ならどこかしらに警邏隊がいるはずです」

「そ、そんなの無理だよ……!」

「無理じゃなくてやるんです。じゃないとあいつに捕まりますよ。いいんですか」

「い、嫌だけど、アンタを置いてくなんて……!」

「それが今の最善の策です。早く!」


木偶がこちらに向かってくる準備を始めたのを見て、少女の目がうろ、と泳ぐ。


「行って!」

「……す、すぐに戻ってくるから!絶対に!だ、だから、死んじゃ嫌だよ!!!」

「はい、待ってます」


私だって、こんなところで死ぬ気なんてない。

今世はしわしわになるまで長生きすると決めているのだ。

それに、またあの子達に別れも告げずに逝く訳にはいかない。

ラミロに死なないと約束してしまったし、なによりルカにまだ返事をしていない。


少女が逃げたのを確認した木偶が再び、目にも止まらぬ速さで追いかけようと動く。

が、私は通せんぼをするように道いっぱいに大きく腕を広げてそれを阻んだ。

衝撃で身体が吹っ飛びそうになるが、ギリギリのところで踏ん張る。軽量だから私でも間一髪耐えられるのだ。


「ふんぎぎぎ……」


歯を食いしばって、先へ行こうとする木偶の体を掴み、身体を捩る。

壁にぶつけようとしたのだが、失敗して顔に反撃を食らってしまった。


「いった!!!」


この野郎!木で出来てるくせに滅茶苦茶痛い!!

今ので絶対に口の中切れた。

倒れ込む私には目もくれず、木偶が再び少女を追いかけようとするので私はやつの足に縋り付く。


「絶対に離さない」


腹部に蹴りが入るが、我慢出来ないほどの威力では無い。

イェルダとして死んだ時の痛みに比べれば、こんなもの序の口だ。

腹筋に力を入れて、衝撃を緩和する。

こっちはもっと尖っていた時代のラミロと真剣に大喧嘩した記憶だってあるのだ。こんな木偶相手に怯むものか。




どれくらいそうして耐えていたのか分からない。

それが短かったのか、長かったかも私には分からない。

ただ、ひたすらに絶対に離すものかと痛みに耐え続けていたその時、声がした。


「イェルダっ!!!」



悲鳴のような、怒号のようなその声は痛みに朦朧とする意識の中でもはっきりと聞こえた。

誰よりも聞き慣れた、愛しいルカの声だったから。





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― 新着の感想 ―
[一言] いやーちょっと無茶しすぎですね(汗) 死ぬ訳にはいかないとは言いつつ無意識でしょうが自分の事軽んじてますね。 これは大目玉だろうなぁ…。
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