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トントントン、とリズム良く棚に商品を置いていく。

段々楽しくなってきてどれだけ早く並べられるか自分の中で新記録を目指していると、背後から「ジゼル」と名前を呼ばれた。


「その棚に並べたら今日はもう上がっちゃっていいよ」

「あれ、もう良いの?あと少し、時間残ってるけど」

「うん。お父さんが思ったよりも早く帰ってこれるみたいだから」


カテリーナの言葉に了解と返事をし、残りの商品を棚に並べる。

今日は朝からカテリーナ家のお店の手伝いをしに来ている。

本来ならお昼過ぎまで手伝うつもりだったのだが、思いがけず予定が変更になったらしい。


「そう言えばカテリーナはこの後、彼氏とデートするんだっけ?」

「ええ、夕方からだけどね」

「いいね、楽しんできてね」

「もちろん!」


頷くカテリーナは恋する乙女のオーラが出ていてとても可愛らしい。


「⋯⋯ところで、そういうジゼルはどうなのよ」

「へ?」

「オーバリ様とどんな感じなの?」

「⋯⋯ど?」


一瞬何を言われたのか分からず呆けてしまったが、言葉の意味に気づき慌てて否定する。


「いやいや、何言ってんの?あの人はそう言うのじゃないから!」

「あんなに頻繁に会ってるのに?もしかしたらシンデレラストーリーもあるかもしれないわよ?」

「ナイナイ。そもそも恋愛対象じゃないし」

「はあ?あんなに素敵な人を恋愛対象じゃないって言うの?!」

「いや、そりゃあ素敵な人ではあるけど⋯⋯」


私、育ての親だしなあ⋯⋯。

ルカだって私は恋愛対象に入らないだろう。


「とにかくそう言うんじゃないから」

「えぇ、やっとジゼルの恋バナが聞けると思ったのに」


カテリーナが残念そうに肩を落とす。


「ジゼルってあんまりそういう話しないけど、どういう人がタイプなの?」

「ど、どんな人⋯⋯?」


前世も今世もあんまりそういうことを考えたことがなかった。


「えっと、ロンデで働いてるアラムさんとか素敵だと思う」


少し考えてから近所にあるカフェのマスターの名前をあげる。


「ロンデのアラムさんって、あの六十歳のマスターのこと?!」

「うん。ダンディーで落ち着きもあって格好良いと思う」

「えーっと、かなり年上がタイプなの?」

「別にそういう訳でもないんだけど⋯⋯」


なまじ精神年齢が高いので身体年齢に近い人と恋愛する気にもなれないのだ。そもそも、もう何年も恋なんてしていないからいまいち自分が誰かと恋仲になるイメージが湧かない。


最後に好きになった人は確か、前世で近所に住んでいたお兄さんだったと思う。

でもあれは十三歳頃の事だし、どちらかと言うと恋というよりも憧れに近い感情だった。

大きくなるにつれて関わりもなくなって、私が十八歳の頃に花屋の娘さんと結婚したと風の噂で聞いた。私の恋バナらしい話と言えばそれくらいだ。


「取り敢えず、今はまだ恋愛はいいかな」

「ジゼルがそう言うなら無理強いはしないけど、もし好きな人が出来たら絶対に教えてよ?」

「うん。一番に知らせるね」


結婚願望はあるし、いつかは私もカテリーナのように素敵な彼氏に巡り会いたいとは思っている。どこでどうやって巡り合えばいいのか分からないけど。


「あ、そう言えば最近この街で物騒な事件が起きているらしいから、出かける時は気をつけてね」

「それって例の家畜の事件のこと?」


カテリーナの言葉に私は頷く。

ココ最近、至る所で血の抜かれた家畜の死骸が見つかっている。他にも子羊が盗まれたり、深夜に黒いローブを着た不審者が目撃されたりと、あまり治安が良いとは言い難い出来事が続いている。


「まだ目的も犯人も分かってないらしいし、ちょっと怖いわよね」

「うん。カテリーナも夜道には用心するんだよ」

「ええ、気をつけるわ」


話しているうちにカテリーナのお父さんが帰ってきたので、役目を終えた私は二人に挨拶をしてから店を出た。


◇◆◇


カテリーナは彼氏とデートをすると言っていたけど、実は今日は私にもある用事があった。


「いらっしゃいませ〜」


待ち合わせ時間丁度に店に到着し、カランコロンとベルを鳴らしながら入店する。


「お客様、何名様でしょうか」

「えっと待ち合わせなんですけど⋯⋯」


店内を見渡すと、お目当ての相手はすぐに見つかった。

店の奥に明らかに体格の良い男性が顰め面で腕を組んで座っている。ラミロだ。

店員さんに断りを入れ、奥へ進んでいくと私に気づいたラミロが顔を上げた。


「ごめん、待った?」

「別にそんなに待ってねえ」

「そっか。ここ素敵なお店だね、初めて来た」

「人に教えてもらった。値段もそんなに高くねえし美味いからたまに使ってる」


相槌を打ちながらラミロの正面の席に座った。

今日の私の用事は彼との食事だ。

先週、王宮にルカのお弁当を届けに行った際、帰る途中に偶然ラミロに出会い、食事に誘われたのだ。

ラミロと二人で出掛けるなんてこと、前世では一度もなかったので誘われた時は正直かなり嬉しかった。今日もまだ若干、浮かれている。


メニューを広げながらラミロと他愛もない会話を交わしているとやたら視線を感じることに気づいた。


⋯⋯あ、そう言えばラミロって有名人なんだっけ。


よくよく耳を澄ませてみると「ロベルト様だ」とか「本物か」とか「あの女は誰だ」とか話している声が聞こえてくる。

あまり意識していなかったけど、そうだった。私が生まれ変わって容姿や年齢が変わったように、子供たちもこの十六年で色々と変わったんだ。

今や、ラミロは生意気で可愛いクソガキじゃなくて人々が憧れる第一騎士団団員なのだ。


意識した途端、周囲からの刺さるような視線が気になり少し落ち着かなくなる。


「⋯⋯おい、どうした。何も頼まねぇのか」


一人そわそわしていると、ラミロに問いかけられた。


「俺はもう決めた」

「あ、えっと、ごめん。もうちょっと待って」


慌ててメニューに目を通すも、種類が多くてなかなか決められない。


「これは美味い」


見かねたラミロがメニューの一つを指さして教えてくれた。

ガーリックソースで食べるステーキか。

確かに美味しそうだ。


「じゃあこれにしようかな」

「ん」

「オススメ教えてくれてありがとう」

「別に」


そう言うラミロの下唇が少し突き出しているのを見て、思わず笑みが零れる。

中身は全然変わってないのに、この子が第一騎士団団員だなんて未だに少し不思議な感じがする。


「第一騎士団って貴い身分の御仁を警護するのが主なんだよね」


注文を終え料理を待っている間に聞いてみると、ラミロはこくりと頷いた。


「ああ、一応な」

「やっぱりマナーとか作法を身につけないとなれないの?」

「普通はそうらしい。だけど俺はあんまりそういう知識は身につけてない」

「え、どうして?」


問いかけると、ラミロはぐっと顔を顰めた。


「そもそも俺はずっと第三騎士団から移動するつもりはなかったのに、無理やり第一騎士団に所属させられたんだ。それなのにお貴族サマのマナーまで無理やり学ばせようとしてくるから、ンな事するくらいなら第三騎士団に今すぐ戻るつったら、マナー講習免除になった」

「そ、そうなんだ」


どれだけラミロを第一騎士団に留めておきたかったのか。

彼の戦力はそれだけ魅力的だったということだろうか。


「この前、医務室にラミロを探しに来た人は上司なの?」

「おっさんのこと?」

「多分その人」

「あの人は第一騎士団団長だからまあ一応は上司」

「え、団長なの?!」

「おう」


団長が直々にラミロを連れ戻しに来ていたとは。驚きだ。


「仲良いの?」

「別に仲良くはねぇけどよく模擬試合はよくしてる。あとこの店を教えてくれたのもそのおっさん」


その言葉とは裏腹にラミロの口調からはどことなく親しみを感じる。


色々と言ってはいるけど、なんだかんだ上手くやってるみたいで少し安心する。

「あのおっさん、すげぇ面倒臭いんだよな」と笑うラミロにつられて笑みが零れた。



少しすると、出来たての料理が運ばれてきた。


「お待たせ致しました。こちら、ガーリックステーキになります」

「わ、美味しそう!」


目の前に置かれたステーキにゴクリと生唾を飲むと、ラミロに笑われた。


「お前、美味しそうなものを見た時の反応が昔と全然変わってねぇ」

「そ、そりゃあ中身は一緒だし美味しそうなものを前にしたら誰だって同じような反応になるでしょ」


年甲斐もなくはしゃいでしまったことに恥ずかしさを感じるも、目の前の誘惑には勝てない。

「いただきます」と早速、ステーキを一口食べる。


「美味しい⋯⋯っ!最っ高!!」


柔らかくてジューシーな肉にパンチのあるガーリックソースが絡んで得も言われぬ美味しさが口に広がる。


「ラミロ、これ凄く美味しい!」

「だろ?」


ラミロがやけに優しい眼差しで私に笑いかける。

見たことの無いその表情に思わず目が奪われた。


「⋯⋯貴方、大人になったのね」


気づけば、自然とそんな言葉が零れていた。


「は?急になんだよ」

「最近は私の事ちゃんと『くそババア』じゃなくて名前で呼んでくれるし、目を見て話してくれるようになったし、こうしてきちんと働いてる。少し見ないうちにすっかり立派になっちゃって」


てっきり「うるせえな」とか「うぜえ」とか言われると思っていたのだが、ラミロは何も言わずに俯いた。





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