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それは、ルカにお弁当を届ける為に再び王宮を訪れた日の事だった。
一度目にお弁当を届けて以降、何度かルカにはお弁当を届けていたのでその日もいつも通り、すっかり顔馴染みになった門番の二人に特別招待証を見せ、王宮の中に入る。
いくら私が方向音痴で王宮が広いと言えど、こう何度も同じ道を通れば道順も流石に覚える。迷子になることも無く、順調にルカの職場を目指して歩いていたのだが、そこであるイレギュラーな事が起こった。
いつも通り、忙しなく動いている王宮内の人達を観察しながら廊下を歩いていた時のこと。なにやらルカの職場の方が騒がしいことに気づいた。
普段この辺りは静かすぎるほどなのにどうしたのだろう、と気になり急ぎ足で向かうと、廊下に人だかりができているのが目に入った。
少し迷ってから、恐る恐る人だかりに近づいた私は、その騒ぎの中心にいる人物を見て思わず悲鳴をあげそうになった。
なんとそこに居たのは、ルカとラミロだったのだ。
しかも二人の間には遠目から見てもわかるほどに不穏な空気が漂っている。
「そもそもお前のことは昔から気に入らなかったんだ。いつもスカした顔してお高くとまりやがって」
「奇遇だな。僕もお前のことは昔から大嫌いだ。後から来たくせにあの人に散々迷惑をかけて、何様のつもりだよ」
訳も分からずに輪の外で立っていると、冷たい笑みを浮かべるルカの胸倉をラミロが掴んだのが見えた。周りから小さく悲鳴が上がる。
正直、昔からルカとラミロの仲は良いとは言えなかった。
しっかり者のルカに対してラミロはどちらかと言うと自由奔放で性格も真反対だったし、ラミロが私のことを「くそババア」と呼ぶ度にルカは私以上に口うるさくラミロのことを怒っているところを見てきたから、二人の仲が悪いと聞いても悩みはすれど、さほど驚くことはなかった。
が、しかし。まさかこんなところで喧嘩を始めるほどとは。
戦闘狂っぽいところがあるラミロはともかく、ルカまで何をそんなにムキになることがあるのか。
常々、二人にはもう少しお互いに妥協しなさいと言い聞かせていたのだが⋯⋯。
一緒に住んでいた時だって、多少の言い争いはあれど、ここまで仲悪くはなかったはずだ。
「この汚い手を離せ。暇な君と違って僕にはこれから用事があるんだ」
「ハッ、つくづくイラつく野郎だな。まさか自分から喧嘩売っといて逃げる気か?」
「言いがかりはやめてくれ。僕はただ事実を述べただけで喧嘩なんて売った気はない」
「そういう割には殺気立って見えるぜ、稀代の天才魔術師様よォ」
ラミロが嘲笑を浮かべると、火の気もないのに彼の身体の周りに突然纏わりつくようにパチパチと火の粉が舞い始めた。
その摩訶不思議な光景に人々はどよめき、驚きの声を上げる。
……これは、かなりやばいかもしれない。
世の中には、魔力量が多すぎるが故に自分で自分の魔力を操作しきれない人間がいるのだが、実は幼い頃のラミロもその一人だった。
彼は生まれつき、魔力量が平均値を大きく上回っていた。それ故に幼かった彼はそのコントロールの仕方を知らずに何度か魔力を暴走させてしまっていたらしい。幸い、大事には至らなかったが、そのことが原因で家族からは気味悪がられ、家も追い出されてしまったのだという。
僅かなお金すら持たされずに突然全てを失ってしまった彼は、それでも何とか生き延びようと日々のご飯を盗みを働くことで確保していた。そして、そんな日々の中でラミロと私は出会ったのだ。
私も魔力量は多い方だったが、私と比べてもラミロの魔力量は桁違いだった。
ラミロの膨大な魔力量を知ったその日から私は早速、正しい力の使い方を教え始めた。彼が自分の力を思い通りに使いこなせるようになるまで何度も何度も教え続けた。
時には喧嘩になり、魔力が暴走したラミロに危うく殺されかけることもあったが、飲み込みが早かったことと何よりも彼自身が努力を重ねたこともあり、魔力のコントロールは割とすぐに習得することが出来た。
しかし、普段は完璧にコントロール出来ていても、やはり感情が昂ったり我を忘れるような出来事があると、魔力を抑えることが出来ずにその欠片が外に放出されてしまう事がある。
ラミロの場合、それがあの火の粉なのだ。
彼は元より火属性の魔術が得意で、魔力の属性も火だった。
だから無意識に放出してしまう魔力も火の形をしている。
とは言え、ラミロだって既に魔力のコントロールの仕方は習得している訳だから、流石にちょっとやそっとの苛立ちでは魔力を抑えられなくなることは無い。
それなのに、今魔力が抑えきれずに放出されているということは即ちラミロが理性が飛ぶほどに苛立っているということの証左であって。
「そもそも、どうしてあの人の事を一々お前に許可取りしなきゃいけねぇんだよ。お前はあの人の代理人のつもりか、自惚れんなよ性悪男」
やっぱりぃぃ。ラミロ、完全にブチギレている。
まさかとは思うが、ここで魔術を放つつもりじゃないだろうな。
……流石にそれはないか。え、ないよね?
とにかく、どうにかしてルカがラミロの怒りを鎮めてくれるといいんだけど⋯⋯。
「自惚れる?ハハ、その言葉そっくりそのままお前に返すよ。僕とお前じゃ、一緒に過ごしてきた時間に天と地との差があるんだよ。逆に、自分が受けていた恩の大きさも理解出来ていなかったお前が僕と同じところに立っていると勘違い出来ることに驚くよ」
あ、これ無理なやつだ。
完全に瞳孔が開いているルカを見て私は頭を抱えた。
何が原因で言い争っているのかイマイチ分かっていないが、あの様子じゃルカにも期待はできない。呼び方も「君」から「お前」になってるし、多分こっちもかなりキている。
こんなにギャラリーがいるのだから、流石にお互い手は出さないだろうと考えていたが、この様子だとそもそも二人とも周りの状況が見えていない可能性がある。
……どうしよう。どうしたら、二人のことを止められる?
私が二人の間に割り込むか?いや、でもそれだとルカは止められるとしてもラミロが止められるかは分からない。
今のこのジゼルの身体じゃ、ラミロを止められるほどの魔力もないし⋯⋯。そもそも今からこの人だかりをかき分けた所で間に合うかどうか。
「上等じゃねえか。丁度良い。その澄ました顔、もう一度思いっきりぶん殴ってやるよ」
「やれるもんならやってみろ、お前じゃ掠りもしないだろうがな」
パキッ、という小枝の折れるような高い音ともにラミロの周辺を舞っていた火の粉が一気に増えた。
あ、やばい。
『ラミロ、止めなさい』
深く考える間もなく、咄嗟に言葉を口にした。
瞬間、拳をふりかざしていたラミロの動きが不自然にピタリと止まる。
⋯⋯ギ、ギリギリセーフ。
安堵から詰めていた息を吐き出す。
私が発した声は少しだけ魔力を込めた特殊なものだ。
ラミロはあの状態になると制止の声も届かなくなってしまうので、幼い頃はいつも声に魔力を込めて無理やり彼の動きを止めていた。
この魔力の少ない身体でも同じことが出来るか分からなかったが、なんとか成功して良かった。
この発声法は魔術にも近いものなので、恐らくラミロとルカ以外には聞こえていないと思う。
正確には私の事を注視していれば聞こえる声なのだが、今この場に私に注目している人などいないので、周りの人は突然動きを止めたラミロを見て何が起こったのか分からずに戸惑っていた。
当のラミロはと言うと、声の発生源を探しているのか、キョロキョロと辺りを見渡している。その周囲にもう火の粉が飛んでいないことを確認し、ほっと溜息をついた。
安心したからか一気に脱力感に襲われ、腰が抜けそうになる。
ルカも少しは落ち着いただろうか。
視線を向けるとルカとばっちり目が合った。
どうやら先程の声で私がこの場にいることに気づいたらしい。
まあ、今日はお弁当を持っていく約束をしていたし気づくのも無理ないだろう。
自分が怒られるような事をした自覚はあるようで、ルカはバツが悪そうに顔を逸らした。
後でしっかり事情を聞こうと考えつつ、取り敢えず人だかりから抜け出すために歩き出したのだが、何故か足に力が入らず、カクンッと膝から崩れ落ちてしまった。
「あ、あれ?」
立ち上がろうとするも、やはり足に力が入らない。
足がダメならと腕に力を入れようとして、そこでようやく身体全体に力が入らないことに気づいた。
と言うか、さっきは安心からくる脱力感だと思ってたけど、これ、もしかして⋯⋯。
「どいてっ!」
座り込んでその場から動けなくなってしまった私の元に、血相を変えたルカが人だかりをかき分けながら近づいてきた。
「大丈夫ですか、どこか痛めましたか?」
「あ、いや、これは痛めたんじゃなくて⋯⋯」
「どこか悪い所が?」
「いや、そうじゃなくてこれは多分⋯⋯」
説明しようと顔を上げた途端、ぐわんっと世界が反転するような気持ち悪さに襲われる。
うわっ、酔う⋯⋯。
「イェルダ?イェルダ?!」
ルカにしっかり説明しなければいけないのに、あまりの気持ち悪さに話すことすら出来ない。
結局、私は真っ青な顔をしたルカを視界の端に捉えたのを最後に意識を手放したのだった。




