第26話：扇子で叩く大作戦決行です

友人たちと話をしていると、ある視線を感じる。視線の先には、クロエ様の姿が。私と目が合うと、コクリと頷いた。

これは、扇子で叩く大作戦を開始すると言う合図なのだろう。

「それでは私はこれで失礼いたしますわ」

そう伝え、友人たちの傍から離れる。そして大きく深呼吸をし、扇子を握りしめた。大丈夫よ、この2ヶ月間、一生懸命練習したのですもの。でも、あまり強く叩いてクロエ様の顔にアザが残ったら大変だわ。でも、クロエ様は思いっきり叩けと言っていたし。

う～ん…

「コホン」

私が考えていると、クロエ様の大きな咳払いが聞こえてきた。クロエ様の方を見ると、思いっきり私を睨んでいる。きっと“何をもたもたしてるの？早くしなさいよ！”と言う事なのだろう。

大変、クロエ様がお怒りだわ。早くしないと！

急いでクロエ様の元に向かう。そして

「クロエ様、あなた今日も…今日も…」

何だったかしら？焦りすぎて頭が真っ白になってしまい、セリフを忘れてしまった。

“今日もまた私の婚約者のブライン様に手を出したわね！よ”

小声でクロエ様が教えてくれた。そうだったわ！

「今日も私の婚約者のブライン様に手を出したわね！いい加減にして頂戴」

「そんな…私はブライン様に手を出したりなんてしておりませんわ」

美しい瞳から涙をポロポロと流すクロエ様。あぁ、こんなにお可愛らしいクロエ様を泣かせてしまうのなんて…て、私ったらまた感情的になってしまったわ。ここは冷静に演技を続けないと。

「お…おだまりなさい。この泥棒猫」

勢いよく扇子を振りかぶったが、こんなにもお可愛らしいクロエ様を叩くだなんて。私には出来ないわ。でも…

ここでやらなきゃ、私たちは幸せになれないのよ！そんな思いで、扇子をクロエ様めがけて振るう。

ペチンという、可愛らしい音がなった。

「ちょっとオニキス、あなた何を考えているのよ。そんなの、叩いたうちにならないでしょう！」

すかさず文句を言うクロエ様。

「ごめんなさい、ごめんなさい！でも私、ちゃんとクロエ様の頬をめがけて、扇子を振りましたよ」

そう伝えたのだが…

「あんなんじゃあ意味がないでしょう。本当にあなたは役に立たないのだから」

あまりのクロエ様の迫力に、人が集まって来た。

「何だ何だ、またミレィシャル伯爵令嬢とメッション公爵令嬢が変な遊びをしているのか？」

「それにしてもクロエ様、公爵令嬢で殿下の婚約者のオニキス様に向かって、あの口の利き方はないわよね。オニキス様はお優しいから、何も言わないけれど」

「本当よね。クロエ様ってお可愛らしいお顔をしているけれど、性格がきついのですね。まるで意地悪な令嬢の様ですわ」

「ちょっと、どうして私が意地悪な令嬢なのよ。私はヒロインなのよ」

近くにいた令嬢に文句を言うクロエ様。さすがクロエ様だ、誰にでも物怖じしないところ、素敵ね。

その時だった。

「クロエ、お前は何をしているんだ」

真っ青な顔をしてやってきたのは、ミレィシャル伯爵と夫人だ。

「クロエが本当に失礼な事を申しまして、誠に申し訳ございません。特にオニキス嬢、娘の無礼、どうかお許しください」

伯爵と夫人が私に深々と頭を下げたのだ。

「そんな…私はいつもクロエ様に助けられていますから。どうか頭をお上げください」

「なんてお優しいお方…あんな無礼を働いた娘を、庇ってくださるのですね。ありがとうございます。さあクロエ、今日は帰るぞ」

「お父様、どうして？まだ夜会は始まったばかりよ」

「いいから帰るんだ。それでは、失礼いたします」

伯爵が私に頭を下げ、クロエ様の手を掴むとそのままホールから出て行ってしまった。クロエ様、大丈夫かしら？

「オニキス、ミレィシャル伯爵令嬢には関わらない方がいいと言っただろう？またこんな騒ぎを起こして。君は何を考えているのだい？」

この声は、ブライン様だわ。

「ブライン様、申し訳ございません。皆様もお騒がせして、申し訳ございませんでした」

集まっていた人たちに頭を下げた。

どうやら扇子で叩く大作戦は失敗に終わった様だ。