ファイヤーボール
……魔法の国に、新しい魔法がやってきました。
この子は…、ファイヤーボールです。
とある星の13歳の少年が放った小さな火の玉は、ボッと出てシュワッと燃え尽き、魔法の国にやってきました。
少年のビックリしたキモチと誇らしい感情をちょっぴりわけてもらって、魔法の国の仲間入りをしたみたいですね。
きょろきょろと辺りを見回すファイヤーボールに声をかけたのは…防御力アップの魔法でした。
コミュニケーションお化けの彼は、初めてこの国を訪れた魔法に積極的の声をかけるタイプなんです。
戸惑いを隠しきれない初心者は、とっても目立ちます。
少しでもオタオタしてると、気のいい仲間がサクッとやってきて、いろいろと教えてくれるんですよ。同じ魔法同士、助け合う気持ちが強いからです。
たまに落ち着き払っている魔法もいますが…そこは誰かのキモチに敏感なタイプの魔法が目を光らせているので、取りこぼしはない感じですね。
人間界みたいに、意地の悪い人はいませんよ?
なぜなら、皆親切にしてもらった経験があって、それを自分もするのが当たり前だと思っているからです。
例えるならばそうですね…、おなかが空いたら何かを食べる人間と、少し似ているかもしれません。
人は、空腹を満たすために何かを食べるでしょう?
空腹を満たすために…鉛筆を削ったり、靴下の穴を繕ったり、食器を洗うたわしを買いにいったりする人はいませんよね?
困っている魔法を見かけたら声をかけるのは自然な事で…、困っている誰かに意地悪するという発想ができる魔法はいないんです。
まあ…、性格の違いがあるので、若干クセのあるもの言いをする魔法もいますけど。
…おや、防御力アップの魔法は、少し前にオープンしたタピオカミルクティのお店にファイヤーボールを連れて行くみたいですよ。そこで美味しいお茶を飲みながら、この国の説明をするようです。
魔法の国では、おいしいお茶を飲むことが日常の一部なんです。この国のいたるところに街があり、何らかのお店が並んでいます。店舗を構えるところもありますが、ここはひらけた場所で簡単なテーブルセットを並べたテラス席が多いみたいですね。
お茶と言いますが、スープやジュース、お酒なんかもぜんぶひっくるめて…誰かと何かを飲みながらおしゃべりをする事=お茶を楽しむ、といった感じになっています。
クッキーなんかのお茶うけも出てきますよ。最近は少し歯ごたえのあるスコーンが人気なんです。
…少しだけ、様子を覗かせてもらいましょうか。
この国が、魔法が暮らす国であることを説明していますね。
ファイヤーボールが魔法として使われたからこの世界に来たということを話していますが…理解が追い付いていないようです。
少年に放たれたからか、やや難しい話が苦手なようです。
防御力アップの魔法は、にっこり笑って同じような説明を繰り返しています。
…穏やかで抱擁力に定評のある防御力アップの魔法ですから、きっとファイヤーボールが納得できるまで優しく教えてあげる事でしょう。
気の短い転移魔法だったら、「そう言うもんなの!受け入れればいいの!」とサクッと集結させてゲームセンターに向かったかもしれません。ファイヤーボール、幸先が良いですね…。
タピオカを飲み終わる頃、ファイヤーボールは魔法の国について…6割ぐらい理解し、自分がこの国に来た理由を受け入れることができたみたいです。
知りたいことが次々にあふれ出して、色々と聞こうと前のめりになり始めましたね。
この国に、およそ8000万のファイヤーボールが暮らしていることを聞いてびっくりしています。何度も呼び出される魔法もいればあまり呼び出されない魔法もいると聞いて、少し不安に思っていますね…。
ファイヤーボールは、比較的呼び出される魔法ではありますが、どちらかといえば使われなくなる傾向が強い魔法でもあります。レベルが低い時は何度も呼び出されがちですが…のちのち軽視されるパターンが多いのですが、初めての発動という栄誉やちびっことの触れ合いが魅力的なので、ほかの魔法たちからうらやましがられることも少なくありません。その辺のことを一生懸命伝えようとしていますが…なかなかうまくいかないみたいです。
防御力アップの魔法は、あせり始めたファイヤーボールを優しく制して…マシュマロ入りのココアを追加注文しました。
…自分一人では力が足りないと思って、知り合いのファイヤーウォールさんに連絡を取っていますね。近しい種族との邂逅は、ド新人のファイヤーボールにきっと益をもたらしてくれることでしょう。話は長くなりそうです。
…パーン!!
「うそつき!!!」
心地よい街中のざわめきの中に、突然感情的な声と衝撃音が割り込んできましたよ。
のんびりお茶をしばいている魔法たちの目が…音の発生源に向けられます。
注目を集めたのは…、契約魔法と芳香を漂わせる魔法のようですね。
待ち合わせのド定番、ハルニレ時計の真ん前で痴話げんかを…おや、契約魔法が泣きながら駆け出していきました。
真っ赤になったほっぺたを押さえたまま、呆然としている芳香を漂わせる魔法に…洗濯物のしわをのばす魔法が近づいて何やらアドバイスをしています。
通りかかった透過の魔法が、いじけている芳香を漂わせる魔法の背中を押しましたね。
ヨタヨタと契約魔法を追い始めた芳香を漂わせる魔法に追い風を送ったのは…この国にまだ魔法が1000もいなかったころからいる天候を操る魔法です。…あのスピードならば、きっと追いつけることでしょう。
少し緊張が走った街中でしたが、あっという間に平穏を取り戻し…穏やかなざわめきが戻ってきました。
ファイヤーボールがマシュマロのカケラをスプーンですくっていると、息を切らしたファイヤーウォールがやってきました。
やけにほっぺたが赤いのは、急いで走ってきたから…でしょうか?
防御力アップの魔法は、ファイヤーウォールのために冷たいレモンスカッシュを注文しました。
好青年の、慌てて席に着いた女子を見る目がとても優しいのは…気のせいではないですね。
ワクワクとした目をまっすぐ向けるファイヤーボールは、きっとこれから色んなことを知っていくことでしょう。
どんな物語が紡がれていくのか、とても楽しみですね!




