さぁ、戦争を始めよう 上
「あれから大変だったんだぜ?何せテメェがしでかした事も、テメェの存在も消え去ってんだからよぉ……港の爆破も、蛇原さんを寝たきりにした事も……分かるか?テメェだけが消えて全てが無かった事になったんだよ」
翡翠はぎらついた目で中井を睨みつけながら話しだした。
「俺はしっかり覚えてる、けどサツも知らねぇ、テメェの学校はそんな生徒は入学してねぇと来た、住民票もねぇと来たよ」
中井はその目から視線を外さずに、翡翠の話を聞き続ける。どうやら……この世界に流れ着いた者達は、存在が抹消されている様だ。しかし、記憶している輩は居るらしい。
「あれから俺たち、どうなったか知ってるか?街開発の浄化作戦って名目の元、大半が逮捕されちまったよ、テメェはあの日まで色々しときながら逃げ果せやがったのによぉ!」
苛立ちを募らせた翡翠が、乱雑に置かれた資材に蹴りを入れた。
「そしたらどうだ!テメェがやった事が都合いいとばかりにサツは!俺たちを穴埋めに使いやがったんだよ!!テメェがやらかした事全て俺たちに降りかかった!!」
「え、マジ?僕潔白!?やったー!!」
「ざけてんのかこらぁああ!!」
中井はそれを聞いた瞬間、正しく煽り倒してやるとばかりにバンザイしたのだった。しかしだ、それを聞いて穏やかではない者が居た。
「中井くん、君は……現世で何をしたんだ?」
町田恭二だった、町田は厳しくも中井を見つめて、現世で何をしたのかと尋ねる。しかし、神山達は既に中井が現世で、オロチとの因縁を築いていたのは話を聞いていた。しかし全てが真実というには、いささか脚色じみていて、話半分信じてはいなかった。
所謂『不良の武勇伝自慢』程度のノリで聞いていた。
そして中井は、指折り数えながら何をしてきたのかを言い始めた。
「えーと、列車一両占領して迷惑かけてた不良高校生の首をへし折って、五輪期待されていながら力づくや脅しで何人も強姦していた糞柔道少年を二度とベッドから起きれないようにしてから、証拠をSNS上に流して社会復帰を封じて一家心中させて、ある会社重役の馬鹿息子のドラッグパーティーを台無しにして開発から外して、町民の悩みだった珍走団たるキミ達を撲滅し、その背後の地上げやってたマフィア気取りの半グレを全滅させて……また君達が他の街に迷惑かけてたから殺菌して、背後のヤー公の組長を警察に引き渡して、そしてキミ達に神社へ追い詰められたのだっけ?」
数えて七つか、その全てが荒唐無稽であった。こんな事を信じられるわけがない。しかしだ、これを全て現実に結びつける一言を放った者がいた。
「え、あれも中井くんが関わってたの?炎上一家心中に、英和田町開発のゼネコンの重役の逮捕に、開発に関わっていたヤクザの一斉検挙、あれも?」
「ヤー公は俺だけじゃないんですけどね、形がそうなった感じですよ」
河上静太郎だった。河上の家の会社も、英和田町にて貿易会社として関わりがあり、オロチ壊滅の一件が本当である裏付けを実際に知っていた。
しかもそれだけではない、この中井が話した端々に、神山も、町田も覚えがあったのだ。
「あー!あったあった!確か十三歳でヤクに手を出してた学生が逮捕されたって!ニュースになってた!」
「聞いた事あるぞ、確かに……家宅捜査が入っただの、組が壊滅しただの」
神山も町田も、深く刻まれてはいなかったが、確かに過去そんな事件があったなと。それら全て、この目の前に立つ薄い茶髪のアイドルベビーフェイスが起こした事なのかと、現実を疑う事になった。
しかし……その所業は全て、話を聞けば……悪行を裁いていた。話から聞けば、まるでダークヒーローの様な事を中井は行っていた事になる。
「あの神社の夜の後、集まった全員が逮捕された、執行猶予もねぇ、良くて5年、俺に至っては20年懲役を言い渡された!!しかもだ、バックのヤー公はトカゲの尻尾切りとばかりに俺たちを切り捨てやがった!」
成る程よくある話だった、下部組織や部下の切り捨て、不要な人材、要らない輩から切り捨てられていくのは節理であろう。
「それだけじゃねぇ、テメェがしでかして来た、起こした事も、サツは好都合とばかりに俺たちへ当て嵌めやがった、テメェが世界から消えてから!俺たちは全てを失ったんだ!!」
存在が消え去った話から、その穴埋めにまで警察に利用されたと言う翡翠。しかし、中井は自分が現世に存在していなかった事になっている事を、しかと覚えておく事にしたが、翡翠の苦労話は聞き流していた。
「そして3年後……俺たちはこの世界にーー」
「あ、もういいから」
「あぁ!?」
そしていよいよ、この世界に流れ着いてからの話になると中井は右手を止めろとばかりに手のひらを向けて遮った。
「おおかた力を手に入れて、勝てば正しいこの世界で好きにできたから、昔と同じ事やり始めたんだろ?更生する気もやり直す気も無くね、見れば分かるからさ、言わなくていいから」
中井が浮かべたのは冷笑だった、何とも面白みの無い、ありきたりな事だろうか。3年間獄中に居て成長の片鱗も反省すらもしていない翡翠に、呆れを隠さず笑みを見せた。
「飽きないなー翡翠、蛇原の時もそうだったか、ヤクにバイク改造に……犯罪してるおれかっくいー、裏社会染まった俺カックイー……カッコばっかりだったよなーキミさ?それがまたこの世界で、下痢便サウンド流してマフィアごっことは……笑い通り越してため息出ちゃうよ」
これから先語るはずだった身の上話しを足蹴にされて、翡翠はもう爆発寸前だった。
翡翠にとっては、それらが現世の全てだったのだろう。バイクに跨り、バカやって、楽しくて、喧嘩して、そんな毎日が彼にはあったのかもしれない。その思い出を美しいと、素敵だと言えるのは、自分自身と同じ仲間達だけだ。
中井真也にとっては、鼻をかんで捨てる程度の事であり、汚濁の底の汚泥としか思えぬ醜い話でしかない。
それに、暴走行為に違法改造、麻薬、悉く擁護のできぬ事をして、その最後は切り捨てられただけの事だ、可哀想とも思わない、美談になどなるものかと中井には侮蔑や嘲笑しか残っていなかった。
「う、うるせぇ!うるせぇぇええ!!何なんだよテメェは!!俺たちの邪魔しやがって!!何故この世界に流れ着いた!?何故蛇原さんを殺した!!何なんだ、あぁ!?正義の味方気取ってんのかよ!!」
いよいよ反論も糞も無くなってきた、悉く否定されて、ガキの様に癇癪をこめて中井に翡翠は問うた、英和田町で正義の味方でもしていたのか、二代目総長蛇原を殺した理由は何か、何故あれだけの事をしたのかと問いかける。
それに対して中井が、翡翠に見せた笑みはーー。
「ーーッッ!?」
酷く、とても酷くて素晴らしい笑顔であった。
その笑顔を、後ろに居た神山、町田、河上は見れなかったが、翡翠が後ずさる程の邪悪さが漂う笑顔であった。
「分からないか、簡単だ翡翠、すっごい簡単、幼稚園児ですら分かる理由だ」
中井は笑みを崩さぬままに、その答えを翡翠に教えるのだった。
「嫌いだから、それに尽きる」
中井真也は語り出した。
「腕っ節で弱い者を押さえつける偉そうな輩が、親の権力やコネを使って正論を揉み消す奴が、小さな間違いを鬼の首を取ったようにして脅す輩が、寄ってたかって集まって個人を貶める奴らが、僕はひたすらに嫌いで目障りだ」
中井真也が語る、それら現世で起こした数々。その理由は、根底は『嫌悪』だと言う。
「そんな奴らが、偉そうにしている輩が、優越に浸る馬鹿どもが、たった一瞬で二度と何も出来ずベッドの上で、酸素吸入器に繋がれ排泄物を他人に処理され、生きながらに死ねない様となるのが、苦しみながら死にゆく無様が愉快でたまらない!築き上げて来た産物が無意味で無価値な物となるのがそれはもう、それはもう!笑えて堪らないからだ!!ヒャアァーハハハハハハハハハハハハ!!」
そして宣った、そんな輩が破滅する様が、死ぬ事もできず生きながらに苦しむ様が堪らないのだと、中井は背中を逸らしながら、狂った様に笑い始めた。
「おーこわ、どっちが悪人かわからなくなって来たぞーこれ」
この変わり様に神山は流石に引いた、こいつ、河上さんよりやべー奴じゃんと。その河上は別段引く事も無く中井の笑う様を見つめている。
町田に至っては何も言えずに目を逸らすしかできなかった。それは、この場所に来る前、彼の口から過去を聞いたからだった。壮絶たる過去が、中井真也の人格形成を歪めている事を、何よりも自分自身もまた、人格に抱えている難があり、否定も叱責もできなかったからだ。
こうして、過去の抗争の理由が、正義でもなければ同じ甘い蜜のためではなく、ただ気に入らぬと、道端の缶を蹴り飛ばしたのと同じだと言わんばかりの軽い理由に、翡翠はいよいよ顔を紅潮させて……。
「っ、ふうーー」
「お?何だ、来ないんだ?」
息を吐いて、落ち着いたのだった。先程までに怒りでギラついた目は消えて、冷たい眼差しを中井に向ける。対して中井は、来ないのかと人差し指先を動かして挑発する。
「馬鹿が、中井、テメェは知らねぇ、俺が、俺たちがこの世界で与えられた力を、テメェら何も力が無い雑魚が集まっただけじゃあ、変えられねぇ摂理がこの世にはあんだよ、あぁ?」
そう言って翡翠が右手を上げた瞬間だった、後方に居たオロチの構成員達の数名が、これまた見た事ある様な、仙人が持つ様な杖を構えた。その切っ先より火の玉が形成されていく。
「テメェら劣性召喚者じゃあできねぇ、魔法だ、防げんのかよ?どうにかできんのかよ!なぁ!?」
中井達はそれを見るや、それぞれが既に次を考えていた。神山も、町田も、河上も、その火球を避けて突貫すると。TEAM PRIDE達は正直な話、魔法に関しては対策をしていなかった、来ても避けれる、避けて距離を詰める、そんな単純な話で皆帰結していた。
「死ねやぁああ!中井ぃいいい!!」
翡翠の怒号と共に火球が放たれた、その瞬間、TEAM PRIDEの面々が動こうとした瞬間ーー。
「まさか魔法対策無しで向かっていたとはなーー」
声が廃ビルに響くや、中井達の前に、光り輝く白い壁が現れたのだった。




