ズレた世界と中井の始まり
「おしまいっと」
柄尻を拳で小突いて血を落とし、納刀しながら河上は目の前の自らが作り上げた惨状を眺めた。いい、やはり良い、現世では極刑が免れぬ人斬りが、自らの剣術の試しがこうして罪に問われず出来ることに。
そも、この世界の闘士の命は『蘇生』と言う概念があるため重くも軽いから可能なのだろうが。それでも腰元の一振りを好きに操り、修めた剣術を際限なく振るえる事は、現世ではできない事なのだから。
と、ここで河上は、裸体のまま連れて来てしまったエルフの美女、リーシャが、こちらを見たまま固まっている事に気づいた。眼を開いたままに、硬直して立ち尽くしており、河上は今更ながら問う。
「目は瞑っていたか、リーシャ」
「いいえ、見てました」
「私が恐ろしくないか?」
「闘士様の喧嘩は日常茶飯事ですから……」
「へぇ……」
肝が座っているのか、はたまた壊れているのか、女の方が血を恐れないとも聞いた事があるなと河上は、腰元に括り付けていた財布の革袋を外し、リーシャに投げた。
「これから用事故、支払いだ、用事が済んだらまた会いに来る」
リーシャはそれをキャッチして、その重さと、隙間から見えた金貨の一部を見て目を見開いた。
「こ、こんなに貰えません」
「ならその金額分相手をしろ、朝には迎えに行く」
河上はそうして、自らが着ていたシャツを着ずにリーシャの身体にかけ、背中を見せた。そのまま歩き出すと、亡骸の一つが羽織っていた革のライダージャケットが、返り血を浴びずに綺麗だったのでそれを脱がして自ら羽織った。
そうしていると、ふと、視界の遥か遠くで、これまた並んで歩いている見知った姿を見たので河上は、それに向けて歩き出した。
「では後ほど、リーシャ」
一晩の相手の一人、その筈がこうして朝には迎えるとまで約束して来た男の背中をエルフのリーシャは見送った、まだ暑くぬるい風が吹く夜、シャツ一枚を羽織った彼女は、どうしたものかと財布と離れる背中を交互に見ながら立ち尽くすのだった。
コハクドのメインストリートを、神山、中井、町田の三人が歩く。目指すは聳え立つ中央の廃ビル、そこがオロチの本拠地だと言うので、彼らはそこを目指していた。
「結局、ポセイドンもクライムも付いて来なかったね」
中井は嘲りを混じらせながらそう口に出した、そもそもことの発端が、オロチと事を構えているポセイドン、クライムボーイズの争いに巻き込まれて突かれたのが始まりだった。その表面にまず立たねばならない組織二つが、結局静観を決め込んだ事に中井は笑うしかなかった。
「そうさな、結局代理で戦う形となったか」
「こっちは勘違いの迷惑もあるし、後々絡まれるよりまし、と言うべきか」
神山も町田も、こうなった経緯は全てが巻き込まれた形なのに、本来激突するべき同士を差し置いてぶつかる事には首を傾げたが、ここまで来て引き返す訳もなく、その戦う提案をした張本人が未だ合流せずと言う状況に苦笑せざるを得なかった。
さて……いよいよ見上げる先に見えた廃ビルに、神山、中井、町田が辿り着く。明らかにそれは、繁華街や都市部にあるビルが、経年劣化したか、はたまた開発途中で打ち捨てられたか、核の衝撃に晒されたか、そのどれかの後に残ったものだった。
こんなところに、オロチの奴らが居るのか?重々しく、錆びついた鉄の扉によって閉じられた入り口に、見張りらしき輩もいない。
「本当にここであってる?」
気配も感じないので、神山は思わず中井と町田に尋ねた。
「ここ以外ある?他にそれらしいビル的な建物」
他にあるのかと逆に聞き返され、周りを見たが同じ廃墟を改装した店やらがあるくらいで、確かにここしか無かった。本当にこの建物なのだろうかと思いながら3人で見上げていると……。
「やぁやぁ皆の衆、待たせたね」
横からかけられた声に皆首を向けた、和かに手を振るその美青年、河上静太郎は、さっきまで着ていたシャツではなく、何故か革製ライダージャケットを羽織って、顔やらジーンズには返り血が付着していた。
「いや河上さん……何があったんすか」
「え?何が、とは?」
「エルフの女性、買ってましたよね?」
「うむ」
「いや血、ほら顔に血ぃ、うわっ!ジーンズにも血ィ!え、何?粗相したエルフ斬ったんすか!?」
彼方此方に付着している血痕を神山が指差して問い詰める、買ったエルフが無礼を働いたから斬り捨てたかと尋ねれば、中井も町田も目線を向けて思った。
『あー河上さんならやりかねない』
『河上ならするだろうな』
あり得る話だと神山の問いかけに、河上は笑みを見せたままに返した。
「いやはや、エルフと部屋に入っていたらオロチが来てな、全て斬り伏せて参った」
端的に、簡単に、襲撃を返り討ちにした時の返り血だと言われた神山達は、皆思った。
『『『ですよね〜〜……』』』
そして安心した3人に、嗚呼とまるで違う答えを言ってしまったと勘違いした河上は、次いで口を開いた。
「あ、ちなみにだが女エルフの、名前はリーシャだがな、これがまた中々のーー」
「「「そっちは聞いてない」」」
「さよか、五分は語りたかったが少し残念だ……」
本当に残念そうな雰囲気を醸し出すのを他所に、神山は鉄扉にいよいよ手をかけた。そのまま、横に、ぎいぃと音を立てて鉄扉は横に、横にスライドして開いていく。
中は暗く、奥は見えなかった。気配も全くない、しかし神山達は自ずと、オロチの本拠地たるビルに足を踏み入れた。
「本当にここなのか、全く何も無いけど」
神山は目を凝らして周囲を見るが、相変わらず気配も何も感じなかった。
「糞、灯りが欲しいな、誰かスマホ持ってないか?ライトで照らそう」
河上も暗すぎるから灯りが欲しいと宣い、スマホのライト機能でも使おうと言い出した。
「充電切れてるでしょ」
中井が至極まともな返答をする、確かに持っているだろうが、この世界にきて既に充電なぞ切れていた。
「留守か?」
最後に的外れな事を町田が吐き出した刹那、ガチャンと、聞き慣れた音と共に、突如四人は光に包まれた。人工の光に目を潰されそうになりながら、四人して目元へ手を翳して、光に目を慣らす。
「よう、随分好きにやってくれたじゃあねぇかよ、TEAM PRIDE?」
目を慣らした先で、そんな声が聞こえた。TEAM PRIDEの4人がその目に見たのは、奥で集合した黒木革ジャン、ジャケットの集団。全員が鉄パイプにメリケンサック、金属バットや警棒と現代の不良らしい得物を携える中で、アンバランスにも剣やら槍やらとこの世界の得物を持つ輩も居た。
その最前で、自らがまるで首魁であるとばかりに、ツーブロックに分けた金髪の、中々に顔立ちが整った男が居た。神山は、まずその姿に疑問を持った。
それは『大人』であった事。
確かに河上静太郎が二十歳だが、その河上よりも成熟した雰囲気を漂わせていた。今まで見てきた闘士や召喚者達は、それこそ十代の少年達に収まっていた。
この世界で長年生活しているのかと思ったが、羽織るジャケットは新しい、次いで神山はある事が頭によぎった。それは、度々聞いた事だ。
この集団『無頼闘士連合オロチ』のリーダーの名前は……翡翠という名前、そして中井の既知の人物であると。
「中井、あいつが翡翠で間違い無いのか?」
神山は中井に尋ねれば、中井が見せていた表情は、驚きと疑問が折り混ざった、なんとも言えぬ顔をしていた、そして中井はその金髪ツーブロックに問いかけた。
「翡翠、なのか?いや翡翠の兄貴か?よくまぁそっくりな……」
「あぁ?……テメェ……中井真也か、はっ!また気持ちの悪い事になっちまったなぁ、えぇ?」
中井真也は、目の前の男が翡翠か、その近親者かと疑った。対して翡翠と呼ばれた男は、中井真也をしかと認識して舌打ちをした。
「そうか、テメェはあの夜に消えた中井真也だったか、なら教えてやる……俺はテメェが消えた、あの英和田神社の夜から3年後の翡翠だよ、この世界に来てたとはなぁ!」
ツーブロックの金髪は名乗った、俺が翡翠で間違い無いと。しかし、英和田神社の夜から3年後、なる言葉を聞いて中井は驚き、目を見開いた。
「中井よ、英和田神社の夜とは?」
河上に尋ねられる中井、そして中井はしばらくして、身体を震わせながら、腹から呼気と笑いを漏らして笑みに顔を歪めた。
「く、はは、あはは……マジぃ?いやぁ……そう、あの夜から3年?あー、マジに僕消えてたんだね」
何だ、何の事だと町田と河上は笑いを押さえる中井を見つめる。この時神山だけが、中井の話から感づいた。それは中井と出会い、戦った後の事、彼が呟いた台詞だった。
『現世でそうだった……まぁ、いじめられてた復讐も兼ねててね……地元でデカい面してる暴走族やらカラーギャング、ヤカラとかを一人一人襲撃してたらさ、最後には誰彼構わず結託して追い込まれて、喧嘩の途中光に包まれてこっちに来た』
この言葉である。
「中井、まさか……お前がこの世界に来た時の事か?」
「そう、2018年の真冬……」
そうだと、中井真也は頷いた。そのまま中井は皆より一歩前に出て、翡翠と一人睨み合う形になった。
「そう、思い出すよ、僕にとっては最近でね?君ら、結局泣き叫んで喚いて、一人に背中見せて逃げようとして……何だっけ、戦争だーとか、殺し合いだーとか、ぶっ殺してやるーだとか……随分大言吐いてたよねぇ?」
「おぉ、嫌でも思い出すぜ……英和田の連中はそうだろうよ、死んだ蛇原さんも、オロチの先輩達も、テメェの面を忘れやしねぇさ」
翡翠がギリギリと苛立ちを込めた言葉を吐く、対して中井は飄々とそれを流していた。
ーー2018年、12月21日 英和田町、英和田神社ーー
『戦争だ、君達はそう言ったな』
神社を前にして、雪の降る中、僕は白い息を吐きながらそう言った。
『こうとも言ったな、殺してやると、殺し合いだと』
少年が被るは水色のベレー帽、傍には血濡れたナイフが、足元に転がるリーゼントや金髪、短ランや奇抜な色の長ラン、果てはB-BOYファッションの若者達は呻き、泣き、首や腹から血を流している。
目の前で屯した輩も同じだ、そして全てが敵だ、今日、僕と『戦争』をする為に来たのだ。皆得物を持っている、人数はこの街や果ては隣まで集めてきたのかもしれない。
ヤンキー、チーマー、暴走族、ギャングスタ、半グレ……その全てが、対立していたらしい全てが、僕と戦争する為に団結したのだ。
だから、逃げてくれるな、怯えてくれるな、どちらかが死ぬまで、殺されるまでやり合おう。
君らは言った、戦争だと言った、ならばこれは本当に戦争なのだ、本気で僕はその準備をしてきたのだ。
「Давайначнемвойну」
怯え、背を向ける壁に、僕は突貫し、そして光に包まれた。
『続いてのニュースです。半グレ、暴走族の抗争か?英和田町、英和田神社にて死傷者が多数発見されました、英和田神社にて死傷者十数名、何も十代から二十代の若者達が、首や腹に刺し傷や切傷をつけられ死亡しているのが、地元住民の通報により発覚。いずれも英和田町にて問題となっていた暴走族、半グレの構成員で、地元警察は背後に関係を持った暴力団同士の代理抗争と見て捜査をしておりますーー調べによりますとーー』




