導火線は着火された。
カーテンを抜けた神山は、髪の毛を掻きながら河上の好き勝手な振る舞いに呆れつつ、これからどうするかと考えた。何しろ一人になってしまったし、何より中井と町田はもう何処にも見当たらない。
「町田さんについてきゃよかった、はぁ」
溜息を吐くも仕方がない、自分一人でどうにかするべきかと、右も左も分からないコハクドの街を、とりあえず歩いた。ルテプ平民街エリアでもそうだったが、彼方此方の屋台やら店から香る匂い、何より夜の明るさが、ムエタイ修行時代のバンコクを神山に思い出させた。むしろ、コハクドの混沌なる風景の方が近しいやもしれない。
「会長さんや先輩、元気にしてっかなー……あいつ、もう3戦くらい試合して勝ってるかもなー」
帰れるかも分からぬ現世のジム、お世話になっていた会長や先輩達は元気にしてるだろうか。そして、目標としている『神童』は今や、プロで勝ちまくっているだろうなと、神山は夜空を見上げながら故郷たる現世の恋しさを呟く。
たとえ帰れたとしても、こんな世界に行ってたなんて信じちゃくれないだろうなと思いながら、敵地たる街中を歩く。そうして見て、生活の様相が見て取れる。さっきのゴーゴーバーしかり、下着姿で店の前を通る客に声を掛ける女の子達。泥酔して机に突っ伏す現地人らしき男。屋台の台車を引く者に、道端に座り金をせびる乞食。
異なる世界も、あり方というのは変わらないのかも知れない。案外召喚された自分達の様な者達も、現世を忘れてこの世界を謳歌しているのかもなと思いながら、神山は十字路に差し掛かった。
と、ここでだった。神山の感覚が明らかなる敵意を察知した。殺意とでも言うべきか、ひしひしと身体を針の様に刺してくる気配に神山は振り返る。
そして居た。ルテプで雨の中、さらにはポセイドンに襲撃をかけて来たバイカーギャングの装いをした輩達が、ぞろぞろと神山向かって近づいて来ていたのである。
「TEAM PRIDEの神山真奈都だな?」
如何にもな尋ね方に、神山は身を震わせた。恐怖からではない、武者振るいからでもない。今から始まる、一悶着への期待から神山は答えを返す。
「やめなよ、もう分かってるじゃん?ねぇ、ねぇ、間怠っこしいのは無しにしなよ」
「テメェ、この人数相手にやりあえんのか?能力も職業も無い劣性召喚者がよぉ?」
ぞろり、ぞろりと現れてくる大蛇の面々。全員が優性とやらからの自信か、はたまた数から来る自信かは知らないが神山はニタリと歯を見せて笑う。
「今更だよねそれ、ポセイドンであんなザマさらしてまだ言うの」
そう挑発してやれば、一気に来るかと思われた矢先だった。
「やめとけ、テメェらじゃ相手にもならねーよ」
屯する中から、そんな声が聞こえた。
「青台さん……」
オロチの構成員の中から、一人の男が群れを割って前に出て来た。スキンヘッドの男、神山と身長は同じくらいだろう、眉毛も無く目線は鋭く神山を見据える。
「テメェらは中井と町田の方に行きな、引き合わせねぇように時間稼いどけ」
「うっす!」
そのスキンヘッドの号令で、他の構成員は走り出して行った。残ったのは、青台と呼ばれたその男のみ。神山は残った男から視線を外さず、右手に拳を握り出す。
「名乗っとくわ、無頼闘士連合オロチ、青台博之……オロチの副団長だ」
「へー、あんたがねぇ?いかにもって奴だね」
態々名乗って来た輩、青台博之はオロチの副団長とまで名乗りだした。スキンヘッドにバイカーギャングファッション。暴走族に一人くらいは居そうな輩だなと、神山は感想を漏らした。
「何でも、劣性召喚者の癖に展覧試合出てるみてぇじゃあねぇか、えぇ?」
「それが何か?」
「いいや、現実も知らねぇで、よくまぁそこまでイキリ散らしてんなとよ?」
青台はニヤニヤと神山に笑みを向けて、そんな事を言い始めた。
「テメェ、まさか優性召喚者達に勝って、大した事ねぇなんて思ってる口だろ、言っとくぜ?テメェらみてぇな格闘技経験持った奴、喧嘩自慢、武道家の劣性供は、全員マジもんの優性召喚者の前に敗れ去ってんだよ」
青台は言った、この世界に流れ着いた神山の様な、戦う経験をした人間達は、尽く敗れ去っているのだと。それらを聞いた神山の反応は……希薄だった。強い奴がいるのだなと、レベルとかあるのだなと、劣性召喚者の範疇の外であるが故に、そこまで実感しなかったのだ。
「今の今まで相手して来た輩なんざ、まだレベルも上っちゃいない雑魚、有象無象よ、本当の優性召喚との力の差にテメェは、ここで!絶望する!!」
青台はそう宣言するや、目を見開き腰を落とした。
「攻撃力強化!攻撃速度強化!移動速度強化!感覚鋭敏化!防御力強化ぁ!!」
青台が何やら言い出して、神山は耳を右手の小指でほじり出した。こいつ、何してんだと。なんか宣い出したけど何やってんだと。そう思いながら、神山はトントンとその場で軽く飛び上がり、両手をブラブラと振って、準備にかかる。
「見せてやるよ、これが優性召喚者のーー」
そう青台が宣った瞬間、眼前にあったのはーー神山真奈都の右膝頭だった。
「JYaaAAAAAAAAAAAAァアアアアーーッッ!!」
気合を込めた咆哮、その膝頭が青台博之の鼻柱にめり込み、鼻骨と周辺を圧し潰した。膝頭に伝わる感覚が、確かにそうなったのだと伝えた。
しかしだった、その奇襲にして数多の闘士や敵を沈めて来た、神山真奈都の飛び膝をくらってなお、青台の身体は沈まなかった。それどころか、青台の右手が神山の服を鷲掴みにして、地より離れた片足に腕を回して着地を許さなかった。
「お、あ?」
沈まぬ肉体、着地しない感覚に、神山は真下を見下ろせば、潰れ鼻に前歯を折ったままに、笑みを見せる青台の顔を瞳に写した。
「これがぁ、本物の優性召喚者だぁあああ!!」
神山の身体を抱え上げたまま、そのまま人だかりの方へと走り出す青台。背後に何やら見つけた時にはもう遅かった、何かの出店の台車に向けて、青台は神山の背中を思い切りに叩きつけたのだった。
ーーその頃、中井、町田組はというと。
「あいよー、二皿できたよー」
「あざまっす」
「ざーす」
飯を食っていた。
適当にふらついた矢先、珍しい店を見つけたのだ。まず、店員だ。皆低身長、ずんぐりむっくり筋肉質。老け顔で、髭を蓄えているむさ苦しい男達。
そんな男達が、コック帽を被って、円形の大型鉄板の前で2本の長い棒を使い、客が盛った肉と野菜を鉄板に投げ出して調理している。
この世界の異種族『ドワーフ』が店員として働いており、そのドワーフの伝統的調理法の店らしい。皆が狩った成果を捌き、大型鉄板で調理して食べるそれは。『ドワーフ鉄板』なるこの世界の料理方式らしい。
しかし町田恭二は言った。
「ふむ、モンゴリアンバーベキューか、珍しいな」
モンゴリアンバーベキューとは、台北で生まれてアメリカに渡りポピュラーとなった提供方式である。バイキング形式に一つの皿へ、様々な肉や野菜を盛り付け、調味料も選んだ後に料理人へ手渡し、巨大な円形鉄板で豪快に肉野菜炒めを作る料理である。モンゴルは関係無かったりする。肉野菜炒めだけでなく、麺やご飯もともに盛り付け、焼きそばや炒飯にもしたりできる。
それとほぼ酷似していたのだ、ドワーフ鉄板は。せっかくだからと中井と町田はそこで腹を満たす事にしたわけで、適当に作った盛り付けを、ドワーフのコック達に渡せば、立ち込める匂いと熱気の中で、二つの棒で肉野菜炒めを作るドワーフの姿を見た。
ドワーフと言えば、工芸上手だったり、粗暴だったり……斧ぶん回したりとそんなイメージが付き纏うが、この店のドワーフはなんとも、観光客慣れでもしている観光地の外国人じみた雰囲気を出していた。
中井と町田は、奥川にあった席で対面しながら、肉野菜炒めを食べる事にしたのだが……。
「町田さん、ここ箸がありますよ」
「だな……」
「主食のパンも食べ放題らしいです」
「みたいだな」
「町田さん」
「何かな?」
「米、食いたいです」
「言わないでよー、中井くんさー」
箸がある、パンも食べ放題だった。しかしてこの肉野菜炒めの匂いは……米が欲しくなる。恐らくだが、この世界に流れ着いた召喚者達の殆どが思っているのではなかろうか。日本の魂、主食、米が食べたいと中井が言ったら、町田も顔をしかめて言わないでくれと力無く声を出した。
「箸あるのにさー、米ないってなんだかなー……神山くんが好きそうなインディカ米でもいいから食べたいですよ、無いかなこの世界に?」
「どうだが、流れ着いてしばらくだが……米のこの字も見当たらん」
日本の米でなくていい、東南アジアの長粒種でもいいから食べたいと言い出す中井は、箸で野菜炒めを摘んで口にする。味は適当だった、塩胡椒はあるらしいので、シンプルにその味がダイレクトに来た。
「調味料とか、どうなってるのでしょうね?醤油とかあるのだろうかな?」
「発酵食の文化はあるみたいだ、バイクまで出てきた、何処かにあるのではないか?」
「儚い望みですね、あ、でも肉は美味いんだよなー、肉汁すごい」
細切れの、それこそバイキングの盛られた肉なのに、めちゃくちゃいい味を出している事に中井は驚く。そうなのだ、この世界の料理は単調な味付けが多かったりするが、素材自体レベルが妙に高かったりする。牛も豚も鳥も、海鮮ですらも美味で、下手な味付けするよりシンプルな調理だけで美味しかったりする。
そんなドワーフ鉄板を二人して箸で食べていると、店の入り口が嫌に騒がしくなってきたのだ。
「何か、騒がしいですね?」
「事件でもあったか?」
中井と町田、二人してこの店の入り口を見る。すると、何やら人の流れが一方向に、慌てている様に見えた。そして、店の中に一人、また一人と見知った様相の人間が入り込んで来たのが見えた。
「オロチ……みたいですね」
「みたいだな」
まだ少ししか食べていなかった両名だったが、箸を置いて席を立ち上がり、ゆっくりとテーブルの合間を縫う様に歩き始める。そうして、中井が町田を一度目配背した瞬間、互いに離れながらオロチの構成員に近づいていく。
そして接近して来る二人を見つけるや、構成員が声を上げて。
「居たぞ!ぶっ殺ーー」
言い切る前に、中井が空席から引っ張り出した椅子を思い切りに振り回し、投げ放ったのだった。
「この部屋か、間違いないな?」
「は、はい、エルフの女を連れて来てました」
「ちっ、呑気な野郎だな、おい行くぞ」
そして、コハクドのある安ホテル。その受付で合鍵を渡されたオロチの構成員達は、静かに中へと入っていく。部屋番号を確かめて、その階層へ向かいぞろぞろと入っていく彼らの手には、狂気が握られていた。
静かな部屋、騒がしい部屋、それらを通り過ぎて合鍵の部屋へオロチの構成員達はその扉の前へたどり着く。躊躇なく鍵を挿し入れて回し、扉を蹴り破った。
「オラァァ!河上ぃ!往生せえやぁあ!!」
標的の名前を叫ぶ構成員の一人、そして視線の先にて、標的の男は、女に覆い被さっていた。片や白き肌の美男子、片や雪肌のエルフの美女、二人はベッドの上で重なり合っていた。
「おや、おやおや?部屋を間違えたかい?事の最中故、出て行ってくれないかな?」
「あ、あの、セイタロウさん……そうじゃないかと」
「ふむ、そうじゃないとは?こうじゃないの、リーシャさん?」
「あ、はぁあん!?」
腰元をブランケットで隠されていたが、そこを揺らすやエルフの美女が艶やかに悶えた。白肌の裸体を晒して、敵を前にしているとは思えぬ姿に、構成員が苛立ちを早くも爆発させた。
「そうかい、だったらそのままにしとけや、二人仲良く殺したるからよぉ!」
構成員の一人が、部屋に上がり込む、流石にこれはシャレでは済まないと、エルフの美女リーシャは、覆い被さる河上に慌てて声をかけた。
「せ、セイタロウ!お願い、今は逃げて!」
冗談では済まされないと声を上げるリーシャ、それに対して河上静太郎は、彼女の耳元でこう囁いた。
「腕と脚に力をこめておけ、しかと離すなよリーシャ」
「ふぇ?あ!ぁあぁああ!」
世界が回る、揺れる。
覆い被さられていたエルフの美女が突然上半身を抱え上げられて、その重量に鳴いた。そのまま、言われるがままに足と腕に力を込めて、一晩の相手であった男から離れぬ様にと力をこめる。
「っひゃぁあああ!!」
その叫びを聞いた瞬間、リーシャの背中で何かが壁に叩きつけられるような音が聞こえた。同時に感じているのは浮遊感と、熱。
見えるのは、枕や部屋の壁、背中には恐らく、今日の客を狙って来たらしい襲撃者。
「て、テメェ!そんななりで戦う気かこらぁ!」
「羨ましいか?」
「ふざけんのも大概にしろや!河上ぃ!」
「ふふ、さながら女人袈裟ならぬ、女人陣羽織か、しかして安心せよリーシャ、その素肌へは一切の傷をつけさせん……」
耳元で口上を返す一晩の相手、リーシャはただ言われるがままに、河上静太郎の身体に腕と脚をシカト巻き付けて、力をこめる。そして、河上静太郎は、一人の襲撃者を早速斬り伏せた血濡れた愛刀の切先を、まだ部屋に入らぬ襲撃者達に向けて向けるのだった。




