エルフのゴーゴーバー 下
「というわけだ、僕と神山くん、中井くんと町田くんで二手に分かれて探そうじゃないか、オロチの奴らをね」
「本当、どうしてこうなった」
町田恭二から、情報掴むなら好きにしろとばかりの、諦めきった投げやりな了承が得られた為、TEAM PRIDEはコハクドにあるだろう、オロチの本拠地を探す為、情報収集をする事にした。
二手に分かれる事となり、神山と河上、中井と町田に分かれて手掛かりを探す事になったわけだが、神山からすれば河上の遊びに付き添いをする事になっただけの様な気がしてならない。
「では行くぞ神山くん!ゴーゴーにレッツゴー!」
「町田さんやっぱ変わってくださぁあああ」
河上に引き摺られ、神山はエルフのゴーゴーバーのカーテンの中へと消えて行くのを見届けた町田は、ふうと溜息を吐いた。
「さて、中井くん、河上を当てにはせず我々で探りを入れようとするか」
「町田さん、結構酷な事を神山に押し付けたね」
町田は河上を当てにしていない事実を宣えば、中井に情報収集に行こうと声を掛けた。酷な役回りを神山に押し付けた事実に、中井は町田の根本が少しばかり見えた様な気がした。
二人して、混沌たる幻影のネオン街を歩く、有象無象全てが作り物の世界ながら、足元は慣れた現世のアスファルトの質感に懐かしくなりつつ、中井と町田は横並びにコハクドの街を歩き出す。
さて、オロチの手がかりを探すとなったわけだが、中井真也は隣で歩く町田を横目に見て思った。
『くっそ気不味い』と。
神山とは出会って話がある程度できたが、中井は町田とはあまり話をしなかった。精々が集まった際に振られたら言葉を返す程度である、神山と河上と話す比率が多い。中井からすれば、町田恭二という男に未知の部分を感じてならなかった。
正直これなら、河上に連れて行かれた方が良かったのかもしれないと思いながら歩いていると。
「中井くんは」
「え!?あ、はい!!なんですか?」
町田より声を掛けられて、中井は少しばかり過敏に反応した。
「何だ、驚かせたかい、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫です町田さん」
過敏な反応に町田は驚かせた事を心配し、中井は大丈夫だと返した。そうして町田は話を続ける事にした。
「中井くんは……何故サンボ、グラップリングを始めたのかな?」
「はい?」
町田から尋ねられたのは、どうして格闘技を、サンボを始めたのかという事だった。それを聞かれた中井は、少しばかり顔を顰めたものの、町田の話に耳を傾ける。
「私は生まれてから傍に空手があったし、空手と共に生きてきた、神山くんは確か憧れと聞いた、河上は魅力に染まったのを知っている、中井くんは何故格闘技を?」
格闘技を始めた理由、それに対して町田はそれぞれの理由が気になっているらしい。町田自身は空手家の家族故の運命、神山はムエタイへの憧れ、河上は刀剣の魅力、それぞれの始まりがあるわけだが、中井はどうなのだと。
中井は、歩きながらも少しばかり言い淀んだが、町田に言い放った。
「生存する為、ですかね……誰にも頼れなくて、自分の命、尊厳や自由を守る為に、体得したんです」
「生存する為……」
「俺ね、親父知らないんですよ、母親は殴るばかりで、母方の祖父母の田舎で生活してたんですよね、これがまた片田舎の、風習とか村の……ムラシャカイって奴で、実母どころか祖父母と姉夫婦、従兄弟に毎日邪険に扱われてたんです」
「それは……英和田町に行く前の話?」
「そうですね、祖父母が有力者で、跡継ぎが姉夫婦に従兄弟、俺は邪魔でしか無いけど体面上の為に預かられて、離れに押し込まれてたんです」
中井の口から語られた、サンボを、格闘技を覚える前の話。ある片田舎の村社会で、邪魔者として生まれた中井の過去に、町田は黙って聞き続けた。
「学校でもいじめられて、大人たちも祖父母が怖くて助けて貰えず、小学生の4年生の時に自殺を考えて橋から飛び降りた所を、隣町に仕事で駐在してたロシア人に助けられたんです」
「ロシア人に……数奇なものだね」
「そうですね、はっきり言ってそれが、僕の人生で一番の幸運だったのかもしれないと思いましたよ、カジエフさんって言うんですけど」
「カジエフさん?」
「僕のサンボ、コマンドサンボの師匠です、クリミア危機の時にスペツナズに所属してた元軍人で、貿易の仕事をしてた人でした」
中井は力無く笑う、先程神山に見せていた食ってかかる顔、展覧試合予選で見せた敵に容赦なく嘲りを見せた顔とは違う、恐らくは見せる事などない、弱い側面を孕んだ表情を町田は垣間見た。
「カジエフさんから洗いざらい聞かれて、児相やら警察やら出っ張って来て、まぁ俺は施設預かりの話が出たんですが、カジエフさんが俺を引き取ったんですよ」
「親族さんは?」
「注意程度っすよ、笑えるでしょ?田舎の警察のなぁなぁで、事件にもなりゃしなかった、それからカジエフさんは俺に、生きる術を教えてくれたんです……勉強と、強くなる事……その時にカジエフさん達は俺に、サンボ、グラップリングを教えてくれたんですよね」
「カジエフさん、達?」
「隣町にロシアンのコミュニティがあったんですよ、色々な人が居て、色々教えてくれたんですよ、そこからですかね、グラップリングにハマったのは」
田舎の司法の闇の中、救い出してくれたのはロシア人だった。親族の虐待から離れた中井は、隣町で小学生時代を過ごし、その身に力と技を蓄えていったのだと。
「で、中学一年始まる前にーー」
それからどうしたのかと、言おうとした最中だった。町田の腹から、音が鳴った。
「す、すまん、そう言えば飯入れてないな、ごめん、話の雰囲気折った」
なんと間の悪いと中井は思ったが、なかなかの慌てっぷりに怒りよりも、自らも空腹である事を自覚してしまった。
「いや、僕も腹減りましたわ、何か食べません?食ってたら向こうから来るかもしれないですよ?」
話の続きは飯を食いながらにしよう、2時間は合流しないのだからと、敵陣に居ながら飯を食う事にした二人。街中を歩き出すその背後から、一人、また一人と背中を付いて来る気配を、二人が察知できたかは知らない。
電気が流れれば、電気機材を動かせるわけで。薄暗い空間を彩る人工の極彩色の光と、ステージ。そのステージで下着姿の女性達が、立ち並んでは響く音楽に体を揺らしている。表情を見れば、大概が作り笑いだったり、笑っていなかったり、本当に笑っていたりと様々だ。
一度だけ、連れられて覗いた世界に衝撃を受けた。こんな場所があったなんてと。かと言って大人たちと同じように遊ぶるかと聞いたら、それは無理な話だった。その日はすぐにホテルに帰って、あの景色が現実だったのかと自問自答した。そして、もう一度行きたいかと問われたならば、遠慮するだろうなと思っていた。
だから異世界にて、こんな場所に来る事も無いと思っていたし、ましてや店があるなんて、誰が予想できようか?ましてや、目の前でスレた雰囲気を出して踊っているのは、長い耳を生やした、御伽噺やらファンタジーに出てくるエルフだ。
曰く、長生きだったり、弓矢が上手かったり、美男美女で、木の実やら綺麗な水で生活する菜食主義だとか、魔法が得意だとか言うエルフだ。
ジャパニーズのアニメやらメディアでは、つるぺたよーじょだったり、ばくにゅーぐらまーだったり、オークに酷い目に遭わされたり、領主の慰み者にされたりするあのエルフだ。
そんなエルフが、タイのナナプラザのゴーゴーバーの如く、列を成してステージで、下着姿で踊っていた。そしてステージから離れた壁際の席で、神山と河上はそのステージを見上げていた。
神山はステージに上がり、踊るエルフ達を見て思った。ここ、絶対行った事ある奴が作っただろうと。
「飲み物失礼しまーす」
「はーいどうもー」
ウェイトレスまでエルフだった、河上はそれはもう鼻の下を伸ばしてウェイトレスからグラス二つを受け取り、片方を神山に手渡した。
「さーてさて、乾杯と行こう神山くん!」
「はぁ……」
俺、何しに来たんだっけ?オロチの輩を打ち倒しに来たんだよな?自問自答しながら河上より貰ったグラスを受け取り、とりあえず乾杯に付き合う。周りにはそれこそ、現地の人間らしい客から、明らかに召喚者らしい日本人顔まで居るわけだ。
一種の観光地なのか、コハクドはと思いながら、グラスに口をつけた神山、するりと舌に甘い味覚とえぐみから、パイナップルジュースかと河上が頼んだ飲み物が何かと理解する。
「でー、だ、実際神山くんは本当に連れ帰らなかったのかい?」
「そうですけど?つーか、そんな金無かったし」
「逆にあったら連れ帰ってたかい?」
「そんな気も無いっす」
河上は相変わらず、神山のタイ修行時代に、現地のバーの話を深々掘り下げようとしていた。本当は連れ帰っただろ、お兄さん黙っておくから正直に言いなさいと、それはしつこく聞いて来たが、神山は頑なに否定した。
「では何か?マジでムエタイ三昧だったのかい?」
「そうっすね、朝から晩までずっと……あいつに勝ちたくて、必死こいて練習してましたよ」
「あいつとは……神童とやらか?」
「えぇ、あいつに勝って、それから……その先に居る、現地のチャンピオンに勝つのが俺の目標でしたから」
そんな暇など無かったと神山は笑いながら言う、現世で目標としている男の話に、河上は海老料理屋で語っていた『神童』とやらかと、尋ねれば、神山は頷いた。
「神童か、そんなに強いか……」
「えぇ、小学生から期待されて、期待通りに早くデビューして、勝ってましたよ……図式できてたんですよね、アマチュア時代から、神童に追い縋る、黒船、狙撃手、剛腕……と、アマチュア4強で盛り上がってましたから」
「え?何それ面白そう、話してよ」
神童の話をする神山に、河上の食指が動いた。何という青春スポ根じみた事があったのだろう、そうして神山から話を聞こうとした河上であったが。
「えぇ、あれは俺が中学一年ーー」
「うおっ!?見ろ神山!!あの子エロくない!?」
「て、聞かんのかーい」
視界の端で、確かに股座を反応させる気配に次の瞬間河上は、ステージの遠く側に居る一人に目線が奪われたのだった。しかし、神山も河上が目をつけた女性とやらに首を向けたら……やはり神山も男子である、河上が目をつけたエルフの美女には確かに唸らざるを得なかった。
「あぁー……た、確かに、河上さんの趣味ど真ん中ですか?」
「そうさな、自信に満ちた顔に細腰ときて、胸も尻も良し……さながら、敏腕女性秘書系を思わせる」
はっきりと言おう、このゴーゴーバー。女性のレベルは非常に高かった。そも、エルフの女性というだけでも、現代人がここに居れば物珍しいだろうに、皆が皆顔も整い、肉感的であった。神山ですら、それは認めざるをえなかったか。
その中で河上が見出したダンサーは、雰囲気からして違った。私は他とは違うという高飛車な雰囲気ではない、それでも自信を持ち、肢体を観客に見せつけながらのダンスは目を釘付けにする。
長い足に、暗闇でも目立つ白い肌、シアーグレージュの長髪を後ろに纏めたエルフの美女に、河上はうんうん頷いて、近場のウェイターを呼んだ。
「ウェイター、ウェイター!あの子を僕の隣に!」
「はーい、畏まりました〜」
遂に、本当に頼みやがったと神山は頭を抱えた。この人ガチで2時間楽しむ気だと、こればかりはもう付き合いきれねぇと、神山は席を立った。
「お楽しみの邪魔したらあれなんで、俺は出ますね、金貨置いときます」
「なんだよー神山くん、君も誰か指名したら?何ならその子と4Pなんてーー」
「結構です!」
ドリンク代金は知らんので、河上に金貨二枚をテーブルに置いて、神山はエルフのゴーゴーバーから出て行く事にした。絶対情報なんて聞けない、こうなったら自分一人でもオロチを見つけてやると、神山は出入り口のカーテンに向かった。
「からかい過ぎたかな」
立ち去る神山の背を見送り、河上静太郎はそう呟いた。そうしてグラスのジュースを傾けながら、河上はウェイターに連れられて来た、エルフのダンサーが、神山が居た場所に連れて来られて、笑顔を向けて来たので笑顔を返した。
「ご指名ありがとう、リーシャって言います」
「これはどうもご丁寧に、河上静太郎です」
まずは一言、自己紹介と河上は名を名乗った。そしてこのエルフの美女は、リーシャという名前らしい。
「せ、せいたろー、あ、召喚者かしら?」
「ご名答!正解した君には銀貨をチップであげよう!」
「あら、ありがとうございますぅ」
「じゃあリーシャさん、何か飲みなよ、好きなの飲んで!ウェイター、ガールズドリンク出してー!」
「あら、いいの?」
「そりゃ指名した子の飲み物出すよー、ささ、飲んで飲んで!」
現代最強の剣客、河上静太郎の夜は始まったばかりである。




