エルフのゴーゴーバー 上
バイクを走らせ、TEAM PRIDEの面子ははいよいよコハクドの前にたどり着いた。そしてその人工の光の眩さに目を細めるが、その眩さに懐かしさを感じたのだった。
「いやー、凄い灯りですこと、新宿歌舞伎町?」
直近の感想を吐いたのは中井だった、明るさと夜空から連想したのは、日本は東京の新宿歌舞伎町だった、それ程の明るさを思い出させる人工の灯りが、街を染め上げていた。
「いや、バンコクのアソークからナナ方面の道並みに明るいな」
中井に他の例えを出したのが神山だった、ムエタイ修行時代のバンコクの街並みを例えに出した。
「例えがピンポイントだね神山くん、さながらここはナナプラザかソイカウボーイ、タニヤとでも?……僕も行きたくなったな、やはり帰るか現世に、うん、こっちには旅行とか行けないし」
その例えを理解したのは、河上だけだった。しかも現世に帰る気を起こさせてしまった。
「なな?そいか?たにや?なんぞそれ?」
「中井くん、現世に帰ったら一緒にタイ旅行に行こうか、神山くんも町田くんも、飛行機のチケット代出すからさ」
中井は知名か場所かは知らないが、タイの観光名所なのかと首を傾げた。神山は答えにくいと頭を掻いたが、河上が全員の旅行代を出すから、タイ旅行に行こうとまで言い出す。
ルテプからこのコハクドまで、2時間はバイクを走らせていたかもしれない。正門らしい鉄の門も、一枚の巨大なものではない、バリケード思わせるような鉄板を所々に打ち付けらていた。
そして何より……門の周囲に止まっている、バイクやバギーだろう。列もスペースもへったくれもなく停められている。台数からしてよくまぁこんなにあるものだと、神山は苦笑した。
門番らしき輩もいない、出入り拒まずと言いたげであった。神山達は何も言わずに、コハクドへ足を踏み入れた。
イメージするならば、コハクドは荒廃した世界の中のオアシスとでも言うべきか?シダト国首都、ルテプの内地が欧州のファンタジー、外壁は古代ローマを思わせるならば……やはり連想してしまうのは、核戦争が起きた後の、廃墟に再建されつつある街だ。
街の違いにこんなに開きと隔たりがあり、それを可笑しいとも住民は思ってないらしい。正門から普通に、誰にも止められずに入れてしまったTEAM PRIDE一行は、敵地たるコハクドにて、オロチの姿を探す事にした。
街に一歩踏み入れて、その景色に神山は身体を強張らせた。自分で言っておきながらだが、ここは正しくバンコクのナナプラザか、ソイカウボーイなのかも知れないと。いや、それよりもディープで、混沌としているのかもしれない。
煌びやかなネオン看板が光り輝いてはいるが、彼方此方で漏電のスパークがあり、適当に束ねた電線の束が吊り下げられていて、そのネオン看板も、日本語、英語、見たことない言語もある。
建物からしておかしい、廃ビルをそのまま利用して作っているのだ。そう、ビルがあるのだ、地面も石畳や土ではなくアスファルト、陥没して整っていない場所もある。
彼方此方に歩く人間も様々だ、こんな街で普通の人間が居て、バイカーギャングらしき恰好も居る。下着か水着か知らない姿の女性をはべらし、酒を飲む輩も居れば、片隅には浮浪者らしき輩も居た。
「文明差が凄まじい、電気はいかに発電しているのだ?」
「ていうかさ、頭痛くなってきた、ゴミついた空気が酷い、これなら英和田の下方区域がましだ」
ルテプとは比べ物にならない文明格差に町田は怪訝な顔を浮かべながら、この街の電気はどう発電しているのやらとツッコむ。対して、中井は街に入ってからゴミついた空気に頭を押さえ、異世界に流れ着く前に住んでいた街の方がマシだと宣う。
「神山くんは?具合は大丈夫?」
「バンコクと同じくらいっすね、渋滞の排気ガスとか凄まじいっすから」
そんな中井を見てから、神山は大丈夫なのかと河上は問いかければ、神山はバンコクの排気ガスとか臭いに慣れていると大丈夫だと言い、河上は笑って頷いた。
「慣れているのだな、さて……まずはオロチの連中を探しますか〜〜」
ならば良しと、河上は早速オロチの所在を探しにかかろうと、左へ移動し始めたのだが、神山以下3人は、河上が向かう先を見て……。
「待って河上さん?河上さん!?」
「待て待て待て河上さん」
「待てい河上」
3人して河上の歩みを止めた。
「何かな?」
と、河上はまるでしらばっくれるような顔で三人へ向き直った。
「オロチ探すんでしょ、その足で、どこへいこうとしてるんですかねぇ?」
今から自分たちは、オロチとやりあう。彼奴等の所在をまずは調べるべきだろうにと神山が確認して、河上は笑顔で答えた。
「無論情報収集で、店に聞き込みをーー」
はいそうですと、しかして町田恭二は鋭く河上を睨みつけて言葉を遮る。
「その行こうとした店に情報があるのか、河上静太郎?」
「あるさ!」
「嘘つきなや!!」
フルネームで尋ねる程に、町田恭二は苛立ちを募らせていた。この手の冗談を町田恭二は嫌うらしい、河上が『情報収集』の名目で入ろうとしている店は、もういかにもな怪しい店であった事は、想像できた。赤いカーテンの入り口に遮られ、もう既に音楽が聞こえているのだから。しかも、入り口前のオープンバーの椅子には、くたびれた、スれた表情の……女エルフ達が居た。
神山は思った。
異世界やらファンタジーの物語に出てくるエルフが、扇情的な衣装を着て、人生を悟った様な表情で出てくるなんて、こんな出会い方したくなかったなぁーと。
こう、秘密の森で身を隠しているのとか、隠れ里的な感じの場所で出会いたかったなーと。それが、なーんでこんな場所で見つけちゃったのかなーと。
前の雇主が違法奴隷の話をしていたし、その感じかと神山は乾笑いするしか無かった。
「ねぇ、エルフもそうだけどさ、あの店が何か分かるの、河上さん?」
頭痛に頭を押さえる中井が、そもそもこの店が何か知っているのかと河上に問いかけた。
「ゴーゴーバーだね、そうだろう」
「ゴーゴー……バー?」
「そこはほら、バンコク博士の神山君が説明してくれるよ」
「はあっ!?」
いきなり説明を河上より振られた神山は、身体を跳ねさせる程にびっくりした。まるで自分がその店が如何なる店なのかを存じているかの様な振りだった。河上はニヤつきながら神山に話を振り続ける。
「なにせ、バンコクにあるからね、神山くん行った事あるでしょう?」
「ねーよ!未成年お断りだわ!」
河上の言葉を神山は真っ向から否定した、そもその店自体が未成年お断りだと、入れない理由と、中身を知る由も無いと神山が言う。
「え?でも祝勝会の時僕に嬉々として話してくれたじゃない?」
「なっ!?」
しかし、この河上の言葉で神山は目を見開く程に驚いた。そんな話をあの時したのか、確かに河上やマリスに飲まされ続けたのは覚えていたが、まさか話してしまったのかと神山は唸った。
「嘘だ神山くん、しかし……心当たりがある様だね?」
「あっ……」
が、神山はその瞬間、河上の口舌の罠に嵌められたのであった。そも、本当に知らないなら酔いの時の話を否定する。しかし神山は否定するどころか、唸ってしまった。即ち、内情を知っているという事だった。
思わず唸った神山に対して、中井は頭痛よりも神山の話に対して弄り倒す気持ちに笑みを見せ、町田恭二は冷たく、侮蔑の気すらある目線を送った。
「説明してくれるかな、神山くん」
「話してみろ神山、なに、まぁ間違いはあるさ、人間」
こうして、神山は『ゴーゴーバー』について詳しく説明するという、恥辱の拷問を受ける事になったのだった。
・ゴーゴーバー講座!!
ゴーゴーバーとは、性風俗形態の一つであり、ナイトクラブの一種である。
水着やら下着姿、裸の女性達がステージでダンスを踊り、それを鑑賞しながら飲食を楽しむ。普通に見るだけでも構わないが、ステージ上の女性を自らの席に呼んで、お酒を奢ったり食事をしたりできる。因みに連れ出し料は『ペイバー』と呼び、レートは500〜800バーツ(タイ王国通貨、日本円にして約1500〜2400円)
それだけではなく、お店にお金を払いその女性を連れ出す事もできる。店にお金を払った後、連れ出した女性と、外でデートを楽しむも良し、交渉して一夜を共にするも良し、その際には女の子にそれなりのチップを渡す事になる。料金としては女の事によるが、3000〜6000バーツ。
余談だが、中は暗い為容姿や顔が少し分かりづらくなっており、所謂レディボーイを間違えて連れ出してしまった失敗がよくあったりする。外に連れ出したら意外に可愛くなかったなんてのもザラだったり。
このゴーゴーバーが有名な国が、タイ王国とフィリピンであり、神山が口にしていた『ナナ、ソイカウボーイ、タニヤ』の内、ナナ、ソイカウボーイは、ゴーゴーバーが乱立している歓楽地区である。タニヤに関しては、日本人御用達クラブやキャバクラ、日本料理店が並ぶ歓楽街となっている。
「以上、ゴーゴーバーについてでした……満足か?えぇ、満足か河上さんよぉ、人を辱めて嬲った気分はよぉ!」
神山によるゴーゴーバー講座、終了。神山はギリギリと拳を握りながら河上を睨みつけた。河上は拍手を送りながら、言葉を返した。
「いやいやよく分かって素晴らしい説明ありがとう神山くん!で、実際どうなの?」
「何が!」
「連れ出した事、ある?」
「な!い!で!す!」
「本当は?」
「無いっての!」
「でも入った事あるんだね?」
神山と河上による問答が続く中、河上の最後の一言に神山は舌打ちした。
「ムエタイ留学時代に、日本とタイのジム同士で交流会があって、会長やプロの先輩に連れてかれて……全部回った」
「へー、いいねぇ、僕も一度タイに行ったけど、時間無かったからなー、ナナだけ覗いたんだよね」
神山曰く、大人の付き合いに連れられて知ったらしい。思春期にあの景色は刺激が凄まじかろう。
「何だよ純粋気取ってたのか神山くん、汚らしいのー、変態スケベニンゲン」
と、ここで中井は神山をここぞとばかりになじったのだった。これを聞いた神山は、言われっぱなしでは終われないわけで。
「あ?カマホモ寝技師に言われたかねぇよ、女に言い寄られて気絶した癖に」
言い返した、それはもう本気で、売り言葉に買い言葉である。それを聞いた中井は神山にガンをつければ、神山はしかと目を合わせて逸らさない。
「神山くん?今喧嘩売ったよね、やるの?なぁ?」
「もう一回這いつくばらせてやろうかぁ、レディボーイ!」
「小さく折り畳んでやるから来いよムッツリ大魔王!」
一触即発までヒートアップした二人に、河上がクスクスと笑って様子を見ていたが。
「やめい、阿呆共」
「あつ!」
「いでっ!」
町田恭二の拳骨を持って、ヒートアップは収まった。
「河上、今のはお前が悪い、煽るな阿呆」
「おうっ?!」
更に河上の脳天にも拳を振り下ろした。
「全く、目的を忘れるな、オロチを倒すのではなかったのか?」
三人とも町田の拳骨を喰らい、頭を抱えてうなりだした。その三人へ目的を忘れるなと町田が説教する。
「あつ、いや、町田くん?ちゃんと理由があるから、店に入ろうとしたんだぜ?」
そこからいの一に立ち上がったのは河上だった、河上は頭を摩りながら、店に入る理由を説明した。
「こーいった場所の内情ってのは、女性がよく知ってたりするのよ、なにせ敵の膝下、オロチ自体が店を利用しているだろうし、背後にいるのは明白さ、敵の本拠地の場所も知っているだろう」
河上曰く、贔屓にしている店やら女性ならば、オロチの本拠地たる場所も知っているだろう。それを聞き出すために店へ入るのだと、成る程外面はごもっともな理由だった。
「そうか……で、本当は?」
「やっぱり、女性のエルフとまぐわいたいので、2時間ほど頂けないか?」
正直に本心を語る河上に対して、町田は冷たい侮蔑の眼差しを見せた。対して河上静太郎、これ見よがしに朗らかなる笑みを見せており、この後どうなるかなど神山と中井にも見てとれた。
「2時間だな、それで必ず情報聞いてくるなら行ってこい」
「「えっ!?」」
「流石町田くん!話の分かる!!」
だから、町田恭二が許すという発言を聞いた神山と中井は、仲良く同時に驚くしか無かったのだった。




