豺狼路に当たれりいずくんぞ狐狸を問わん
雪崩れ込んで来るオロチの群勢、全てが優性召喚者では無いにしろ得物を持ち、この場の敵対する輩全員を殺しに来ているのは明らかであった。
「カイトぉ!くたばれやぁああ!!」
ポセイドン店内は最早今夜の営業を、いや、しばらくの営業を見合わせる必要が出る程に荒れつつあった、棍棒を振り下ろす相手に対してカイトは、普段から携えているステッキで、敵の持ち手を打ち据えた。
「あいっ、がはぁ!」
そのまま胸元を思い切り杖先で突くと、優雅に杖を回し、杖先側に持ち替え、持ち手を後ろに下がりかけた相手の首に引っ掛ける。
「赤田ぁ!」
そのまま遠心力を利用して、近場にいた赤田へと振れば、それを見た赤田は独楽のように体を回した。
「ヒュオァアアッ!」
勢いそのままに放たれた後ろ回し蹴りが、杖に引っかかった敵の顔面に踵が直撃し、敵は引っこ抜かれたかの様に宙を舞った。
「クソがっ!暴れてんじゃねぇ!!」
赤田のダイナミックな、カポエラの範囲攻撃となる蹴りを前に近づけないオロチの群勢。それに構わず赤田は、走り出して一人に標的を絞り跳躍し頭部を太腿で挟み込んだ。
「ぐぁ!?」
「ヒィイヤァッ!」
「ゲガッッ!?」
太ももに力を入れながら腰を振り回せば、首から嫌な音を響かせる。そのまま背後に赤田が思い切り良く崩れながら放たれたら、フランケンシュタイナーにより、ダンスフロアの床に敵は脳天から突き刺さった。
「キィイヤァアァアア!!」
雄叫びを上げて地面を掌で掴む様に支え、そのまま両の足を勢いよく振り抜きながら逆立ちして回転すれば、その勢いに周囲の敵は近づけなくなった。
「く、糞ッ!纏めてかかがぁああ!?」
近づけなくなったオロチの中の一人、その胸元から突然血濡れの刀身が突き出た。背後には長髪の美男子、河上静太郎が既に柄を捻り上げ傷口を広げてはその背中を蹴り、刀身を引き抜いた。
ぎょっとする赤田から離れたオロチの面々に河上が見せるは、艶やかなれど恐ろしき笑み。
「逃げるなよ?」
最後に聞いたのはその一言であった。叫ぶ間も、ましてや反撃に得物を振り上げる間も無く、河上の剣戟がオロチに面々の四肢を胴より切り離す。
それだけならまだ良い、背を向けた輩を見つけた刹那には、河上の凄まじい踏み込みと共に背中から腹より横薙ぎに振られ、両断された輩も居た。
「む?」
乱戦の最中、河上はふと町田に視線が向いた。そして囲まれながらも何とか、見事な防御と捌きで対峙している町田を見るや、河上はダンスフロアの、普段こそポセイドンのポールダンサーが立つ、いくつかあるポールステージの近場の一つに目が行くや、そこに走り出した。
そしてステージに飛び上がった瞬間、ポールの上部と下部をそれぞれ横薙ぎに振り抜きつつ、ポールを取り外した。
「町田くん!!」
ステージから見下ろす町田向かって、切り落としたポールをトスする様に投げつけながら、自らも町田の元へ飛翔する河上。それに気付いた町田が、上空から降るポール、そして河上を見て、ポール向かって手を伸ばした。
「こいつらに魅せてやれぃ!琉球棒術!!」
「応ッッツ!!」
河上よりのリクエストを受けたとばかりに、町田が切り落とした鉄製ポールを見事受け取るや、それを一度思い切り周囲向けて振り回して、敵を下がらせた。その棒を着地と同時に見事身を沈めた河上の背中に移動して、町田と河上が背中合わせに周囲向けて構える。
脇に挟みつつ深く腰を落とした町田、その背には自然体にて、右手に刀を持ち大きく両腕を開いた河上。その二人を囲む様にはしたが、入れぬオロチの面々に、町田が動いた。
「えいやぁあっ!」
踏み込むと同時に目の付いた一人の前足膝横に棒を振り抜けば、嫌でも足は払われてバランスを崩し、そのまま船の櫂の如く切り返して頭部を打ち据えた。
「やろオッ!」
ならばとまた一人が町田向けて剣を振り下ろしにかかるしかし、その刀身を棒で横から打ち払う。
「エイィイッ!」
「がぱっ!」
刹那に喉仏を突き潰す抉る様な突きを見事に返され、そのまま背後に居る仲間もろとも町田は突き倒した。
「いいねぇ、楽しんでるねぇっ!!」
「かっ!?」
横目に沖縄空手の源流の一つ、琉球武器術を披露する町田を見ながら河上は近づいてきていたオロチの一人の首を薙いだ。首に奔る紅の線から血を溢れさせ、河上は周囲の敵たちに切っ先を向け歩く様に自ら近づいていくのだった。
「うっ、しゃあああああ!!」
中井真也が叫びながら、思い切りに抱え上げた相手をそのまま持ち替え、脳天から叩き落とした。小さな体に積載された力は、軽々と敵を持ち上げ投げ倒し、叩きつけていく。関節技主体と思われがちな中井真也だが、サンボから培ったスタンドレスリングの技術とパワーは、集団戦に対応していた。
「いい加減にしろやぁ!」
しかしそれだけではない、あくまでこの膂力は添え物。中井真也が培ってきたコマンドサンボは戦場の技。それを知らぬオロチの一人が無闇に蹴りを放てば、中井真也の反射運動の如く技は流れる様に繰り出された。
「シイィッ!」
「あ!ぎゃぁあ!!」
蹴り足を見事にキャッチしたと同時に、腕を伸ばし顎を掴みながら、軸足を刈り取り思い切りに後頭部から叩きつけて、そのまま首を踏み抜く。
「死ねやぁああ!」
「ぐ、あぁああ!」
後ろから近づいて来た相手に首を絞められる中井、しかし、自ら体を前に沈み込ませながら、相手の横に入り込む様に身体をずらして、腰をホールドして思い切りに地面から引き抜いて逆に背中から叩きつけ、そのままマウントを取りながら首に腕を回しフロントチョークに締め上げながら、更に引き込んで深く腕を食い込ませ捻りあげれば、腕が何かしらを捻じ折る感触を確かに感じ取った。
「おらぁああ!」
地面に倒れてしまった中井真也に、ここだと勘違いした輩が放ったサッカーボールキック。むしろ倒れてからが中井の真骨頂とは知らず、サッカーボールキックを回避されながら、軸足を膝裏に挟まれながら膝頭を蹴り抜かれ、逆に膝が曲がり見事に膝を破壊された。
「あぁあぁあ!足がぁ、足がぁ!」
「煩い!」
「げっ!?」
顎を踏み抜き嫌な音が鳴り響く、立ち上がった中井の周囲にはいよいよ誰か行けと、互いが近付きたくないとオロチの有象無象が距離を離しながらも囲んでいた。
「オラどうしたぁ、テメェら口だけかぁ?来いよ、来いよぉ!!」
向かって来なくなった相手にヒートアップした中井が煽る。だが、彼らも馬鹿ではなかった。数でも敵わないと理解してか、はたまたこの狂気に正気を失うという正しい反応か、いよいよ逃げ出す者が出て来たのだ。
「ち、畜生強ぇ……俺たちじゃ敵わねえ!」
「退け!仕切り直すぞ!!」
オロチ側の誰かがそう言い出して、入ってきた出入り口向かって逃げ出していく。しかし、出入り口には……。
「そりゃ無しだろ!皆さん!!」
「ぶべぁああ!?」
神山真奈都が待っていたわけで、一人が顔面を鋭い突き刺す様な前蹴りで蹴り倒したのであった。ドミノ倒しに数名が倒れ、いよいよ逃げ場を失ったオロチの構成員達。正面玄関に神山と中井、背後には町田、河上、カイト、赤田により襲撃の筈がたった六人の男達に取り囲まれてしまったのである。
神山は地面に散乱している、誰かが持ってきたらしい粗悪な剣を拾い上げ、正面玄関に振り向き、ドアの取手に通して閂の様にして、逃場を絶った。そして残るオロチの各々に笑みを見せて宣うのだった。
「襲撃しといて逃げるのは無しだろう、最後まで付き合えよ」
そう言いながら一歩、また一歩と近づけば、後退りするしか無く。残党は何処か逃げ道は無いかと辺りを見回した。
「これだけしといて逃げちゃダメでしょ、君たちはさぁ、虚勢吐いて無意味に捨て身で来て……無様に散らないと」
別方向からは、中井真也が指を鳴らして息を切らしながらも近づいて来る。
「無論、吐いてもらわねばならないな、そちら方の情報、全て話すならこれ以上は何もせん」
「吐かないならば、吐かせた後に素っ首をそちらの本拠地に送り返そうかね、吐いた後でも同じだが」
後方からは、棒を携えた町田恭二がほんの少し優しさを見せはしたが、隣の河上静太郎は和かに斬り落としたらしい、首を一つ投げ出し、吐かせた後全員斬首刑を宣告した。
「クリーニングに修理、しばらくポセイドンは休業だ……賠償金も貰わねえとなあ」
「本当、ここまで来るなんて予想外だった」
そして、このクラブの主人にしてポセイドンの首魁カイト、クライムボーイズのリーダー赤田正次も、息を切らしつつはあるが残党の囲いを作る為に逃場を塞いだ。
恐らく、オロチの誰もが予想だにしなかっただろう。誰もが簡単に終わると思っていた筈だ、襲撃し、蹂躙して、立場を理解させる、それでお終いなのだと。
しかしどうだ、率いてくれた纏め役の嘉戸は殴り倒され、襲撃をかけたのに、たった六人を前に覆されて囲まれているこの現状を、誰が予想できようか?
オロチの面々はこの状況に恐慌し、そしてこれから待ち受ける結末を受け入れられず、叫びを上げる輩も居れば、命乞いをした輩も居た。
だが一つ分かるのは……その叫びは決して外には漏れ出さないという防音が、クラブポセイドンには施されていたし、誰一人として逃げられた輩は居なかったという事だ。
ダンスフロアは凄惨なる一言に過ぎた、床が抜けたり、ポールダンスのステージのポールが外れたり、血が散乱したり……その有様を神山は見ながら、縄に繋がれて一ヶ所に集められたオロチの残党、そして亡骸となったオロチの面々を包んだ麻袋を見ていた。
「ところで、どうするんですかこいつら?」
素朴な疑問に神山は、バーカウンターで座りながら何かしらグラスに注いでいるカイトに、後処理はどうするのか尋ねた。闘士が犯罪に走った場合やら、いざこざってどうなるのかと、そこら辺も気になってカイトに聞いてみる。
「外壁で闘士の私闘は咎められねぇ、ましてや平民や劣性召喚者とのいざこざは黙認されてんだ」
「は?じゃあ何ですか、こいつら捕まらないわけ?」
「逆も然りだ、外壁で闘士が死のうと自己責任、内地で余程の事をしなけりゃ内地の闘士は掴まらねぇ」
改めて、内地の闘士の特権を知ったかと思ったら、法整備もクソも無い事を神山は知った。自分達が試合で戦う内地の外たる外壁は、力のみが正しい世界らしい。内地の闘士からすれば、外壁で怪我を負わされたり死ぬ事自体笑い草という事かと、襲撃してきたオロチの面々を見て溜息を吐いた。
「しかし……カイトよ、お前これをずっと続ける気かね?終わりが見えぬが?」
カイトにそう尋ねたのは、河上であった。酒のガラス瓶をそのまま口に付けて飲みながら、カイトに問う。このままチマチマと、ゲリラ戦を続けて終わりが見えるのかと。
「まだまだ、長い時間を掛けねぇとオロチとはやり合えねえ、そこは赤田と同じだ」
「そう……本拠地のオロチの輩はこうは行かないからさ」
同じくカウンター席でテーブルに身体を預けた赤田が溜息を吐いた。こうまでして、まだ正面衝突を避けたい理由があるのだろう。しかし、河上は酒瓶を傾けて中の酒を飲み干してカイトに言うのだった。
「豺狼路に当たれりいずくんぞ狐狸を問わん」
「何?」
「え?何すか河上さんそれ、古文?漢文?孔子?」
カイトも、いきなり河上が吐いた言葉に首を傾げた。神山も、ニュアンス的には古文の言葉かと首を傾げ、赤田も意味が理解出来ぬとカイトを見た。
「後漢書の文だろう、河上」
その言葉が何か答えたのは、奥から現れた町田だった。
「よく知ってるな町田くん、専攻そっちだったりする?」
「いや、古文の先生の端話で聞かされた」
「どういう意味なんですか?」
「大きな問題があるに関わらず、小さな問題を見てどうする、大きな問題を取り除かないと意味が無い、というわけだ」
町田の説明に神山は成る程と頷いた、そして河上が言わんとする事を理解するのであった。
「カイトに赤田よ、これでは埓が開くまい……ここは少人数による奇襲で、オロチの首魁を討ち取りに行かないか?」




