抗争の序曲
嘉戸白雄が河上に名前を間違えられ、巫山戯た名前ですら無い名前に憤慨をしつつも、気を取り直してこの場に居た敵対する全員を睨みつけた。
「しかし、いい場面に出くわしたもんだ、ポセイドンとクライムの長に、TEAM PRIDE全員が集まっているとはなぁ……纏めて潰しちまえるわけだ」
嘉戸は、一人でこの場に来ながら人数差を関係無しとばかりに、この場全ての全員を葬れると豪語してみせた。それはTEAM PRIDE全員を焚きつけるには十分過ぎたが……このまま拳を振るう程全員ガキではないわけで、嘉戸の台詞に返答をしたのは中井だった。
「あいっ……変わらずだね、口だけクソ雑魚なめくじ集団オロチってさ、にちゃついた笑顔で出てくるなよ、カントンチャラ男」
「ああっ?テメェ確か……翡翠さん知ってる奴だったか?」
「あー……やっぱり翡翠が引き継いだんだ、馬鹿だね本当、こんな馬鹿げた世界まで来て、まだ下痢便サウンド流しの延長戦やってるわけ?」
中井真也は、現世にてオロチの前身となっている暴走族『英和田暴走連合オロチ』と因縁を持つ者として、対峙した。いや、煽っていた。ここに来て、中井は『翡翠』なる人物がやはりオロチを引き継いだのかと話に出せば、嘉戸はそれを認めたような口ぶりをして、中井は嘲りを見せた。
まさかこんな、中世の時代に来てまで革ジャン着ながら暴走族か、半グレの真似事をしているのかと。
「あんまり舐めた口きいてんじゃあねぇぞ、テメェら劣性の集まりなんざ俺たちが少し動きゃ簡単に沈めれんだ、身の程弁えろやカス!」
煽り言葉に乗ったとばかりに、嘉戸が懐より取り出したのはステッキタイプの杖だった。革ジャンバイカースタイルに杖というなんたるミスマッチ具合。
しかし、そこからが早かった。誰かに命ぜられた訳でも無く、中井真也が脱兎の如く走り出したのだ。それが杖を抜く最中の事、完全に懐から出し切る前にーー。
「おっ!?あーー!」
中井のタックルが完璧に嘉戸の胴体に決まった、それだけでは無い。嘉戸が感じたのは浮遊感であった、両足は既に床から離れ、内臓が浮き上がったように動いた感覚。
「っだぁっしゃいい!!」
そして嘉戸は思い切り背中から叩きつけられたのだった。中井はタックルにより嘉戸を一度抱え上げて持ち上げ、そのまま叩き落としたのである。総合格闘技におけるタックルからのテイクダウン、嘉戸が何かをする前には既に中井が先手を取ったのであった。
「げぁああ!?かはっ……」
「えげつねー……態々抱えて叩き落としやがった」
中井のタックルに揺れる床と、鳴り響く鈍い音に嘉戸の呻き。それを見て神山は、タックルで押し倒さず態々一度抱え上げて叩きつけた中井の選択に苦笑しつつもその技術に唸った。
「は、はなせごら!ぼけっ!」
そこからどうなったかなど想像出来よう。中井真也は寝技のスペシャリスト、素人のチンピラ風情がいくら力任せに暴れようと、決して立ち上がることは出来なかった。タックルで叩きつけた嘉戸の、杖持つ右手を左膝裏に挟み込み杖を封じながらマウントを取っていた。
「逃げてみなよ、ほら、ほら」
そうして、中井真也の一方的な蹂躙は始まった。
中井真也の、戦いにおけるポリシーは『一本勝ち』である。即ち関節技、絞め技による破壊、降参、失神により勝つことを心情としている。神山と対峙した際も彼にそう宣っていた中井は、こうも言っていた。
『パウンドで殴り勝つなんて野蛮人でもできる』
『パウンド』とは、総合格闘技における馬乗り状態から相手の顔面に拳を叩き落とす行為を言う。喧嘩においてもヒートアップした場面にて行われる事があるだろう。中井はこれを野蛮と断じていた……。
かと言って、やらないわけではなかった。
「そら、ほら逃げなよ?ほらっ」
「ぎ、あが!うぐ!」
馬乗りになった中井は、まるで楽しむかのように拳を落としていた。鼻柱、目元、こめかみ、的確に一発一発、鈍い音を響かせて中井の拳は嘉戸の顔面に叩きつけられる。
嘉戸は必死に体を捻ったり、ブリッジをしようと必死に動くが、乗り掛かった中井を決して身体から落とす事ができなかった。
「シイッ!」
「ぎゃっ!」
殴るだけで無い、振り下ろして鉄槌まで織り交ぜて、中井は淡々と嘉戸を殴り続けた。やがて、その手に血が付着し、音も恐ろしく鈍い音が鳴り始めた。
「や、やめ、もやめ」
「え?なぁに?聞こえなーい」
「びぃい!」
やがて命乞いにも似た静止が出てきても、中井は手を止めず。嘉戸の足も体も痙攣したのをみて、いよいよ神山は中井向けて走りだした。
「中井!その辺にしとけ!!死ぬぞこいつ!?」
神山が中井を止めた、神山がその時見たのは、嘉戸の崩壊した顔面だった。鼻は潰れ、顔中が腫れと凹みで原形を留めず、痙攣して涙とも分からぬ液体を流し、目の周辺は腫れ上がっている。口からは血の泡を吐いて、意識は無い。
「ふぅ……やっぱり駄目だねパウンド、強姦だよこんなの」
「ハリトーノフかお前は」
「習った通りにしただけさ」
嘉戸の胴体から立ち上がり、中井は神山の静止に応えた。両手は血に染まりながら、まるでトレーニングを終えたかの如くに涼やかな顔をして神山にそう言う中井と、唖然として中井の凄惨なる一部始終を見た赤田は、カイトに尋ねた。
「ほ、細田……一応聞くが、劣性召喚者だよね、彼ら?」
「そうだ、お前もだろう、同じ格闘技仲間じゃないのか?」
「いやあれ、格闘技というか、殺人術でしょ?」
中井の度が過ぎる戦いに赤田は引き、それに対して普通とばかりにしている神山達を見て反応に困った。中井はハンカチで手を拭いながら痙攣する嘉戸を見下ろし、ふと口を開いた。
「あれ?と言うかこいつ、何しに来たのかな?」
「我々の命をお開きにする、とかぬかしておったぞ?」
嘉戸が何しに来たのかすっかりと頭から抜けていた中井に、河上が嘉戸の目的を述べるも、何かする前に片付けてしまったが為に話の端を折った感覚に陥ってしまった。
「あー、そう……呆気なく終わっちゃったね、どうしようかこいつ」
そう言えばそうだったなと中井は嘉戸を見て、彼をどうしたものかと皆に聞いた。
「表に放り投げとけば?来たのこいつだけでーーしょ……」
それに対して神山が答える最中、奥の出入り口が開かれた。
「嘉戸さぁん!まだっすか!?さっさとやっちまいましょうよぉ!!」
そしてそこから、倒れ伏す嘉戸と同じ、バイカースタイルに統一した奴らが、入り口から次々とポセイドンに雪崩れ込んできた。その瞬間、各々が反応した。
まず、嘉戸を呼んだ恐らくは率いてきたオロチのメンバー達。彼らは床に直視できない顔面崩壊に晒された嘉戸を見て停止した。
そしてこのクラブポセイドンの店長、カイト。彼はいよいよ大人数が来たかと重い腰を上げ、杖を肩に乗せオロチのメンバーを睨みつけた。
クライムボーイズリーダー、赤田正次もカイトに続いて両足首を回し出す。
最後に、TEAM PRIDEの面々。
中井真也はニヤリと笑って両手の指を握ったり解いたりと指を確認し。
神山真奈都はニタァ〜と笑って拳を鳴らす。
町田恭二は表情を変えずとも、両手は拳を作り。
河上静太郎は微笑み鍔を親指で押し上げた。
「あ、え?嘉戸さん?何がどうなってーー」
そんな余計な事を口走った瞬間、その台詞を吐いたオロチの青年の眼前に、膝頭が既に接近していたのだった。
「イヨィショイイィイーー!」
「ペダンッッ!!」
神山の膝頭がオロチの面々の一人の顔面を陥没させた。跳び膝蹴りによる突貫を皮切りに、何が起こったのか、何をされたのか理解する間も無く、オロチの面々は場を制されたのである。
「おい!?嘉戸さんどうなったんだよ!?」
「やられちまってる!!構わず行けって!やれ!やれぇ!!」
嘉戸が恐らく、先陣を切りその流れで他の面々が流れ込む算段だったのだろう。しかしその嘉戸は中井に完膚無きまで叩きのめされ、先制攻撃できずに嘉戸が率いてきたらしい面々は統率が取れず恐慌状態に陥った。
しかし彼らも、暴力で生きてきた輩である。押し返せと個々が、標的を討伐せんと気を入れ替えて立ち向かおうとするが……。
「シィィヤッ!」
「ぎゃぁあ!」
既に陣を崩されたが如く、突貫してきた神山一人に店内のフロアに入る事すら許されなかった。前にいる奴らから、組付いて引き込み、顔面へ膝を入れ、次のやつには拳を、肘を叩き込み、一倒一殺と倒されていく。
「く、くそ!外の奴らに声掛けろ!数で押し潰せェ!」
どうやらまだ人数がいるらしい、そのオロチの誰かが声を発した瞬間だった。喧しい音が神山の居る正面入り口より離れた、背後より響いた。
「おらぁ!みなごろしじゃあ!!ぶっ潰せぇ!!」
恐らくバックヤードか裏口があったのだろう。雪崩れ込んできた革ジャン集団が、いよいよポセイドン内部に入り込み、中に居る面々に突貫して来た。
「やれ、少しは知恵が回るらしい」
しかし、それを見ても涼やかなるは河上静太郎だった。河上はスラリと愛刀を抜き放ちつつ、ふと主人たるマリスと執事のニルギリがこの場に居るのを見て、剣先をある場所に向けた。
「マリスにニルギリ、バーカウンター下に隠れて、ニルギリは死んでもマリスを守れ」
ニルギリは河上の指示を聞いてマリスを、河上の剣先が向けたバーカウンターに向かい走り出した。
「逃すかコラァア!」
しかし、それを見逃さなかった襲撃者の一人が、鉄鋲を打ち付けた棍棒を振り回して二人に近づいて来た。それを見たニルギリがマリスを庇う様に抱きしめ背中を向ける。
「死ねやアマーー」
「セェリャアアア!」
「ゲガッ!?」
あと少しでニルギリを殴りそうになった棍棒は空を切った。襲撃者の顎を横から、町田恭二の足刀による横蹴りが射抜き蹴り倒したのである。
「予想はしていたが、中々の数だな……河上!裏からのは私と二人で対応するぞ!」
「言われずとも……逆に押し返してくれる!」
町田の指示に河上も頷けば、ゆらりと刀を揺らして目の前にて得物を構えるオロチの面々に向けた。
海神の神殿に大蛇が這い寄り巻きつく。
クラブポセイドンにて、オロチと、TEAM PRIDE連合軍の抗争が始まったのだった。




