奴隷の格闘技
神山の断りと、その理由を聞いた赤田は、黙り込んでしまった。
「とは言え……今回のオロチの件で、貴方達クライムとの関わりを疑われたのは事実ですので」
「む?」
「貴方達もオロチと敵対し、俺たちもオロチの襲撃を受けました、このオロチの件に関してはTEAM PRIDEも、ポセイドンも敵対関係にありますので、こちらに関しては手を組みたいかと言われたら頷かざるを得ません」
しかし、神山はここで『オロチ』の名前を出した。無頼闘士連合オロチによる襲撃、そしてクライムボーイズとポセイドンもまた、オロチと敵対関係にあり、TEAM PRIDEはそれに巻き込まれた形となったのだと。TEAM PRIDEがクライムボーイズの傘下として活動、同盟を組む事には反対だが、オロチに関しては敵対している以上協力はせねばならないと、神山は述べた。
「……つまり何か、仲間にはならないが敵対はしない、しかしオロチとのいざこざは、ポセイドンと一緒に解決しましょうと?」
「まぁ、そんな所です……俺たちもオロチを一度退けはしましたが、全く組織の全体も掴めてないですし」
神山の要求は無茶苦茶だった、仲間にならないが当面の危機は互いに乗り越えましょうという、虫のいい要求だった。そんな要求を飲むわけなど無い、ましてや逆に押しつけて何様のつもりだと、赤田は苛立ちを感じて眉間にシワを寄せたが、吐き出した言葉は柔らかだった。
「それはないんじゃあないか、神山くん?この場合は見返りなりを出すべきだ、対オロチとの同盟を結ぶ代わりに、我々の活動を手伝う……とかね?」
赤田は見返りを出すべきだと神山に嗜めるように教えた。しかし、それを聞いた神山は、顔から力を抜いて納得したかの様に言ったのだ。
「そっすか、じゃあ諦めますね」
「はぁ!?」
「というわけで、帰っていいですか?」
即座に諦めて、神山は何食わぬ顔で立ち上がり、出口へ向かおうとしたので、呆気にとられた赤田はつられるように立ち上がり、神山を呼び止めた。
「ま、待ちたまえよ!そこはこう、君は粘るべきではないかね!?諦めが早すぎないか!!」
これから交渉が始まる所だろうと、赤田に言われた神山だが、振り返って赤田に見せた表情は、なんとも面倒くさそうな嫌な顔だった。
「いや、だって……そもそもですよ、まだ色々話の準備とかまだですし、仲間にも色々相談しないといけませんし、今の要求も試しに言ってみただけですし」
「た、試しだと!?」
「はい、そもそも俺、クライムボーイズの存在自体を疑ってまして、こうして本拠地とリーダーの赤田さんと話をできただけで収穫ありかなと思ってますし」
というわけでと、神山は深々と頭を下げてから赤田を見つめて言うのだった。
「また仲間達としっかりお話をした上で、クライム様との今後をどうするか決めさせて頂きますので、後日伺いますね」
「ご、後日……」
「ありがとうございました」
礼儀正しく、後日話をしに来ると宣った神山は、そのまま振り返り赤田の元から立ち去った。消えゆく足音を前にして、赤田の顔は……苛立ちと怒りに紅潮していた。
何とも身勝手な輩か、下手に出ていればつけ上がりやがってと、赤田は拳を握り締めて神山の後を追う。そして、親指と人差し指を口に咥え、思い切り口笛を鳴らしたのだった。
背後より鳴り響きし笛の音に、神山は一度振り返ったがまた出口を目指した。とりあえずはクライムボーイズは本当に居て、その活動内容は国家転覆を目的としたテロリスト集団と理解した神山は、これをTEAM PRIDE、果ては主人のマリスに報告する事にした。
なお、この時神山、本当に翌日に改めて訪問して話し合いをする気満々であった。連れて来られた際はナイフで脅されたが、赤田正次は話せば分かるタイプだと思って、菓子折りを持参して出直す気で居たのだ。
そして廃墟から出て、広場の光景を見た時。神山は目を思い切り見開かせる事になった。
廃墟を取り囲む様に、逃さんとばかりに神山を取り囲む、ミリタリー集団。手には木材やら、ナイフやら、手入れがされていない剣と様々な得物を携えて、神山を睨みつけていた。
さっきの口笛かと、神山は後ろを振り向いた。そうして廃墟から歩み出てきた赤田正次を見て、神山は目を細めた。
「神山くん、君は……我々がこのまま話を断って、はい分かりましたと帰す輩と思ったのかね?」
「さっきまでそうかなと、今変わりました」
ミリタリーコートを脱ぎ捨てる赤田、細身ながら引き締まった肉体と、身体中にある傷跡が、確かな強さの説得力を匂わせた。それを見た神山は、両手の指を握っては解いてを繰り返しながら、右へ、右へとゆっくり歩き出した。
「我々からすれば君やTEAM PRIDEは、貴重な戦力足り得る者達だ、だからこのまま仲間にならないならば、君たちの好きな方法を使わざるを得まいよ」
「あはー、殴って泣かして、言うこと聞かせるってやつ?」
「よく分かってるじゃないか」
「あはははは」
神山は少しばかり笑ってから、息を吸って赤田を睨みつけた。
「随分舐め腐ってんな、できるとでも思ってんのかテメェ?」
随分自信ありに挑発をする赤田に、神山は明らかなる敵意と殺気を向けた。
「ひゅっ」
それが合図とばかりに、赤田から息が吐き出され、素早く踏み込むや左の拳が放たれた。それを左手で弾いて返しの右ストレートを放つ神山に、それをダッキングで避けてさらに左フックを放つ赤田。
スウェーバックで回避し、間合いが広がった瞬間、互いに地面を蹴り飛翔した。
「ジャァアアッッ!!」
「ヒュオオオァアア!!」
神山が放つ左の飛び膝と、赤田の放つ左の飛び膝、互いの向こう脛がぶつかり合った。
TEAM PRIDE 大将
神山真奈都 (ムエタイ)
VS
クライムボーイズ リーダー
赤田正次 (???)
Are You Ready?
FIGHT!!
着地した瞬間だった、赤田正次が異様なる動きを見せた。左へ右へ、揺れ動くかの様なその大きな動きとともに、低い体勢と軽やかなステップを刻んでいく。それを見た瞬間、神山は口端を吊り上げた。もうこの時点で、赤田がどんな格闘技を体得しているか分かったからだ。
それに対して神山はすり足で、じわじわと距離を詰めていく。
すると、赤田の動きに合わせるかの様に、神山と赤田を囲んだクライムボーイズ達が、手拍子とそれぞれの携えた得物を打ち鳴らし始めた。まるで民族音楽が如く整ったリズムに、赤田の動きが早く、躍動していく!
「ヒュオアァア!」
そのリズムに乗った赤田の体制が、一気に浮かび上がるや、鋭い回転と共に神山の顔面目掛け後ろ回し蹴りが放たれた。
「ッッう!?」
遠心力を加えた凄まじい勢いの後ろ回し蹴りが、神山の鼻先を掠めた。その勢いのままに赤田はさらに回転し、バック転までして着地して間合いを取り、またも左右に揺れ動き出す。
「カポエイラかよ、映画でしか見た事ねぇわ」
赤田正次のバックボーンを前に、感想を漏らした神山は。映画でしか見た事の無い格闘技を前に、いよいよ笑みを強めたのだった。
『カポエイラ』
それは厳密に言うと、格闘技と呼ぶよりは、ブラジルの文化の一つである。古くは南米ブラジルにて、黒人奴隷が手枷をはめられながらも、音楽と共にダンスと見せかけて練習していた為『奴隷の格闘技』とも呼ばれたりしていた。その為、手による攻撃は少なく、逆立ちからの蹴りやダイナミックな動きからの蹴り技があり、組手の際にも音楽の演奏をする中で戦うのが一般的だ。
大きなステップより放たれる蹴りの威力とスピードは凄まじく、当たれば無事では済まない。また、そのトリッキーな動きは相手をかく乱させ、技の出所を掴ませはしない。
そんな大振りで大きな動きは、実戦でどうなのかと思われるが、総合格闘家の中にもカポエイラをバックボーンとした選手が存在している。実戦でも申し分ない格闘技と言えるだろう。
神山は目の前でカポエイラを見たのは、これが初めてだった。しかし、映画の中では目にしたことがある。まさか、異世界の大地でカポエイラとやり合う事になろうとはと、リズムを刻む赤田を前にして、神山は間合いを詰め、攻撃に移った。
「シイッ!」
先程の後ろ回し蹴りのお返しとばかりに、右足のローキックを神山は赤田の右腿へ見事に当てて見せた。廃墟へ響き渡る乾いた音、そしてたった一撃の蹴りを喰らい、赤田の左右へのステップ『ジンガ』が中断された。
「ほ、ほっぉ?流石ぁ……」
身体を上げて、回り込む様に小走りしながら赤田は神山の蹴りを褒めた。
「顔引きつってんぞ、痩せ我慢してんな!」
間髪入れずに神山の右ローが放たれた、しかしそれを左足を上げて回避しながら、そのまま神山の顔に左内回し蹴り『ケイシャーダ』を放った。
「チッ!」
「そら足ぃ!」
スウェーバックで蹴りを避けた神山に、赤田はその内回しから流れるかの様に、神山の前足たる左足を払う様に蹴った。
「おわっ!?」
蹴りの後という隙を突かれ、地面に倒れる神山、そこに待っていたとばかりに赤田は逆立ちしながら勢いをつけ、倒れた神山の顔面を右足の脛で叩きつける様に振り下ろした。
「っあああ!?」
「ヒィイヤッ!」
横に転がって間一髪で回避した神山は、すぐ様立ち上がろうとすると、立ち上がり間際の中腰の態勢に、赤田の踵が凄まじい速度で横薙ぎに振り抜かれた。
「ぐぁあ!?」
右の肩近くにめり込んだ赤田の右踵に、またも地面に倒される神山だったが、なんとか立ち上がる。しかし、それもお構いなしに流れる様なステップで、赤田は神山への距離を詰めた。
「そらそらぁ!反撃はどうした神山ぁ!!」
トリッキーな動きとともに、揺さぶる様に放たれる蹴り、足を払う蹴りから頭を狙う連携、そこから更に腹を押し込む様に突き刺す蹴りと、凄まじい変化量に神山はひたすら下がらされた。
「痛ぁああ!?」
踵が、爪先が、膝の横や肩口、腹に減り込んで確実にダメージを与えられていく。トリッキーな足技を前に、防御からの反撃ができず、神山は翻弄され続けた。
「そらくらえ!」
そして、とどめとばかりに側転から勢いをつけた回し蹴りを赤田が放とうとした瞬間。
「ッシャアアアラ!!」
「おごっ!?」
赤田の背中が思い切りの力により蹴り離された。




