理解できるが賛同し難い
神山の足は、平民街の奥地へと向かっていた。前後をミリタリーファッションの、おそらく現世からの召喚者二人に固められて、細い路地を踏み進めて行く。
平民街の奥地は、まるで打ち捨てられた廃墟だった。昔はまだこの辺りも人が居たかもしれないが、今の表の街並みに蓋をされて、影に隠れて廃れていった、そんな様子が神山には伺えた。人気も無い、本当にこんな場所に人が居るのかと勘ぐってしまう。
やがて、神山と神山を連れたクライムボーイズの二人は、開けた場所に出た。一際大きな廃墟だ、廃墟の中心に小さな焚き火が灯され、あちらこちらには同じミリタリーファッションを纏う者達が、話をしていたり、こちらを見ていたりと、生活を営んでいた。
「我々の本拠地だ、表の街に消え去った廃墟でな、我々はここで生活している」
「そっすか」
「神山、君をリーダーに会わせる」
いきなりチームの首領に会わせてくれるとは、相手方も話がしたかったのだろうか。そう思いながら神山は、先導する青年に追従し、廃墟の中を歩いた。石造りの建物だ、昔は何かしら荘厳な建造物だったのかは知らない、しばらく廃墟を歩くと、恐らくは会議かはたまた首領が居座るだろう部屋に来た。
何故それが判ったかというと、廃墟には扉も遮りも無いが、そこには廃棄されたソファにテーブル、そのテーブルには広げられた羊皮紙、壁にもいくつか羊皮紙が打ちつけられていて、奥には青年が座していたからだ。
そして、神山からしてもこの青年の装いが、クライムボーイズの頭である事を断定させた。何しろ、これ見よがしにミリタリーロングコートを肩に羽織っていたのだから。神山を案内した青年は、そんなロングコートの青年に一礼をして出て行った。
「はじめまして、神山真奈都くん、君の事は色々と見させて貰っているよ」
「はぁ……」
石造りに日陰となると冷たさを感じて涼しい、この廃墟群が表町の裏に蓋された様な立地で、陽が当たらないのもあるかもしれない。ロングコートの青年は、手をソファに指し示した。座れという意味かと、神山はその通りに座った。
「まず名乗るべきだね、僕の名前は赤田正次、クライムボーイズのリーダーをやらせて貰っている、君と同じ劣性召喚者だ」
「はぁ、これはどうもご丁寧に、神山真奈都です」
クライムボーイズのリーダー、名前を赤田正次と名乗るや握手と手を差し伸べてきたので、こちらも握手を仕返す。と、神山はその手の感触にふと顔をしかめた。
皮が乾燥してズタズタだった、しかも意外に握力の強さも感じた。何かしているなと、同じ人間なのかと神山は手を離しながら考えた。
「君の実力、いや、TEAM PRIDEの実力はしかと見させて貰ったよ、展覧試合も、オロチとの接触も……仲間たち全員の強さは一流だね、素人でも分かる」
まさか展覧試合まで見ていたらしい、しかもオロチとのいざこざを見ていたあたり、このクライムボーイズの情報網は中々に広いのだろうと神山は赤田の話に頷いた。しかし、結局彼らが接触し、こんな本拠地らしい場所まで連れてきた理由は一つだろうなと、神山は話に割って入る事にした。
「それで、ご用件は?」
「うん、予想している通りさ、君たち全員クライムボーイズに来てくれないか?それか、クライムボーイズと同盟を結んで欲しい」
それを聞いて神山は、自分が予想していた通りの話に、あー……と困りを含んだ声を出した。
「いきなりですね赤田さん……そもそも俺、クライムボーイズについて全く何も知らんので、いきなり入れだの同盟だのと言われましても……ね?」
神山は言った、そもそも自分達はクライムボーイズについて何も知らない、活動内容も理由も知らないのに、分かりましたとは頷けるわけが無いので、先にクライムボーイズとは何か聞かせて欲しいと願った。これには赤田も、目を見開きそれもそうだと頷いた。
「君の言う通りだ、大変な失礼だったな……うん、そもそも我々クライムボーイズは、劣性召喚者の集まりなわけだ、ここで暮らす者達、シダト国内に散った仲間の大半がそう、少数は僕の掲げる事に賛同してくれた優性召喚者も居るけどね」
まず、組織を構成する大半が劣性召喚者らしい。即ち、地方やら中央に『奴隷』として下げられる者達である。そこに、この赤田正次が掲げる何かしらに賛同する優性召喚者達が仲間となっているのだと。頷きながら、神山は話の続きを促した。
「掲げる事、とは?」
つまり、クライムボーイズの活動における目標。神山はそれを問いかけた。そして赤田は、臆面無く言い放ったのである。
「シダト国の転覆と征服、そして劣性召喚者の解放だよ」
「は……?」
凄まじい活動目標に、神山の意識が彼方へ飛んでいった。理解の範疇を突き破った話に、思わず口を開きっぱなしにして、十数秒固まってしまった。そして、赤田の台詞を脳内で何度もリピートし、再確認して、口を閉じてやっと、神山の意識は再起動が掛かったのである。
「えー、えー……?あの、赤田さん?」
「何だい?」
「つまりは、赤田さんは……シダト国内でテロを起こす気で?」
「違う、この場合はクーデターが正しい、国政を奪取し、実権を握りたいからな」
神山真奈都からすれば、テロリズムとクーデターの違いなど差は無いとしか思えなかった。神山は思わず口元を左手で覆い、視線を赤田より外してから小さく唸りを押し殺す様にあげた。
「君自身も、あの城でふんぞり帰る姫に勝手にこの世界へ呼び出された身、そして何もわからず優劣をつけられて、奴隷となった、違うか?」
「まぁ、そうっす、そうっすね、はい」
「酷いと思わないか?最早これは拉致であり、強制労働だ、これが現世ならば国家間の問題となりうる事例だ」
「そうっすね」
「そして優性と選ばれた輩だけが、内地で自由を謳歌している事実、しかも同郷の者を劣っていると蔑みあろう事か搾取の対象としている事実!」
赤田は立ち上がり拳を握りしめて、熱を帯びた弁舌を続ける。
「右も左も分からぬ我々を勝手に呼び出し優劣をつけ!自由を奪い隷従させているシダト国は!何よりその甘い汁を吸う優性召喚者は糾弾されねばならない!クライムボーイズは劣性召喚者へ真の自由と解放を目指して僕が組織したわけだ!その為に我々は資金集めと戦力確保をしている、そして君達TEAM PRIDEを見つけたわけだ!」
赤田正次の弁舌は、事実であるし肯けた。実際この世界の召喚者は、このシダト国の姫にいきなり呼び出され、能力の優劣で分けられた。優性には異能と職業を、劣性には隷従して国に尽くせと自由は無かった。
そうして泣いたやつはいくらでも居る。現に、ポセイドン自体が劣性の烙印を押されて、性消費の道具になりかけた女の子を保護する為に活動しているのだと河上から神山は聞いていた。
何より、TEAM PRIDE全員が劣性召喚者……。神山と中井は隷従していた身であるため、この話で首を横に振る事などできはしない。町田や河上も、そうなっていたかもしれない身であったのは確かだった。
理解できてしまうのだ、骨身に染みて、当事者であるから。
「だから、君たちの力を借りたい、優性召喚者を打ち倒せる君たちが居れば、この国を奪い虐げられている劣性召喚者に自由を取り戻せるんだ!共に僕達と戦ってくれないか、神山くん!」
笑みを向けて手を差し出す赤田正次、なんとまぁ凛とした瞳をしているのか。素晴らしい大義を掲げて、共に戦おうと誘っている。神山は口元を押さえていた手を外し、赤田の差し出す手を見た。
赤田正次の話は、正しいし理解できるし、何より事実だ。召喚という魔法で、現世から勝手に呼び出されたそれは拉致であり、優劣を勝手に分けられ国への労働力として隷従を強いられ、優れた輩は同郷の者を見下し蔑み、甘い汁を吸っている。
それらを打倒し、解放するという目標の、何とも気高い姿か。赤田正次に追従するクライムボーイズのメンバー、そしてこれから彼が解放する劣性召喚者からすれば、赤田正次は正しく『英雄』となるだろう。
「いやー……すんませんが、無理ですね赤田さん」
だからこそ、神山真奈都はその手を取る事はしなかった。
神山真奈都からの拒絶に、赤田正次は驚愕した。
「な!?何故だ!!君も劣性召喚者として隷従させられ、闘技場に居た身だろう!?」
「そうっすね、はい」
「その理不尽に怒りを覚えなかったのか!?」
「あの、待った赤田さん?ちょっと、いいっすかね?」
何故だと拒絶された悲しみの表情を見せる赤田に、神山は待ったをかけた。話を聞いてくれと、少し落ち着いて欲しいと、両手を差し出した。
「まず……はい、赤田さんの話は理解できます、実際自分もそうだったし、今でこそ自由ですけど……奴隷だったのは本当でしたから」
「そうだろう!なら何故だね!?」
「あー落ち着いて下さいって……そもそもですけど、赤田さんは……俺たちTEAM PRIDEがなんで展覧試合に出るか、理由知ってますか?」
神山は、まずそれから知って貰った方がいいだろうと。赤田に確認を込めて聞いた、そもそもTEAM PRIDEが何故、闘士として展覧試合に出ているのか、その理由はご存知なのかと。
「それは……我々と同じ劣性召喚者の解放の為、その力を中央に知らしめる為では無いのか?」
赤田の答えに神山は、そうかと勘付いた。何しろお互い同じ立場、劣性召喚者が故に赤田は、TEAM PRIDEもまた同類と捉えてしまったのだろうと。これを聞いて神山は、首を横に振ってから赤田の目をしかと見て、話始めた。
「赤田さん、俺らはね、そんな大義を掲げちゃいないよ、もっと単純で個人的な理由で、戦ってるんだよ」
「な……その理由とは何だ!?」
神山の話す理由に、赤田は目を見開き問いかける。
「単純に、俺たちの強さを優性召喚者へ知らしめるためだよ、自己満足だ……赤田さん……俺たちはただ、闘いたいだけなんだ、分かる?」
神山の言い放つ理由に、赤田は身体を硬直させた。
「赤田さん、俺はね、現世ではプロキックボクシングのデビュー戦控えてたんだ、幼児の頃からムエタイやっててさ、ずっとやってて、好きで好きで堪らなくて、飯食ってる時も授業中も、寝てる夢の中でもムエタイが頭の中にあったんだ……バンコクに武者修行するくらい好きで、強くなりてぇ、強くなりてぇって毎日毎日練習してた」
神山は、赤田に語り始めた。現世でプロのリングに上がるはずだった事、ムエタイという格闘技に出会い、片時も頭から消えていない程に惚れ込んでいる事を。いきなり話が変わり、それがどうしたのだと赤田は言いたそうだったが、神山は話し続ける。
「いきなりこんな馬鹿げた世界に呼ばれてさ、何もかも無駄になったんだ、戦う場所が無いんだよ……買われた先の闘技場にも、俺の相手になる奴が居なかった、本気を出せる相手が居なかった」
闘技場にも、己の全力を出せる好敵手は居らず、腐るしか無い未来しか無かったのだと。
「そうしたらさ、優性召喚者の格闘家のクラスを持った奴がさ、街の賭け試合に乱入してきてさ、そいつらもまた弱いでやんの……誰だか忘れたけどさ、そいつは選ばれた自分達は現世の格闘技など取るに足らないなんて嘯きやがった」
格闘家のクラスの優性召喚者ならばと、戦ってみれば肩透かしを食らった事。その召喚者の言葉を聞いて、苛立ちを覚えた事。それも全て赤田に話す。
「その後に主人のマリスに拾われてさ、展覧試合を紹介された、中央の輩とやり合える、試合ができるってよ……俺はね赤田さん、ただ単純に闘いたいんだ、この五体に刻み込んだ格闘技で、強い奴らと……」
神山真奈都は告げた。
自分達に大義も、理由も無いのだと。
ただ単純に『闘いたい』
それが、TEAM PRIDEが闘士として展覧試合に出る理由なのだと。
「俺は単純に闘いたい、まぁ、優性召喚者のスキルやらクラスなんて関係無いって鼻を明かしたいのもあるさ、中井は中央で偉そうにしている闘士を泣かせたい……町田さんは、磨き上げた空手を試したい、河上さんは己が唯一の本物だと証明したい……赤田さん、俺たちはね、ただ個人の自己満足を満たす為に戦うんだよ、結局全員、戦いの場を求めて集まっただけなんだ、ポセイドンみたく女性を守るとか、赤田さん達みたいな奴隷解放なんて大義を掲げていないんだ」
だから、と神山は続けた。
「だから、赤田さんの力にはなれないよ、あんたの掲げる大義にTEAM PRIDEは、不純物でしか無いからさ、自己満足を許すほどの組織じゃ無いだろ?」




