現世の確執 〜族と130円と中井真也の過去〜 2
町田と対峙したバイカーギャングの装いの少年は、鼻で一つ息をしてそう言った。
「眉唾だったからね、優性召喚者を倒す劣性召喚者、けどまぁ……こんなにされたら信じざるを得ない」
足元で呻く仲間であろうチンピラを、足で軽く蹴転がして呻く様を眺めて少年が神山と町田を見た。
「色々整えて出直すよ、またいずれやり合うだろうしさ」
それだけ言って、その少年は背を向けて歩き出した。ゆっくりと、逃げるはずなのに歩いて、離れ始めたのである。しかし神山も、町田も、その少年を止める事はしなかった。それを皮切りに、倒れ伏していたチンピラ達も、各々体を引き摺り逃げ出していく。
「なんだったんすかね……」
「さぁ?だが、計画性がある……僕たちを狙っていたのは確かだ」
「いずれとかぬかしてましたね、また来るって事ですか」
雨中の襲撃者は一体何者か?それも分からず、ただ逃げ行く輩共を見て神山と町田が対話した、一体何だったのかと呆れたくなるが、それはさておいて神山は唸り出した。
「あぁーっ……何発か貰っちまった」
雨の中の集団戦に、身体中いくつも打撃をもらって鈍痛に神山が呻く。対して町田は、まだ流れる鼻血を指でぬぐい、ため息を吐いた。
「僕もだ、鼻から血を流したのは何ヶ月ぶりやら」
「えっ、鼻だけっすか、貰ったの」
「あと、胸と腹に1発ずつ……早い分足元もこれじゃ、受けもできん」
あまり傷を負っていない辺り、町田恭二の空手による防御技術の高さが窺える。二人して汚れた外見を互いに見て、お互いに項垂れて口を開いた。
「こんななりでパンは買えないっすよね」
「帰ろう、出直しだ……」
こんなズタボロでパンの買い出しに行ける筈も無いと、神山と町田は、憂鬱な気分を抱えながら来た道を歩き出した。そして……嫌な事は続くもので。
「うーわー……スコール止んだよ、少し待ってから出ればよかった」
激しいスコールが止み始め、曇り空から日光が差し込み出したのを見て、神山はさらに苛立ちを募らせるのだった。
「皆、無事で良かったわ……マナトもキョウジも同じ事にあっていたのね」
マリス邸宅リビングにて、TEAM PRIDE面々は集まった。俺と町田さんが帰ってきて聞いてみれば、この屋敷にも襲撃がかけられたらしい。それを中井と河上さん二人で追い返したと言う。
俺と町田さんが離れた後に襲撃したあたり、しっかり計画は立てていた様だ。戦力を分散して各個撃破の予定も、個々の戦力は見誤っていたらしい。
「全く、何処のどいつらが俺達に襲撃かけたのやら」
一体何処のどいつが何のためにと、俺はソファで足を組んで愚痴を漏らす。とりあえず、シャワーを浴びて汚れを落としたが、身体中様々な場所が痛い。あんな泥濘でよく自分は戦えたなと、今更無茶をした事を思い返す。
「襲撃をかけたのは、オロチって言うこの世界のギャングみたいな組織さ」
「オロチぃ?なんですかそれ?」
そんな俺の愚痴を聞いた河上さんが、対面のソファに座り、肘掛に肘をついて頬杖を突きながら答えた。
「河上、知っているのか?」
「ポセイドンとやりあってる、内地の雇い手が居ない優性召喚者の集まりさ、なんでもこの世界の違法奴隷商に劣性の女召喚者を卸したり、ドラッグまで捌いてるんだとか」
町田さんの問いかけに、河上さんが答えて、そのオロチとやらの活動内容に目が丸になった。こんな世界にも居るのかよ、シチリアマフィアとかロシアンマフィアみたいな輩が、しかもそれは召喚者の組織なのだと言う。
「て言うか、河上さん何で知ってるんですか?」
「カイトから端々に話を聞いてな、話としては知っていたが会ったのは初めてだ」
河上がなぜ知っているのかは、敵対している組織であり、クラブを経営する『ポセイドン』のオーナーさん、カイトと親しいからだった。だが、話で聞いただけでオロチと対面したのは初めてらしい。
「まぁオロチがどんな組織かは、よく知っているのが一人いるから彼に聞こうよ、ね、中井くん?」
自分が話せるのはここまでと、河上さんは別のソファでくつろいでいた中井に目線を送った。
「シンヤ、今日のあの人達、知ってるの?」
中井に関わりがあるのか?俺も町田さんも、マリスも中井に目を向ければ、中井は河上さんを見て顔をしかめた。
「河上さん、僕が知っているのは現世のオロチで、今のこの世界のオロチは知らないですよ?」
現世のオロチ、なる単語に俺は首を傾げるも、河上さんがいいからと話す催促を始めた。中井は少々、嫌な顔をしながらだがゆっくり語り出した。
「あー、え〜……恐らく、いや、八割方なんだけど……そのオロチ、無頼闘士集団オロチって名前で……僕が居た街の暴走族だと思う、ていうか、絶対そうだ」
「暴走族が……?」
「うん、そいつらの残党が組んだチームというか、組織に違いない、こっちで話した嘉戸って奴が、そうだと言わんばかりの反応見せたから」
そう言った中井は、右手で額を触りながら、ため息を吐いて話を続けた。
「なんて言うかさ、現世の因縁まで召喚されるのかな?本当、こっちでも馬鹿やってるみたいだし、頭が痛くなるよ」
中井の言う因縁とやらに、俺も町田さんも河上さんも、そしマリスも皆が話に耳を傾ける。
「ーーあれ、どこから話したらいい?」
のだが、中井自身どこから話すべきなのかこんがらがってしまい、皆に尋ねてきたのだった。
「ならば……その暴走族と関わった時から……」
町田により話の方向と始まりを指定されて、中井は少し困ったように顔をしかめる。
「関わってから……となると、僕が英和田町に流れ着いた頃からになるんだけど」
「待った中井、流れ着いた?え?風来坊でもやってたの?寅さんなの?」
流れ着いたなどと、中々に使わない表現に俺は待ったをかけた。しかし中井は苦笑しながら言うのだった。
「元居た町で、いじめやら親族関係で問題があってね、全て終わらせてから僕は、英和田町の私立中学に編入したんだ、サンボを教えて貰ったのも英和田町に来る前だったなぁ……」
あまり話したくない過去らしい、英和田町に流れ着く前、そして今から語られる流れ着いた後。
中井はそれを、俺達に語り始めたのだった。
「ほんと、昔は僕も荒れていた、なんて元ヤン自慢じゃあるまいのにさ」
夏休みの前の出来事だったか、僕は校内の中庭にあるカフェテリアの自販機にて、ジュースを買っていた。僕が前の街から転校した私立中学は、おぼっちゃま校でもありながら、自由な校風をしていた。敷地内に自販機などと、高校なら当たり前だけど、私立中学でこれがあるのは中々嬉しい。
その僕の目の前で、一人のクラスメイトがおずおずと、僕を見てから頭を下げた。
『中井くん……その、本当に藤池くんを……』
『あぁ壊したよ、君の願い通りに……130円で藤池の今後の人生もね、彼は一生ベッドの上だ……惜しいなー、五輪期待される柔道の逸材だっけ?』
目元を隠したクラスメイト……山岡くんだったか。
彼は平々凡々ながら心優しい人間で、あまり学校でも目立たないクラスメイトだった。
『まぁでも君は悪く無い、悪いのはさ、君の彼女一ノ瀬さんを脅して犯そうとした藤池じゃない?中学柔道の期待の星が、脅迫レイプ未遂なんて最低だ、死んでもいいのさ』
僕の言葉に山岡くんはびくりとはねた、自販機の取り出し口から、炭酸ジュース……何飲んだっけ、あー……カルピスソーダだったかな。それを取り出してプルタブを開け、僕はそれを傾けた。
『しかしまぁ……君達ってこう、進んでるね、一ノ瀬さんのエチケットポーチにゴムを入れてて?落として藤池に中を見られて?それで脅されたなんて……そこは君が持っとくべきだろう?』
説教臭くなりながらも、僕は女にそんなものを持たせるなと山岡くんに言った。もし君が持っていたならば、こんな事にならなかっただろうと。それを聞いた山岡くんは、否定できないと目線を僕から外した。
『じゃあこれで僕の依頼は終わりだ、ただこれだけは肝に命じておきなよ、君は缶ジュース1本で人の人生を破壊したんだ、君が僕に頼んだのだ、それを努忘れない様に』
カルピスソーダを飲み終え、自販機の傍にあるゴミ箱に投げ入れる。そうして僕は山岡くんの横を通り抜ける、山岡くんは礼を言わなかった。僕に他人の人生を壊す依頼をしておきながら、一言も。
話し合いでもすると思ったのだろうか、そんなわけない。脅迫して犯す輩なぞ、四足の獣と同じだ。まぁでも、彼は一生苛まれるだろう。自分の彼女の肉体を犯そうとした、藤池の顔が過ぎる。自分が彼を壊したのだと、一生罪の意識に翻弄されるのだ。
『もうすぐ夏休みか……』
照りつける太陽の熱く眩しいこと、今の暗雲立ち込める山岡くんの心情とは真逆の晴れ模様。
そんな夏休みに、僕は奴らと対峙したのだった。




