現世の確執 〜族と130円と中井真也の過去〜 1
「あー、あー……あー、笑っちまうな、オロチ、ねぇ?」
敵を前にして腹を抱えつつ笑う中井に、河上も少々反応に困った。しかしだ、無頼闘士連合オロチ……河上もその名前を聞いた瞬間、飄々とはなれずに目元を歪ませた。
「カイトから幾度と聞いた、シダト国内の違法奴隷商、違法薬物の売買を取り仕切る……あぶれた闘士の集まりとな……」
嘉戸白雄は中井の笑い様に苛立ちを見せ、何よりこの雰囲気を破壊した事に舌打ちはしたが、河上より手頃な返答が来たのでそれに乗っかった。
「はっ、なら話は早え、テメェら……これ以上こっちの領域に踏み込んだら、命はねぇぞ?」
「この様で貴様それを言うのか?」
脅すにしても痛めつけてからではと、死屍累々を前に河上が言うと、嘉戸は笑みを見せた。
「はっ、テメェらは本当の闘士の強さをしらねぇから言えるのさ、こいつらこそシダトの地方の末端に所属している、名ばかりの優性召喚者だ、まぁ……お前らの強さは誤算でもあったがよ」
こちらの強さはそこまで見積もってなかったらしい、しかし領域に何時ぞや踏み込んだ覚えはないのだがなと河上は顎に手を当てて考える。
「もしもテメェらが、ポセイドンやクライムボーイズにこれ以上関わるなら、オロチはテメェらも、背後の貴族も構わず潰しにかかるってんだ、まぁ今日はその挨拶だ」
嘉戸は鼻笑いをしながら、今後の行動次第ではと釘を刺す。そして指を一つ鳴らせば、街路に倒れ伏す亡骸達が一人一人形を無くして行き、雨に流され消えていった。どんな原理なのやらと思いつつ、嘉戸白雄とやらは魔法使い系統の優性召喚者で在る事が理解できた。
「この世界で命が惜しけりゃ、足元見て歩けや劣性共、じゃあな」
背中を見せて帰ろうとする嘉戸、逃すと思うかと柄を握りしめる河上だったが、嘉戸を止めたのは意外な人物だった。
「あ、ねぇあんた、もしかして英和田町出身だったりする?」
河上の呼びかけに嘉戸白雄は、首を振り向かせ中井を見るのだった。
「やっぱりだ、じゃああれだ、あんたらのその〜〜無頼闘士連合オロチ?だっけ、旗があるでしょ?それ、黒地の布に八岐大蛇のイラストじゃない?」
首だけで無く、嘉戸の身体まで向き直った。まるでこちらの正体を知っているかの様な口振りに、嘉戸も、そして河上も驚くしかなかった。
「中井くん……彼らを知ってるのか?」
「知っているのは、僕の街の、こいつらの前身の族の事」
ここまで話せば、嘉戸は帰れなくなってしまった。何しろこの異世界に、自分たちの現世を知る人物が現れたのだから。まさかと思ったが、中居の話の中の一文字が、それを確信たらしめたのだ。
「族……暴走族か?」
「うん……多分こいつらは、二代目英和田暴走連合オロチの残党だよ、この世界に来てまでバカやってるみたいだ」
「テメェ……どこまで知ってやがる?」
中井の語りに嘉戸が睨みつけた、しかし中井は笑みを押し殺しながら河上に語り始めるのだった。
「僕の師匠がロシアに帰り、事情で親元から離れて、僕はその町の私立中学に編入した、英和田町って言う町にね」
中井は過去を語り始めた。
過去のイジメから立ち直り、親元を離れて流れ着いた町。
関西のある町『英和田町』
英和田町には、英和田駅という公共交通機関の要があり、その沿線を隔てて北と南で分かれていた。
北の『上方』南の『下方』
それぞれの区域に高校があり、まとめて上方の学生、下方の学生と呼ばれていて。北の上方は都市開発により、私立校が多く、所謂金持ちや頭いい奴らが集まっていた。
対して南の下方は、田舎情緒溢れるとは言い様で、開発もなく取り残された街並みに、昔からの人間が住まう、何より貧乏で頭の悪い奴らが、集まっていた。
地域格差とでも言うのだろうか、こうなれば南側はヤンキーやら暴走族が現れて、毎日血で血を洗う抗争をしていたらしい。何より、下方の学生は上方の学生をカツアゲしたりと『上方狩り』なる事もしていた。
その下方で最強のチームだったのが
『英和田暴走連合オロチ』
英和田に数多ある、族やヤンキーチームの中で、町最大規模の暴走族。夜中には他県にまで出向いて暴走をしていたチームだった。ただ、初代総長は所謂『化石』の様な男であり、英和田暴走連合が下方を統一してからは、初代総長による号令で、上方への学生への迷惑を力で無くしたのであった。
現代では珍しい硬派一心の喧嘩と走りのチームとして活動していたものの、その時の初代総長の引退、解散によりチームは霧散した。
解散後、まだ暴れ足りない奴らがそれを良しとせず、勝手に名前と二代目看板を借りて立ち上げたのが『二代目英和田暴走連合オロチ』
初代と違い警察沙汰は当たり前、時には麻薬密売やヤクザ 、半グレ集団との関係など、初代の活動とかけ離れた暴走族であり、チンピラ集団に成り下がったのだった。
「それがこいつらの、現世の姿ですよ河上さん、それがこんな世界まで来て同じ様な事してるなんて……笑いを通り越して呆れてきたよ」
まさか現世の地元で暴れていた暴走族が、この異世界でまた形を変えて現れるなどと誰が想像できようか、それが分かってから中井は口元をまた押さえた。河上からして目元の細め方や、笑い方から愉快でたまらない様だ。嘉戸は未だに笑う過去を知る輩に、いい加減苛立ちも限界が来ていた。
「知ってたらなんなんだよテメェ、あぁ?」
嘉戸から、過去を知っていたらどうなんだと威圧される中井。即ち、過去を、現世で中井の言う通りの族の集まりである事を認めた事になる。中井はそう聞かれて、ニンマリと笑みを浮かべるのだった。
「決まってる、病室から出れなくなった二代目総長の様に、そして大切な証であった君達の単車の様に、もう一度破壊し尽くすだけさ」
中井真也が吐く大言には、さすがに仲間たる河上も顔をしかめた。大言結構、しかして相手は一組織、個人で戦えるはずが無い、ましてや相手は優性召喚者……現世で喧嘩して勝ったのかは知らないが、その時とは違う。
だから、河上は流石に言葉を挟もうとしたのだが……中井は右手をポケットに入れて、何かを取り出す。そしてそれを、嘉戸の足元へ投げ落としたのだ。
「ああ?」
嘉戸も、河上も、中井が何をしたいのか理解出来なかった。しかし、中井が何を投げたのかは2人にも分かった。
日本円だ、百円玉1枚に十円玉3枚、計130円也。それを何故か中井が嘉戸の足元へ投げたのだった。
「今のリーダーは誰か知らないけど、いや、順番なら翡翠くんかな?君は二代目からのメンバーじゃないだろう、それをリーダーに渡してこう言うといい……お前の命、缶ジュース1本ってね」
何だその必殺仕事人じみた予告はと、河上はいよいよこれは中井と彼らの話になり、蚊帳の外にされて暇になったなと立ち尽くした。
嘉戸は、舌打ちを一つしてから硬貨を拾いはせず、背中を向けて杖を振るえば、空間が歪んでそこに消えていく。まるで乱気流の渦の様な歪みに嘉戸は消えて、先程斬り殺し討ち倒した輩も、居なかったの様に消えたが、雨に薄まる血が確かに、奴らがそこに居たのだと訴えかけていた。
「あーあーあー……なーんでこっちの世界にまで因縁が流れ込むわけ?めんどくさい……」
消え去った嘉戸に対して、伸びをしながら投げ捨てた日本円硬貨の元へ歩いて拾い上げる中井。雨足が良くなっていく中、河上は中井に尋ねた。
「この世界のオロチと、現世の暴走族のオロチ、中井くんは確執があるみたいだな?話してもらえるか、何せポセイドンとオロチは敵対している……客の縁もあるからな」
河上が尋ねるは、中井の過去に、現世とこの世界のオロチの関わり。河上自身はポセイドンとオロチの敵対関係、オロチという組織を前から知っていたのもあるが、そこに中井真也が現世から関わりを持っていた事を聞くのだった。中井は、ポケットに硬貨を入れてから河上へ振り向き、少々恥ずかしそうに言うのだった。
「陰キャの嘘な武勇伝にしか聞こえませんよ?」
「真実だろう?」
「まぁね、神山達が帰ってきたら話しますから」
一方、その神山達はーー。
「ラスットォオ!」
絶賛戦闘中だった。神山は、自分の方に集まった襲撃者の最後の1人へ右のストレートを叩き込んだ。顎を射抜いた見事な右ストレート、地面がぬかるんでいながら何とか踏み締めて放った右に、襲撃者は顎を射抜かれ膝から崩れ落ちた。
息を荒げる神山、汗と雨すら皮膚に当たれば蒸発しそうな熱を身体に宿して、辺りを見る。十数人は居るか、よくまぁこれだけ相手して勝てたなと、両手を膝について肩を上下させる。
「し、死ぬかと思った、あぁ痛っっう」
途中殴られたり蹴られたりしたダメージもある。しかし、寝んではいられなかった、町田恭二もまた戦っている、加勢せねばならない。神山は町田が向かった方向へ目線を送った瞬間ーー。
「くぁああ!?」
町田恭二が地面を二転三転して、神山の近くにまで転がってきたのだった。
「町田さん!?」
町田が吹き飛ばされて転がっている、しかしすぐ様受け身を取り膝立ちに復帰して、対峙する相手へ視線を戻した。
「大袈裟に飛んでるけど、よくまぁカウンターを合わせて来たネ、こんな地面なのに骨に響くよ」
町田の前に一人の男が歩み寄る、明らかに倒れ伏したチンピラと違う、バイカーギャングじみた革ジャンの男が、血の混じった唾を吐いて町田と神山を見るのだった。
そして神山はその姿を見た瞬間に理解する。
この男もまた"やってる"男だと。格闘技を経験して、習得している男だと。
「加勢するよ町田さん」
加勢の意思半分、興味が半分で神山が町田の前に出ようとした。しかし町田はすぐ様立ち上がるや、神山の前に腕を出して前に出るのを妨げた。
「神山、必要無い、俺の相手だ」
鼻から血を流しながら町田は神山を止めた、親指で血を拭いながら神山の前に立ち、相手を見据える。
「町田さん、これ喧嘩ですよ何してくるか分かんないから手伝いますって」
しかし神山は引き下がらなかった、試合や死合では無い喧嘩である。何してくるかも分からない相手ならば、加勢も必要だと。基本喧嘩は何があるか分からないのだ、町田の様な実直な男だと足を掬われかねないと諭す。
「TEAM PRIDEの闘いに、二対一の闘いがあるのか?」
しかし町田がそんな事を言うので、神山は、それを言ったらもう駄目だわなと、その場で立ち止まった。
「やれ待たせたな、続きをしようか?」
そうして町田が構えるのを見て、バイカーギャングの男は、周囲にて呻く襲撃者達を見て、鼻息を一つして口を開くのだった。
「いや、この辺にしとくよ……甘く見すぎた様だ君たちを」




