裏庭青空ジム計画
「テメェらに残された道は二つだ」
「俺たちに媚び諂って生きるか!全てを明け渡して逃げるか!」
「劣性召喚者と外壁落ちの召喚者の有象無象に何ができるか」
「よーく考えて決めろや、あぁ!?」
目の前で、偉そうに宣う輩がいた。
そいつは俺達に選択を迫った。
『服従』か『逃走』か。
相手の背後に屯すは、加護と力を与えられた者達。
僕達の背中には、与えられなかった者達と、与えられながらこちらに立つ者達。
そして僕達は……与えられなかった者達だ。
この世界は残酷だ。
与えられた力の有無で全てが決まってしまう。それは、紛れも無い事実だ。僕達は所謂、搾取される側であり、家畜に等しいのだろう。
そして何より、敵は最早この国である。
ただの悪党ではない、権力を持ち、力を持ち、なにより背後には国が控えていた。
即ち、負けは見えているのだ。最初から勝ちの無い戦いであるらしい……。
だがしかし……それとは別に目の前のこの輩には腹が立って仕方ない。権力を傘に、力を行使し、思い通りがままとするこの輩を……僕も、横に並ぶ皆も、背中に立つ人々も許さないだろう。
僕はゆっくりとそいつに歩み寄り……。
「ぶげぁあああ!?」
丁重に、顔面を足底で蹴り抜いてやった。
「答えはこれだ、チンピラ共」
それを聞いた神山も、町田も、河上も……その背後に立つ男達も。
皆が蹴り倒されたチンピラの背後で立つ男達を睨み付ける。
「来いよ真正面から、お前らチンピラ召喚者に何ができるか、教えて貰おうじゃないか?」
それは、僕たちがひたすらに拳を振るった日々の話。この世界で加護も異能も与えられなかった僕たちと、そんな何もかも持った奴らとの、血で血を洗う抗争劇。
以後、この国でも大事件として記録された、召喚者同士の戦争じみた抗争劇。
『優劣戦争』と名付けられた抗争が始まろうとしていた。
本戦出場決定戦まで約一ヶ月……俺達は祝勝会も終えて、試合に必要な備品を購入してからというもの、残り一ヶ月は調整期間として、各々準備をしていた。
「うーし!中井、町田さん、悪いけどそのままな?すぐ縛り上げるから」
「できるだけ早めにねー!」
「たのむ、ぞ!」
マリス邸宅は裏庭にて、俺は金槌で楔を地面に打ち付け、そして楔の輪に縄を通してきつく縛り上げながら、縄の先に居る『ある物』を支えている中井と町田さんに声をかける。
縄は斜め上に伸びて、庭の丈夫な木の枝にかけられ、そこには円柱型の革製の袋が下げられていて、中井と町田さんはそれを支えていた。そう、サンドバッグである。打撃トレーニング様に必須な備品であり、俺達はそれを設営していたのだった。
「よし!ふたりともゆっくり!ゆっくりな!」
しっかり楔に縄を巻きつけて縛り上げ、固定できたのを確認して、中井と町田さんへゆっくりサンドバッグから手を離す様に指示する。二人はゆっくりとサンドバッグから離れれば、木の太枝は軋んだり揺れたりする事無くしっかりとぶら下がってくれたのだった。
「上手くいったな……ふむ、うむ、現世のと何ら変わらん」
軽く揺れるサンドバッグを触りながら、町田さんが拳を握り小突いてみる。質感から何から変わらないと、懐かしげに呟きながら、少し強めに殴ってみた。
「サンドバッグはこれでいいか、機材は運ばれ次第設営だな」
「じゃあ後は裏庭の草刈りか、河上さんの手伝い……を……?」
サンドバッグの設営を終えて、後は裏庭の草刈りをすればと俺が言いつつ、ふと周囲を見渡すと……すでにその必要は無かった。マリス邸宅の広いながら、ていれされていなかった裏庭の生えに生えた雑草は切られて纏められて、後は燃やすばかりだ。
草の山を掻き切る音がする、シャリン、シャリンと上半身裸の河上さんが、西洋大鎌を巧みに振るって、長く生え伸びた草を刈り取っている。農家が使う丸のこのエンジン式草刈機より速いスピードだった。
「おーい!草を集めるの手伝ってくれー!」
サンドバッグを吊し終えた俺達に、河上さんが気付いて手を振って来た。本当にこの人は、刃物なら日本刀だろうが包丁だろうが扱いが上手いのかもなと、俺は河上さんの指示通りに庭に何箇所も積まれた雑草の山を、集めるために動き出した。
『練習スペース作らないといけないな』
それは、俺達が備品調達を終え、昼食を食べてからマリス邸宅に帰って来てからの俺の一言だった。
そう、俺達の鍛錬の場所だ。
剣奴時代は雇主の養成所で鍛錬できたが、解放されて、闘士となりしばらく。試合には出たが、練習はしていなかった。そもそも練習相手も場所も無いのが事実であったが、今や中井、町田さん、河上さんと3人も相手が居る。そしてマリス邸宅の、手入れをしていない広い裏庭があると来れば、それはもう練習スペース……いいや、青空ジムを作り日々の鍛錬を積むべきであると。
その発言をして翌日に、街中で買い付けたグローブやらが来たのは驚いた。何より、マリスさんが闘士の練習用のサンドバッグまで手配していたのもびっくりだった。なお、オーダーメイドの道着にオープンフィンガーグローブは、試合前まで待つ必要があるらしい。
というわけで、裏庭の整備と青空ジム作成に朝からかかっていたのだ。とりあえずは、ジムらしき形には近づいたと思う。
マリス邸宅裏庭『TEAM PRIDEジム』設備は現在、吊るされたサンドバッグ3本と……。
「はぁらしょぉおおぉおぃい!」
中井真也が、木槌を思い切りに振り下ろし、地面に大きな木の杭を打ち付ける。さながらハンマートレーニングの様に気合を込めて。
「チェェストォリャアアアア!」
それに続いて河上さんも、木槌でチェストして、杭が4本打ち立てられた。杭同士を線で繋げば大きな正方形が出来上がる、そこに俺と町田さんで、3本の縄を張っていく。
上と真ん中と下、それぞれで木杭を角として縄で囲んでいけば、手製のリングが出来上がった。
「いやー……できましたなぁ」
「できたねぇ、案外難しいかと思ったけど」
暑い日差しの中、野郎四人が汗をかき上半身裸で裏庭整備にリング設営。簡素なリングと呼べるのかも分からない、縄で区切られた四角形と、木に吊されたサンドバッグ。
TEAM PRIDEの青空ジム、ここに完成と相成った。
さて……リングを見ればやはり心が疼くものだ。自ずと縄を潜り、リングの中に入った俺は、自ずとステップを踏み始める。
「お、シャドーか?」
中井に尋ねられ、俺は頷きながら構えを取った。
シャドーボクシング。立ち技格闘技における基本的な練習法の一つ、時には肉体を温めるアップ運動として、鏡の前でのフォームチェックとして、様々な意味合いがある練習法だ。
目の前で仮想の敵を想像して、ステップで距離を取り、避け、ジャブを放ち、蹴りを放ち……と、様々な動作を練習する。
無論俺も何度もこれをしている、ジムに来てからだったり、試合前だったり。こうして動いて体を温めて肉体のエンジンをかけていくわけだ。
「シィイッッ!」
ワンツー、ワンツー左フック、ジャブから左アッパー。
左に動きながらフック、左前蹴り、バックステップ。
スイッチフェイントから右ミドル、右ストレートから右肘。
地面をすらしながら様々な動きを確認する様にしていけば、やはりリングがあるだけで気分が違うなと、俺は3人が居る前にも関わらず、シャドーボクシングを続けた。
「神山くんってさ……ムエタイなんだよね?キックボクシングじゃなくて」
「そうっ、だけど!」
「ムエタイの割に結構動くよね、ムエタイってこう……互いに棒立ちというか、あまり動かないイメージあるけど」
そうしていると、中井から疑問が飛んできた。俺の戦い方はムエタイと言いながらキックボクシングに寄っている風に見えると。これに対し俺は、シャドーをやめて中井に答えた。
「後半はばんばん動くよ、俺は前半様子見つつ後半に畳み掛ける戦い方だからさ……こっち来てから様子見出来ないくらい長引かせたく無い相手も居たけどね」
この地に来て戦う相手の違いにもよるが、本来はこうして動くのが自分のスタイルであると。
ムエタイ自体、確かにキックボクシングとは違い激しく動く展開はあまり無いと思われる。それは競技性の違いから来る物だ。
賭け事の側面を持つムエタイは前半のラウンドに勝負を決めにいく展開は、八百長を疑われる。前半のラウンドは様子見と客による選手の見極め、後半のラウンドから攻めるのがムエタイのセオリーとなる。
中井の言う、ムエタイはあまり動かないは、確かに当たっているのだ。だがしかし、スタイルまでこの世界をムエタイ寄りで戦えば、その前に倒されてしまうのだと俺は中井に説明した。
「そうなんだ、じゃあ実際は長引くほど戦いやすい感じ?」
「そうだな、アマチュアでも最終ラウンドで盛り返せて勝ったのが多い」
そうして話をしていれば、俺たちの背中から声が掛かった。
「みんなー、作業お疲れ様、ヤシの実買ってきたわよー」
主人のマリスが、裏庭に出るベランダより皆を呼びかけるのだった。
シダト王国は亜熱帯から熱帯の環境に位置する国であり、その大地にもまさかと思ったら、あったのだ。
ヤシの実、所謂ココナッツである。
「ふふーんふーん」
そんなヤシの実に、河上はナタを振り下ろして外側を剥ぎ、中の種子を取り出していく。ココナッツは、未成熟な緑色の大きな外側の殻を剥いだ先にある、種子の中にココナッツジュースが含まれている。これは液状胚乳と呼ばれ、さらに中には白くてコリコリした食感の固形胚乳が付着し、それを生食する。
ココナッツジュースは栄養がたっぷり詰まったナチュラルジュースである。特にミネラルが豊富で、カリウム、マグネシウム、カルシウムを含み、筋肉の痙攣を抑える効果があるのだ。ただし、糖分も中々に多い為、多量に飲む事はよろしくない。
スポーツドリンクで水分補給をする現代人には、代替品となるだろう。河上はガラスの水差しに、取り出した種子の硬い皮を切り、中に見えてきた真っ白な固形胚乳へ穴を開け、ジュースを移していく。
移し終えてから、固形胚乳を適当に切り小皿に盛り付け、ココナッツジュースの水差しには、氷水をゆっくり入れていった。ココナッツジュースの氷水割り、普通に飲むよりも飲みやすいそれを、グラスに注いでいく。
「はい、できたぞー」
「あざまーす……あぁ、これだわ」
河上にココナッツジュースを渡され、神山はそれを飲む。冷水で割ってはいるがほのかな青臭さと、感じる少しの塩気は、昔タイの露店で売られた物を思わせる味だった。
「結構青臭いな……あーでも、確かにスポドリに似た風味が、微かにあるね」
「何というか……きゅうり?から絞った水?の味がするな、塩気も微かにあるけど」
中井と町田にはあまり馴染みが無いのか顔をしかめた。中井はその青臭さに、町田はその風味に難色を示したが飲めないわけでは無いらしく、カップのココナッツジュースをゆっくり飲んでいく。
「それにしても、今日は一段と暑いわねニルギリ、貴方も執事服はやめたら?」
マリスも汗を拭い、普段のドレスとは違う薄着にホットパンツと南国の美女らしい服装で、ニルギリに執事服から変える様に言うが、あいも変わらずニルギリは喋らず首を横に振った。
「無理しないでよね、倒れたら意味がないんだから」
何が彼をそこまで意固地にさせるかは知らないが、ニルギリは執事服を脱ぐ気は無いらしい。代わりに河上が水分補給だけはと、冷たいココナッツジュースを手渡せば、ゆっくりとだが飲み始めた。
「さてさて、神山くん……あと何がいるかな」
皆にココナッツジュースを配り終えた河上が、自らのグラスを持ちながら、裏庭の青空ジムを見て他に必要な物を聞いた。
「あとはテントかな、リングとサンドバッグのエリアまでの大きなやつ、他の道具も随時搬入してから考えようと思う」
「日陰は必要だな、いずれはちゃんとしたリングも作りたいな」
「バーベルとかこの世界あったっけ?」
闘士達が口々に、我らが拠点たるジムの完成の為に必要な物を語る。それをソファから眺めるマリスもまた、ココナッツジュースを飲み、中の白く柔らかな固形胚乳を齧りながら、闘士達が笑い合う様を眺めた。
「お父様が見た景色も、こんな感じだったのかしらね」
そんな呟きは闘士達には聞こえなかったが、ふと裏庭から見ゆる空が、曇りだしたのを見てマリスは皆に声をかけるのだった。
「一雨来そうだわ、ここまでにしときなさい」




