備品調達とこの世界の成り立ちと、炭の匂い 下
海老尽くしが始まった。
まだ店の名前も聞いちゃいない、しかして料理の美味いこと。さらに神山に中井町田達三名の、まだ大人ですら無い育ち盛りの闘士三人に、グルメな二十歳の河上、無論量も自ずと大量になるものだ。
神山達の長机に、次に次にとシダトテナガエビ料理が運ばれて来る。
「マリスさん、海老は俺が剥くんで気にせず言ってくださいよ、ニルギリさんも食べて食べて」
「そのままもいいけど、この薬草?のソースがまた良いわね、ピリッとしててアクセントが好みだわ」
追加の炭火焼が来れば、意外にもマリスがよく食べた。剥くのに慣れていないので、見かねた神山が手際良く剥いて用意して、マリスがそれを食べていく。ニルギリは執事として、それは自分がすべきことの様なと眼差しは困っていた。しかし海老剥き名人の神山に手が追いつかぬと悟り、大人しく炭火焼をゆっくり味わうのだった。途中、店主が特製ソースを持ってきた事により、炭火焼の追加が更に一皿増えた。
「はぁ、やっぱりニンニクは正義だな……しかし、この味……醤油か?いやナンプラー?この世界でも中華華僑が流れ着いているのか?」
河上が頼んだガーリック炒めは当たりだった、ニンニクの芽の食感に海老の歯応え、そしてこの世界のニンニクもまた現世と変わり無くパンチも風味も凄まじい。しかもだ、味は中華風に似通っている。醤油か魚醤がこの世界にもあるのかもしれないと河上は漏らした。小皿を用意して貰いシェアしながら食べるが、マリスはやはりニンニクの臭いに躊躇していた。
「すっぱぁあ……あー、すっとして爽やかだわ……くどいかと思ったら癖になるな」
なればと河上は、シダトテナガエビのマリネを注文。生野菜と茹でたシダトテナガエビに、レモン汁とビネガー、塩胡椒のシンプルなサラダ。爽やかな風味が清涼感を誘う一品は、中々仰々しい姿の海老から想像つかぬ上品な味わいだった。これは中井が気に入ったらしく、癖になる味だと評した。
「これも美味いな、野菜と揚げた海老の春巻き?いや小麦生地だからタコス……ブリトーか、食いでがある」
町田が気に入ったのは、海老と野菜を小麦生地で巻いた、いわゆるブリトーだった。新鮮な野菜に揚げた海老、こちらは甘辛いソースでまとめ上げた一品は、まるで海外のダイナーで出すかの様に豪快だ。
皆が皆、エビ尽くしな昼食を堪能するのだった。
「ふぅ……こっちのビールはやや薄味だな、そう……これはあれだ、アメリカのローリングロックに似ている」
そしてやはり我慢出来ずに、河上静太郎はビールを頼んでいた。ゴブレットに注がれたビールを傾けて飲み、その味がアメリカのビールと似通っていると評する。
「あー……結構食べたなぁ」
「美味しかった、しばらく海老はいいくらい食べたよ」
剥き殻が盛られた更に、空の皿、結構食べたなと神山が語れば中井はしばらく海老は食べたく無いくらいに食べたと、エビ尽くしに背もたれに身体を預けて天井を見た。マリスも口元をハンカチで拭い、満足したと一息吐けばニルギリがハンカチを回収した。
「さて、神山くん?改めて聞くけど、君はこの世界については全く知らないみたいだね」
ビールが入ったゴブレット片手に、河上は神山に向けて言った。
「知ろうともしなかった感じですね」
知らないというより、知る気も無かったのだと神山はドライな事実を述べた。あまりにも荒唐無稽な、異世界転移なる事実を認識する気も無く、この世界を知る気にもなれないのだと。だが、こうして未だに生きてこの世界で戦う以上、世界を知るべきだと河上は顔を横に振った。
「それはいかんな、外を知らないのは、シダト領内も他国も知らないのだろう?」
河上の話に神山は頷いた。この王都ルテプ以外、シダト領内や世界情勢を知らないと見るや、河上はまたゴブレットを傾けて飲み下し、酒気を帯びた吐息を吐いた。
「郷に入ればなんとやら、この世界で日本人を貫くのは些か無理がある、何かしでかして牢に入れられるのも嫌だろうよ?」
「そりゃあまぁ……」
無知は罪であると河上の話に神山は何も言えず、河上よりこの世界の有様を学ぶ事になった。しかし、このまま居座るのも悪いので、神山もまた食後の飲み物を頼む事にしたのだった。
「シダト国はこの世界の南側の国さ、まずこの世界はパンゲア大陸と同じ、一つの大陸で出来ているのだが、シダト国はその南端に位置した王政国家だな」
「ぱんげあって?」
「キミ、世界史とか苦手だったりする?」
机に広げられた大型の羊皮紙は、態々河上が今日の調達の合間に買ったらしい、この世界の地図だった。これを見せられ始めて神山は、この世界の有様を知る事になる。
まず、この異世界は現世と違い『一枚の大陸』で出来ていた。現世では約3億年前、全ての大陸が繋がっていた『パンゲア大陸』と同じ構造であり、シダト国は南端の国であると、地図を指差した。
「南側の海洋に面した国家、気候は年中暑い熱帯気候だな。海産資源が豊富で、名前すら言わない『姫』が治め、召喚を行い、労働資源に利用かつ蠱毒の如く闘士を戦わせている……それが今俺たちの居る国だ」
自らが居る国が、南端の国など全く知らなかった。国を知れば気候も知れると言うが、シダト国は熱帯気候らしい。いやはや、暑いわけだと頷いて神山は河上の話のある事に気付いた。
「え、姫の名前は知らないのか?」
そう、自分達を召喚した『姫』の名前だ。この国の元首であり、自分達を召喚した彼女の名前はどうしたのかと、河上に問いかけた。
「姫の名前はな……無いらしい」
「無い?」
「この国の慣しよ、国を治める王や姫は、継承と同時に名前を捨てるの、そして国民も、貴族も、誰であろうとも、何かの拍子に名前を知っても名前を呼んではいけないの」
妙な慣しだ、それは何故と聞く前に、その姫様とやらの名前自体はあるらしい。マリス曰く、何かの拍子に知れるのであれば、そう言った資料や名前を刻んだ物が現存して大衆の目にも映るのだろう。それこそ、姫になる前は普通に名前を名乗っていたわけだろうし、その時代を知る人間なら名前を呼んでいたのが分かる。
「なにそれ、つまり姫とやらはまるで政の為の機械みたいだな」
それを聞いた中井がそう呟いた。
「それってどう言う意味だ、中井」
「言った通りだよ、国を治める為に?か、人間らしい権利を捨てて、全く外界と関わらない様にしたり、象徴になって国をまとめあげる、その為に名前だとか、自由だとかを捨てるんだ、そうして普通の人間と関わらない様にしてね、外部からの権力への侵略を防いだりするんだよ」
政治の機械化か、どうなのやらと、神山はあまり良く無い頭で考えてみる。精々姫と会ったのは最初の会合だけで、彼女の事など知らない。未だに、内地の城で召喚魔法を使ってこの世界へ勝手に呼び出され、この世界で戦わされたり働かされたり、こっちとしてはたまったものでは無い。
結局のところ我々は、召喚されて、戦わされて、何をさせたいのだと理由を知りたい神山。この世界に来て三か月近く、戦い続けても理由は判らぬままである。
「続けるぞ、シダト国より領土線を北東に越えるとな、バザル公国という国がある」
「公国……あれ、公国ってなんだっけ?確か習ったな……」
「貴族が治める国が公国な、王国は王様が治める国だ、神山くん……キミ、やっぱり頭悪い?」
「否定できねぇ……」
頭の弱さを中井に指摘されるも、実際現世ではそうだったと頭を抱える神山に、河上は苦笑しながらも話を続けた。
「でだ、バザル公国より西……あー、シダトから北西だな、そちらは共和制国家のザティスがある、ザティスはこの大陸の半分を領地とする国家だ」
「へー……つまりあれか、この世界はシダト、バザル、ザティスの三国で大陸を保有しているわけ?」
シダトから北西の、大まかな部分を指で丸を描いて、ザティスなる共和制国家の領地の広さを河上が示し、これは即ち、三国志の如く三分に世界が分かれているのかと神山は納得した。
「そうなるな、そしてその国全部が、召喚して俺たちみたいな輩を呼び出しているんだと?」
「は!?」
そして、その後の河上より語られた事実に驚愕した。この馬鹿げた召喚が、他の国でも行われているなどと、そんな事実に神山は目を見開き驚かざるを得なかった。
「待て待て待て!そんな事したらそれこそ、現世の行方不明事件が多発して、下手したらいずれ全員こっちに来るだろうが!?」
神山からすれば、現世からの召喚が続く事即ち、現世の人口減少とスケールの大きい部分に繋げて、危機感を募らせた。それに対して河上は落ち着けと、ゴブレットをまた傾ける。
「いやそれがな……俺もそう思った訳だが……実は気になる話を聞いてな……そうだ、神山に中井、町田……現世では西暦何年だったか分かるか?」
神山は河上より、現世の西暦を聞かれた。町田も、中井も聞かれて、皆がどうしてかと考えつつも口を開いた。
「2019年の5月だ間違いない」
神山真奈都は、自分が居た日本の西暦を答えた。
「2018年の12月だね、僕はこの夜に不良達から襲撃を受けた」
「2018年の9月、たしか河上と一緒だ」
中井と町田も答えた、河上静太郎と町田は同じ日にこの世界に転移して来た事を言うと、河上はクスクスわらいながら口を開くのだった。
「そうか、じゃあ驚くなよ?バザル公国の召喚者にはな、2030年から来た未来人が殆どらしい、このシダトにも来てるんだと」
「2030年……冗談だろ?」
河上の信じられない話に、神山と中井はから笑いするしか無かった。自分達より先の時代の人間が、この馬鹿げた世界に転移していると言うのだから、そればかりはあまりに信じられない話であった。
「で、だ……他にも疎らに来てるみたいなんだ、2021年だの、2015年だの……どうやらこの召喚とやら、時空すら関係無いらしい」
時空すらねじ曲げた召喚魔法、それを聞いた神山の内に怖気が宿った。それこそ、いくらでも好きな様に召喚してこの世界に呼び出せるではないかと、改めてこの世界の召喚魔術の非情さに拳を握りしめる。
「それとな……これは酒場で聞いた話なんだけど……神山、2001年9月11日、何があったか知っているか?」
「は?俺生まれてないぞ?」
「世界史で習う筈だ」
神山真奈都、2019年時点で16歳の彼には自らが生まれる3年前に、世界史にも載る程の事件がある事を、覚えていなかった。その日、その年に何があったか……神山が世界史の霧かかった記憶を引き出す前に、中井が答えたのだった。
「アメリカ同時多発テロだね……」
「中井くん正解だ、後でこの世界のアイスを買ってあげよう」
中井から言われて、神山はやっと思い出したのだ。確かに習った記憶があったなと思い返すと、河上は矢継ぎ早に宣うのだった。
「そのアメリカ同時多発テロな、無かったと言う召喚者が居るんだよ」
そして、その歴史に中井が目を見開いたのだった。対して町田は知っていたかの様に目を閉じ腕を組み話を聞いていて……神山はそこから導き出される、この馬鹿げた世界への召喚魔法のある事実に辿り着いたのだった。




