備品調達とこの世界の成り立ちと、炭の匂い 中
装備品調達はこれで終わった、時刻は正午近くとなれば、平民街は活気付く。シダトの昼間は暑い、熱帯にも似た気候と蒸し暑さを煽るように、道端には幾つか屋台が出て来て、オープン型の食堂も客で賑わい出した。
「あっつ……どうします昼ごはん?屋敷まで帰りますか?」
用は済んだし、暑いし、屋敷に帰って昼ごはんにしましょうかと中井が、手で首元を煽ぎながらマリスに尋ねた。マリスはニルギリにより日傘をさしてもらい、汗は自ら拭いている。この暑さにドレスだ、脱水症状や熱中症になってもおかしくは無い。
「そうねぇ、ニルギリに今から作らせるのも悪いから、ここら辺で食べていきましょう?私も少し休みたいわ」
マリスの提案により、平民街エリアで昼ごはんを食べる事と相成った。となれば、早速何を食べるのかを決める必要がある。
「マリスさん何食べたいですか?」
「とりあえずは冷たい飲み物かしら、食べ物は何でもいいわ」
中井からすれば、雇い主たるマリスに合わせるべきだろうなと、まずは彼女の要望を聞いたがマリスは食事よりも飲み物と涼しさが欲しいらしい。それを聞いた中井だったが……。
「どうする、何か食べたい料理とかある?」
逆に困った。主人が何を食べてもいいから、それより涼しさが欲しいらしい。何を食べたいか、中井は一同に尋ねてみた。
「別に、なんでも構わないよ?」
町田恭二も指定が無かった、いきなり言われて困っているみたいだ。
「俺も、冷たいビール……あ、エールか、そっちがまず必要だ」
河上も冷たさが必要らしい、しかも昼間から酒というダメな親父臭を漂わせている。
「まいったな、腹減ってるけど何食いたいか分からんぞ」
神山は空腹だが、舌が求めている物が分からない状態と来た。決まらないぞ、これは。とりあえずは涼めて、酒が飲めるが条件となると、屋根がある店を探さねばならない。
飯は適当だな、入った店で何が食えるか、それでいいだろうと中井が辺りを見回した……その時だった。
「うん?ま、待った中井……ちょい待った」
神山が、中井に静止を促した。神山はまるで犬の如く鼻息をしてある方向を見たのだった。
「何、いい匂いでもしたの?」
「あぁ、懐かしい匂いだ……いやまさか、まさか?」
神山は何やら匂いで何かを見つけたらしい、そのまま匂いを辿るようにゆっくり路地に向けて歩き出せば、中井はマリスや他の皆に、付いて行くべきか目線を送ると、皆が神山の背中を追従した。
神山の足は平民街の細い路地へ向かう、そしてすぐにマリスや中井達も、神山が感じた匂いと同じ物だろう匂いを鼻で捉えたのだ。
「むぅ、香ばしい匂いだな……」
「あぁー分かっちゃった、分かっちゃったよ俺、神山くん凄いな!」
町田と河上も匂いの正体気付いたらしい、中井も成る程とこの匂いに神山が気付いて、自らもその匂いに腹がこの正体を求め始めていた。
そして聞こえて来た、パチパチとなる音。火の音だ、炭を焼く音だ、匂いもたまらないがこの炭を焼く音、炭焼きの匂いがまた日本人……いいや、地球人にはたまらない匂いだろう。
「ここだ!」
そして細い路地の先、神山はついに見つけた。
まず場所だが、今先程まで通っていた大通りとは隣の大通り、そちらへ抜ける細い路地の途中であった。立地は悪いだろう、表の屋台や店に比べたら内の内の店だった。
しかしだ、この匂いと煙に魅せられ辿り着いた者だけが、この店の良さに気付いてしまうのかもしれない。神山はまず、その店の正面、炭火の上に網を乗せて焼かれている『それ』に目を輝かせた。
「うわ、うわぁ、うわぁ!マジかよ!えぇ!?あんのこの世界に!!」
「どうしたの神山くん、何がそんなーーわっ!手ぇ長ぁ!?」
「何、何が?うわ手長いな!?」
「どうしたの、何がそんな、あら!なっがい手!!」
神山が感動している様子に、中井が、町田が、マリスが何を見つけたのか覗くと……そこにあったのは。
『海老』だった。だがしかし、ただの海老ではない。ハサミが長いのだ、そして網の上からはみ出す程に、赤々と綺麗な色でこんがり焼かれている。まだ焼き始めたばかりの糞長いハサミの海老は、ハサミはまだ青く、尾も青い鮮やかな色をしていた。
そしてなにより、でかいのだ!ハサミを抜いた頭から胴体も!掌にはおさまらない大きさの海老の、炭火焼を前にして神山は蘭々と目を輝かせていた。
「いらっしゃい、あんた召喚者だね?どうよ、ウチの看板メニューであり、シダト国の隠れ名物、シダトテナガエビのバーベキューだよ」
そして、この店の店主が神山達を前に、素晴らしい笑顔で、その海老の名前を皆に教えるのだった。だが、ここで神山が皆に向かって言うのだった。
「オニテナガエビだ、オニテナガエビだよこれ!滅茶苦茶美味いぞ!ていうか匂いがもう美味いやつだよ!」
「神山くん、落ち着きなってば……ていうか何?君エビが好きなの?」
「いや違うんだ、タイの海老ってこれなんだよ!屋台とか、レストランでもこれが出てくるんだよ!それが、それがこの世界にも生息しているだなんて……!」
中井は納得した。成る程、ムエタイ修行でタイに行っていた神山は、タイ料理も好きらしい。タイ料理の中でも、海老を使った料理は……中井が知るのはトムヤムクンぐらいだが、神山はこのシダトテナガエビが、現世のタイ王国に生息してポピュラーな食材、オニテナガエビそのものだから興奮しているのだ。
「ははっ!なんだ兄さん、こいつはシダトテナガエビだぜ?オニテナガエビとやらと似ているのかい?」
「は、はい!まるっきり似てます!俺の第二の故郷の海老と同じです!」
「そうかそうか、じゃあその故郷の味を思い出す為に、うちで食べていきなよ、シダトテナガエビの料理なら、うちはシダト一番だからな!」
これを聞いた瞬間、神山はマリスの方を向いた。ここにしよう!ここで食べようご主人様!中井には、今にも土下座してお願いしそうな勢いが神山に見えた。
「じゃあ、ここで食べましょうか、店主さん、六人お願いしていい?」
「はい!六名様ご案内!」
オニテナガエビとは、テナガエビの中でも大型のエビであり、東南アジアの淡水域及び、淡水と海水が混ざり合った汽水域と呼ばれる場所に生息するテナガエビである。
成長すれば、全長30cmにもなり、台湾や東南アジアではポピュラーな食材で養殖もされて、さらには釣り堀まであるエビである。
そして、神山真奈都がタイ王国ムエタイ修行中、向こうのご馳走として何度も食べた好物でもあった。塩をまぶしての炭焼き、トムヤムクン、ガーリック炒め、春雨サラダ、ベトナム式生春巻き、エビ入りタイ風焼きそばにエビチャーハン。
日本では中々に高いエビも、タイでならリーズナブルに食べれたし、なにより美味かったのだと、神山は語る。
「焼きたてのクンパオ……あ、焼き海老の美味さは皆周知の事実だろうけどさ、オニテナガエビは大きいし、食い出がある、川海老だけど臭みも無い、思うんだ、日本も養殖すればいいのにって」
「環境的に難しいのでは?東南アジアの気候があるからできるわけで、日本で養殖となれば設備投資がいくらするやら、できても安価に売るなら採算取れないかもしれんぞ」
「なんでタイ料理のエビの話から、テナガエビ養殖の話になってるわけ?」
店に通されたTEAM PRIDE一行は、木の長机に対面して座る形になった。神山、中井、町田の三人に対面で、河上、マリス、ニルギリと座っている。
神山は自分のムエタイ修行中における、オニテナガエビとの出会いと、それらを使った料理を説明して、日本で養殖すればよかろうにと言い出し、河上により設備投資や環境から難しいだろうという、養殖業の話になっていった事を中井に突っ込まれた。
この店は小さく、席も長机と簡素な椅子という、所謂この世界の平民食堂のスタイルを取っていた。客足は……彼ら以外居なかった。立地が悪いのもあるが、たった六人で店の中に居ると、余計に客入りが無いように思えてしまう。
「他に客も居ないけど、ねぇ、本当に美味しいの?川海老って、川の魚とかって泥臭いって言うじゃん」
その様子から中井は、この店は本当に大丈夫なのかと心配になりながらも、神山は笑みを崩さなかった。
「まぁまぁ、大丈夫だよ、炭焼きからして違った、炭焼きが美味しい店は大概ハズレ無し、バンコクでもそうだった」
「ここ異世界だからね?」
異世界とバンコクを一緒にするなと中井が言うと、足音が聞こえて来た。店主が両手に皿を持ち、神山達の前に置いて行く。
「じゃあまずは、シダトテナガエビの炭火焼から、じっくり味わってくださいな」
「おっほぉ……きたきた来ましたよーっと」
青い鮮やかな色のシダトテナガエビが、炭火に焼かれて赤く染まり、よく焼かれてコゲもあるがそれまた香ばしい。長い足や髭は最初に切り落とされ、湯気経つそのままの姿で盛られたエビに、神山は手を合わせた。
「いただきます」
神山は、待ちきれないと早速手を合わせて、盛られたエビを一尾取り上げた。改めて手に取れば大きいものだ、一尾一尾が現世の店出しの海老より大きい。
さて、神山がテンションを上げているなか、他の者たちは少々抵抗があった。何せ表路地ではない、客の居ない店だ。香ばしい匂いだったが、本当に美味しいのだろうか……全員その気持ちが少しあったのだ。
いつの間にか、自然と神山真奈都に毒味役を押しつけていたのである。
神山は、そんな事などどこ吹く風と、手際良くシダトテナガエビの殻を剥きはじめた。頭部を捻り、引き抜けば、神山の手に殻から溢れた海老のエキスが付着した。
「あっちぃ、あぁ……こりゃいい」
そのエキスの熱すらも楽しみである、神山は心中で唸った。舐めてしまいたい、殻に蒸し焼きされて溢れたエビの旨味たっぷりエキス!けど皆の手前行儀悪いからできない!
だが、現れたエビ味噌がそれをちゃらにしてくれた。次は足を外し、胴体の殻をと、御手本の如く殻剥きをする神山に、他の皆が喉を鳴らした。
尻尾以外が剥かれたシダトテナガエビの身は、他のエビと変わらない白と赤の綺麗で、湯気立つプリプリな肉質が見てわかる。
神山は有無を言わず、エビ味噌から身まで、一気に噛み締めた。
「んむ、んっ!?」
そして……神山はこの異世界生活の中で、現世を思い出した。エビ味噌のえぐみと、噛み締めるたびに溢れる塩気と旨味のエキス……身の食いごたえ、全てが懐かしい、全てが美味しくてしかたない。
「あぁー……うっまぁい……堪らないわやっぱり」
神山の感想を聞いた皆が、安心からか、それよりも本当にそれ程まで美味いのかと、一様にシダトテナガエビを皿より取り上げてだした。
「美味っ!これはビールが欲しくなる!堪らんな!」
次に食べたのは河上だった、裕福家庭の味にうるさい料理も嗜むおぼっちゃまな河上ですら、称賛を挙げるくらいの美味しさだった。
「美味しいな、川海老とは思えん……というか、エビ自体久々かもしれない、いやはや美味しい」
町田は下手なりになんとか殻を剥き終え、口含めば川海老の泥臭さすらない事、そもそも海老自体久々で、やはり美味いと声を上げた。
「んんぅう、エビ味噌の苦味が、身の旨味と混ざり合って……あ、これなら食べれるわ、エビ味噌だめだったけど、あれ?いや美味いな、エビ味噌?いやこのエビが美味いのか」
中井は甲殻類の味噌が苦手らしいが、味覚が覚醒する程まで美味しかった様だ。
「ちょっと……えぇ、シダトテナガエビって、農家や平民の食べ物じゃないの?こんな美味しいもの食べてたの!?」
マリスは、シダトテナガエビ自体を口にした事が無かったらしい。農家の、貴族はまず口にしない食べ物だったらしく、それがあまりに美味しいと知るのだった。
「え!?これ農家の食べ物なんですか、マリスさん?」
「そうよ、農作地の人間が川に入って網で取るの、ルテプの人間はまず口にしないの……けど、あまりにマナトが食べたそうで、私も見た目や匂いも美味しそうと感じたけど……ここまでなんて」
マリスはどうやら、最初躊躇していたらしい。まず、シダトテナガエビ自体が、貴族や王都住まいの人間は口にしないのだと。シダトテナガエビは、農地や田舎の人間が食べるご馳走なのだが、神山があまりにもせがむ眼差しと、自らも匂いと見た目に興味を持って、試しに頼んだらしい。
「はは、そりゃ良かった、闘士にその主人の貴族が気にいってくれて嬉しいよ」
店主が話を聞いていたらしい、次の皿を携えて歩いて来た。しかもだ、近づいた瞬間、漂うパンチの効いた匂いに皆がその皿に目を映す。
「はいよ、じゃあこれがそっちの長髪さんが頼んだ、シダトテナガエビのニンニク炒めだ」
「か、河上さんいつの間に!?」
「いや、ニンニク炒めってメニューにあったから……うん、ニンニクだし絶対美味いよこれ」
河上静太郎、皆に黙って勝手に一品を頼む暴挙に出ていた。しかしだ、新たな皿に盛られた料理と、その匂いは、あまりに背徳的で魅惑的なものだった。
剥かれたシダトテナガエビ、見えているニンニクと、ニンニクの芽。それらが炒めらて一つの更に交わっているのだ。
シダト王国は王都ルテプ、平民街の隠れた路地にて、TEAM PRIDEのエビ尽くしな昼ごはんが始まろうとしていた。




