備品調達とこの世界の成り立ちと、炭の匂い 上
シダト南西側、所謂平民街を歩くは一人の女性とその背後に5名の男。周囲から見れば近寄り難いことこの上ない、若くも屈強な男を従える貴族令嬢……それが平民街を歩いているのだから。
「まずは……貴方達の装備かしら、防具とかよね?」
前を歩くマリスより、まずは装備を整えようと提案される。試合後に言っていた防具類をまず揃える、中井、町田、河上の三人が『道着』『剣道着』なる物が必要だと言っていたので、それを探すなり作ってもらう事にした。
「て言うか、マジであるんだね、武器屋に防具屋……」
中井が呟いた、看板や、表に掲げられた飾り物のレプリカを見て。現世には無い武器や防具の店舗がある事に、改めてここが現世ではなく異世界である事を思い知らされる。武器屋、防具屋……そんな言葉を聞いたらやはり、少しばかり興味が湧くものだ。
「マリスさん、実際こう……武器となると剣やら槍やら、その辺なんですか?」
「そうね、剣に槍、杖に短剣とか棍棒……お高いのなら魔法を帯びさせたエンチャントウェポンがあるわ」
神山はこの世界の住人たるマリスに問えば、所謂RPGらしいラインナップと、魔法の付帯した武器まであると聞いて、少しだけ、いや中々に興味を惹かれた。やはり男の子である、剣やら魔法やら……ちょっとばかり憧れはある。
「トンファーやヌンチャク、サイはあるのか、マリスさん?」
「は、え?とん、なに?」
そんな異世界のファンタジーの流れを手刀でぶった斬りするかの如く、町田恭二が質問を投げつけてきた。トンファー、ヌンチャク、サイ……空手というか、正確には空手の源流たる琉球古武道の武器だ。突然降り掛かる単語を、全く知らないようでこんがらがるマリスに、町田はしまったと顔をしかめた。
「ああいえ、空手の武器なんです……あるかなと」
「それは……難しい構造の武器?」
「いや、ヌンチャクとトンファーは木で作れます、サイは鉄製の武器ですが形も簡単です」
「なら作って貰えるかもね」
オーダーメイドもできると聞いて、町田はそうですかと静かに笑った。やはり習った武器を作成できるなら、欲しくなるのだろうか。神山はムエタイの武器術を流れで軽く習ってはいたが、身を置けるほどの熟練はしていない。それよりかは、この世界の武器を少しばかり見てみたい気持ちが多かった。
「着いたわ、まず道着?防具屋に聞いてみましょうか」
歩くことしばらく、門構えからして中々敷居が高そうな、荘厳な防具屋の前に皆が立った。所謂『お高そうな店』だ。
ニルギリが両開きの扉へ先に向かい押し開けた、そのままマリスから入り、神山達が入れば、防具屋の中を見て各々が反応する。
まるで、今の流行とばかりに飾られた鎧、棚に置かれた籠手やヘルム、他の客達も居てそれぞれが試しに装備をしてみたり眺めたりと様々だ。
「欲しいものがあったら言いなさい、買うから」
「うわぁ心強い言葉……」
メッツァー家は中央から外壁に追い出された没落貴族、しかし没落は別に財を失った訳でなく、闘士を一人も雇ってないから外壁に追い出されたらしい。だから財源に関しては贅沢が効くらしい。
「あ、シンヤ、キョウジ、セイタロー?ドーギがいるんでしょう、オーダーメイドの手続きをするから私と来なさい?」
と、ここで神山とニルギリ以外がマリスに呼ばれた。道着をこの防具屋でオーダーメイドして貰うらしい、しかし……道着に使う厚手の生地があるのだろうかと。ニルギリは出入り口の横で陣取って直立不動になり、結局神山一人で防具屋内を回る事になった。
とは言え……字が読めないのだ。結局見てくれだけで判断をせざるを得ないわけで、店内を歩き回れば色々とある。しかし、この店はどれもこれもデザインがこう、RPGの後半で着る様な派手で華美なものだ、こんな物を着て動けるのだろうかと見て回る神山に、視界が確かにある場所を捉えた。
「お、これは……」
そう、何と言えばいいのか、大型スポーツセンター内で目当てなブースを見つけた感覚。そのブースだけは、華美さが無いながら、確かに目を引いたのだ。何せ、革製の製品が積まれていたのだから。そして近寄ってみれば、成る程これはと神山は唸りたくなった。
「こっちにもあるんだな、ボクシンググローブ……か?」
そう、神山が見つけたのはボクシンググローブに類似したグローブだった。拳の部分に綿が詰められた革製グローブ。一昔前の、大きいゴテゴテなグローブを連想させる一品、リスト部分は紐で締め上げるタイプ。この世界でマジックテープなぞは無いので当たり前だが、神山自身もジムの練習で使っていたため、試しに手を通してみるのだった。
「お、着け心地いいな……大きさは……大体16オンスか」
見てくれは旧式でしっかりとした革製、大きさや手に感じる重さからして16オンスに相当するグローブだなと、神山はそのグローブを外して眺めた。16オンスは所謂、トレーニング用グローブである。スパーリング、ミット打ち、サンドバッグ打ちに使われるが、何より16オンス、グラムに直せば約453グラムだ。
これで長時間練習していくと、腕の疲労からまるで鉛の様に重く感じるのだ。スパーリング時の安全面確保だけでなく、筋力アップにもいい。神山は他にも同じ様なグローブが乱雑に置かれているのを見て、顎に手を当てる。
「そう言えば……こっち来て戦う機会は多いし、練習してないな」
流れ着いてすぐの剣奴時代二ヶ月間は、剣奴ではあれ設備は整っていたし、練習が仕事だった。マリスと契約してからは、様々な相手と戦い、何よりも試合感覚の短さもあり、体のなまりは無いが……やはり日々の練習はしておきたい。試合経験を積むからこそ強くなれるが、それでは肉体はいずれ壊れる。だからスパーリングや筋トレというのをやるわけだ。
「町田さんと中井と俺、三組は欲しいな」
打撃スパーリングにちょうど良いと、神山はこのグローブを購入する事にした。幸い、自腹に関しては最初に稼いだ金がたんまりある、この程度ならばマリスに頼らずともいいだろうと、神山はグローブを3組持った。無論両手には収まらないので、店員を呼ぶ事にしたのだが。
「マナト、それ欲しいの?」
「お?」
その前にマリスが来てしまった。
「あぁ、練習用の拳を保護するグローブで、自分で買おうかと」
「駄目よ」
「えぇ?」
「私が買うわ、店員さん、これもうちに配達お願い」
マリスは、神山の自腹を切ることを許さなかった。店員が一礼し、神山の持つグローブ類を抱えて、奥のカウンターへさっさと向かってしまった。
「マリスさん悪いですって、これくらい自分で」
「駄目よ、闘士の備品を買うのは貴族のする事、闘士と契約して養うのに、自腹を切らせるなんて笑われるのだから」
しかめ面をマリスが浮かべて、神山は自腹を出すのを禁じられた。この世界の貴族は闘士により格が決まる、そしてその闘士を養い従えてこその貴族なのである、私事以外による闘士の身銭を払わせる事は即ち、まともに養えない貴族の表れという事らしい。マリスの格に関わるというならば、それはまずい事と知り、神山は頷いた。
「すんません、じゃあ、お言葉に甘えます」
「よろしい、そのかわり試合に勝ちなさい?それが闘士の責務よ」
闘士は試合に勝ち、貴族の格を上げる。貴族は闘士の勝利の為に投資する、さながらスポンサーと選手の様だと神山は思うのだった。
「終わったよー」
神山がマリスとそんな受け答えをしていると、奥から中井、町田、河上の三人がこぞって出てきた。採寸が終わったのだろうか、にしては早いなと神山は三人に聞いた。
「早いな、採寸」
「あぁ……何というかあれだ、杖でちょいちょいとされた」
町田さんが採寸が早かった理由を述べた。何とも端的である、杖を振ったら採寸されていたらしい。自分も、何か服を作るべきだったかと神山は思ったが、試合は上半身裸がデフォルトだった為、やはり不要かと考え直した。
しかしだ、採寸はいいとしてもう一つ気になる事があった。
「ていうか、サンボも空手も剣術も、道着の生地あったの?」
そう、生地だ。服を作るにも、まず生地が必要なのだ。道着の生地は実は特殊な生地を使っているのだ、例として柔道着は『刺し子織』『腰地』『綾地』の3種類の生地を使っている。この世界にそれ程の織物の技術があるのか、神山は凄く気になっていた。
「あったよ、普通に」
「え!?」
「しかも、デザインを俺たちの記憶から杖を振って描き起こしやがった」
中井自身も、意外だったらしく頷きながら神山に言うのだった。道着に使う生地があったのだと。しかも、道着の見た目も杖の一振りで再現し、描き起こしたらしい。
「それどころか……撥水加工とか防臭加工も当たり前、防呪加工なんて聞かれた……魔法でできるんだって、しかも半永久的、洗濯しても解けないんだと」
神山は、この世界における『魔法』により、服や鎧のデザインは別として、機能性は現代と遜色無い機能を持ったものが作られている事を理解したのだった。
「てことは……」
「出来上がりは、試合の前日には間に合うってさ……」
河上もその縫製技術の高さに驚いていた、正味この場の全員、この異世界で道着なんざ作れねぇだろうなとタカを括っていたら、金に糸目を付けなければ現代の服と同じ技術や機能を持ったものを、魔法を交えて作成できるというのだ。
あれだ、発展した『化学』は『魔法』と変わらないというやつだ。現代の格闘家やスポーツマンが着ているウェアにスポーツギアこそ、様々な会社の競争研究が生み出した魔法の産物というやつだ。
「じゃあ次は武器屋ね、行くわよ」
「マリスさん、あざまっす!」
「「「あざまーす!」」」
道着問題はあっという間に解決してしまった、そして全てオーダーメイドで特注となれば、凄まじい額になろう。TEAM PRIDEの野郎どもは、河上の号令に続いて全員、主人たるマリスに頭を下げるのだった。
さて、道着は買い付けて発注した。目的の大半はもう済んだが、TEAM PRIDEの足は次の店へ向かう。
『武器屋』である。
ただし、全員武器を買うわけでは無い。用があるのは中井と町田の二人であった。
「革製のグローブ?防具屋のガントレットや、うちのナックルダスターじゃなくてか?」
「ええ、形としてはこんな感じに」
中井真也、町田恭二の二人は、武器屋の店主と対面で椅子に座って話していた。一行が入った武器屋は、先程の小綺麗でお高そうな防具屋とは打って変わって、正しく無骨な、小さい店だった。
ラインナップも、剣や槍に斧と、いかにもな店構え。何故この店を選んだかというと……。
「おやじさんどうかな、鞘とかの革細工を利用して作れない?」
「まぁ出来なくは無いが、これが武器代わりになるのかセイタロウ?」
河上静太郎御用達の店であったのだ。河上は棚上の剣やらをその手に持ちながら、鞘から軽く抜いて刃を見たりとしつつ、親しく店主と会話に入っていた。
神山とマリス、ニルギリは用が終わるまで何もする事がないので、邪魔にならない様に店の隅で待機していた。
「しかし……ふむ、こう指が分かれて綿を詰める場所も区切って、この形で本当にいいのか?」
「はい、その形がいいんです」
中井が見せていたのは一枚の絵だった、中井真也がわざわざ描いたのは、グローブだった。正確には『オープンフィンガーグローブ』
オープンフィンガーグローブとは、総合格闘技の試合にて使われるグローブであり、ボクシンググローブとは全く違う物だ。様々な形状があるが、総じて共通点としてはまず手の形にフィットした造りである事だ。打撃だけでなく、関節技を使う為に指も自由に動かせる作りとなっている。
因みに……このオープンフィンガーグローブを最初に作り出したのは、偉大なる映画スターにして武術『ジークンドー』の創始者『ブルース・リー』だったりする。彼が警察の警棒訓練に使われる籠手を改造して、その原型を作成した。
さらに言えば、現代総合格闘技に近い、殴る、蹴る、関節技という戦い方を、映画『燃えよドラゴン』のオープニングにて、サモ・ハン・キンポーとのスパーリングシーンで披露している。
そのオープンフィンガーグローブを、中井は武器屋の店主に作成を依頼していたのだ。そしてそれを使うのは、中井だけでなく町田恭二もそれを使うと言い出した。空手家として拳を鍛えはしたが、素手で戦うにもやはり限度があるらしい。
「分かった、このくらいで2つなら半月でできよう、出来たらまた店に来てそこからサイズを合わせて行こうか」
「ありがとうございます」
中井が店主に頭を下げて、町田もそれに続いた。武器に関してもなんとかなりそうだ。交渉が終わったらしい、マリスが立っていた隅より歩いてきて、通貨の入った革袋を机に置いた。
「足りるかしら?」
「お嬢さん、魔法加工無しの革細工ならこんなにいりませんよ」
「けど特注になるんでしょ?」
「そりゃそうですが、剣やらじゃないので……」
特注品の発注となれば、相応の額になると踏んでいたマリスに、店主は優しく笑いながら袋を開けて、幾らか取り出した。先程の店の道着の特注に幾ら払ったのかは知らないが、リーズナブルな値段でオープンフィンガーグローブを作成してくれるらしい。
「そう、ありがとう、贔屓させていただくわ」
「はい、よろしくお願いします」
互いに頭を下げて商談成立となった。これで、次の試合で着のみ着のままにはならないだろう。




