翌日、食卓にて。
「トランクスだけは勘弁してください!」
神山真奈都の寝起き第一声がそれだった、神山は息を荒げてベッドから起き上がり、周囲を見渡す。見慣れた部屋だ、マリス邸宅にてあてがわれた自分の部屋、不相応な中々大きなベッド……。
もしかして、夢?あの後祝勝パーティーせず、普通に皆休んだのかな?あぁ、そうかもと神山は息をゆっくり落ち着かせた。とりあえずは、記憶が無いしあの後どうしたのかと、主人に聞こうと思って、とりあえずベッドから出ようとしてーー。
左横を見た神山が戦慄した。
「あ、おはようマナト……」
マリスさんが居た、布団で体を隠している、多分裸で。しかも神山は今更、トランクス一丁と気付いた。神山は秒にも満たぬ時の中で導きだす!昨晩の馬鹿騒ぎは現実であり、そしてベッドに主人が裸で居る、もうまさにそういう事かと!
「はえ?!」
神山が驚いて右に振り向く。
そして更に戦慄した。
「よー神山くん、おはよう」
右横には河上静太郎が肘を付き寝そべりながらこちらを見ていた。裸でーー。
「おぁあああ!?」
神山は驚いてベッドから跳ね上がり、そのまま床に転落した。昨晩の自分の記憶が無いが、一体何をやらかしたのだと神山が落ちると、そこにこれまたトランクス一丁の河上が、何やら掲げて、笑ってこちらを見ていた。
それは看板で、カタカナでこう書かれていた。
『ドッキリ』
「ドッキリ!だーいせーいこーう!」
デッテレー、と音楽が流れ出しそうだったが、神山からしたらたまったものでは無かった。
「あ、朝から勘弁してくださいよ……」
こいつら、まだ酔ってんのかよと、ベッドの下で神山真奈都は溜息を吐くのだった。
「ごめんって神山ー、怒んなよー」
「朝っぱらからあんな下らん事されたら、怒りたくもなるわ」
マリス邸宅ダイニングにて、神山と河上、そしてマリスの3人で朝食を取る事になった。中央の籠には様々な種類のパン、それぞれの皿の上には目玉焼き、ベーコン、サラダ……ファミレスの洋食セットみたいな構成だった。
「マリスさんもだ、河上さんに乗せられんでください」
「ごめんなさい……」
「悪いと思ってるならいいですよ」
マリスがまさか河上のドッキリに付き合うほど、乗りがいいのは予想しなかった、まだ酔ってるわけじゃないよなと、神山は皿の上に盛られた、綺麗なオレンジ色のドレッシングが掛かったサラダのキャベツをフォークに刺して齧る……と、柔らかな甘みと、ほのかな酸味が口に広がり目を見開いた。
「美味いな……何このドレッシング、ニルギリさんこんなの作れたの?」
神山はニルギリがまだキッチンで片付けでもしているから、ダイニングに居ないのかとキッチンの方を見た瞬間、対面の河上が口を開いた。
「あーそれ俺が作った、にんじんベースのドレッシング」
「はぁ?」
「正確にはインドカレー屋のサラダドレッシングの再現な、美味いだろ?ていうか、パン以外は簡単に全部俺が用意した」
以外なる人物が作成者であった事に、神山は目の前の美丈夫を見た。河上さんが?このドレッシングを?というか、この人料理できるのかと、神山はナイフとフォークを置いた。
「河上さん、料理できるの?」
「まーなー、想像できない?」
「何というか、金持ちと聞いたので、執事やメイドや給仕が用意してるイメージが」
神山は町田から、河上の現世での生活水準が高い事を聞いていた。曰く良いところのお坊ちゃん生まれである事を。乏しいイメージだが、そんな料理などとは無縁の生活をしていると偏見じみたイメージを抱いていた。
「それも合ってるが、理由があってな、試し斬りで色々斬ったから、それをそのままにするのもと思って、給仕に料理を習ったんだ」
曰く、剣術の試し斬りの副産物という。
「野菜から氷柱、クロマグロに和牛の冷凍の塊も取り寄せて試したかな、それを両親、うちで働くメイドや執事に振る舞ってたらこうなった、給仕にも手ほどきを受けたり、調理場にスパイスやら材料は大抵あるから何でも作ったな」
試し斬りで使った品々を、そのままにしたくないから自ら調理をした、その果てに色々料理ができる様になったという、なんともダイナミックな話に神山は力なく笑うしかなかった。
料理人を目指すとか趣味ならまだしも、試しの材料の為に料理とは、そんな理由で包丁を握る人は河上だけだろうし、クロマグロやら和牛の塊を取り寄せるのも金持ちらしい試し方であった。
「まぁあれだ、やるならとことんだなと思ったし、良いもの揃えたなら隅々まで使って食べるのが礼儀だろう、だから残すなよ?、残したらお前をケバブにするから」
「残しませんよ、人間ミンチ肉とか洒落にならない」
「ケバブって?」
「僕らの元の世界の、肉料理の一つ、焼くとかローストって意味なんですけど、俺たちの故郷では薄い生地のパンで、焼いた肉や野菜を巻いて作る料理ですね」
「サンドイッチとは違うの?」
「似通った形もありますね」
マリスはケバブが気になったらしい、ケバブ自体種類はあるが、河上さんはポピュラーなドネルケバブの説明だけしていた、もしもマリスに巨大な肉塊が立たされて、回転する様を見せたら興奮間違いなかろうなと神山は思いながら、サラダを完食した。
そのまま籠のパンを取れば暖かいわけで、まさか朝の焼きたてを購入して来たのかと神山は河上を見た。
「パンもわざわざ?」
「あぁ、朝一のをな、焼きたてはいいだろう?」
簡素ながら贅沢だと、ちぎった一欠片を口に入れて咀嚼すれば、ほのかな甘みがなんとまぁささやかな幸せを感じさせてくれる。と、神山はここである事に気づいた。
「あれ、じゃあニルギリさんは?中井は?町田さんは?」
執事のニルギリ、何より昨晩姿を晦ました中井と町田は何処へ?それを神山が言うと、隣に座っていたマリスが、赤面して、ぶつぶつ話し始めた。
「その……ニルギリは、酔い潰れてて……私がしこたま飲ませたみたいで」
「あー、やっぱり……マリスさんめちゃくちゃしてましたからね?」
「もー!」
思い出したく無いのか、そこまで嫌みたらしくして欲しく無いのか、マリスは神山の左腕を何度も小突き始めた。痛いとまでは言わないが身体を揺らされる、ニルギリは今や頭痛でうなされているのか。では中井と町田は?それは河上の口より語られた。
「中井くんはポセイドンの事務所に運ばれたよ、極度の緊張で気絶しちゃったらしくてな、彼は女性恐怖症か何かなのか?」
「えぇ、綺麗な女性2人に挟まれてたから……てっきりガチで連れ出したのかと」
中井はあれからあの状況に耐えれず気絶して、事務所で休ませて貰っていたらしい。余程女性が苦手な様だ、と神山はその顛末に驚いた。しかし……そこまで女性と話が出来ないのは、やはり過去に何かあったのだろうかと神山に思わせる。中井は特に荒んだ中学時代だったと、彼自身の口から端々を何度か神山も聞いていた。
「で、町田は……フェディカと普通に飲んで、2人で別の店で飲み直して、そのまま何事も無く帰ったらしい」
「普通にすか」
「あぁ、あいつは何と純な奴だ」
そして町田は、親しく世話になっているスラム地区の酒場のマスターの娘、フェディカと普通に楽しんで、2人で飲み直し、普通に何事も無く帰って行ったと神山は聞かされた。河上は初心だし純粋な輩と何かあって欲しかったと残念がりながら、切り分けたベーコンを突き刺したフォークを眺めながらそう言った。
「さて、神山くんや……一ヶ月後の本戦出場決定戦……色々準備が必要になるな」
昨晩の話を切り上げて、河上はこれより先の試合に関して話す事にした。準備が必要だと、それを聞いた神山は一度フォークとナイフを置いて、話に集中する事にした。一ヶ月後の試合に向けての準備、着の身着のままで出場して今回は勝ったが、やはり相手は優性召喚者達である。
「装備とかですよね……中井や町田さんも道着が欲しいと言ってましたけど……」
「私もだ、シャツにジーンズで日本刀持ちなどそろそろキツい、まるでアニメキャラだ」
河上さんも今の普段着で刀を振るうのは全力出せぬと宣った、一ヶ月後までに装備を整えねばならないと、それを目標にして動くべきであると話は決まった。
「けど、道着とか生地も必要ですし……ありますかね、て言うか武器屋とか場所知らないですけど」
が、そもそも道着などを作成できる服屋や装備を作る工房があるのかすら分からない。と言うか、神山は今更ながらこの世界の、シダト国内ですら店を知らないのだった。今まで闘技場と酒場、賭け闘技場にスラムと、どこにどの店があるのか、この世界はどうなっているのかすら、今まで知らなかった。
「む、では神山くんはこの王都ルテプからすら出た事も無いと?」
「そうっすね、実際大陸図とか地図とか、全く今まで見た事無いんですよ……この世界は、俺らの世界で言う……伝記とかファンタジーやゲームの世界に類似しているのは分かりますが」
剣に魔法と中世風、まさに絵に描いた様な世界としか、この馬鹿げた世界を掴めてないと神山は改めて実感した。そこに様々ながら、現世の異物も混じり合って混沌としているのがこの世界であると。さらに言えば、この世界の全体図、大陸図や他国があるのかすら全く今まで知らなかったのだ。
「それは……いかんな、とりあえず装備関係を進めつつ、神山はその辺を知るべきだ」
それはいくら何でも駄目だと、河上は神山に危機感を持たせた。自分が居る世界もしらず、情勢も知らず生きるなど世捨て人では無いのだからと、河上に言われて神山は頷いた。
「なら、今日は街を回りましょう、シンヤもキョウジも連れて、装備から何から欲しいもの全部探して、この世界について学ぶといいわ」
なれば、試合に必要な物品を買う傍ら、私が世界を教えるとマリスが言い出した。
こうして、神山真奈都は異世界漂流約三ヶ月が経過して、この世界について知る事になるのだった。




