剣狂いに不死身は哭く
河上静太郎、出陣す。
芝生の足元、そして対面する三又槍にウルフヘアの男を前に、河上の心はなんとも穏やか、平静であった。対してシルバードラゴン、西谷は目を血走らせ、戦う前から呼気が荒々しい。
三又槍、トライデントか、と言うより銛か……それを大きくした感じの槍を見て、河上は口を開いた。
「戦士か?槍は……現世で習ったのか?」
単純な質問、クラスと、その槍は現世で心得があるから習ったのかと。西谷はそれを聞いて、その三又槍を見せて言う。
「いいや、こっちでクラスを得てから、しっくり来て使ってる……クラス持ちはな、自分が得意な武器が手にしっくり来るんだ」
現世にて心得は無し、ただしかし情報が出てきた、クラスに目覚めし者は、使う武器が自分で理解できと言う。ただ好きで持ってはいないわけか、後で記しておくかと河上は考えていると。
「あんたは見なくて分かるよ、あっちで剣道でもしてたんだろう?」
剣道、その二文字を聞いた河上は素早く訂正させた。
「おい、剣道と剣術は別物だ、その間違いはどちらにも失礼だ、俺は剣術家、剣道家とはまた違う」
剣術と剣道、同じな様で実際違うのだ、そう捲し立てる河上に西谷は思わずのけぞった。
「あとな、正確には古流剣術家……いや、すまん、違いなんぞ分からんわな、言い過ぎた、謝る」
「は、え?何だ、情緒不安定だな?」
しかしだ、剣道と剣術、古流剣術家と違いの講釈を垂れた所で、それは無知な輩には理解が難しいし、押し付けだと感じた河上は、すぐに謝った。河上静太郎、傲慢と自我の塊ではあるが、非が自らに有ればすぐ謝る男である。説明が始まったかと思えば、いきなり謝るという落差に、西谷は呆気に取られたが….…。
「い、いや、そうか!そうしてお前は虚を作り、隙を生じさせるのか!危ねー、策に嵌るところだったぜ!」
西谷はこの会話こそが、河上の、こちらの気を削ぎ隙を作る話術を巧みに使った策と思い込んで、自らの頬を叩いたのだ。
無論河上、ただ謝っただけである、そんなつもりは毛頭ないが……まぁそう言われたら、悪戯にも乗りたくなってしまうものであった。
「おや……バレたか、中々目が効くな?」
「おお、今の俺は結構滾ってるからよ、そんな口には乗らないぜ?」
乗せられているのに気付いてすら居ない、何となく人となりが見えて来たなと、河上はそろそろだなと、鞘から刀身をゆっくり抜き放つ。
「ではその滾りとやら、ぶつけて貰おうか?青冷めて覚めてくれるなよ?」
審判の開始はまだ無い、というより互いの名前も呼ばれていない、これには審判も困惑したが、すぐに手を振り下ろした。
「始め!」
鐘が鳴る、そうして西谷は槍を両手に持ち、穂先を下に沈めた下段の構えを見せれば……河上静太郎、同じく落とし下段に構えを取った。
シルバードラゴン、副リーダー西谷誠二。
クラスは戦士であり、三又槍を扱う優性召喚者。TEAM PRIDE面々はこの時まだ知らなかったが、彼は本戦にて未だに『無敗』の闘士だった。
展覧試合ルールにおいての敗北は、戦闘不能になる、降参する、反則とある。判定決着は無いため、展覧試合は勝つか負けるかが殆どだ。
唯一、時間切れの場合は、引き分けとなりルール上、両者敗北として、次の闘士に順番は回るが、戦績上は引き分けとなる。
彼の戦績には勝利数と引き分けしか無く、未だ敗北は無い。
無敗の戦績は知らなかったが、後に河上がそれを知り、納得する理由は、試合開始数秒後に起こったのだった。
「シャラぁあ!」
愚直なまでの突きが、河上の喉元に牙を剥く!早い、軌道も真っ直ぐでモーションも少ない!しかし河上の刃が、真下から真上向けて振り上げられる!
夜街の銭稼ぎにて名物となった妙技『秘剣指斬り』!中央住まいの剣士たる優性召喚者の指を、何十と切り落とした妙技が、突きの返し技に西谷誠二の、槍を持つ前手の左指を狙った!
「熱っつつ!」
西谷誠二、前手たる左を槍の柄から離してそれを見事回避!指は無事だが、口に出したその呻きと共に、見れば、左手掌の肉が切れ、薄皮で繋がっているだけという様を目撃する!
「ほー、避けたか」
涼やかに言う河上に、西谷がバックステップで下がる。手のひらから血はだくだくと流れ出し、前腕に垂れていく。
「参ったするか?槍使い?」
槍を持つ手の肉を削がれた、勝負有りだろうと河上は笑って尋ねれば、西谷は笑みを返して返答する。
「サムライ、優性召喚者を舐めすぎだ」
西谷はそう言うと、削がれて薄皮でぶら下がる左手の肉を、力強く握り込んで見せた。そして、その拳の中から煙が湧き上がり、手を開いて河上に見せつける。
「こちとら、ぶった斬られた程度では負けない身体なんだよ」
西谷の左手の肉が、削ぎ落とされた手のひらが、完治して血も止まってしまったのである!それを見た河上静太郎は、驚愕こそしなかったものの、まさか自分がこのスキルの闘士と相対するかと、河上の口端がつり上がった。
「そうか、そうか……ならば幾らでも斬れるわけだな?」
「斬られるつもりもっっ!」
そうして、仕切り直しとばかりに、西谷は槍を右手片手にて持つや、その腕の筋肉を浮かび上がらせる。
「無いんだよぉお!」
そうして、西谷はその槍を横薙ぎに、フルスイングしたのである。バックステップで下がる河上、しかし、その刃風が髪の毛を、服を豪と揺らし、芝の草を巻き上げる。
「おらぁらぁああ!」
「むうっ!!」
そして次の瞬間には、西谷は人ならざる跳躍力で飛び上がり、河上の頭目掛け槍を振り下ろしていた!すかさず横に転がり回避する河上!芝生の地面に三又槍の穂先が叩きつけられ、周囲の地面ごと巻き上げる!
「ッツッ!」
転がりながらも立ち上がり、振り下ろした様を見る河上。槍の柄の後ろを握り締め、片手で振るうと言う馬鹿げた芸当を前にして、河上は笑う。
「成る程な、優性召喚者の中で、お前は上であったか……」
いよいよ出会ったか、少々早いかと河上は言う。
「違うぜ、俺でやっと中の下だ、ちびったかサムライ?」
それを聞いてか西谷が返す、俺でやっと中堅なのだと。なれば上がまだ居るかと、河上は西谷に言って返した。
「いいや、むしろ反り立ったわ!」
「減らず口をぉ!」
再び、立ち上がり下段に構える河上に、突貫する西谷!豪と唸りを上げる破砕の力を宿した三又槍、それを河上は右斜前に踏み込みーー、槍の柄の横を独楽の如く回転しながら、西谷の左横にまで接近し!
「捨ヤァアアアッッツ!!」
通り抜け様に見えた背中から、左横腹を、回転の遠心力を利用して薙いだ。刀身に伝わった、確かな斬撃の感触と、耳で聞いた水質を含んだ音、背後に抜けた西谷に振り返り剣先を向ければ、西谷は背中から左横腹から血を流していた。
「痛えな……」
そして、その傷が、血が沸騰したかのように泡立ち、みるみる皮膚を形成して、綺麗な肌を作り上げる。こうして目で見て、改めて確信する。
「自動回復か……自動防御といい、早いお出ましよ」
町田が打ち破りしスキル『自動防御』それと同じ様に話に上がっていた『自動回復』のスキル。まさか予選の、二回戦で遭遇するとはなと、河上は西谷の背中を見て呟いた。
「どうよ、諦める気になったか?」
「いや、遠慮が必要無いと分かった」
自動回復の現象を見た河上に、西谷が再び聞く。これにも河上は自信を込めて言葉を返した、死なないなら幾らでも斬れる、そんな思いを込めし言葉に、西谷はこればかりは呆れて叫んだ。
「サイコパスかお前!ちったあビビれよ!」
「サイコパスでは無い、気狂いよ、こいつに魅せられ、この世界に来てから人を斬る感覚に魅せられた剣狂いよーーサイコパスはどちらか言えば先の町田がそれだ」
「どっちも変わらねぇし!?何なんだよお前らのチーム!何なの!?異常者の集まりな訳!?」
「ふむ……戦闘狂に、陰険外道、サイコパスに、剣狂い、うむ!否定できんなこれは!」
「否定しろやぁあ!」
河上からしてみれば、斬っても死なないよく喋る愉快な奴だと、西谷に対して好意すら芽生えていた。面白いやつだ、殺すのは最後にしてやろう、殺せないのかと、赤くなり怒り出す西谷をからかうのだった。
「いやしかし、見事な剛力よな、俺たちの様な劣性は当たれば肉片になろう」
だがしかし、その剛力と言い、人間の枠を逸脱した跳躍といい、その身のうちに宿したスキルやらクラスの力を目の当たりにした河上は、掛け値なしの称賛を送った。
「成る程、となればだ、先のサーブルクロスの秒殺、前の二戦……力を出し切る前に倒してしまった、故に勝てた、とも取れるか……ふむ」
戦いの最中、河上は呟きながら分析した。もしや我々は、秒殺という運の良さに救われただけやもしれないと。長引いていたら、普通に負けたかと、先のサーブルクロス戦を振り返る。
「な、なにをごちゃごちゃと」
さて、斬っても死なない試し斬りの藁代わりがある、自動回復というスキルを打ち破る答え、この身をもって試すかと河上は、先程まで下段に構えていた愛刀を、中段に構え直した。
「さて、さて……腰から両断か、唐竹に真っ二つか、首を斬り落とすか……心臓を貫くか」
その瞬間、西谷の身体から冷や汗が吹き出した!心の臓を握りしめられた、命を握りしめられた様な感覚。絶対に打ち勝つという意思で熱が宿された身体から、一気に血の気と熱が引き下がるその感覚にーー。
「ぉおぉぁおおお!?」
西谷は思い切り、後ろへ飛んでいた!槍の間合いよりも遠く、銃ですら当てるに難しい、それほどまでに遠くまで飛び上がり、その現象に慄いた。それどころか、自動回復の様を見ても河上静太郎は、絶望や困惑などせず、嬉々としてそれを受け止めて打ち破ろうとすらして来る!
「名前を聞いてない闘士よ……どうやったら死ぬ?何回斬れば死ぬ?どう斬れば死ぬ?時間はまだある、それを……試させて貰うぞ?」
西谷誠二は改めて知った、こいつは、この河上静太郎は、狂っている!正気など既に捨て去った狂人だと!
甘く見ていた、同じ人間ならば勝てると、勝ってみせると熱意はあった!同じ闘士であっても、たとえ格上だろうと、己の力とスキルで耐えてきたし、今日まで勝ってきた!
だが、こいつは、いいや……TEAM PRIDEは違う!
一人一人が、現世で身につけている技に絶対なる自信を持って、更にはそれに狂気じみた心血を注ぎ、その代わりに人間性の何かを捧げて強さを手に入れた……TEAM PRIDEは、そんな奴らの集まりなのだ!
勝てるわけがない、こんな奴らに自分が、ましてや予選でまごついてるチームが勝てるわけが無い!本戦の4チームすら、このチームを見て戦慄するに決まってる。
「それでは、時間一杯……存分に死合おうか!」
剣狂いが笑って近づいてくる、たとえ攻撃を放とうと躱され斬られる、参ったすら許さない、この男に玩具とされ飽きるまで斬られる様を想像した西谷は……。
「ひっ!ひぎゃあああああああああああああ!!」
その叫びをシダト内地の端まで響かせたのであった
その後……シダト練兵場にて起こった、この凄惨なる
一戦は、以後この国の闘士の記録から、あまりの凄惨さ故、詳細は抹消される試合となった。
この時、観戦して予選に出場する選手で『自動回復』持ちの闘士数名が心的障害を被り、自動回復は『死ねなくなるという、精神的に壊れる死にスキル』として、優性召喚者内で外れスキルとされてしまうのであった。
その時に試合を見ていた女性、M・M氏の証言は。
『お腹を切って何か引きずり出したり、両足を斬って背中を何度も突き刺したり、やりたい放題で、相手は死ぬに死ねないので審判に助けを求めた』
『うちの闘士で見ていた二人と、執事がその場で吐いた、というか私も吐いた、後で帰ってきた最後の闘士が驚いていた』
『ていうか、やりすぎ、ちゃんと次からは注意します、本当にすいまおぼろろろ』
と証言していた。
以後、あまりにも凄惨な試合を避けるため、この試合以降審判が試合を止める『レフェリーストップ』が導入されたのであった。




