巨人殺しの足関節(ジャイアントキリングレッグロック)
中井真也、現在の身長171cm、体重は現在63kg。
彼の体重を、ボクシングの階級で当てはめた場合『スーパーライト級』に位置する。総合格闘技の場合は各団体で定める体重と階級に差異がある為、プロボクシングの階級で当てはめさせて頂く事にする。
対する、伊佐美光正は、身長約185cmの、体重85kg。プロボクシングの階級で当てはめた場合、彼はクルーザー級に該当する。
中井真也と伊佐美光正の身長差、14cm。体重差、22kg。階級差にして、6階級の開きがこの二人にはあるのだ。
現世において、まずこの体重差と身長差の選手で試合は組まれる事は有り得ない。格闘技においてそれは、やってはいけない組み合わせなのだ。それ程までに『身長差』と『体重差』は、残酷な現実として力の差を見せつけるのだから。
創作物の中で……細身の男が筋骨隆々の巨漢を涼やかに倒すなどという場面がある。技による対応ならまだ分かるが、真正面から打ち破るなどというのは、まずあり得ない。
断言する。
『巨大である事は、強い』という事なのだ。
生まれ持ってしての骨格、積載できる筋量は、才能の一つであり、これは覆す事ができない残酷なる 事実なのである。
現世ならばまずあり得ないマッチメイク、しかしこれは展覧試合、階級というルールは無い無差別による戦いなのだ。
「大きいねえ……何かやってた?」
中井は伊佐美に尋ねた、何かやってたのかと。
「何も?この世界で、こいつを振るってるだけだ」
伊佐美は右手に持つメイスをチラつかせた、1発食らったら、その時点でどこに当たろうと、骨が砕けるだろうな。中井はそれを見て、ニヤリと笑った。
「いいねぇ、美味しいや……」
「勝つつもりか、俺に?」
当たり前の返答だった、そんな華奢な肉体で、そんな矮小な体躯で勝てるわけなど無いから、側から見ても無謀である。しかし、中井真也は笑みを崩さない。
「つもり?勝てるから言ったんだ、美味しい、ってさ?」
中井真也の断言を伊佐美が聞き、ここで審判が二人を下がらせた。
伊佐美は考える、馬鹿な話だと。しかし長谷部から受けたアドバイスだけは、胸に残していた。
「絶対に近寄らせるな、か……」
展覧試合公式試合、最速記録を塗り替えた、劣性召喚者。一体何をしてくるのか、どんな手を使ってくるのか、何をして来ようと諸共打ち倒すのみ。
「始め!」
審判の合図と開始の鐘が鳴る、中井真也を前にして伊佐美光正は、メイスを両手持ちに構えて立つ。展覧試合予選、第一ブロック準決勝は、秒殺劇とは正反対の静かな立ち上がりから始まった。
「長谷部……あの中井という選手、如何な相手だ」
シルバードラゴン側ベンチ、ブイバングの青年より、長谷部は中井真也の闘士としての様相を尋ねた。
「彼は……さっきも言ったけど、グラップラーだ、竹原くん」
「ぐらっぷらぁ?あの格闘漫画のか?」
「違う違う、グラップラーというのは、投げや関節技を主体にして戦う格闘家だ、寝技師って呼ばれる」
ブイバングの前髪、竹原にウルフヘアの西谷が説明した。それを聞いて、竹原はふむと芝生で始まった試合を見て口を開く。
「では伊佐美が負ける事は無いのでは?伊佐美の重戦士のクラスは、大地を踏みしめ倒れない力がある、クラスにも体重増加に、鋼体化と、防御の面も問題ないだろう」
竹原の話を聞いた長谷部は、怪訝な顔で口を開いた。
「そう言いたい……けど、不利なのは伊佐美だよ?」
「何?」
「あら、長谷部そこまで断言しちゃうか?」
長谷部の言葉に竹原は驚いた、そしてTEAM PRIDEの試合を観ていた西谷も、竹原の断言には意外な台詞であると目を見開いた。長谷部は腕を組み、脚を組みながら話し始めた。
「現世で僕もまぁ、ボクシング漬けでさ、他の格闘技もちらほら見たりしたんだ、それで総合格闘技も見たんだが……寝技の技術力は身長や体重をカバーできるくらいに凄まじいんだ」
「そうなのか?」
長谷部の語りに竹原は真剣に耳を傾けた、身長差、体重差を覆すのが、寝技ね、グラップリングの真骨頂なのだと。
「うん、柔よく剛を……ってやつ、無差別級すらやるし、関節技は力では返せない……決まったら最後だ」
「対策はあるのか、何か伊佐美には話したか?」
対策は考えてあるのかと、竹原は、まだ動きの無い試合を見ながら問う。それに対して長谷部は、苦しい顔で答えた。
「近付かせるな、それしか言えなかった……専門外だからね、とりあえず捕まるなと……本当なら、どう逃げるか、倒されたらどうするかとか、ある筈なんだけど……こればかりはアドバイスもできないよ」
「それは……待て、ちょっと待て」
長谷部の苦しい言葉に、竹原はふと気付いた。
「中井真也の戦い方を、見て対応できる輩はこの世界に居るのか?」
「あ、気付いたか竹原?俺もそれ気付いて、背筋が凍ったよ」
西谷が、竹原の気付きにそう言った。
この世界において、格闘技とはあくまで闘士達の『格闘家』のクラスから現れた物と、召喚者自身が現世で体得した物の二つがある。
中井真也は、現世にてその寝技関節技を体得して来た男だ。
しかし、この世界に置いて寝技や関節技は、未知の領域たる技術である。闘士の中に同じ戦い方が出来る人間は……聞いた事が無い。
つまり、中井真也は、今この世界で『唯一の寝技師』という事になる。それを打ち破る為には、それこそ彼の技術を一から紐解くか、同じ寝技師が現れるのを待つしか無い。
中井真也は、この世界において、多大なるアドバンテージを持っている事を、シルバードラゴンのメンバーは認識するのであった。
対して、中井真也の胸中には、緊張が走っていた。身長差、体重差、全てが下回っている、筋力も全く持って違う。自分にとっては、一瞬一撃が命取りなのだ。
ゆっくりと、左へ、左へとステップを踏みながら様子を見る、伊佐美光正はメイスを真正面に、突きつける様に構えて距離を取っている。
怖いなぁ、うん……。大口叩いたが、やはり巨人は怖い、何せ無条件に強い。それだけで才能なのだから……。
『オラァー!固まってんじゃねーぞ劣性!』
『さっさとやれやー!』
『びびっちまったのかー!』
しかし、本当に態度が悪いなと、二階観客席からの他ブロックの闘士からヤジが飛んできて、中井真也は苦笑した。まぁ、自分が悪役ムーブしてしまったから仕方ないけどと、自省もした。
ならば、それだけ言うなら、こっちから仕掛けるかと中井真也は構えを解いた。そして、ゆっくり、ゆっくりと真正面より無防備に歩き始めた。
この世界に来て、この技は一度使ったが失敗した。知っていても回避は難しいが、見事に外された。だが相手は素人だ、こんな技を見て対応できたら、天才も良いところだ。
中井真也は歩き出した。
「むぅっ……!?」
伊佐美光正、先程までサイドステップにて自分の様子を見ていた中井真也が、突然の無防備により、歩いて来た事に目を見開いた。
無防備である、普通にただ歩いているだけ、しかし伊佐美は長谷部より、近付かせるなとアドバイスを受けていた為に後退し、距離を開けた。
何のつもりだ、何をする気だ?何故ただ、歩いている?無防備な中井真也に、伊佐美は異様さを感じて当たり前だった。しかし絶好のチャンスである、振れば当たる、当たるのだ。
しかし、その先に何かを感じてならない、あからさまに、何かを狙っているのが分かる!
「あれ、あれ?おかしいねぇ……どうしたのかなぁ?」
中井が一歩近づく、それに伊佐美が反応して一歩退がる、練兵場にて起こった異様なる景色!無抵抗、無防備な小柄な男に、恐れて退がる武器持ちの大男!
「伊佐美!何をしている!振り下ろせ!」
聞こえて来たのは、竹原の声だった。そうだ当たる、振り下ろせば当たる距離なのだ!
「罠だ!左に逃げろ伊佐美!伊佐美!」
しかし、それを遮る長谷部の声!どっちだ!どっちなのだ!目の前の小柄な相手は、馬鹿にしたように笑って、まだ歩いて来ている。
「来なよ、勝てるぜ伊佐美さん?ほら、ほら?」
両手を大きく広げ、無防備を晒す中井、背後より聞こえる竹原と長谷部の声。しかし退がる!伊佐美、またも後退!
『何してんだー!びびってんじゃねぇぞー!』
『一回戦のなんざズルのマグレだ!やっちまえおらー!』
この後退により!中居に向いていたブーイングが、伊佐美に傾いた!もはや引けぬ、これ以上さがれぬ!
「ぬぁああ!」
伊佐美、力を込めた振り下ろし!予備動作を込めた、渾身の一撃を振りかぶりにかかった瞬間ーー。
「あ?」
視界より、中井真也が消えた、そして前に出した右足に、確かな感触を得て、伊佐美は目を右下に動かす。
蛇が絡まっていた、強大な、此方を丸呑みする様な蛇が。中井真也が、己の足を此方の足に絡みつかせている。
伊佐美光正は、常時発動のスキルに『体重増加』というスキルを有している、これは通常時の体重とは別にさらに体重が増加させ、重戦士として攻撃から退け反らなくするスキルである。さらに『鋼体化』は、肉体を鋼の如く硬化させ、刃物すら通さなくする防御スキル。
だが……相手が悪すぎた、寝技師中井真也に取って体重差など、同じ寝技師でなければ有利にならず!伊佐美の右膝裏に、己の左足を絡ませながら折りたたむ様に力を加え、更に右足底で伊佐美の尻を蹴り上げつつ、左脇に伊佐美の爪先を挟みながら引き込んだのだ。
「ぐぁああ!?」
力ではない、技術により伊佐美は前のめりに芝生へ倒れ伏した。その瞬間、伊佐美は聞いたーー。足首より右膝が捻られ『バツン!!』という、まるで伸びきってしまった新しいゴムが、勢いよく切れた様な音を。
「がぁぁあぁあああああああ!?」
伊佐美の叫びが響き渡る、この練兵場にてまたも響く絶叫、それと共に中井は伊佐美の足から離れて転がり、立ち上がって両手を上げた。伊佐美は右膝の痛みと痺れに必死に両腕で押さえ込み、歯を食いしばった。
「はっはぁあ!!秒殺二連続!!」
見上げる先で中井が勝利の歓喜に酔いしれる、その背中を見て伊佐美は、膝の痛みに意識を手放すのだった。
「あー……あれやりやがったか、靭帯切ったな」
TEAM PRIDEベンチ、神山真奈都は中井の技を見て頭を掻いた。あの技と言い、入り方と言い、最初喧嘩した時に防いだ技である。完成したらあんな風になっていたのかと、神山は戦慄すら覚えていた。
今成ロールからの、ヒールホールド。スライディングから足に絡みつく妙技である。
「足関節技とやらか、そんなに危険なのか?」
河上は神山に、その正体について問いかけた。足関節技とは、そんなに危ない技なのかと。それに対して神山は即答した。
「団体によっては禁止されてますよ、何せ靭帯断裂しますからね、一生後遺症残しますから、この状態になった時点で止めるレフェリーも居ます」
それ程までに、足関節技は危険な技なのだと、神山は説明した。
「何より、耐える事ができない、決まったら靭帯切るまでが早いですから……足関節技の一本は、失神KOと同じ価値があると言われてます」
決まれば、決して回避できない、耐える事すら許されない正しく必殺技。これは、たとえ階級差が開いていても同じなのである、腕関節や絞め技は、まだ回避の猶予がある、しかし足関節技だけは、決まれば即終わりなのだ。
正しく、巨人殺しと呼ぶに相応しい関節技と言えるだろう。




