VSシルバードラゴン、開幕
全員が厠から待合室に戻ると、マリスさんの世話に行っていたニルギリさんから睨まれた。俺達、何かしただろうかと顔を見合わせたが、何もしていない筈だ。
さて、次に勝てば本戦出場決定戦になるわけだが……次の相手は何というチームだと調べる事にした。
「トーナメント表ってどこにあるのかな?」
「正面玄関じゃね?知らんけど」
というわけで、俺と中井二人で、現在のトーナメントの状況を調べに行く事にした。まぁ、第一ブロック、第一試合で勝ったどちらかと当たるだけなので、河上さんにそのチーム名と、この国の文字で書いた場合を羊皮紙の断片にメモしてくれた。
「えーと、シルバードラゴンと、ラビアンローズかすんごいチーム名だこと」
「ラビアンローズ?吉川晃司?」
ラビアンローズといえば、吉川晃司の名曲だなと言うと、中井はなんとも言えない顔で俺を見た。
「神山くんってさ、音楽の趣味が古いよね」
中井に音楽の趣味を苦笑された俺は、確かに年代的には違うが、好きなので反論する
「えー、かっこいいじゃん、吉川晃司歌い方も渋いしさ」
「まぁ、かっこいいのは否定しないけど、うん、他に聞くのは?」
「布袋寅泰だろ、氷室京介、ブルーハーツに、BUCK-TICK……あ、LOUDNESSも聞くかな?」
「ダウト、本当に君平成生まれ?何かこう、ジャニーズなりEXILEとか無いの?」
「ダメだわその二つ、映画のHigh&lowでEXILE系は聞いたけど、やっぱロック?パンクとかが好きかな、中井は?」
同じ世代とは思えないらしい、まあそれは仕方ないし自覚あるが、ならお前はどうなのだと聞いてみる。中井は、むうと顔をしかめて口を開いた。
「妖精帝国、ALI PROJECT、電気式可憐音楽集団、あ、あとV系でKagrraは聴いてたかな」
「聞いてすまんが、全く知らんのだが?」
全く持って知らんバンド名だった、ストライカーとグラップラー、水と油、音楽の趣味まで互いに掠らずと来た。本当にここまで真反対だと笑えてしまうと、俺は少し口元に手を当てて笑いを堪えた。
「まぁいいや、人それぞれだし、悪かったよ古いなんて言って」
「あ、こっちこそごめん……」
「あ、うん」
中井から先に謝って来た、俺も全く知らんと断じてしまった事を謝る。そんな風に会話しながら歩いていれば、正面玄関に辿り着いた。正面玄関には、どこぞのチームの闘士かは知らないがたむろしていたり、話をしていたりと伺える。
が、俺と中井を見るや、一気に空気が冷めた。中井がこの場で言い放った挑発もあるし、予選の秒殺劇も見ていたのだろう、緊張が走ったのだ。
「あ、あったわ神山くん、しっかり貼られてる」
そんな空気も知らぬとばかりに、中井は壁に貼られた羊皮紙をつなぎ合わせて作った、巨大なトーナメント表を指差した。
「えーと、ラビアンローズ……あ、これがラビアンローズ、じゃあ横がシルバードラゴン?シルバードラゴン側に太い線が伸びてる、じゃあひとつ横のこれが、僕達TEAM PRIDEとサーブルクロスか!」
中井の話からして、勝ち上がったのはシルバードラゴンなるチームらしい。シルバーで、ドラゴンか……俺はこの二つのワードに首を傾げた。
「シルバードラゴン、シルバー……シルバーウルフ、チームドラゴン……いやまさかな?」
「なに?その二つの名前?」
「日本のキックボクシングジムの名前、そこから取ったかなーなんて」
現世にある名門キックボクシングのジムから取ったのだろうかなどと、世迷言を吐いた僕だが、まぁそれはあり得ないだろうなと言いつつ、とりあえず対戦するチームは分かったので、俺たちは控室に戻ろうとした。
「TEAM PRIDEだね、君たち」
だが、その俺達に声を掛ける者が居た。振り返ればそこには、四人の男達が立っていた。革のジャケットを羽織った、バイカーの様な格好をした四人。一番前に短髪の男、その右横にはウルフヘアの男、左には黒髪でVバングの男、一番後ろには一際大柄な男、その四人だった。
「誰?どちら様?」
中井が尋ねれば、短髪の方が一人前に出て来て口を開いた。
「僕達が君達の次の相手、シルバードラゴンさ……せっかく見かけたから挨拶でもと思ってね」
対戦相手から挨拶に来た様だ、中井の横から俺が一歩出ると、その短髪の男がしかとその目で俺を見据えて来た。
「まずはおめでとう、劣性……いや失礼だな、君達はそんなクラスだ、スキルだの優劣で判断できる強さじゃないと、サーブルクロスとの試合を見て分かったよ」
短髪の男は笑ってそう俺に言ってきた、リップサービスにしては結構言ってくれるなと、俺は先の試合で戦えなかった欲求不満を抱えていた為、少しばかり挑発を込めて言葉を返した。
「そりゃどうも、こっちとしては逃げられちまって欲求不満でな……アンタらはケツ巻いて逃げないよな?」
サーブルクロスみたく、逃げてくれるなよ?そう言えばメンバーの内、背の一際高い男が目を血走らせ、一歩進んで来たが、それを左の黒髪Vバングが制した。巨漢は血が上りやすいタイプか、後で町田さんと河上さんにも話しておこう、誰が当たるかは分からないが。
そうして短髪の方は、ふふっと笑って右手を差し伸べて来た。
「逃げないさ、僕はね、君と戦う事を楽しみにしてるんだ……」
「おー、つまりアンタが大将か……」
自然と俺も右手を差し伸べ、その手を握りしめ握手をした。と、ここでこの短髪、思い切り握り込んで来た。涼やかな笑顔で、握力比べをしてきたのだった。
「僕は長谷部直樹……クラスは魔道士、一つよろしく頼むよ」
「魔道士の挨拶にしちゃあ、物理的じゃないか?」
仕返しに握り返してやる、ギリギリと互いの指の骨が軋み出す。そうしてふと、右手を見れば……ああと俺は一つ理解した。成る程と、こいつがどんな闘士か何となく分かってきたのだ、俺は思い切り笑って空いている左手を素早く動かした。
「!!」
刹那だった、長谷部は俺の右手より手を離して素早く距離を取り、目を見開いて構えに入ったのである。左手も右手も拳を軽く作り、顎のラインに来る高さまで上げ、鋭いステップで即座に離れた。俺は動かした左手で、ゆっくり右手を摩りながら、笑みを作り言った。
「ボクサーか?」
長谷部直樹、こいつもまた俺たちと同じ、現世で格闘技を修めた一人であった。その格闘技の名は。
『ボクシング』
格闘技界一のメジャースポーツであった。
ボクシング……四角いリングの上で戦う格闘技は、今や幾らでもある。キックボクシング、ムエタイ、総合格闘技と様々だ。その中で、ボクシングというのは何とも単純だ、使うのは両手の拳のみ。それを様々な技術の応酬で殴り、防ぎ、避けて、相手を倒す格闘技。
蹴りも無い、膝も肘も使えない、投げなど持ってのほか。たった二つの拳だけで優劣を決める、最も単純ながら複雑である格闘技。
そして格闘技内では、最大の競技人口を持つ層の厚さ、積み上げた歴史による圧倒的なテクニック量。それがボクシングという格闘技なのである。
「あぁ、小さい頃からずっとね、馬鹿げた世界に来たものだ」
「俺もだよ、ムエタイ一筋で十年近く……ままならないな」
この一瞬で、俺と長谷部は何とも濃密な意思疎通が交わせた。まさか他にも居たとは、俺たち以外にも、この世界で修めた格闘技を掲げ続ける男が。
「まぁでも、因縁あるでしょう、ムエタイ上がりはこっちでも強いからさ……」
そして、ムエタイとボクシングは、因縁浅からぬ間柄と言っても過言ではない。というのも、現にタイのムエタイは賭け事としての側面があり、強い選手は賭けにならないと追放される事が多々ある。
そんな選手は金を求め、海外や日本の団体へ出場し、金を稼ぐのが通例だが、その別ルートとしてボクサーに転向する事もある。また、ムエタイで成績が良く無かったパンチ主体の選手が、ボクサーに転向して好成績を出したというはなしもある。
代表的な選手として、ルンピニースタジアムを4階級制覇した後、WBCスーパーバンタム級チャンピオンになった『サーマート・パヤクァルン』そして、ラジャダムナンスタジアムを3階級制覇後、4試合でWBA世界バンタム級王者を獲得、陥落後にWBC世界バンタム級王者となり、6年間以上14度防衛した『ウィラポン・ナコンルアンプロモーション』が挙げられる。
浅からぬ因縁である、それを指摘された神山からすれば、その2人も、ムエタイ上がりの話は無論知っていたし、その因縁を持ち上げられて、それは過去で俺達は違わないか?など無粋な事を言ったりはしなかった。
「ほー、何?つまり、この試合でボクシングとムエタイの、異種格闘技戦やる気なわけ?」
「そのつもりさ、最もこれは展覧試合……僕の前の3人が全員倒して、僕と戦う前に勝つかもだけど」
受けて立つと俺は言うが、これは団体戦と、チームメイトの強さも自信があると長谷部は宣う。これを聞いて中井が俺の横に出てきたが、何かまずい事言いそうなので静止した。
「中井、試合でな?」
「……そうだね」
河上さんもだが、中井も狂犬じみて仕方ない。偉そうな奴を嫌うのも分かるが、試合で発散して欲しいものだ。人の事言えないけど……。
そうして、挨拶はこれでとばかりに長谷部は頭を下げて言うのだった
「では後程、お互い死力を尽くしましょう」
そう言って振り返り、シルバードラゴンの長谷部達は反対側の廊下に振り返り、帰っていくのだが……。
「む……」
この時神谷、彼らが着ているレザージャケットの背中を見やる、銀の龍が描かれていた、まるで暴走族チームの紋章みたく、それを見たのは神山だけでなく、中井もであり。
「やべぇ、かっけぇな、後で作って貰おうかな?」
「うわださい、何あれ中学生かよ、つーか族?」
お互い、どこまでいっても感覚が正反対な、神山と中井であった。
そうして控室に帰り、シルバードラゴンが次の相手と町田と河上に教え、しばらくしたら係員が、予選二回戦が始まるので、ベンチに来る様に指示された。長い様な短い様な、控室の外にて俺はシャドーをしていたら、怪訝な目で見られた。
え?シャドーでアップとかしないのかな、他の闘士って?中井は中井で、跳びはねたり、バービーしたりしてたけど。対して町田さんや河上さんは、静かにしていたが、アップしなくて良かったのかなと感じてしまう。
二回戦、これを勝てば一ヶ月後の本戦決定戦、それから本戦だ。まだ道のりは長い、されど躓く訳には行かないのだ。
俺達は再び、練兵場ベンチに来た。対面側から、ジャケットの連中も入ってくる。
『では、予選第一ブロック準決勝始めます。TEAM PRIDE シンヤ・ナカイ選手、シルバードラゴン、コウセイ・イサミ選手、中央へ」
先鋒、中井真也……アップをこなし汗をかいたグッドコンディションで、再び芝生を早足に駆ける。
対するは……伊佐美光正なる男、出てきたのは……。
「おい神山……」
「なんですか、町田さん」
出て来た相手、伊佐美光正が、中井真也の前に立つ。それを見ていた俺に、町田さんが顔をしかめた。
「あれは無理じゃないか?」
「フェザー級対ライトヘビー……っすかね」
伊佐美光正、先程正面玄関で出会った、シルバードラゴンの面々にて、最後方に佇んでいた巨漢だった。中井真也が首を上げ身上げる程の身長差に、町田は流石に苦言を呈す。
「危険すぎるぞ、いくらなんでも」
一般論で、当たり前であった。身長差、体重差、全て中井が下回っている。さらに相手は優性召喚者、その差は最早歴然だ、現世の戦いだって階級があり、絶対こんな試合は組まない……。
ただ、この展覧試合に体重による階級分けは無い、無差別級なのだ。
「大丈夫ですよ、町田さん」
だが俺は町田さんを宥めた、大丈夫だと。そして中井の背中を見やる。
「中井も、その体格差相手くらい、想定してますから……何より、寝技師には巨人殺しの奥技がありますからね」




