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刹那の決着

開始の一撃、町田も、そして中井、マリス、ニルギリも全員が目撃した。


「ぐく……っ」


「むうっ!?」


河上の横薙ぎに振りし日本刀は、神山の左横腹に食い込んでいた。ただ浅い、鍔元の根本から浅く食い込み、神山の両手が河上の右腕の手首と前腕を鷲掴みにして、止めていたのだ。


「痛えなぁ……遅かったら真っ二つだ」


神山は脇腹の疼きに笑う、もしも前に出るのが遅かったら、腹が裂かれ臓腑を撒き散らしたか、上半身と下半身が斬り分かれていたと、鍔元の刃が食い込む様を見て語る。


臆さず前に来て、死を回避したその豪胆な選択、何より気を抜けば手首と前腕の骨を砕きそうな力に、河上は目の前の神山向けて歯を見せ笑う。


「何とまぁ……肝の太い、魔羅もデカイと見た!」


豪胆さと男の証は比例する、河上静太郎なりの褒め言葉に神山は返した。


「すまんが、そっちは自信ない!」


神山の脇腹から血は流れ出す、そして河上の右前腕に血管が浮かび上がり、力が入っている事を報せた。ギチギチと刃が揺れ、ゆっくりと食い込む肉体から外され、すぐに神山は動いた。


「河上さん、首相撲を知ってるかい?」


そう宣言して、神山は河上の、刀を握る右手を手首あたりから左脇に挟み込んだ。


「むくっ!?」


「シィッッ!」


そして右手を伸ばして顔を押しながら、右膝を腹目がけて放てば、河上の腹に右膝が突き刺さる。


立ち技最強、ムエタイの技術。『首相撲』相手の後頭部に両腕を巻きつけ、引き込み、顔や腹への膝蹴り、更には合気道の様に体重移動やタイミングで崩し、相手を倒す技術。


様々な形があり、神山のそれは総合格闘技にある、レスリングの組みにも類似している。神山真奈都が選んだ戦法は、河上の刀を封じ、超至近距離戦にて間合いを潰して制する事だった。


「ぐぅく!」


まともな膝を受けた河上が呻いた、二撃目を放つ為右膝を引く神山、しかしそれは封じられた。


「んぐぁあ!?」


河上の空いていた左手、その掌底が神山の喉を押したのだ。突き放す為、喉仏を触覚で見つけぐいいと押し込まれ、不味いと神山が首相撲を解いた。


「シェラァアアア!!」


その刹那、河上と神山の身体が離れた刹那、河上が叫んだ。離れて後ろに仰け反った身体が、独楽の様に綺麗に回りながら、地面を踏み締めて、まるでバネの様に跳ねて、回転の横薙ぎを神山向けて振り抜いたのだ。


「おおぉお!?」


斬撃が、眼前を横切った。避けたのではない、離れたが故に当たらなかったのだ、運が神山を救ったのだ。


「ヒィイヤァアアア!」


狂ったように河上が声を上げ、地を踏み放たれるは突き、それを左に身体を傾けて避ければ、更に踏み込み河上が、手首を返して斬り上げる!それをスウェーバックで距離を離して回避した。


腕を動かす動作は少ないのに、一つ一つの剣撃は全て、確実に奪命の威力を孕んでいた。何より、手首と前腕、指の力が異常な程だ、そうでなければこんな斬り方ができてたまるかと、神山は背中がヒヤリと冷たくなった。


「なんつー声出しやがる」


「示現流の癖が出ただけだ、あれは一の太刀だけどな」


狂った気合は示現流からと、河上静太郎の剣術遍歴に神山は目を細めた。


「示現流の癖って何だ、癖って……色々やってたみたいな口ぶりだな」


まるで、多数の流派を習った様な言い方だった。


「当たりだ、この河上静太郎……生まれと財力には恵まれてな、父に頼めば鹿児島から北海道、剣術道場師範を招いて貰って、個別指導も受けたし、俺自身もその道場に足を運ぶ程さ……感謝しきれん」


これに河上は答える、生まれがよく、金があったのだと。そうして金にものを言わせ、それに見合う実力を身につけたし、失礼ない様本拠地の道場にも頭を下げて習ったと。


それは強くなろうな、さっきから玉は縮み上がり、あれだけウォームアップした身体が冷えやがると、神山は間合いを保つ為、摺り足になる。


「剣術馬鹿か、凄えな河上さん……」


「その通り……そんな剣狂いに、お前は斬られるわけだ、誇れ神山よ……目の前に居るのは間違い無く、現代最強の剣客だからな!」


豪ッ、と発破の如く声を上げる河上、成る程、町田さんが言っていた通りかと神山は心中で頷いた。傲慢で自信家、己の剣の腕を過信とも思っていない、エゴの塊である。


冷えた背中がジリついた……心臓が跳ねてる癖に、嫌に身体の血の流れが冷たく感じる、神山の左脇腹から流れ出す血は、そのままズボンの外腿を伝い左足に流れ出していた。


「せっかくだ、一芸仕るーー」


硬直を良しとしない河上が、そう言った。


そして河上は右手の刀を、後ろに引き肩に担ぐ様な体勢を取りながら、神山に背を見せる程まで、上半身を右へ、右へ捻った。


神山は目を疑った、間合いは遠い、刀は届かない位置だ……そんな場所で態々背を向けるほどに構えて、此方を見ない……そんな構えで何ができるのかと。


その振りを誘発させ、振り抜いたところを反撃に転じてやると、神山はゆっくりと間合いを詰めていく。


この構えを見ていた、町田も、ましてやマリスもニルギリも、河上の構えを理解していなかった。それは対峙する神山もであった。


ただ、一人だけーー。この河上の構えの先に気付い者が居た。


中井真也である、剣術家ではない中井真也が、その構えから来る攻撃に気付いていたのだ。


何故か?それは実在しない流派の技だから、それは、あくまで小説の剣士の技であり、漫画に登場する架空の流派の技だから!だから知っていたのだ、読んでいたのだ!


「まさか……やるのか、できるのか!?あんな馬鹿げた芸当が!!」


思わず中井は叫んだ、それを聞いた神山が足を止めた刹那、河上の身体が、捻りから爆ぜる様に力強く回った。右足で踏み込みながら、横なぎに振られる刀、神山はそれをバックステップで避けーー。


「はっ」


れない!神山は見た、刀身が、届かないはずの刃の切先が!するりと伸びて己の顔面に向かう様を!


「マナト!」


「神山ぁ!!」


切っ先が顔面に触れ、左の目の下と頬の間あたりに触れ、鼻を横に通過して、右目下と頬の間を通った。


「っぶぁああ!?」


神山が背中から倒れた、しかしすぐにそのまま後ろに転がり膝立ちになるや、河上の方をしかと見る。そして、目の下と鼻に、一文字に真横の傷が、熱と痛みを報せた。


「中井くん、無粋だろうよ、この戦いで声を出すなぞ」


河上が中井向かってそう呟く、されど怒りは見せず、眼下にて見上げる神山を見下ろすのみ。


神山は、何が起こったのだと、河上が振り抜いた刀を見れば、その握りが柄尻の……しかも最後端を握っていたのを目に映した。


神山は戦慄した、つまりは……鍔の近く根元を握りながら、振る最中に力を緩めて手中で柄を滑らせ、柄尻で握り直したというのだ。


馬鹿げた芸当だ!いや、そんな技法が剣術にはあるのか!?浅いながらもだらだらと一文字の傷から、血は流れ、マスクの様に神山の口元を染め上げていく。


「今のは虎眼流、流れという技法だ」


切っ先を血に濡らした河上が、神山向けて今の剣技を紹介した。


「そして、これは空想の剣術流派の技だ、時代劇小説は駿河城御前試合という話に出てくる、そうさな……今で言うなら漫画、シグルイの原作、その中の技だ」


そしてそれが、現実には無い、創り物の中の剣法技術である事も明かした。




『駿河城御前試合』は、南條範夫と言う作家が執筆した、残酷ものと言われる時代小説であり、いくつかの短編を組み合わせた一冊である。


その中の最初の話『無明逆流れ』を中心に漫画家、山口貴由が奔放なる脚色を加え描かれた漫画が『シグルイ』であり、その中で登場する流派が『虎眼流』である。


流れとは……神山が予見した様に、担いだ刀を振り抜く最中、握り手の力を抜き柄を手中に滑らせ、握り直して剣の間合いを伸ばすと言う、虎眼流の技術。


即ち、空想の産物である……。


それを河上静太郎は、現実にし、己の技の一つとして使った。


出鱈目である、荒唐無稽である、されど今、神山真奈都の前に立つ河上静太郎は、その出鱈目をしてみせたのだ。


「恐ろしい奴め……」


神山は立ち上がった、息を上げてまた足を前に踏み下ろして、腕は上げずに構えを取る。


本来ならば、普段ならばアップライトのオーソドックスに構える神山が、だらりと腕を伸ばして上げないのは、手を標準にされ、斬られないようにする為である。


顔面と横腹に傷を二つ、対して河上、膝蹴りを受けど変わりなし。右手に握りしめた刀の切っ先を立ち上がる神山に突きつけた。


「次はその首、斬り離す」


河上がそう宣告して、落とし下段に構えを取る。


神山真奈都、異世界に降り立ち始めての……劣勢。平民闘技場は話にならなかった、優性召喚者はまだ対峙した数は少なく、中井真也とは互いに痛み分け、町田恭二とも互角に渡り合えた。


武器一つで、こうまで変わるのか。そう思った神山の顔は……笑みを作っていた。強いな剣豪、強いな河上静太郎……だがそれだからこそ、絶対に勝って、仲間に入れたい。


時間はかけない、次の一撃で……倒しにいく!神山の足がゆっくりと、河上の間合いに入り込んでいく。河上もまた、左足を前に出し肩に刀を担いだ。宣告通り首を斬る、二度目の流れにて決着を付けんと、地面を足底が擦る。


一文字の傷から流れた血が、顎へと集まり……雫となりて落下した。


「捨ヤァアア!」


「らぁあああ!」


放たれる斬撃、伸びる刀身!確実に首を捕らえる軌道を通ると確信した河上の目の前に、神山の姿は無かった!


否!消えてはいない!消えてはいないが迫る景色は異様の一言!接近していたのは、左足だった、そして神山は逆立ちしていたのだ!右手だけを地面につけて、勢いよく振り下ろされる左の脛が……。


「あーー」


河上の右側頭部を思い切り蹴り付け、刀は明後日の方向へ飛んでいくのだった。


土埃を上げて、倒れ伏す河上、それに対して神山もまた上手く着地できずに地面へ転がる。


まだ終わってないと、すぐ様立ち上がり神山は河上が、意識を失い倒れ伏しているのをその目で確認して、呼吸を強めた。顔と左脇腹より流れた血、疼く傷、冷たい身体……それら全てを忘れ去る程に、神山の内から熱が、噴火の如く込み上げて、体を震わせた。


「ぁあ、あぁ、あぁ!ぁあああっしゃああああらぁああああ!!」


神山は吠えた、他の皆など知らぬと脇目を振らずに、腹から叫んだのだ。勝利に、そして息抜けたと言う事実に、死の恐怖からの解放に背中を反らし拳を握り締めて叫んだ。


「ああ畜生!勝った!勝ったぁああ!あぁああもう怖かったぁあああ!くそっくそっ!ぁあああああ!ぁああああ!」


そのまま地面に蹲り、右手の拳を鉄鎚の様に振り下ろして叩きつけ、吐き出して吐き出して、叫んだ。


「お、おい神山?おい!?」


「マナト!?ちょ、大丈夫なの!?」


神山の壊れた叫びは、流石に中井や主人のマリスを心配させた。蹲り叫ぶ神山に走り寄り、背中を摩って声を掛けて、大丈夫なのかと声を掛ければ、神山は身体を震わせつつも、二人に顔を見せた。


「えっ?」


マリスが、その顔を見て声を上げた。神山は泣いていた、ダクダクと涙を流して、一文字の傷から流れる血と混ざり合った血と涙の合わせ物を滴らせて、泣いていたのだった。


「ま、マジごわかった、死ぬかと、殺されるかと……」


「いや、いいから、良くやったよ神山くん、うんうん、勝ったんだから、分かるけどさ」


中井は、神山の涙を理解していた。修練の果ての勝利、強大なる敵との対決の緊張からへの弛緩、それは格別であり、どうしようも無く強い感情の爆発なのだと。叫びたくなる、涙だって流したくなる、しかも真剣相手に素手で勝ちを得たのだ、恐怖は格別だったろう。


「あは、ははは、あいってぇ……もう、凄えよ河上さん、容赦ないもん、マジ、もぉおお!」


「もう、怖かったなら言いなさいよ、よしよし」


マリスにとっては、なら逃げとけよと言いたかったが、それでもこうして笑いながら泣く神山には、自然と涙をハンカチで拭い、労いを掛けた。


そうして……対する河上は。


「負けたか……」


意識を取り戻し、茜空を見上げる河上、その空に一人、顔を写す。


「そうだ、負けだよ……キミのな」


「町田くん……いやはや、凄いな、強かったわ、神山くんは」


町田恭二に、改めて負けの事実を知らされて、河上は上半身を起こした。町田の右手には、明後日の方向へ向かった自らの愛刀が、逆手に握られていた。


「あの最後、逆立ちからの蹴り技……やられたわ、なんだあれは」


そして聞く、神山が最後に放った、あの蹴り技。アクロバットな逆立ち蹴りは一体何なのだと。これに町田は即座に答えてみせた。


ヤシの実を蹴る馬(マーティカローク)……ムエタイの源流、古式ムエタイの技だ……現世でも、ムエタイ界の現人神、センチャイが使っている技だ」


「神の御技か……見事に貰ったわ」


「その割に、悔しくなさそうだが」


「ああも綺麗に食らってわ、清々しいさ」


河上はゆっくり立ち上がろうとしたが、脳の揺れに身体が傾く。それを町田が支えて、ふと微笑みを見せれば、町田より愛刀を取り上げて鞘にしまった。


そのまま、町田より離れて、ふらつきながらも神山達の元へ歩み寄る。地面に腰を下ろす神山達に、河上は目の前に立つや、膝を折りたたみ正座した。


そのまま、刀を前に置き、神山に向けて頭を下げた。


「完敗だ、参りました」


そうして、ゆっくり頭を上げて、神山を、中井を、マリスを見つめる。


「これより、この河上静太郎、マリスの門下の闘士として剣を預けさせて貰う」


その宣言を以って、河上静太郎はマリスの闘士が一人として正式に戦う事が決まったのだった。




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― 新着の感想 ―
[良い点] かっこよすぎますぜ! 神山も河上も! ほれぼれします! そして駿河御前試合! えらい古いやつをご存知で! 無明逆流れ大好きです! [一言] 河上が時折見せる、時代がかった物言いも大好きです…
[一言] 虎眼流が出てくるとは以外…指で徳利の腹でもえぐる特訓をしていたのかな?
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